母との日々

パーキンソン病、レビー小体型認知症の母を12年間在宅介護した記録です。今は時々思い出しながらつぶやいています。

まだ機嫌悪し・・・

2006年03月16日 | 日々のこと
今日、頼んでおいたシャワーチェアとバスボードが来ました。

ケアマネさんと業者の人と40分くらいかけて、シャワーチェアを組み立てていた。新しくでたものなので、組み立てたことがなく何度もやり直していた。説明書をはじめからちゃんと読めばすぐできたものを、読まずにやっていたからだ・・・・。でも本人たちは楽しそうだったけど。
お風呂にもっていってからも、置き場所とか湯船にはいるときはとかいろいろ説明してくれるのね。でも、本人がやってみないとわからないから・・・。もっと短めにお願いしたい。


今夜、早速お風呂で使ってみるわけだけど、以前よりは楽だろうな、もちろん。






母は、日々自分の部屋を片付けている。

だいたい大きく移動することとかはやったし、細かいことだから母がわかりやすい(といってもわかんなくなるんだけど)ようにすればいいんでないの。

そう、私は機嫌が悪いのよ。

まだ、顔も見たくない状態でろくに口もきいてないのよね。

夕ご飯だけは作るけど、朝と昼はそれぞれ勝手に食べてます。

もうちょっと、時間がかかるようだわ。


そろそろ休戦・・・

2006年03月13日 | 日々のこと
昨日まで大工さんが来たり、ケアマネさんが来たりでいろんなことを早急に決めなくてはならない状態で、母と私はまた緊張状態でテンションをあげまくっていたので・・・疲れた。

お互いいらいらして頭に来ていたので、顔もみたくない状態がおとといの午後から続き丸1日半。そろそろ休戦である。

私は、昨日はとにかく母と顔を合わせるのも嫌なのでごはんも別々、夜も自分の分だけ作った。母は、どうにか動けた・・・というか、動かざるを得なかった訳だけど作って食べたみたい。

冷たいよね・・・でも、吐きそうだったんだもん。

愛情の裏返しは、虫・・じゃない・・・無視なんでしょ。

もう、虫じゃないってば、無視状態だったわ。

さすがに、今夜はハッシュドビーフ(ハヤシライスよね)を作って一緒に食べたけど。会話はあまりないな。

母も精神的ダメージが大きかったみたいで、顔に一気に深いしわが増えていた。よくショックなこととかあると一日で白髪になるという話があるけど、本当なんだろうなあ。

私も負けじと頬がこけてきたさ。やっぱり毎日おこって文句ばっかり言っているから、顔も険しくなる。いやーな顔。




昨日の朝日新聞に、落合恵子さんの記事が載っていた。82歳の認知症のお母さんをみているのよね。老人介護で疲れるのは
「介護それ自体より、それに関わる周囲との人間関係だ。たとえば医師のパターナリズム(任せて従いなさいという姿勢)を、もう少し風通しよくしたい」とある。

今の担当医はそういう態度はなく、話もよく聞いてくれてよく話してくれるので助かる。代わってもそうあるべきなんだろうけど、以前の先生はまさにパターナリズムというのだった。こちらの意見はきかず、自分の意見だけをおしつけるだけだった。

その記事には、介護福祉専門学校の先生のお話もあった。「がんばらない介護生活を考える会」委員なんだって。
その中で、”世話はほどほどにーー長続きのコツ。世話のし過ぎは介護される人の意欲も奪い、残っている機能を低下させる”とあった。

機能を低下させるどころか、他人がみると冷たい娘だと思われるくらいあまり手伝わないので、低下はないかも。
でも、もっと突き放していいのではないか・・・と思った。優しいお世話をしていた訳ではないが、ある意味、うるさいのだろうと。

なにせ、子供の頃の仕返しに、言葉の暴力をいっぱいしているから!!はっはっはっ!!

母も私もお互いにかまいすぎるのかもしれない。もっとほっておこう。そのほっておき具合が難しいんだよなあ。
あーイライラする

なんで、あんなに壊れてしまったんだろう・・・。

いいところは壊れていって、母の嫌なところだけが残っていく。

人間は、はかりしれない変化をしていくぐにゃぐにゃの生き物だな。


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*最後の一行って・・・なかなかだな(バカ!自画自賛)(9/2)

母と・・・

2006年03月12日 | 日々のこと
母とはつくづく合わないなあと思う。

子供の頃のトラウマがあるのでそれを乗り越えられない。

あの頃に嫌だったことを覚えていて、今弱くなった母に仕返しをする気持ちになる。
母の言動であの頃傷ついたことを言っても、母は「親だからいいんだ」とか「おまえがそんなだったから・・」とか言う。

