Mac miniのある生活

連載小説:タイトル未定 第八話(語り:中道 真希)

【第一話は、こちらへ】

アップルのiPhoneという携帯端末のことは、わたしも知っていた。
うちの会社がソフトベンダーだからということもあって、この手の機械には目がない人が多くて、発売日の翌日には、わたしと同じチームの佐藤チーフが自慢げに見せびらかしていた。
独特なインターフェイスを持っていて、いかにもアップルらしいという印象だったんだけど、それよりも崇がそれを手に入れようかどうしようか迷っていることを知っていたから、ちょっと興味があったのだ。

「真希も、一緒に見に行く?」
罪の意識がないというのは、本当の意味で悪魔的だ。
上野理沙がiPhoneを買って、それを崇に自慢したいと思うのは別に悪いことじゃない。
そして、それを崇が見に行きたいと思うのも、悪いことじゃない。
二人はAppleのファンなんだし、ごく自然なことだと思う。
でも、できればわたしが知らない間に、立ち話程度に終わらせてくれればよかった。
崇と上野理沙が楽しそうにiPhoneバナしてるのを傍観してるのはイヤ。
でも、それを一人の部屋で想像してるのなんて、もっと嫌。
だからといって「行かないで」なんて言いたくはない。
エスケープボタンのないダイアログみたい。
強制終了って、どうすればいいのかな。
すっかり追いつめられたような気になっていたから、「いや」と答えてしまった。
不機嫌そうに拒絶の意思表示をしなければいけないほどイヤだったわけではないんだけど、その言葉を聞いた崇の顔が、何ともいえず申し訳なさそうにしてたのが、さらに私をヘコませた。
崇は、いかにiPhoneが素晴らしく、見て触るだけの価値があるかという説明をしていたと思うけど、よく覚えていない。
わたしには「久しぶりに上野理沙に会いたい」としか聞こえてこなかった。
もう、いい。

どうして、そんな風に崇に八つ当たりしてしまったのか、よく分からなかったんだけど。
部屋を出て家に向かっている最中、崇から、字数制限を超えてしまって途中から読めない程の長文メールが送られてきた。
彼が表現できる全てで、わたしのことを好きだと伝えてくれていた。
それを読んだときに、はっきりと自覚できた。
わたしは、崇との恋愛に一種の依存症状を起こしてしまっている。
崇のいないこれからの人生はあり得ない。
ずっと、崇のことを感じていたい。
わたしのことだけを見ていて欲しい。
わたしだって、今までに恋をしたことはあった。
でも崇は今までと全然違っていて、わたしの気持ちの大切な部分に、これ以上ないくらいに心地良い感触を与えてくれる。
どこの誰に対してでも、はっきり宣言できる。
わたしは崇のことを、わたしの全てを懸けて愛している。

だから、上野理沙のことをどうにかしておかないと。
会ったことのない彼女のことを、悪く言うつもりはないんだけど。
でも少なくとも、わたしにとっては必要のない存在。
もう少し本音を言うと、余計な存在。
崇のことを大切な友人だと思っているのなら、そっとしておいて欲しい。
崇の気持ちを惹くようなことを、しないでいて欲しい。
わたしの心を押しつぶして、バラバラにするような真似をしないでいて欲しい。

ただ、着信音が違うだけの人。
ただ、彼が一番大切にしているものに共感している人。
ただ、普通よりちょっとだけ可愛らしい人。
崇の彼女はわたしで、上野理沙はただの友達。
そう思って、自分の心を落ち着かせようとしても、どうしても胸の閊えはとれなかった。

崇が私を誘って上野理沙の家に行こうとしていたとき、心の底から楽しそうにしていた彼の顔が、頭の中から消えなかったから。



(以下、第九話へつづく)
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