キ上の空論

小説もどきや日常などの雑文・覚え書きです。

それいゆ(レトヒュ短文)

2023年07月02日 | 二次創作・短文
 太陽柱は現れるタイミングをはかって、救いの啓示であるかのように演出をしたことがあると、史書にある。もちろん、そんな記述のある本を教団は野放しにしていなかったし、ガルグ゠マクの書庫で読むことは今以て不可能だ。それはともかく。
 言わば、太陽柱のような存在感。そこにいないのに、確かにいる。
 輝ける者。
 救いたる者。
 今、目の前にいる人を、その場におらずして心安からしめている者。
 かわいい生徒のひとりだった。過去形にかかるのは生徒の方だったはずだ。女神の達観の影響だったかもしれないが、手に届く者はみんなかわいいと思っていた。事実愛されるべき人であり、実際に会ったらかわいいと思い直すのだ。それでも今は、違う感情が表に出ないことを念じてしまっている。
 ただのにんげんはこんなにも心が狭い。けれど、目の前の人には覚られたくはない。大変目敏い人なのだけれど。
 自分が淹れる紅茶の選択を間違えた、たったそれだけの理由だと、自分に刷り込む直すのに、変に時間がかかっていた。


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タイトルは決まってたのに前回から二年以上開いてたよ……
次は『宮内卿にインドラの矢』です。猫に小判なのか、虎に翼なのか
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星月夜

2021年01月03日 | 二次創作・短文
 月のいない澄んだ夜空を星月夜というそうだ。
 いないのに月と呼ばずにはいられないのだから、きっとそれだけ恋しいのだろうね。

 主不在の館には、いつも通りの静けさと、いつも通りの家人。
 ただ、みんな主の帰りを待っている。
 カティは一人分の食事をいつも通りワゴンに載せてくる。
 フレディスには大きすぎる足音を窘められた。
 オスタラは庭を窺っていた者をさりげなく誘導して追い出した。
 ファラーダは武器と大きな調理具の手入れに余念がない。
 ジークリンデは居残った飛竜を次の戦いに向けて訓練している。
 ナーチャは馬の世話と馬車の確認。
 ライマとフロレットは何故か多い客間の掃除を。
 ディキシー、アルナ、カーリンは書庫、地下室、食堂を。
 ミア、モリー、リア、マーヤは炊事と食料の品定め。
 ロスヴァイセは宮城、特に近衛とのやり取り。
 全員の正確な名前は知らない。多くは戦場に立てなくなった者だ。彼らの戦場がどこだったのかも、何人かは知らない。今もなお戦う敵があり、それぞれに役割がある。
 カティには右の膝下が、フレディスには左目が、オスタラには十分な視力が、ファラーダには声が、ジークリンデには右手の小指が、ライマには動かせる左足が、フロレットには嗅覚が、アルナには味覚が、ミアには肩より上に上がる右腕がない。共に行動をとらざるを得ないリアとマーヤ。雨が降ると脇腹を気にするカーリン。ナーチャは馬の体温を感じることでわけもなくやってくる不安をやり過ごし、ディキシーは大きな音が気になりすぎる。
 家令のノラは傷を負ってない方の顔を半分、仮面で覆っている。
 みんないつも通りだ。主が機嫌良くいられる場所を、いつも通りに守っている。その末席にいられることを嬉しく思うと言ったら、客人扱いなのだからと、きっとみんなに叱られるので、いつも通りにそわそわと、主の帰りを待つことにしている。

■■■星月夜は秋の季語。本名なのはノラだけ。女性名だからと言って、女性とは限らない。
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「は?」と返して反感を買わないのは人望だろうか①/ダークプリースト(連作短文)