自分の否は認めない。絶対自分が悪いとは認めない。あやまらない。それは、今もそう。何かあっても、誰のせいだ!と攻めるような口調でいつも話す。

本当に嫌だ。

いい大人になって、子供頃のことを言われても「何今頃言っているの?私はこんなで大変なのに・・・」としか思えないのだろうけど。

いつも自分が一番大変。自分のことしか言わない。人の話はきかない。だから、会話にならない。人が話しているのに、全然違う話を持ち出す。

本当にイライラする。

私の方が、情緒不安定になっていくんでないの?
突然かっとなりやすいし、感情的になって押さえられないし、すぐ泣くし・・・。

家庭内暴力になりそうなのを、押さえたことも何度もある。皿くらいは割っている。ものを投げているのも何度もある。

仕事をするようになってからは、少し安定したけど。

自分が精神的に幼いからと思ってきた。(確かに幼いのは幼いさ・・・)
もっと成長しなければと、大人にならなければと思う。

母の声を聞くと心の奥がザワッとする。
逆なでされたように何かあるのではないかと不安になる。





介護していくのに、この感情がとても邪魔になる。

嫌な自分をたくさん見ていく。

どこかに自分の居場所を作っておかなくてはやっていられない。

時々は、母から逃げて自分を大切にしなければやっていけない。

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*この感情が邪魔になる・・これを乗り越えて・・ない・・まだ。(9/2)

退院その後。。。

2006年03月12日 | 日々のこと
退院して一週間が過ぎました。

母は思ったより調子がよく、退院して1~2日は家の中は杖なしてつたえ歩きができて良かったなあという感じ。
夕方疲れると杖を使っていたが、タイムリミットも3時間から4時間以上になり、夕方具合は悪くなるが、寝込むほどではない時もある(微妙~)。

本人も、動けるのと家に帰ってきたのが嬉しいので気分がいいみたい。もう、お片づけのはじまりよ。
全然、お片づけじゃないんだけど。掃除から始まって布団カバー、シーツ交換、台所の段ボールなどを片付け・・・etc。
すごい勢い。

この人の人生は片付けなのだな・・・と実感する。

私が、あまり無理をせず疲れたら休んで少しずつといっても元々聞く人ではないので、口うるさく言っている私の方が疲れる。口うるさく言っても、全然予想もしてないなんでここで?というところで後ろに転び、階段の角に思い切り右の背骨をうった。すこし青くなっているけど、湿布している。折れてるかもなあ・・・痛い痛いと言ってるから。今度の病院の時にまた調べてもらうことにしよう。

先生、びっくりするだろうなあ・・・というよりがっかりかな。

お風呂はほとんど一緒に入って、洗ってあげたり様子を見ていることになる。今度、お風呂用にシャワーチェアと、お風呂のふちに乗せて腰掛けてから湯船に入れるボードと、湯船の中にしく滑らないマットを導入することにしました。
マットは、介護保険にははいらないというので近くのホームセンターで3800円くらいで買ってきた。ほかの二つは介護保険の対象なので、ケアマネさんの紹介で売っている企業さんが持ってきてくれる。一割負担で、5000円くらいかなあ・・・。

介護用品は高い。今は業者も増え競争しているって言うのに、高い。なんで?
お風呂のボードの長さを測りにきた企業さんも、「高いですからねえ・・・こんなのがって思うんですよねえ」と言っていた。
いいのか・・・お客の前でそんなこと言って!
というように、高い。





で、母も戻ってきたことだし、介護しやすいようにというか母も気持ちよく過ごせるように母の部屋を片付けたり家のこともいろいろしなくちゃねと、母と話していた。

そしたら、いつまでもぐうたらしている私を神様がみかねたのか・・・あれよあれよという間に、近所の大工さんがきて部屋を改築(というほどではないが)することになった。

まず、仏壇を隣の部屋に動かし棚を作り、そこに母の衣類や雑貨を入れる。なにせ、母の衣類の多さったら・・・。もったいないから捨てられないのはわかるけど、いろんなところに段ボールで入れているので、何がどこにあるのか本人もわからない。それをみると、私は反吐が出て具合悪くなるものね。

地震で動かなくなった窓を直してもらい、母が落ちないように玄関に板を張ってもらい、ふすまをやめてアコーディオンプリーツにして開けるとすぐポートブルトイレがあるようにする。普段は閉めておくので見た目、臭いも気にならないようになると思う。

