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競馬のスポーツとしての魅力や、感動的な人と馬とのドラマを熱く語ります。

ドバイシーマクラシック

2006-03-26 23:28:46 | 競馬観戦記
長い夜もいよいよ後半戦。
次は第4戦となったドバイワールドカップデー。
伝統の芝2400mの戦いとなる。

欧州競馬へ特に力を注いでいる地元の巨大競馬グループ。
それは芝のレースに力を入れているとも言える。
そんな経緯から世界最高賞金のメインは芝のレースになる。
噂とも本気とも言えない説が流れている。

それを払拭する答えを出した。
今年からこのレースを含めた芝のレースの賞金を一気に増額。
メインにも迫るほどの高額賞金レースとなった。

芝の世界最高賞金レース。
その響きでこのレースの価値を高めることにしたのだ。

ここに挑戦するのは日本のチャンピオンホース。
そう言っても過言では無いだろう。

英雄と呼ばれる競馬界の救世主。
人気実力共に申し分の無いスーパースター。
それに唯一土をつけた馬なのだから。

あの瞬間は正直、この馬が恨めしかった。
私たちの夢が壊されてしまったかに思えてしまった。
だが、冷静に振り返れる今ならばあのレースは賞賛できる。
2着続きだった雪辱を見事に晴らした素晴らしい走りだったと。
そして、この馬が日本代表としてこの地に赴いたのが誇りに思える。
更に上を目指し世界へ目を向けるその姿を。

今日の鞍上はあの年末と同じ若き仏国騎手。
数センチといわれたあのJCでの敗戦。
もうあんな悔しい想いはしたくない。
その執念がもたらしたあの大一番での作戦。
追い込み一手の馬をスムーズに先行させる技術。
もはやこの馬のベストパートナーと言えるだろう。

この人馬の強さは世界にも轟いている。
堂々の2番人気。
1番人気の女傑にもホームとはいえ先着の経験がある。
ここは挑戦と言うより狙って勝ちに来た。
こういう表現が相応しい。

事実、欧州競馬は未だシーズンオフ。
真のトップクラスはここに顔を出して居ない。
世界を目指すにはここで負けている場合では無いのだ。
世界制覇への第一歩となるゲートが開いた。

前走と同じようにスタートからスッと前につける。
追い込み一辺倒だったころの面影すら感じられない。
外枠のゲートの位置そのままに外々を先頭で走る。

そのまましばらく真っ直ぐ走る。
内には切れ込まず馬群の様子を伺うように外を。
内枠の馬たちは積極的に前へ行きたがらない。
先頭を主張する馬は居ない。

それならばと腹を決めたのだろう。
無理に抑えることはしない。
そのまま先頭を走り続ける。
そして、1コーナーの時点で内に切れ込み逃げの体制を作った。

この馬が先頭を走る。
半年も前ならまず考えられなかった。
だが、今のこの馬ならばさほど違和感は無い。
リラックスして堂々と先頭を走るその姿。
寧ろこれで良いのだと確信めいた想いが沸いてくる。

そのまま力強く先頭を走って行く。
やがて最終コーナーが近づいて来る。
その勝負どころでは外から馬体を併せてプレッシャーを掛けられる。
だが、そんなものには全く動じる気配すらない。
自分のペースを崩すことなく走り続けている。
その綺麗なフットワークの走りに思わず見とれてしまう。
そのくらい自然な逃げを打っている。
いや、普通に走っていたらたまたま一番前だった。
そんな印象を受ける。
最終コーナーを回った。

そのまま先頭で直線に入る。
後ろの馬が早くも並びかける。
普通の逃げ馬ならばこれはピンチなのだろう。
だが、この馬の走りは全く安心して見ていられる。

手ごたえが全く違うのだ。
併走する馬は一杯に追っている。
なのにこの馬は全くの持ったまま。
それでいて徐々に差を広げて行くのだ。
残り400m。

満を持して追い出し始める。
するとグングン加速して行く。
それに伴い後続との差は開き始める。
残り200m。

完全に独走となった。
3馬身、4馬身と後ろを置き去りにして行く。
もう後の馬たちの動向など関係無い。
無人の野を行くかの如く。
ただ圧倒的な力を見せつける。

そのままどこまでも差を広げながらゴール板を駆け抜けた。
このメンバーでは力が違う。
この瞬間、世界中の誰もがそう思っただろう。
そして、日本人はこの瞬間とてもこの馬が誇らしかっただろう。

