所在地 新茶屋 中山道の路傍
「桑の実の 木曽路出づれば 穂麦かな」子規
正岡子規(1867-1902)は明治期の俳人・歌人。本名は常規、松山の出身。明治26年東京大学を中退後俳句革新を唱え、さらに「歌よみに与ふる書」で万葉を理想とする短歌革新を唱えた。
「かけはしの記」には、この句の前に「馬籠下れば山間の田野照稍々開きて麦の穂已に黄なり。岐蘇の峡中は寸地の隙あらばここに桑を植え一軒の家あらば必ず蚕を飼うを常とせしかば、今ここに至りて世界を別にするの感あり。」と述べている。この碑は昭和54年9月、馬籠観光協会によって建立された。
この場所からの夕日の眺めは一押しです。馬籠から徒歩20分