「ドレミの歌」誕生の切っ掛けが、かの三島由紀夫だったとは

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この話は本当か。大ヒット曲が誕生した舞台裏の涙の物語り
  「ドレミの歌」誕生の切っ掛けが、かの三島由紀夫だったとは

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門田隆将『奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山』(小学館)

 およそ歌と言えば、演歌と軍歌と小学校唱歌しか知らない評者にとって、少年時代にラジオで聞いた「南国土佐をあとにして」は衝撃的だった。それまでジャズ歌手としてバター臭い、「ペギー」などという芸名から、縁の遠い歌手でしかなかった。
 ラジオ全盛の時代、流れてくる歌の多くが情緒的で浪花節敵でもあり、豊かな情操を伴った。歌姫は美空ひばり、島倉千代子、そして男の歌手は三橋三智也、春日八郎。。。。。。

 ペギー葉山の歌った「南国土佐をあとにして」は日本人の感性と情緒を揺さぶり、涙腺を刺激してあまりあった。
 昭和三十四年、空前の大ヒットとなり、日活で映画になって小林旭が主演だった。ペギー葉山はクラブで歌う場面で出演していた。中学生の頃、この映画を見た記憶が蘇った。
 あらゆる成功譚には、因縁、えにし、人脈、そして運命があり、それが輻輳してある時、合体を産むと、奇跡が起こる。
 まさに「南国土佐をあとにして」は奇跡の運命から誕生した。前編はその舞台裏の物語である。門田氏は、この物語を感動的に書き上げた。
 戦争中、歩兵第236連隊という勇猛果敢、別名「鯨部隊」と呼ばれた兵団があった。土佐出身者の部隊である。鯨は古き昔から高知の漁民が捕った。いまでこそ鰹の一本釣りだが、土佐料理につきもの。
 はりまや橋は、地名こそ有名だが、小さな橋である。行ってみて驚くほど小振りで、拍子抜けがする。そこで坊主がかんざしを買うというのは替え歌。もともとはこの鯨部隊の兵士が戦地で作詞作曲し、大いに歌われ、流布していた。戦後も兵隊の引き上げによって歌い継がれたが作者不明という状態がつづいた。ちょうど吉田正の「異国の丘」と同様である。吉田はシベリア抑留から引き上げて、自分の歌が大流行していることに驚いた。
 ジャズ歌手の道を歩んでいたペギーに白羽の矢を立てたのは音楽の才能があるNHKのプロジューサだった。「男の歌を女の歌に変えていた」のだ。女性のアルトが良い、として誰がよいかを捜すとペギーしかいなかった。
「アトラクションで良いから」としぶとく口説き、ようやく了解したペギーも、いざ高知の生番組の会場へ行くと、本番の台本を渡され、驚くしかなかった。
 練習を積んでいたので、おちついて歌い出すと場内はしーんとしている。
「あ、やはり失敗だ」と歌いながら思ったそうである。
ところが、最後まで歌うとどよめきに似た大喝采の嵐となった。
 「異様に熱い何かが、まるで波が打ち寄せてくるように何度も何度も私に迫って来ました」とペキーは語った。

 「この歌の歴史は、ある名もない一兵士が、あの過酷な戦場でつくったところから始まります。そして、郷土出身、鯨部隊の兵士たちが曠野で歌い継ぎ、戦後、武政英策先生が補作編曲し、昭和三十四年、われらがペギー葉山さんが大ヒットを飛ばし、全国的に有名になった」と「南国土佐の歌碑を建てる会」の臼井会長に語らせる。

次の大ヒットは国民的歌謡となった「ドレミの歌」だった。
 翌年、ペギーは米国の公演を引き受けロスアンジェルスへ単身で飛んだ。
 直前に、「運命を変えるともいうべき邂逅があった。三十五歳の作家、三島由紀夫との対談である。ペギーはこのとき、まだ二十六歳。深川の料亭で催されたその対談は、思いも寄らぬ方向へ向かった」(306p)
 三島はニューヨークへも足を延ばせと強く進めるので理由を問うと、「そりゃ、ミュージカルが花盛りだからさ」。
 ウエストサイド、マイフェアレディ、サウンドオブミュージック。。。。。。
 「絶対見てこいよ、って。私は『ええーっ』て言ったんですよ。とにかくぎょろぎょろしたあの眼で、三島さんがいろんなことを次々と」
 ペギーは決断しロスからニューヨークへは重い荷物に着物姿の一人旅。ロスからのチケットも自分で手配した。まるっきりひとり。
 見た。サウンドオブミュージックを。そして感動したペギーはロビーでスコア(譜面)とLPレコードを買い求めた。
 「これを日本語で歌ったら素晴らしいって思った」
 生前にインタビューした門田氏にペギー本人が回想するのだった。

ペギーはドレミの歌の日本語訳を自分で、自分の感性でなした。翻訳をおえるとニューヨークは朝になっていた。
「『南国土佐をあとにして』を歌いに来て欲しい」と。そんなロサンゼルスの日系人の要請から始まったペギー葉山のアメリカン・ジャーニーは、これまた日本の歌謡史に特筆される大ヒットを残すことになる」(318p)。
 ペギー葉山と三島由紀夫、これもまた奇跡の出会いだったわけだ。

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