次はキングジョージに挑戦する。
そんな発言がレース直後の調教師から飛び出した。
普通ならば良いレースができればなあと。
期待半分で受け止めてしまう。

しかし、今日この舞台でこの走りを見せたこの馬ならば。
本気で勝てると心から思える。
欧州最高峰のレースを日本の馬が勝つ。
そんな競馬ファンの見果てぬ夢が現実に成ろうとしている。

そして、その舞台でのあの英雄との再戦。
もちろんこの馬は胸を貸す立場で。
その日本の2頭で世界の頂点を争う。
こんな夢も夢で無くなってきた。

先のことを想像しだすときりが無い。
今はただこの馬の走りを称えよう。
我等が日本人の誇りとなったこの馬を。

ドバイゴールデンシャヒーン

2006-03-26 23:28:00 | 競馬観戦記
長い夜となったドバイワールドカップデー。
続く第3戦よりいよいよ国際G1レースとなる。

ダートの電撃スプリント戦。
しかも直線で1200m。
この特殊な条件では日本馬は過去まともな競馬をさせてもらえない。

それでも果敢に挑戦する。
今年は若き4歳馬。
G1勝ちがあるわけでも、この路線でのトップホースでもない。
だが、挑戦はやってみないと分からない。

この馬の父も挑戦者だった。
G1勝ちの無い身でも果敢に競馬の本場欧州へ。
そこでコーナーの無い直線のみのレースに適正を見出す。
英国、仏国と2カ国でのG1勝利という輝かしい称号を手にした。

当時、直線だけのレースは日本には無かった。
世界へと挑戦しなければその才能は開花することは無かったのだ。
やってみなければ分からない。
挑戦することに意味があるのである。

そして、鞍上には見慣れぬ名前。
ジョッキーも若き挑戦者だった。

公営金沢競馬でデビュー時から頭角を現す。
常にリーディングトップを争い昨年は僅差の2位。
地元では押しも推されぬトップジョッキーである。

だが、その地位にも満足はしていないのだろう。
雪で閉ざされオフシーズンとなる冬。
それを利用して果敢にオーストラリアへ遠征。
常に腕を磨き続けている。

その姿勢を中央の調教師も買っているのだろう。
自厩舎の馬が豪州へ遠征しG1へ挑戦する。
その鞍上にこの地方騎手を起用している。

その繋がりでこの大一番での抜擢となったのだろう。
若き挑戦者たちのゲートが開いた。

ダートのトップスプリンターの層が厚い米国。
そして、テンからガンガン飛ばす米国競馬。
自ずとこのレースはそれに近くなる。

日本では有り得ないくらいのペースでぶっ飛んで行く。
それを追走するのが精一杯で競馬をさせてもらえない。
過去の日本馬はそうなってしまった。

今回もやはりその洗礼を受けてしまった。
何とか付いて行くべく懸命にスタートから押して行く。
早くもステッキを入れて気合を最大限に付けながら。
それでも、トップスプリンターたちに前へ行かれてしまう。
半分まで着たところで先頭グループから脱落したかに見えた。

