goo blog サービス終了のお知らせ 

そよ風に乗って

過ぎ去った思い出や、日々の事を
そっとつぶやいています。

ひょんな事からラインデビュー

2017-04-21 23:45:00 | 私の事

スマホは、ほとんど電源を切って机に置きっぱなしで使っていませんが

ひょんなことから、ラインアプリを入れることになりました。

ひょんな事とは、夫に来た葉書に、スタンププレゼントが有ったからなのです。

 

これ貰ったら? と葉書を渡されて

ラインをやってないのに、こんなの要らないよ

良いじゃん貰っとけば。

スタンプの意味分かってる?

 

とまあ、こんな会話の末、葉書に書かれているQRコードにアクセスしてみました。

当然の成り行きで、ラインアプリを入れる羽目になりました。

入れても使うつもりはなかったのですが

電話番号をスマホに登録してあった長女と、自動でつながったらしく

「ラインいれたんだね、使い方わかる? 」というメッセージが届きました。

図らずも、line デビューする羽目になりました。

 

先日、旅行で長女に会った時に、フランスに住んでいる次女と

グループを作ってくれて、次女ともつながりました。

ラインでは無料でビデオ通話ができるのです。

そして旅行中、姉の別荘にいる時に、次女がビデオ通話をしてきました。

お互いに相手の映像を見ながら話が出来ます。

私の姉も一緒にいる時でしたので皆で楽しいおしゃべりが出来ました。

 

そしてまた、先日、次女からのビデオ通話は

二人の孫息子たちも一緒でした。(大学1年と中学3)

ちょうど、子供達は学校が休暇中で、上の孫も帰省中。

おまけに、その日は祝日との事で、旦那さんも、手を振って姿を見せました。

 

孫息子たちに、何か欲しいものが有ったらクリスマスに贈るよ

というと、バカロレアスクールで勉強漬けになっている上の孫が

「頭の良くなる機械が欲しい」   だって。

じゃあ、ア〇ゾンで探しておくね~

と言っておきました。

 

私はパソコンでメールするのが、時間も気にせずいつでも送れて

あとから読み直す事も出来るので一番好きなのですが

ラインのビデオ通話もたまには、いいですね。

つくづく、世の中便利になったものだと思います。

 

ラインなんて・・・・と食わず嫌いでしたが、こんな程度に使うのはとても便利。

ひょんなことから、ラインデビューしたお話でした。


庭の花と、日記について

2017-03-26 13:19:45 | 私の事

東京で桜の開花宣言が3月21日でした。

花冷えともいえる寒い日が続いているなかで、よくぞ全国一番乗りをしましたね~。

その後の開花はゆっくりのようです。

 

昨日、庭の花の写真を撮りました。

毎年咲いてくれる宿根草や球根の花ばかりです。

そして、ここ数年の同じ頃に撮った写真ファイルを見てみると

 

同じ花を、毎年撮っているのですね。

そして毎年、すこしづつ、花の表情が異なります。

 

このムスカリは、今年はとても寂しい。これしか咲いていません。

沢山盛り上がるように咲いていた年もあるのに、どうして?

サクランボの木の根元で、落ち葉が積もったままにしたせいかな?

ジュリアンは、たくさん増えたので、他の場所に株分けしてみんな元気です。

これは元の場所に残した一株。 

花ニラは、あちこちで元気です。

そして、風に乗って種が飛んできて根付いたらしい雪柳が、随分と大きくなって、

可愛らしい花を咲かせています。

毎年植えるのは、パンジー

毎年、変わらないようでも、それぞれ変化のある花たちとのお付き合いです。

 

私は毎日、簡単な日記を書いています。

大学ノートに、日付を入れて、書きたいだけ自由に書きます。

数行の時も、たまには1ページを使う事もあります。

平凡な毎日。あまり書く事も無く、ついサボってしまって、

2日程経ってまとめて書こうとすると

もう、3日前の事さえ、思い出すのに時間がかかります。

 

