先生、マルコー先生じゃないですか、講義が終わって夕食の買い物を済ませて帰ろうと考えていたときだ、声をかけられて驚いた、イシュヴァールの診療所で、お世話になっていたという言葉に思い出した。
「セントラルに、こちらにいるなんて驚きました」
「色々とあってね、今は、こっちで仕事をしているんだ」
そうですかと頷いた男は、戻らないんですかと聞いた。
「イシュヴァールにも医者はいるんですが、古い患者はマルコー先生に看て貰いたいという人もいるんです」
男の言葉に勿論、帰るつもりだよとマルコーは答えた。
「ただ、今すぐという訳には色々とあってね」
「もしかして、今は軍医として、お仕事を、ですか」
「ああ、色々とあってね」
男は少し残念そうな顔に鳴りながらも、セントラルで医者として開業している訳ではないと聞いて安心したようだ、だが、軍医として働いているのなら色々と大変だろうと思ったのだろう。
男と別れた後、言い訳がましくなかっただろうかと思い返してみる、帰る気がないわけではない、講師として、それにノックスの療養所を手伝っている事もある、だが、こちらに来て、随分とたつ、やはり、一度は帰った方がいいのかもしれないと考えた。
「で、帰るのか、まあ、長いこといるからな、家も空き家同然だったら泥棒が入っていてもおかしくはないだろう」
「取られるようなものはないがね」
「数日なら講師は俺が代わりにと思うが、先の事を考えるとなあ、大佐に相談してみるか」
自分の講座の事は数日ぐらいならノックスが自分の友人が代わりを務めてくれるだろうが、だが、どれくらいの期間になるか分からないとすれば正直、迷ってしまい安易に頼むとはいえない、確かに長く、こちらにいすぎたかもしれないと今更のように思ってしまう。
帰るとしたら、彼女に伝えなければいけないな(また、一人の生活に戻るのか)
そんな事を考えると、帰る足取りが、わずかに遅くなってしまう。
「なんか浮かない顔だな、どうした」
「一度帰ることにした、大佐にも伝えてはある、後の事頼めるか」
任せろと友人の言葉にほっとするマルコーだが、ノックスは、んっという顔になった、何か気になる事でもあるのかと言われて、言葉を濁そうとすると、ネェちゃんには言ったのかと聞かれてしまい無言になる。
「連れて行けばいいだろ、助手代わりにどうだ、俺のところでも手伝ってたしな、大丈夫だ、保証してやる」
マルコーは首を振った、ここセントラルと違って自分の住んでいるイシュヴァールはド田舎といってもいい、何もないところなのだ、不便な事もあるだろう、そんな簡単に自分の都合で手伝い、助手代わりに連れて行くなどできないと呟く。
すると、真面目だなあとノックスは笑った。
だが、その数日後、イシュヴァールに帰るんですかと彼女から聞かれてマルコーは驚いた。
まさか、話したのかと思ったが、生徒達の間で講座の規模が縮小されルカもしれない、講師の数が減るかも知れないという噂になっているらしい。
「あー、そのいずれは帰ろうと思っているんだが、診療所も埃だらけだろうし」
イシュヴァールに帰るかもしれないという噂を聞いた時は驚いた、だが、向こうで医者として仕事、診療所を開いていたのだから、いつかは帰る日が来てもおかしくはないのだ。
だが、それを聞いて自分は、うーん、ショック、気落ちしている。
二人で暮らしていて凄く居心地が良かったというか、良すぎたので、長く続いて欲しいなんて思ったけど、我が儘だと思ってしまうのだ。
助手として連れて行ってくださいなんて図々しい事はさすがに言えない、かといって。
ノックスさんのところで助手として雇ってもらおうか、でも息子さんがいるし、いや、その前に、この家で一人で住むというのもなんとなく気が引けてしまう。
デートしないかねとニコニコと笑いながら言われてしまうと、何故か断りづらい。
講義が終わって、夕方までは時間があるしぶらぶらと、本屋にでも行こうと思っていたら声をかけられた。
元気がないねと言われて、そんな事ないですよと言いかけるとにっこりと笑いかけてくるので妙な気分になってしまった。
「それは地図かい、で、どこか旅行にでも行くのかい、ああ、イシュヴァールか、少し遠いね」
「な、なんですか」
地図をただ、開いていただけなのに、何故と思ってしまった。
「ははは、当たったかな」
「ブラッドさん、その、遠いんですか、イシュヴァールって」
そうだねぇという返事の後、軽く髭を撫でながら、汽車で数日かかるね、その後はと続く言葉に女は肩を落とし、遠いんですねと小声で呟いた。
「一緒に行けばいいんじゃないか、断らないと思うがね」
ブラッドレイの言葉に、ムムッと困った顔になった彼女はわずかに顔を伏せた。
「図々しい事、言えませんよ、無職でプーですよ」
「随分と殊勝な事を」
「おまけに居候ですから、三重苦ですよ」
それは大変だと笑うブラッドレイだが、恨めしそうな視線に気づいた。
「少し、よろしいですか」
講義が終わった後、キンブリーに声をかけられたマルコーは驚いた、イシュヴァールに帰られるんですよねと言われて頷くと、お願いがあるんですと言われて正直、驚いた。
「実は私の生徒なんですが、御一緒させて貰えませんか」
自分が付き添っていきたいが、今、セントラルを離れられないというキンブリーにマルコー何故という顔になった。
「イシュヴァールで区画整理が行われるという噂があります、軍の施設をいう話らしいんです、先生の療養所付近なんですよ」
あんな田舎に、一体何を建てるというのか、人口は少ないし、廃坑は古く、何もない土地と入ってもいい。
「君の生徒というのは、もしかして、あの三人かな」
キンブリーは頷いた、ドボジョの三人は有名らしい。
「あちらは貧しい土地といいますが、それは今までのことがあったからです、実は区画整理の話も聞きつけてきたんです、彼女たちが」
一体どこからと思ったのだという、最初はデマか、噂ではないかと思ったが、調べてみると確かに話はあるらしい、自分達の工房、職人の間では民間の職人に仕事は任されないのかと噂する者もいるようだ。
キンブリーの話を聞きながら、マルコーは少し難しい顔になった、すると区画整理、軍が関係しているというのは、この際、無視してくださいませんかとキンブリーは真面目な顔になった。
「イシュヴァールがどんな土地か、一度、見せておくのもいいかと思いまして、若いんです、選択は幾つあってもいいでしょう」
キンブリーの言葉を聞いて、マルコーは驚きの目で相手を見た。
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