だが、前へ行く馬たちを交わそうと外に持ち出す。
そこから脚を伸ばしてまとめて交わしさってやる。
そんな意気込みが感じられるような追撃体制を取ったのだった。

一瞬、そこから伸びかける。
しかし、追撃するほどの脚は無い。
それでもズルズル後退などはしない。
ジワジワと精一杯脚を伸ばし5、6番手を争っている。

前を行くトップスプリンター達は止まらない。
後ろでの奮闘をよそに高次元のスピードで争っている。
そのまま最も早い馬が先頭でゴールを駆け抜けた。

日本の挑戦者たちは6着。
最後まで諦めずに走り続けた結果の6着だった。

まだまだ若いこの人馬。
きっと挑戦を続けて行ってくれるだろう。
いつかそれが実を結ぶその日まで。
今日のように最後まで諦めずに。

UAEダービー

2006-03-26 23:27:04 | 競馬観戦記
最高の幕開けで始まった長い夜。
次のレースはUAEダービー。
世界に先駆けて3歳王者決定戦である。

日本の3歳ダート路線。
年初めからしばらく重賞すら無い。
そんなレース体系の不備。
チャンピオンクラスは自ずとこのレースに目を向ける。

事実、過去ここへの挑戦を噂された馬が何頭も居た。
しかし、実際に出走まで至った馬は居ない。
やはり3歳のこの時期での海外遠征というのは難しいのだろう。

そして、このレースではもう一つ難しい点がある。
南半球では繁殖時期が北半球とは異なる。
そこで生まれた馬たちは半年ほど遅生まれとなる。
それを考慮し南半球産馬は8月で年齢を加算する。
そんなルールがこのレースには適用されている。
故に日本の数え方では4歳馬、つまり古馬もここに出走できるのだ。

3歳馬がこの時期に古馬と戦う。
さすがに4キロというハンデをつけるのだが。
それがキャリアの差や成長度合いを考えると果たして妥当なのか。
実際、このレースは4歳馬の活躍が目を惹く。
世代間の戦いにも勝たなければならないのである。

このレースに初めて参戦する日本代表馬2頭。
奇しくも内国産3歳馬と南半球産4歳馬。
日本では一緒に走ることの無い馬同士で同じレースに挑む。

やはり私の期待は3歳の芦毛馬。
圧倒的な強さ、その馬体に父の面影を重ね合わせる。
この地でも絶対勝てると夢を見させてくれた砂の怪物。
その血を、その夢を受け継いだこの馬。
父はこの舞台に立つことすらできなかった。
良く似た息子がその無念を晴らす。
そんな夢物語に想いを馳せる。

だが、ここでの勝利は易しいものではない。
我々にはそれほど馴染みの無い南米競馬。
北米ダート戦線では毎年のようにそこからの移籍馬が活躍している。
そんなレベルの高いダートの強豪4歳馬がここにも顔を揃えている。
特に注目されているのがこの2頭。

南米チリのダート2歳王者。
ダートでは4戦4勝の無敗。
その後サウジアラビアに移籍後も3戦3勝。
ドバイでの前哨戦も6馬身差の圧勝。
しかも62キロの斤量を背負って。
メインのワールドカップへの出走も噂された強豪である。

もう一頭はアルゼンチンのG1ホース。
こちらもサウジアラビアに移籍しドバイの前哨戦へ。
UAE2000ギニーを後方から目の覚めるような末脚一閃。
6戦6勝の完璧な成績でここに駒を進めてきた。

そして、忘れてはならないのが地元ドバイ。
世界の競馬界を席巻し続ける巨大グループが送り込んできた有力馬。
米国でのデビュー戦で素質を見せたこの馬。
一説ではあるスピード指数でその年の米国2歳最高値だったという。
その資質をいち早く見抜きトレードで獲得。
競馬界の巨人の所属馬として3歳の春を迎えた。
地元のダービーへ向けての一叩き。
そこでも天性のスピードを見せ付けた。
勝ち時計はUAE2000ギニーを1秒65も上回る。
夢はドバイから早くも米国へ。
殿下悲願のランフォーローゼスへと夢を見ている逸材である。
鞍上はもちろん世界最高のあのジョッキー。
真の強敵はこの馬かも知れない。

3歳ダート王決定戦。
このメンバーならばそう言っても過言では無いだろう。
世界への挑戦のゲートが開いた。

最内枠からのスタート。
それほど押して行き脚をつけることはしない。
自然とポジションは後方へ。
序盤は馬群後方の内ラチ沿いを進むこととなる。

対照的に先頭を奪ったのはもう一頭の日本馬。
4歳の古馬が逃げて馬群を引き連れて行く。

そのままの体制で最終コーナーへ突入。
ほとんどの馬が勢いをつけて追い上げる。
自然と馬群が横へ広がり内にも隙間が空いた。
それを見逃さず芦毛の馬体がスルスルと前へ。
内ピッタリのコーナーワークも手伝い馬群の先頭付近に付けた。

