Mac miniのある生活

連載小説:タイトル未定 第五話(語り:西原 悠一)

【第一話は、こちらへ】

オレが、理沙にフラレた方だ。
別れたいと言ったのはオレだったのだが、フったのは確かに理沙の方だ。
あの時のオレには、アレを受け止めることはできなかった。

今なら、分かる。しかし、あの時には理解することができなかった。
理沙にとって、恋の相手はオレでなくてもよかった。
他の誰でも良いというわけではなかっただろう。ただし、オレは唯一の存在として認められていたわけではなかったのだ。
理沙にとって恋とは、心から欲望し希求する対象ではないのだと思う。
理沙は恋を信用していない。そういうところがある。
自分の母親との「愛」を諦めて、別の女との「恋」を選んだ父親に対する復讐の一種なのか、それとももっと根源的な原因に突き動かされているのかは分からない。
身体的なことのみならず心理的にも、本能的な欲求が理沙を揺すぶったとき、そこに理沙自身がブレーキをかけるのだ。
二十歳にも満たないオレに、それを理解しろというのは酷な話だったと思う。

そんな風にしかオレの方を見ることのない理沙の顔を、それでもオレは素敵だと思っていた。
あの時。
講義に遅刻し、隠れるようにして教室へ入って行った。
いつもオレたちが座っていた机の辺りを、中腰の姿勢のまま顔を上げて見たあの時。
理沙が崇と話していたあの時。
天からの遣いか何かのような、やわらかくて満ち足りた微笑を見るまでは、理沙の最高に素敵な顔を知っているつもりでいたのだ。
1mmも動けなくなる程美しいと感じたあの微笑は、バイクで転倒した時のような吐き気を催す程の悪感と同時に記憶から消えない。
怒りに震えることができなかったし、気持ちを放り捨てることもできなかった。
あの時に、ほとんど隙き間なく喪失感でいっぱいになった心は、今でも所々無惨な穴を晒して、塞がりきっていないままだ。
未練がましいと思うが、オレは今でも理沙のあの微笑に釣り合う価値を有するものを求めているんだと思う。

理沙にとって崇は、父親とも兄弟とも違う、しかしそういう種類の関係が与えてくれる温度を望む対象なんだと思う。
兄弟も姉妹もおらず、父親からは捨てられたに等しいと思っている理沙が、その代償を崇に求めたとしても不思議ではない。
無論、オレに理沙のことが理解るはずもない。
人の心は一時として同じ場所にとどまらないし、同じ形をしていない。
このオレの考えは自己勝手な推論に過ぎないかもしれない。しかし、断言していい。見当違いなどであるはずがない。
そうでなければ、オレが別れをきりだした時の、理沙の涙に説明がつかない。

崇は、自分という軸を動かさないくせに、強さを感じさせない。
只やさしいのとは違う。オレが唯一無防備で接することのできる親友だ。
崇のような男になりたいと思う。
そんな崇とは、何度か合コンをやった。
親友と一緒に楽しみたかったのが半分。
恋人の一人くらい欲しいだろうと思ったのが残り半分。
しかし、もしかしたら、理沙に対する復讐がわずかにあったかも知れない。
崇を合コンに誘った理由は、それぞれそんな割合で占められていただろうと思う。
こんな思いをさせられるくらいなら、そのどれも掃いて捨てられたのだが。

理沙の部屋に飲酒運転で向かいながら、その衝動を止められなかった。
行って話す言葉なんて何も思い浮かばなかった。
ただ、何かに焦る気持ちがどんどん膨らんできて、胸の辺りを鈍く強い力で圧迫し続けていた。



(以下、第六話へつづく)
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