2020年11月29日 | 二次創作・短文
「司祭だからと、祈るものとは限らないのでは?」
 疲れていたのだろうか、思ったことがとどまらないで口をついた。
 ヒューベルトは疑問めいた言葉にきちんと答えてから、こちらの皿に載ったものを見て、視線をそらせる。
 山のように甘いものばかりが積まれているのは、考えに行き詰まって頭が働かなくなってきた気がしたからだ。こういう時は、甘いものを食べるに限る。
 昼どきと言うには遅く、夕食には少し早い。そんな時間の食堂に、遅くなりすぎた朝食を摂りに来たものらしい。斜め前に座ったのは、否定的な言葉を言うのに感情を乗せすぎないためだ。余計なことを言わずにいたら、もう少し近いところに……いや、プディング、ケーキ、クッキー、クリーム付きスコーン、各種取り揃えた甘味を見れば素通りしたかもしれないから、この距離は彼の許せるぎりぎりの近さと思うことにしよう。菓子はにおいだけでもずいぶんと甘い。
「高位の神官の役割は、信者を祈らせることであって、自らが祈ることではありませんよ」
 名鑑の記載通り宮城の典礼司の家系なら、そういう神官とのやり取りもあったのかもしれないな。
 手短に済ませようとしたのか、いきなり劇物を摂るのを避けたのか、タイミングが合わなかったのか、斜め前の皿に載っているのは軽食だ。残念ながら、こちらにあるのは苦手そうな甘いものだけだったので、安易に分けてやるわけにもいかない。
 ダークプリーストは何に祈るのか。例えばライブを唱えるときに。
 きっと女神ではない。それだけのこと。
「疑うな、敬え、嘘をつくな。人から考える力を奪い、都合よく使う戒律にはちょうど良い文言というものです」
 教団の施設で言うには問題がある気もするが、聞き耳を立てるものもないと理解しているのだろう。人は多くないし、彼の姿を見てこちらへの距離を取ったものもいた。
「きっと女神は許すよ。疑っても、嘘をついても。たぶん、敬わなくても」
 考えなしの行動を叱りつけもする。
「それが救いになるものもいるのでしょうな」
 ただ、彼はそうでないだけだ。事実としてそうでなかっただけだ。言外に物語る感情は、口に含む甘味を痛みに変えてくる。
 どうせ一緒にいて食べるならお互いにおいしいものがいいな。
「このあと、厨房を借りて、一緒に肉焼いて食べない?」
 食べたいからとみだりに殺した獣の肉を。ついでにみんなの分も。
「は?」
 食事の最中に次の食事の話。
 甘いものを食べても十分に考えがめぐらないなら、誰かの助けが必要だ。助けてくれないかな。
 ヒューベルト、こんなことを言うと心外かもしれないから黙っていようかとも思うのだけれど、君の姿は、有り様は、まるで祈りのようだ。だから、何にと思ってしまった。そこにいられるわけでもないのに。


「は?」と返して反感を買わないのは人望だろうか①/ダークプリースト
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アンヴァル茶話

2020年11月21日 | 二次創作・短文
 人の数いるところには噂話がつきもののようで、これまでも「何を考えているかわからない」と言われているところに三度出くわした。
 実は影武者がいる。いるんだったら会ってみたい。
 実は人間じゃない。それはまだ確かめているところだ。
 実は監視されている。残念ながらそういうわけじゃない。
 実は不死身だ。多分、今ならちょっとしたうっかりでも死ぬと思う。
 よくもまあ本人が通りすがるかも知れないところでそんな話をするものだ、と感心はするものの、実害はないのでそのまま謎の人になっている。
 どんな風に思うものなのか、どう対処するのが普通なのか。
 戦場で敵の配置と構成を理解したあとの、戦術より難しい。
 案外、わかりやすそうなものほど難しい。自分でどうにかすれば良いと安易に走りがちだが、味方がいるならそれだけで済むことはまずない。
 その後のある味方を考えから外すと痛い目に遭うことがある。
 戦時なら印象と勢いでやり過ごすこともできたのだが、元々転地転戦を常とした傭兵稼業、あらゆる意味で長期戦には慣れていない。
 戦略担当としての意見を聞きたいと言えば、「放っておけば良いのでは」と顔に書いてあるとおりのことを言ってから、こちらの意図を察して時間をとってくれる。ありがたい同居人だ。同じ敵と戦う便宜上、居候となっているのだが、厄介と言ったらあまり良い反応じゃなかったし、大家さんと呼んだら首を振られたので、言い方としては同居人に落ち着いた。
 目的を果たすまでは、その後の身の振り方を考えている場合じゃない。
 とは言え、現在進行形の噂話が障害にならないなら、何かに使えないかとも思うのだ。でもその方法は知らないから、レクチャー求む。
 良い茶葉で入れたお茶と、甘くない菓子とを用意して。
 結局のところ、噂話もこうして消費されてしまうのだ。そういう平和もいいんじゃないかと思っている。
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嘘を吐く、そしてため息を

