本棚。

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母と、死後の扱いについて話した。

2011年03月21日 | 日々。
別段、暗い口調ではなく、
かといって妙に明るくもなく、
普通の話のように。

私はね、今のところ、火葬はあまりすきじゃぁないのです。
燃やしちゃって、壷にいれてしまわれるっていうのがね。
土葬とか鳥葬がいいなぁって話した。
現実問題、日本では犯罪になってしまうから無理なのだけど。

痛いのはイヤだから、
生きてるときにグサリガブリはイヤなんだけど、
死んだあとならいいな。わがままだけど。

最近ね、無性に、ひとが歪んだ立ち位置にいるよなぁと思って、
だからってそれをどうこうできるほどの度胸もないし、
歪みの恩恵を受けている事実もあるし、
でも、自然の中に、というとなんだかしっくりこないな、
見えないけどある大きな流れって言った方がいいかな、
そういうものにね、
死んだあとぐらいはちょっぴり混ぜてもらえないだろうか、と、思った。

臓器移植ドナーはね、ちょと違う。
別に人の役にたちたいわけじゃない、っていうと語弊があるかな、
役に立ちたいとかなんとかっていう高尚な考えではないのです。

なにかのごはんになりたい。
つぎの命になりたい。

ずっと他のものを食べて生きてきたなら、
死んだあと、なにかに食べられるのがしっくりくる。
なににもなれないのは、さみしい。
わたしのところで、なにかが止まって淀んでしまう気がして。