でも、その時は何でもないと思っていた出来事ですが

日記に書いておくことで、大変役に立つ事も有ります。

夫との会話で、意見が合わない時も

あの日は、こうだったわよ。とはっきりと言えますからね。

 

同じ所に出掛ける時には、何時の電車に乗ればちょうど良かった

等というような事でも、日記で確認できます。

 

今回の、首相夫人の、メールのやり取りをテレビで見ていると

講演料を受け取ったかどうか、あの日の記憶が飛んでしまって、

というような事を、先方に問い合わせておられるようですが

日記にしっかり書いていらっしゃれば、

はっきり自信を持って主張できるのではないでしょうか。

記憶にないなどというと、相手の思う壺にはまってしまう危険性があると言うことですね。

ブログとは違って、正直に日々の記録をしっかり書いておくことは大切ですね。

今回の事は、我々には、謎のままで終わるのでしょうね。

 

これ、お父さんにはナイショよ、と応援している子供にへそくりで援助したら

ばらされてしまって大変なことになってしまった。

そんな感じの話のような気もしますが

こんがらがって、こんがらがって、火消が大変そう・・・・ どうなるのでしょう?

 

暖かくなったらお花見に出かけて、青空の下で深呼吸がしたい!!

そして日記には、今年も桜を見る事が出来て良かった~ って書いておこうかな。


祖母のこと・・・くじで当った温泉旅行

2017-01-13 10:43:13 | 私の事

子供の頃は1年は長かったですね。

遠足とかお正月とか、楽しみは指折り数えながら待っても

なかなかやって来なかったように思います。

 

いつだったか忘れました(8、9歳の頃)が、商店街のくじ引きが有りました。

ガラガラ~ と回してポトンと玉が出てくるくじ引きです。

 

家から数軒先のパン屋さんが会場。

祖母に、行っといでと言われて、くじ引きの券を持って行きました。

賞品は何かな? チャンスは一度。

ガラガラ ポン。 色のついた玉が出ました。

パン屋のおじさんが大きな声で言いました。

「〇ちゃん偉い!! 当たりや~ ええお婆ちゃん孝行が出来たな~」

賞品は、有馬温泉旅行でした。

 

賞品を貰って、走って帰って祖母に渡しました。

祖母はびっくりしたようでしたが

「私が行ってくる」 とだけ言いました。(言い方が地味でしたね)

どんな旅行だったのか

旅行の話を聞いた記憶は残っていません。

祖母が楽しんできてくれたのだったら嬉しいのだけれど。

 

数年前に姉とそんな話をしていると

「ああ、それでェ~ 」と言っていました。

祖母が旅行に出掛けたという記憶は残っていたのでしょう。

 

祖母は孫を育てることに忙しく

経済的にも旅行などする余裕はなかったと思います。

 

くじの旅行ではなく、旅行に連れて行ってあげたかったなあ、と

この歳になって思います。

もちろん私が高校生になった年に亡くなった祖母ですから

無理な話ですし

ずっと自分の事ばかりでそんな事は考えた事もありませんでしたが

この歳になってしみじみと思い出しますね。

親孝行、したい時には親はなし ですが、祖母ならなおさらのこと

 

祖母が望んでいたことは、

孫たちが大人になって幸せになる事だったと思います。

そしてそれが本当のお婆ちゃん孝行。・・・・多分、皆それなりに。

 

それは今の私も同じ、子供たちや孫たちが健康で幸せでいてくれることが

いちばんの親孝行だと思っているからです。

 

苦労かけましたが、私達姉妹はみんな、祖母の事が大好きでした。


祖母と姉と学校と・・

2017-01-11 17:09:00 | 私の事

 

姉達が通っていた神戸大学の付属は自宅から山の方に歩いて行き、

美術館の脇から山道を登って行きました。

登りきると、小、中学校と、道路を隔てた所に大学の校舎がありました。

大学の文化祭を、私はなぜか一人で2度ほど観に行った記憶が有ります。

一人で講堂に紛れ込み大学生の演劇や音楽などを観ていました。

 