直線入り口ではまだ持ったまま。
直後、馬群から抜け出すべく満を持して追い出し始める。
しかし、前を走る2頭の馬が併走し壁となってしまった。
外に出そうにもそちらにも馬群。
万事休すかと思われた瞬間、前の2頭の間へ果敢にも飛び込んだ。

こじ開けるように壁を切り裂き、なんとか脚を伸ばそうとする。
そのとき、壁の外側をロイヤルブルーの風が吹き抜けた。

我等の代表が梃子摺るのを尻目に天性のスピードでグングン後続を引き離す。
何とか壁を割り内ラチ沿いから追撃を始める頃には3馬身4馬身先に。
更に脚を伸ばしそのリードを広げて行く。

この時点で勝負は決まったのかも知れない。
それでも芦毛の日本馬は懸命に脚を伸ばす。
諦めずに前を追いかける。
差は詰まって行かない。
寧ろ広がって行くばかり。
それでもひたすら前へ。
見果てぬ夢を追いかけるように。

ゴール前では既に圧勝を確信しポンポンと馬の首筋を叩く。
ランフォーローゼズに名乗りを上げるゴールを駆け抜けた。

その遥か後方では最後まで争いが続いていた。
熾烈な2着争いに僅か体半分ほど及ばず。
日本代表の芦毛は3着で挑戦を終えたのだった。

勝ち馬には遠く及ばなかった。
それでもあの展開で、あの内容での3着。
南米産の有力馬には負けなかった。
私は彼が誇らしかった。
十分に夢を見させてくれたから。

この馬は未だ3歳。
きっと来年も挑戦してくれるに違いない。
父の見果てぬ夢を追い続けるように。

父子二代の夢。
私も追い続けて行きたい。

ゴドルフィンマイル

2006-03-26 23:26:18 | 競馬観戦記
今年もやってきたドバイミーティング。
暮れの香港国際競争と並び日本代表馬の祭典として定着してきた。
だが、今年ほど心躍るドバイワールドカップデーは無かっただろう。

当日行われる4つの国際G1レースに6頭。
国際G2レースにも3頭出走。
計6レースに9頭の日本代表。

この豪華なメンバーならば何かやってくれる。
あの三連勝を挙げた香港のように。
世界の舞台で日本が勝つ。
世の流れからも次は競馬というスポーツで。
やはり今日は何かが起こる。
そんな期待に胸が膨らむ。

まずはG2ゴドルフィンマイル。
左回りダートのマイル戦。
この条件を最も得意とするダートの古豪が先陣を切る。

すっかりベテランとなったこの馬。
若き頃からダートのトップクラスとして走り続けている。
交流G1を初めて制したのが2歳の暮れ。
それから3歳、4歳、5歳時と毎年交流G1を勝利している。

常にその力を発揮するタイプではない。
時には走るのを止めてしまった様な惨敗を喫することもある。
だが、気分良く走ったときの粘り強さは驚異的なものがある。
そんな個性派が大好きな条件が世界の舞台のここにあったのだ。

思い返せば圧倒的強さで2歳ダートチャンピオンに輝いたこの馬。
その走りは世界でも通用すると思わせたほど。
ダート3歳チャンピオン決定戦。
そんなレースが国内の春シーズンには無い。
このような事情から3歳の春にドバイへの遠征を決めていた。

しかし、折りしも中東の国際情勢は戦乱の時を迎えていた。
空爆。
そんなどうしようもない事柄に日本からの空路を絶たれてしまう。
結局、挑戦することすら叶わなかった。
それから時は流れ6歳を迎えたこの馬。
3年越しの挑戦。
あとは結果を残すのみである。
長い夜の幕開けとなるゲートが開いた。

最内枠を引いたこの馬。
いつものようにスタートから前々につける。
そして、この馬を含めて何頭かが並んで先頭を伺う。
瞬時、目には見えない騎手たちの駆け引きが行わる。
その結果、日本代表のこの馬が文字通り先陣を切った。

