こんにちは。
今日はアメリカ東海岸のボストンにあるハーバード大学に遊びに行ったお話をしたいと思います。
学校は、正確にはボストン市とお隣のケンブリッジ市にまたがっていました。
この辺りにはハーバード大を始め、マサチューセッツ工科大学などたくさんの学校があり、ボストン
市&ケンブリッジ市の一帯は全米有数の学園都市を形成しているそうです。
下の画像は、ハーバード大学の正門。
広い敷地の割には意外に狭い門でした。狭き門なのですよね。
広々とした芝生のキャンパスでした。日曜日でしたので、学生さんたちの姿はありません。
ハーバード大学は1636年に創設された私立大学で、アメリカ最古の高等教育機関だそうです。
1636年といいますと、まだメイフラワー号がアメリカへの入植者を運んでイギリスとの間を往復して
いた頃ですから、ずいぶん早くから学校を建てたのですね。
他の国々とは違って、いきなり文化レベルのかなり高い位置から建国が始まったという、特殊な歴
史を持つ国だということを改めて実感しました。
ご存知のように、ハーバードは世界でも最難関の大学の一つとして知られています。
この学校からノーベル賞受賞者が74人も出ているそうです。
キャンパスは出入り自由で、近所の住人らしき人たちが犬の散歩やウォーキングをしていました。
世界の各界をリードする人たちがこのキャンパスから巣立ってゆくのですね。
皇太子妃の雅子さまも、ここで自由な学生生活を謳歌していらしたのでしょう。
ハーバードという名称は、建学当時、私財と蔵書を学校に寄付した最初の寄付者ハーバード牧師
の名前にちなんで付けられたそうです。
リスもハーバードの住人です。学生さんたちに可愛いがられているのか、人懐っこいリスでした。
大学の生協です。学生街にありました。
校章入りの文房具などもありましたけど、ここの物価は高かったです。
第一、胸に校章入りのトレーナーなんて当校の学生さんたちが着るとは到底思えません。
ハーバードは観光スポットになっていますので、生協とはいえお土産ショップなのでしょう。
学校の保健室の吊り看板です。学生街にありました。
下は、学生街の一角。右側が学校です。これから先は学生街で撮った写真ばかりになります。
下の画像、左奥に赤レンガの大学の建物が見えています。学校を一歩出れば街の中でした。↓
いかにも学生さんたちの溜まり場といった風情のお店。
下は洋服の仕立て屋さんの吊り看板。同じお店の看板なのですけど、何故わざわざこんな風にいろ
いろちぐはぐにくっつけているのか・・考えてしまいました。後から四角の看板を付け足したのかしら。
どちらにしろ、ガラスのシンメトリーは偶然ではなく、お店の狙い。
下は学生街の映画館の外壁に描いてあった絵です。
手前を歩いている男性は、本物の人間ですよ。この写真、ちょっと気に入っています。
それにしても古い。今の学生さんたちって、マリリンモンローなんか知っているのでしょうか。
最後に、コーヒーショップの吊り看板とそのお店。こちらでもやはり、スターバックスが人気のようです。
ハーバードからの帰りに3kmほど離れた所にあるマサチューセッツ工科大学の前を通りました。
日本ではハーバードほどは知られていないようですけど、ノーベル賞受賞者を79人も輩出している
そうで、やはり世界の最難関校の一つです。
ハーバードの74人と合わせただけでもなんと153人。
このマサチューセッツ州でもまた、アメリカの実力というものを思い知らされたのでした。
常にトップを走り続けるアメリカという巨人の姿も。
下の画像がその正門です。
ワシントンD.C、ニューヨーク、ボストンと駆け足でご案内してきましたけど、この辺でアメリカは一応
終わりたいと思います。
アメリカは日本にとって唯一の同盟国ですし、距離的には遠くても最も近い国と言えるかと思います。
アメリカに来て、逆に日本のことがよく理解できるようになりました。
ご存知のように江戸時代、鎖国していた日本に開港を迫ったのもアメリカですし、敗戦後、民主主義
を迫ったのもアメリカでした。
日本は、アジアに進出したいアメリカにとって、燃料、食料、水を補給するための重要な中継地、つ
まりアジアへの玄関口に位置していたわけですから。
日本という島は、世界地図のなかで地理的に非常に微妙なポイントに位置しているのだということを
再認識させられました。
ニューヨークのグランド・ゼロ、自由の女神像、自由の鐘のあるフィラデルフィアなど、写真をたくさん
撮ってきていますので、いずれまた改めてレポートできたら、と思います。