2020年11月15日 | 二次創作・短文
 表情に出にくいのは良いことなのかも知れない。
 酸味のある果物には大抵渋みもある。と言うより、酸味と言うほどの鋭さのないものを渋みというのではないか。同じ種類の味。渋みは苦みと混同しやすい。それはそれ。近頃酸味のあるものを食べる頻度が増えたのは、慣れるためだろう。そうしても良いと思える誰かと顔を合わせるとき、表情を取り繕う必要がないように。
 クロテッドクリームで和らげられた酸味は幾分か渋みに近い。酸味のあるクリームと酸味のある果実を組み合わせても、そのまま酸味が上乗せされるわけではない。例えば、ビネガーと柑橘の組み合わせは単に酸味の方向性を変えるだけだ。苦手でも許せる酸味はあるから、そこを探っていく。
 味だけならおおよそ菓子と呼べない代物を、好むものを邪魔しない程度の風味を持たせつつ。その作業は楽しい。でも、ちょっと苦しい。
 苦手なものは苦手だと、はっきり言ってくれるので、そこはありがたい。
 どんなことを話したのか、何をしてきたか、掻い摘まんで知らせてくれるのも、その取捨選択も含めてこちらの期待に応えるものだ。
 なのに、機嫌良さそうに「子供に泣かれた」と、寂しそうに「楽しかった」と言うのを聞くのは、思ってたより幸せな気持ちじゃないみたいだ。
 どこまでも知りたい。でも、何もかもを知りたいわけじゃない。
 生まれてから二十年以上笑いもしなかったくせに、自分の感情が煩わしいだなんて、随分と贅沢になったものだ。
 だから、だいたい「良かった」と返す。事実上嘘ではないけれど、心情的には嘘のようなもの。嘘はばれる。だから嘘にならないことを言う。
 言い方はともかく、感情がまっすぐな人だ。だから、嘘はばれる。
 子供が泣くのは安心できる場所があるからだ。だからって、泣かれたいわけじゃない。
 嫉妬はしんどいと学んでしまった。それでも、このため息は飲み込んでしまおうと思っている。
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砂塵

2020年11月15日 | 二次創作・短文
 ここはどこだ。見覚えのある砂漠ではない。と、言うより、広大な砂漠に見覚えなどない。陽を避けられる場所、食料と水の確保をしなければ。
 過酷な場所の地下に拠点を据えがちな敵と戦っている。転移装置の誤作動が原因なら、この近くに敵の拠点があるのかもしれない。
 手際の良い部下が、手持ちの道具で簡易テントを作った。行動が早い。
「ブリザーの空撃ちでもしますか?」
 自分に使えない魔法。ありがたい。ちょっとだけ優越感を隠し切れてないのが何だかかわいい。ブリザーが使えるなら水は確保できる。本当にありがたい。
「テントの方に」
 日差しはマントをフード代わりにすれば、多少はしのげる。熱いのは平気な方だから、余力があるうちに周りの様子を見たい。
「テントの方は交代制なので」
 なるほど。本当に行動が早い。
 簡易テントに押し込められた彼らの主は、非常事態にも淡々と指示を飛ばすし、ついてきたこちらに気遣う余裕もある。ただし、この暑さではテントに押し込められたが最後、夜になって冷えてくるまで外に出してもらえないだろう。交代制のブリザー係まで配備されている。
 人気がない割に、空を飛ぶ魔獣の姿が見える。こちらに気づかなければ、やり過ごしてもいい。
 ともあれ、魔獣がいるということは、生き物はいる。十中八九食べるものはあるということだ。できれば場所の確定と帰り道の方向。
 見渡す限りに砂、砂、砂。見える距離に高い場所がない。
 魔獣が飛んできた方向に進んでみることにした。
 沈む場所はないか小石を投げてから進み、拾って進む。
 しばらく進むと、ようやく高低差のある場所が見えた。遺跡めいた建物と、その向こうに海。海なら魚がいるだろう。
「何用だ」
 不意に声が聞こえた。用事はない、帰りたい。と言ったらそれきりだった。帰り道を教えてくれるわけでもないようだ。
 ここはどこだ。どこでも良い気がしてきた。
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知る