先頭を走っているが楽な逃げという体制ではない。
外側にほぼ併走状態で2、3頭の馬にプレッシャーを掛けられる。
単騎先頭には全くならない。

それでも、この馬はどこ吹く風。
とても気持ち良さそうに走っている。
到着してから微熱を出して心配されたのだが。
そんな影響は微塵も感じさせずに元気一杯に前へ突き進む。
とても気分屋のこの馬。
今日のこの舞台はとても気に入ったようだ。
そのまま先頭で最終コーナーを回った。

ナドアルシバの直線は約600m。
1馬身ほどのリードでなんとか先頭。
後ろの馬は今にも前を交わす勢い。
状況だけならここまでかと思われる。
だが、この馬はそんな状況でも気持ち良さそうだ。
こういうときのこの馬はここからが驚異的なんだ。
鼓動が少し早まってくるのを感じる。

後ろの馬が脚を伸ばす。
だが、先頭を行くこの馬も同じだけ脚を伸ばす。
いや、1馬身2馬身。
先頭を走るこの馬の脚が勝り差を広げて行く。
残り400m。

ドンドン逃げて行く。
後続との差も広がって行く。
本当に気持ち良さそうに先頭を走る。
もはや独走と言って良いだろう。
残り200m。

4馬身5馬身ともはやセーフティーリード。
やがて、この馬のみが画面に大写し。
もはや他の馬を見る必要も無い。
残り100m。

鞍上の日本トップジョッキーが後ろを振り返る。
2度目に確認したときもう勝利を確信したのだろう。
鞭を振るう右手を下ろし、左手の手綱を緩める。
そのまま流しながら右手でガッツポーズ。
人馬ともに最高に気持ち良さそうに先頭でゴール板を駆け抜けた。

善戦マンと呼ばれファンに愛されつづけたあの小柄な馬。
後の世界チャンピオンとの大接戦の末に掴んだ大金星。
それ以来となるこの中東の地での勝利。
そのときの鞍上はやはりこの日本の天才騎手だった。
今はあの時以上に頼もしく感じられる。

3年越しの夢。
この馬はようやくたどり着いた。
世界の舞台での勝利という理想郷へ。

長い長い祭りの夜。
そのスタートしては申し分の無い最高の幕開けとなった。
まだ夜は始まったばかり。
今日はいくつ夢が叶うのだろう。
そんなことに思いを巡らせる。

そして、最高に気持ちが良くなる爽快な逃げ切りにしばし酔いしれていた。

英雄の春

2006-03-19 21:28:18 | 競馬観戦記
新幹線を降りると驚くほど寒かった。
春を迎えつつあるこの季節、三寒四温で徐々に暖かくなって行く。
今朝もそれほど冷え込まず冬は過ぎ去った感があった。
だが、東京を遠く離れた途端に季節が戻ったかのような空気。
久しぶりに遠征に来たのだという実感が沸いてくる。

思えば関西の地を踏むのは三冠馬が誕生したあの日以来。
そして、今日もあの馬を観る為にだけにこの地を訪れた。
天候が心配だったのだが車窓から日が差すのを見て安心していた。
だが、乗り換えのために外を歩いていると微かな雨が頬を濡らす。
本降りにならなければ良いな思いつつ競馬場へと歩を進める。

地下道を抜けサンライトウォークを歩いていると陽が差し込んできた。
雨かと思えば太陽が顔を出す。
まるで今日を迎えた私の心境のようである。

あの年末の敗戦。
飛ばなかったのか飛べなかったのか。
真相は定かではない。
一つだけ言えるのはこの馬にも絶対は無かったということ。

休み明けで今年の初戦。
それ以上の意味が今日の一戦にはあるだろう。
果たして雪辱を晴らすことができるのか。
再び飛べるのか。
この馬の今後を占う意味でも今日は負けることができない。
いや、今日もと言うべきだろう。

しかし、直前の調教ではこの馬らしからぬ走り。
一週前にジョッキーを乗せて、直前は落ち着かせる。
このいつもと違う調整過程が吉と出るのか凶と出るのか。
やはり、今日の空のよう私の心ははっきりしない。