山の上からは海が見渡せました。

そんな環境が好きでした。

 

母がまだ元気で、姉の授業参観に連れられて行った日の事も思い出します。

姉が2年生か3年生の頃です。

母は、私もこの学校に入れるつもりでいたのだと思います。

授業参観が終わって休み時間になった時

私は、いつも遊んでくれる仲良しの姉に向かって大きな声で呼びかけました。

「〇ちゃん~ こっちにおいで~ お菓子あるよ~飴も有るよ」

 

姉は、チラッと私の方を見てきまり悪そうに無視して友達と話をしていました。

いつもの〇ちゃんではなくて、どうしちゃったんだろうと思いました。

 

老人(?)になってから、そんな思い出話を姉とすると

自分も小学校に上がる前に

母に連れられて長姉の参観に行ったことがあると言っておりました。

 

二人の姉ですが、上の姉は6歳違いでしたから、あまりチビの私にはかまってくれず

勉強も良くしていて、しっかりもののお姉さんの貫録がありました。

下の姉はいつも面倒を見て遊んでくれて、仲良しでした。

私は名前でナッちゃんと呼んでいました。

頭も良くて、姉妹では一番の美人でしたが、ちょっと気が強いところがあり・・・・

 

私が、学校から帰ると、家に戻っていたことが有りました。

男子生徒と喧嘩して、学校を飛び出して帰って来ていたのです。

 

祖母もやれやれと思っていたでしょうね。

学校にカバンを取りに行くように諭され、

私に付いて行ってほしいと。

 

2度ばかり、そんな事が有りました~  

私としては一緒に山道登れて楽しかったですけれどね

山道の途中で、下校して来る生徒たちに出会い

友達が姉のカバンを届けてくれるつもりで、持ってきてくれていました。

友達が

「先生、気が付かなかったみたいよ。良かったね」

などと、口々に言っていて

みんなで一緒に山をおりました。

 

そんな訳で、山の上の姉たちの学校は私にも懐かしい学校なのです。

ちなみに、姉は4人息子を育て、昨年天に召されました。

祖母の亡くなった歳を一つ越えて74歳でした。

 

思いつくままに祖母との思い出話を書いております。

もう少しだけ続けます。


祖母と私の事・・・そんな事したらあかん

2017-01-10 12:02:20 | 私の事

朝ドラ べっぴんさんの子供の桜ちゃんは昭和19年生まれで私と同い年。

ドラマの舞台は私の故郷の神戸なので、興味深く見ています。

言葉遣いが大変おっとりしすぎて、ちょっとまどろっこしい気がしますが

大阪弁のようにきつくなく、京都弁とも違っう神戸弁が好きです。

舞台は昭和26年になり、さくらちゃんは小学校に上がるのですね。

 

私も、この年に小学校に上がった訳ですが

首に定期券をぶら下げて、国鉄の住吉駅から3つ目の芦屋の小学校に通う事になりました。

姉たち二人は、徒歩で通える山の上の神戸大学の付属小、中学校に行っていましたが

私は、父が亡くなり、母も亡くなった時期で試験を受け損ないました。

わざわざ、他所の市の学校に越境入学させたのは

姉たちに対して引け目を感じさせない為だったかも知れません。

学校は市立でしたが、校舎内は油引きで土足のまま入れ、トイレもほぼ水洗になっていて

立派な講堂も有り、かなり近代的な学校だったように思います。

学校近くに祖母の妹の家族が住んでいて祖母の相談相手でも有ったので

それも影響しました。

 

大学の付属は受けても落ちたかもしれないね。 とすぐ上の姉に言ったことが有りましたが

受ければみんな受かるよ。簡単な試験だし・・・・ たとえばね

テーブルの上にいろいろ物が置いてあって、お盆も乗っているの

それらをみんな別のテーブルに運ぶのね。

気が利く子はお盆に乗せて運ぶし、気が利かない子はひとつづつ運ぶよね

そんな程度の試験だから。

じゃあ、私はだめだったかも。 そんな話をしたことを覚えています。

(中学校は残っていますが、小学校は2014年に閉校されていた事を知りました。

白鶴の美術館側から登り口が有り山道を登って行くと、鶯の声が聞こえ

山つつじがポツポツと咲いていて、大好きな山道でした。

そこも今は宅地化されていますが、瞼の底に焼き付いている風景です。)