2020年11月12日 | 二次創作・短文
 気持ちばかりが先走って、館の主を困惑させてしまった。それは、見ればわかる。わかるがしかし。何がツボにはまったのか、笑い出される始末だ。
 ただ、その笑いには、怒りも揶揄も、感じない。
 例えば怒り。胃の辺りが熱くなる。
 例えば悲しみ。文字通り胸が痛くなる。
 視線の先にいる誰かの感情は、何かしら身体に影響があって、この人の感情はまっすぐで、どうあれ心地が良い。
 間抜けを笑ってくれればいいものを、そういうわけではないらしい。
 居候になったのは、それなりに理由がある。敵が同じ。表沙汰にしたくない戦闘の相談がしやすい。自分に定まった家がない。優先順位が最も高い人物が同じで、互いの都合に融通を利かせやすい。
 同じ邸宅にいたって、必要がなければそれぞれのことをするのがいつものことだった。そのいつもを、変えてみたくなった。
「知るべきことも多いでしょうが、自ずとそうでないことも互いに知ることとなるでしょう。今更言うことではないのでは」
 お互いに、話していないことはたくさんある。伝わらないようにしていることも。伝えられずにいることも。
 同じ酸味なら、木イチゴよりもスグリ。きっとそうだろうと思って、緑を選んだ。
 緑色のスグリは、赤いスグリよりも酸味が強い。甘味のないスコーンに、薄い緑のクリーム。薄い、緑。クロテッドクリームに果汁を混ぜたものだ。スグリは皮ごとすりつぶした。厨房で夜通し牛乳を煮詰めるのは、行軍中の火の番を思い出して、何だか懐かしかった。交代の時間が近づく頃合いに焼けるよう干し肉を炙ったのは、もう何年も前だ。
 君を知りたい。自分を知って欲しい。
 子供のように緊張して言うことではなかったはずだ。
「それとも、“知る”とは別の意味でしょうかな」
 子供をあやすように口許が笑む。
 そうかも知れない。何かが頭の中ではじけた。
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これから

2020年11月12日 | 二次創作・短文
 こんな風に何かを決めるには、ちょうど良いんじゃないかと思うんだ。
 今日は良い天気だった。風も冷たくなくて、着る服に迷わなかった。
 用事はあるんだけど、ないようなものだ。顔を見に来た。それから、話をしたくなったけど、特に話したいことはないんだ。
 暇がないって言うけど、お茶はおいしいよ。
 余裕ぶりたいなら、余裕があるみたいなことをしたらいいんじゃないか。だんだんそれが普通になって、だんだん色んなところにゆとりが出てくる。まとまりのない、つまらない話をしてもいいくらいには。
 必要なことばかりを身につけてきたから、そうでないかもしれないものを持て余すのは仕方ない。そう、上手く扱えないんだ。だからって触れずにいるのも惜しい気がして。これから先、何が自分を助けるものか、これと決めたものばかりに向かうわけではないからわからないだろう。
 口数が多いのは緊張しているからだ。自分でも意外だったけど、多分そうだと思う。まだおっかなびっくり自分を確かめているところがあって、自分の感情をつかめないこともある。それで、会いに来た。
 もちろん、その前に許可は取った。……君のじゃないな。でも、そういうことだから。見るからに甘そうだからって手もつけてないけど、この菓子の半分は賜り物だ。残りの半分は甘さを控えめにして作った。試しに、酸味のあるクリームをのせてみるといい。これとこれ。こっちが木イチゴで、こっちが緑スグリ。あ、やっぱり緑スグリの方か。保証するけど、木イチゴも甘い物好きをがっかりさせるくらいには甘くない。これは甘いから、試すなら少しずつ……やめるの、そう。グミがあったら、今度用意する。
 一度甘味好きを絶望させるベリータルトを作ってみようと思って。一緒に食べたい。駄目?
 紅茶は挨拶代わり。つまらないことも、そうでないことも含めて。
 少しずつで良い、お互いを知る毎日を始めていこう。
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