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お金を浴びるように使い、命をかけて、走る/南米ダカールラリー開幕

2011年01月06日 01時26分20秒 | その他韓国国外レース
賞金もなしに9500kmを走る/32年間で50人が死亡、燃料・宿泊も自腹で。


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数千万ウォンをかけて、「死ぬほどの苦労を買う」という人たちがいる。厳しいレースで悪名高いダカールラリー(Dakar Rally)出場者たちだ。参加費は1人当たり1万2200ユーロ(約1800万ウォン)、自動車1台あたり3500ユーロ(約500万円)ずつである。

驚くべきことは、参加費の大部分が保険料と、事故が起きた場合の救助費名目というのだ。一言で言えば、命をかけるという意味だ。他に出場するための車を用意することはもちろん、車の燃料費、宿泊費もすべての選手が負担しなければならない。

セネガル共和国の都市ダカールの名を冠したラリーには賞金がない。安くはない参加費のために企業のスポンサーなしでは出場が容易ではない。しかし、冒険心を抑えることができないアマチュアと企業の後援を受けるプロの選手たちで、毎年盛況を成している。

自動車・オートバイメーカーは、ダカールラリーを自社製品の耐久性と技術力を見せる舞台としている。 2001年以降、自動車部門は三菱(7回)と、フォルクスワーゲン(2回)が優勝し、バイク部門ではオーストラリアイタリア製KTMが9連覇した。

2011年のダカールラリーが2日、アルゼンチンのブエノスアイレスで始まった。自動車146台、トラック68台、バイク183台、4輪バイク33台がスタートラインを切った。 16日までにアルゼンチンとチリを跨ぐ13区間9500km余を走る予定である。

選手たちは区間の間の決められた集合場所で車を整備しキャンプをする。都合のつくチームは個人用テントやトラックで休憩を取るが、個人の参加者らは大型テントに集まって並んで雑魚寝する。

1979年に始まったダカールラリーは90年代初頭までフランスのパリを出発し、セネガルのダカールにゴールするコースを利用して「パリ・ダカールラリー」という名前が使われた。砂漠・密林・未舗装の道路を走る過酷なレースで事故も多かった。

選手同士の衝突、運転ミス、地雷の爆発などで、これまで50人余りが死亡した。 2008年はテロの脅威のため、開幕前日にキャンセルされた。大会直前にフランスの旅行者が武装暴漢に殺害され、フランス政府は、国際テロ組織アルカイダの関連性を言及した。

不変のテロの脅威にダカールラリーは、2009年から南米に舞台を移して行われている。フランス人冒険家ティエリー・サビンがダカールラリーの創始者である。サビンは、1977年にリビアの砂漠で遭難したが、劇的に救出された。

サビンはサハラ砂漠を横断自動車レースを構想した。サビンは、1979年の最初の大会で、「私は冒険の扉を用意するだけだ。その向こう側には危険があり、そのドアを開けるのはあなたたちの役割だ」と話した。サビンは、1986年大会の時にヘリコプターでコースを見て回った際に事故でこの世を去った。


ソース:GPコリア
2011/01/05 10:35:13


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