ありがとうのブログ

毎日、家族や仕事関係の人たちとのふれあいで感謝していることをつづります。

自分の過去を振り返る19

2008年10月13日 22時24分07秒 | Weblog
別れるとなったら、新しい住まいを探し、引っ越すこと、仕事の整理、両親や息子への説明がいる。

まず息子にお父さんと別れることにする、と伝えると、5歳の息子は、そうだね、仕方ないねと答えた。
11歳の今、息子はそう答えたことを記憶にないと言い張るが、大人のような口ぶりで、そう言ったのだ。
何かが乗り移っていたのだろうか。

新しい住まいは、知り合いの知り合いの不動産業者さんにお願いした。
息子の保育園を変えたくなかったので、すぐ近所しかない。
なるだけ保育園に近いところという希望で、家賃など条件にかなった物件は無かった。あっても、子供が小さい、自営業の母子家庭、というだけで、大家さんから断られた。良くない筋の愛人の住まいとなって、良くない筋の方々がアパートやマンションに出入りしたら困るということがよく断る理由だった。
そんな愛人の玉か、私と面談すれば、すぐにわかるのに、と怒りながら、不動産業者と一緒に車に乗って、探し回っていた。

知り合いが友人であるという管理会社の物件しか、最後は、私が入居する資格はなかったので、探す労力と時間がもうなかったので、マンションの10階の住居に転居した。
引越しの荷物の作りかたも、持って行くものは、必要最低限の家電製品、衣類、中学生時代から集めていた本、と、種類は多くは無いはずなのに、手間がかかった。
引っ越したのは、6年前の9月20日だ。
引越し業者も事情を察して、静かに荷物を運んでくれた。プロの業者はそういう点、すごいなあ、情を察するなあとありがたく思った。

母子家庭となるこの親子が困らないように、組み立て家具を組み立てて、電化製品も定位置においてくれたので、助かった。
息子は、お父さんとお別れするのに、バイバイと言って玄関を出て行った。
また会えるからと伝えていたので、余り悲しいと思わなかったのかもしれない。

1週間後の休日に、前夫は、私たちの新居マンションの前まで来て、息子を連れてトイザラスに行っていた。息子は、大好きなおもちゃを買ってもらって喜んで、車の中で、音の出るピストルを鳴らしていたら、急にお父さんが怒り出して恐かったと後々まで言っていた。
新しい住まいで、前夫と別れて母子二人で布団に包まれて眠っていると、至福の時間だった。二人でがんばって暮らしていこうと決意したものだった。
仕事も、前夫の担当していた分野を外注でしていただく方を探しておいたので、精神的に楽だった。

これからますますがんばって会社を立ち直らしていくぞという気持ちでいっぱいだった。

その後、知り合いから紹介していただいた、自己啓発の研修に行くことになった。
私自身を知り、自己変革をして、良い仕事をしていくための切符にしたかった。
明日は、その研修を終えた自分のその後を書きます。
感謝


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