「言論弾圧」を次々と…!ドイツ政府の危険な兆候~まさか「あの時代」に戻る気か…

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ドイツとは こういう国なんだ ご用心 ご用心

川口 マーン 惠美

6月2日、一橋大学の学園祭「KODAIRA祭」で予定されていた百田尚樹氏の講演会が中止になったことが、表現の自由の圧迫ではないかと話題になっている。

保守の言論人である百田氏の発言に対しては、「胸がすく」から「嫌悪感を覚える」まで、視聴者、読者の反応は多岐にわたる。自由主義の国としては当たり前のことだ。全員が「素晴らしい」とか「不当だ」と言ったら、そちらの方が問題だろう。

ただ、「差別扇動者」とか「悪質なヘイトスピーカー」という非難が百田氏に当てはまるかどうかというと、これは別問題。しかも、それが理由で講演が中止になったのだとしたら、これは良からぬ兆候である。

しかし、このような良からぬ兆候は、現在、日本よりもドイツの方で顕著に観察できる。「民主主義」という言葉が異常なほど頻繁に飛び交っているドイツだが、ある方向に限っては、間違いなく「自由弾圧」が進んでいる。「民主主義」という言葉は、ときに隠れ蓑として使われているのではないかと疑わしくなるほどだ。

当局によるハッキングが合法に

去る6月22日、連邦議会で、ドイツ当局が容疑者のコンピューターやスマートフォンなどにスパイソフトを仕掛けることを認める法律が可決された。

このソフトを仕掛けられると、本人は何も気付かぬまま、テキストや写真はもとより、銀行や納税のデータまですべて当局に筒抜けになる。まさに合法的なハッキングだ。もちろんファイアーウォールも役に立たない。

対象となるのは、すでに複数の前科のある人間だけだと言われているが、それが厳密に守られるのか、あるいは、誰が対象人物を決めるのかが明確ではない。しかも、この法律自体が、基本法(憲法に相当)に抵触しているとも言われる。

問題の多いことを知っていた与党は、国民の間で議論が沸騰することを嫌い、この法案を、全く違う法律に付加させる体裁で、しかも、緊急議題の扱いで、参院を迂回し強引に通した。

現在、ドイツはCDU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟)とSPD(社民党)の大連立なので、与党は圧倒的に強く、やろうと思えばかなりのことができる。今回も、緑の党や左派党の議員などが必死で反対したが、効果はなかった。

しかし、可決した途端、やはり非難の嵐が巻き起こった。ドイツ経済ニュース(DWN)のオンラインページでの見出しは、ズバリ、「連邦議会、個人のコンピューターへのスパイ行為を緊急手続で可決」。ドイツ弁護士会 (DAV)は、「人格権への重篤な介入のための法的基盤」が作られたとして、強く抗議した。

さらに同日、憲法改正も行われた。NPD(ドイツ国家民主党)という極右党を排除するのが、とりあえずの目的である。

NPDは1964年にできた党で、60年から80年代には、あちこちの州議会でかなりの議席を獲得した。現在力をつけている右派AfD(ドイツのための選択肢)とは違い、真っ向から反ユダヤ・反外国人主義を掲げ、資本主義経済を批判したり、死刑の導入を主張したりと、ネオナチ色のかなり濃い政党だ。ただ、ここ10年ほど勢いは下火で、現在、国内での議席数はゼロ。EU欧州議会で1議席のみを持つ泡沫政党である。

それでも既成政党にとっては目障りであるのか、2002年には、連邦議会と当時のシュレーダー首相が、NPDを非合法政党として禁止する申し立てをしたが、最高裁が却下。その後、12年にも同じ動きがあったが、やはり取り上げられることはなかった。

ところが、CDU/CSUおよびSPDは諦めず、NPDを経済的に干してしまう作戦に出た。NPDは去年、正当な権利として、114万ユーロの政党交付金を受けていたため、政府はこれを切ろうと、基本法(憲法に相当)の条項に、「自由民主主義の基本的秩序の侵害、あるいはドイツ連邦共和国の存続を脅かすように誘導する政党は、国家からの金銭の援助を受けられない」という文章を付加したのである。

これに対して緑の党などは、「憲法改正は行き過ぎ」、「機会の均等に反する」と反対したが、結局、法案は、賛成が502票、反対が57票、棄権が20票で可決された(基本法の変更には、3分の2の賛成票が必要)。最終的な判断は最高裁の決定に委ねられることになるが、おそらくそのまま改正が認められるとみられている。

ただ問題は、まさか政府がこの憲法改正を、放っておけばどうせ潰れるNPDのためにしたのではないだろうということだ。いずれ、他の政党に適用するための準備であることは間違いない。どの政党かはいうまでもないだろう。

徐々に強まる一党独裁色

ドイツ政府の危険な動きはまだある。この日に提出されたSPDのマース法相の宿願、いわゆる「ヘイト法案」だ。

どんな法案かというと、フェイスブックなど、ソーシャルネットワークを運営している会社は、ヘイト(誹謗)、あるいはフェイク(嘘)と判断される書き込みを直ちに削除しなければいけないというものだ。もし、それを怠った場合は、多額の罰金が科せられる。

しかし、そもそも言論の内容が合法か違法かを決めるのは司法であり、一民間会社ではない。マース法相は、言論の自由を守るための法案と強調するが、これこそ言論弾圧の第一歩である。

これが通れば、政府はそのうち、気に食わない意見をことごとく封じ込めることができるようになるはずだ。だから、当のフェイスブックはもちろんのこと、多くの国民も反対を表明していた。私もこのテーマはすでに何度か取り上げている。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50820
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51477

数日前に設けられた公聴会でも、招致された専門家10人のうち、賛成は1名のみだった。

結局、この法案は否決されたのだが、驚くべくは、その直後に発表された、CDU/CSUの議員団代表であるカウダー氏のコメントだ。

「フェイスブックやその他のソーシャルネットワークは、我々が失敗したと思って喜ぶのはまだ早い。(略)これを達成するのは我々の強い意志である」

これまで私は、この法案はSPDの主導だとばかり思っていたが、どうも、CDUとSPDはすでに一体化しているらしい。9月の総選挙に向かって、両党が死闘を演じているというのはただのポーズで、本音は、再び大連立を組んで強い与党として留まるということか。

そうだとすれば、ドイツの大連立政府のやり方が、徐々に一党独裁の国のそれに似ていくのも無理はない。いずれ、ヘイト法案は化粧直しを終えて、再び浮上してくるのだろう。

最後に、この日に披露されたもう一つの不思議な法案にも触れたい。税制委員会の委員長が提出した法案で、平たく言えば、「弁護士、税理士、経営監査士(日本の公認会計士に相当)は、顧客が節税のために過激な方法を用いた場合、所轄の役所に届けなければならない。それを怠った場合は、罰せられる」というものだ。

これが可決されれば、自分の弁護士や税理士はもはや信用できなくなる。世の中終わりではないか。

ヒトラーの時代、そして東ドイツ時代、ドイツでは密告が国民スポーツのように盛んだった。ドイツ国民は「まさか」と思っているだろうけれど、昨今のドイツを見ていると、この国はどうもそちらの方向に静かに進んでいくような、変な空気を感じる。

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