アコーディオンプリーツが高くつくなあ・・・。
初めはふすまを直してもらうだけだったのに・・・使い勝手を考えるとアコーディオンプリーツのほうがよいことに気づいてしまったのだ。

来週くらいに来るらしい。また、仕事の調整しなくちゃ。歯医者も行けなかったし。




で、大工さんが来ている間、私はというと、片付けですね、やはり。
途中になっていた、トイレとお風呂と洗面所を使いやすいようにきっちり片付けました。
久しぶりに充実感!
その後、台所の片付けにはいりましたが、こっちはまだまだですね・・。

大工さんには、こびり(っていう?おやつのこと)を出さなくちゃならないし、なかなか忙しかった。


殺気立ってやっていたのですごく疲れた。いろんなこと考えて、いろんなことをいっぺんにやっていると本当に頭って回転しなくなるのね。もう今は全然、何をどうしたら片付くかなんてイメージわかないもんね。疲れるとなーんにもできない。

本当にできなくなるのね。電気のキレたロボットみたいにね。ぼーっとただ受け身だけになってしまうのね。

こんな感じです。


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*働きました・・・(9/2)

大丈夫かなあ・・・

2006年03月03日 | 日々のこと
今日、お昼過ぎに病院に行ってきた。

リハビリはいつも午前中なのだが、午後もやるということで一緒についていった。

杖なしで歩いたり、足をストレッチしたり、階段を上り下りしたりした。30分くらい。
終わると結構疲れていたなあ・・母は。

その後、お風呂(シャワーね)に入ると言うので、髪は洗わずにさっと体だけ洗う。
疲れていたなあ・・。

お風呂に入っている時、看護婦さんがわざわざやってきて、部屋をかわってくれないかと言う。今6人部屋だが、隣の4人部屋に移ってくれないかと・・・。その時は突然だしいいですよと返事したが、お風呂から戻る時、母がいやだな、後二日なんだから今のところがいいと言いだして、看護婦さんにそういった。看護婦さんはちょっと嫌な顔をして、廊下の向こうにいるもうひとりの看護婦さんに、「いやだってぇ」と大声で言った。

やな感じ。

やな感じの看護婦さんなんだけど、もともと。患者の好き嫌いで扱いが違う。結構多い、そうゆう看護婦さん、この病院には。
病院は選べないからね、田舎だから。

病院の都合もあるだろうけど、なんか心が感じられない人たちがいっぱいの病院である。

そんなこともあり、母も心もとなかったので、歯医者の後また病院に行った。母はもう夕飯は終わったんだけど、私は買ってきたお弁当を食べた。母は、薬が効いているのでよく首を振る。ほんとによく動くのだ。話は声も小さいしはっきりしないので、よく聞こえないし、わからない。

大丈夫かなあ・・・。

母は、入院前よりとっても心もとなくてほんとに病人になってしまって・・。
家に帰ってきてから、生活はできるのかなあ。。。。。大変そうだあ・・・思ったより。

母も家に帰ってきたらほっとするだろうから、少しは気持ちも明るくなるよねえ。
元気になるかなあ。
今日は、覇気がなかったものなあ。

なんか、とっても気が重いなあ。









退院

2006年03月02日 | 日々のこと
母が5日に退院できることになりました。

1月19日から1ヶ月半くらいの入院でした。20日くらいかと思っていたので、長かった・・・でもあっという間だった。
仕事が忙しい時だったので、母にまた無理をさせてしまうところだったから、病院であったかくてゆっくりできたからちょうどいい時期の入院だったと思う。

母の状態は、前にも書いたように、動ける状態が少し長くなったが夕方とか具合が悪くなる・・・ような感じ。
先生も、薬を新しくして少しよくなったのだが、これ以上はちょっと期待できないので・・・退院してもいいですよ、
と言うお話だった。

家に帰ってきても私ひとりでは介護は大変なので、ヘルパーさんを頼むわけだけど、母の状態をみてどのようなシフトをくめばいいかを考えていかなくちゃ。

母は、動きもそうだけど、声が小さくなって電話だと全然聞き取れない。自分では退院したら、家で歌を歌って声を出すようにすると言っているけど、ほんとにそうゆうことでもしないと、あまり話す相手もいないからどんどん声が出なくなってしまう。
いろんな症状がでてくるんだなあ・・・。

ふう~。

母が戻ってくると大変は大変なので、気が重いのか・・・どうも、なにか嫌な感じが漂うなあ。


なので、今日はもうおしまい。




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*大変だなあ・・と思ったけど、どうにかなっていくものですね・・。(9/2)