 

芦屋の学校は結構越境入学で電車通学していた子も同じクラスにも数人いて

校外活動別の地域で別れると、電車通学の生徒だけで1グループできました。

学校は阪神の駅の近くでしたが、並行して、国道の路面電車、国鉄、阪急の4電鉄が走っていました。

仲良しの友達は国道電車で通っていました。

 

入学式は祖母が一緒でしたが、

先生が、みんなに明日からは一人で来ましょうね。と言われたので

私も、心配する祖母を振り切って、一人で登校しました。

姉によると、こっそり後をつけて途中までついて来ていたらしいです。

 

私の成績は5段階の真ん中の普通ばかり・・・・(レベルが高かったのかも?)

後に転校した学校では真ん中より上になりましたから

学校差とか地域差とかが有る事を知ることになりました。

 

5段階評価と言うのは、パーセンテージで振り分けるのですよね。

真ん中レベルがいちばん多くて。

 

これもまた、上の姉が言っておりましたが、

“パーセントで振り分けるなんておかしいね。

みんな同じように出来たら、みんな良くできるでいいじゃない。

それを無理にレベル分けするのは変だよね。”

 

確かに。姉の学校ではそういう成績表だったのかもしれません。

(私のは見せたけれど、姉のは見せて貰った事が有りませんから)

 

話はそれましたが

定期券をぶら下げて芦屋の駅におりて、

学校に向かって歩いていると脇道から同じ学校の1学年下の男の子が

出てくることが有りました。私が3年生の頃でした。

私の側にやって来て、定期券をじろじろと見て、ひもを引っ張ります。切れたことが有りました。

警戒していましたが、会うと側にやって来て引っ張ろうとするのです。

 

ある日、またあの子がいるいやだなあ。しかしその日はお姉さんも一緒でした。

二人で立ち止まって、私が行くのを待っている様子でしたが、お姉さんが一緒だから

大丈夫でしょう。 側まで歩いて行くとお姉さんが言うのです。

「ね~え、お友達にならない?」 ビックリポンの申し出でした。

定期券引っ張られずに済むのなら、喜んでお友達になりますよ。

一緒に学校まで行きました。  

ある日の事、家に寄って遊んで行かない? とのお誘い。

それから度々寄り道して遊んで帰るようになりました。

お姉さんは私より1学年上で弟は私より1学年下です。

まずはそれぞれの宿題をして、おやつなども頂きました。

弟君も、本当は優しい良い子でした。

 

ある日、私の家に遊びに行きたいけれど

母親は許してくれないと思うから切符買えないし無理ね、とあきらめ気分。

そこで私が知恵を出しました。

 

いつも定期券はぶら下げたままで改札通ってるから

あなた達も、通学しているみたいな顔をして、私と一緒に通れば大丈夫だと思う。と

 

改札で切符を切る人がいる時代でしたが

3人でスッと通っても呼び止められずに通れました。

クククッ   うまくいったね。

住吉の駅でも同じように通れて・・・・・クククッ  うまくいったね。

 

友達を家に連れて帰って祖母にいきさつを得意になって話しました。

「そんなことしたらいかんわ。帰る時一緒に行って切符買ってあげるから 」

と一言。

 

ひとしきり遊んだあと

祖母と一緒に駅に送って行きました。

切符売り場で、祖母が事情を話して丁寧に謝っている姿を見ました。

そして、来る時の料金も支払ってくれました。

 

友達に無賃乗車させるところでした。

知らないとはいえ、罪を犯さずに済んで良かったです。

お婆ちゃんは怒る事もなく、教えてくれました。

そんなことしたらあかん。