スタンドに出ると冷たい風が吹き抜けた。
この寒さは冬のそれと同じ感覚である。
あの馬の春はまだ来ないのか。
そんな良からぬ想いが胸を過ぎる。

人もまばらで閑散とした風景。
人込みを予想していたので思わず拍子抜け。
それと同時にまた不安を感じる。

皆、彼の走りを観たくないのか。
あのたった一度の敗戦で見限ってしまったのか。
待ちに待っていたのは私だけだったのかと。

だが、気づくといつの間にか多くの人がスタンドに出てくる。
寒い外を避難しながら、中で皆待っているのだ。
やはり、みんな楽しみにしているんだ。
そう分かるとどこか不安が薄らいだ。
そして、スタンドの陽だまりには春の暖かさを感じた。

親子連れの会話が聞こえてくる。
「ゴール前の写真撮りたいね」
望遠レンズを構える人を見ながら父親に話しかける。
「でも、あれだと肉眼で見えないからなあ」
と子供に答える父親。
「運動会とかもビデオを撮りながらだと観た気がしない」
そんなことを話していた。

正にその通りと心の中で頷く。
競馬もテレビで観た方が寒くないし実況も良く聞こえる。
だが、やはり肉眼で、この眼で観たいのだ。
そして、直に足音を聞き、雰囲気を肌で感じる。
そのためにここまで来たのだ。
やがて私の視線がパドックに現れたあの馬を捉えた。

すっかり有名になった厩務員と調教助手が手綱を引く。
馬体重の数字を見た瞬間はどうかと思えた。
だが、実際の姿を見た感じは悪くは無い。
春の日差しを浴びて輝く馬体は普段と変わらない。
そう感じた矢先にチャカチャカしだした。
そして、久しぶりに小さく尻っ跳ね。
大人になったと言われた最近では見られなかった仕草である。
しかし、不思議と私はその光景が楽しげに見えた。
何度も繰り返すその仕草を眺めていると私はあることに気づいた。

電光掲示板が陽を遮り向こう側は日陰となっている。
そちらを歩いているときは大人しい。
観客側は日向になっていて、こちらに来るとチャカつきだす。
きっと春の日差しが嬉しくてはしゃいでいるんだろう。
尻尾をブンブン振り回して、スキップを踏みながら。
その元気の良さに私の心も躍りだした。
ここでようやく不安が吹き飛んだ。

スターターがターフビジョンに大写しとなる。
直後にファンファーレが鳴り響く。
同時に遠くから微かな手拍子が聞こえてくる。
それは徐々に大きくなり、最後には大歓声と拍手が巻き起こった。
そして、待ちに待ったゲートが開いた。

スタートは無事に出ることができた。
その直後、鞍上の手が軽く動いているように見えた。
今日は前につけて王道の競馬をするのでは。
そんな予想をしていた私はやはりと思った。
しかし、それほど前には上がって行かない。
そして、いつも通りの後方のポジションで落ち着いた。

一瞬、前走のことが頭を過ぎった。
だが、スタンド前を走る彼の走りはそれを忘れさせてくれる。
やや掛かり気味とも言えるだろう。
しかし、私には元気一杯楽しそうに走っているように見える。
春の日差しを受けてさぞかし気持ち良いのだろうな。
今日は安心して見ていられる。

先頭が大逃げの態勢となり場内から歓声があがる。
向正面で前から順番に一頭一頭ターフビジョンに映し出される。
そして、あの馬の番になったところで前への進出を始める。
その瞬間、スタンドのボルテージが一気に上がる。

手綱は全くの持ったまま。
それでいて、周りの馬が止まったかのごとく次々に抜き去って行く。
音も無くスーッと上がってゆく。
そのあまりに美しい光景にやがて歓声に拍手が混じり始める。
4コーナーでは早くも先頭に踊り出る。

そして、ここから独走が始まる。
鞍上が満を持して追い出し一気に加速する。
重心の低い力強いフォームで大地を蹴る。
彼にはやはり羽が生えている。
彼は今日も飛んでくれた。

この走りに私も拍手を贈る。
いや、手を叩かずには居られない。
スタンドはそんな空気に包まれていた。

そのまま軽やかに彼はゴール板を駆け抜けた。
その瞬間、誰もが満ち足りた笑顔でより盛大な拍手を贈った。
誰もが英雄の帰還を祝福していた。
この雰囲気を感じるために私はここに居るのだ。
そして、この胸が空く感覚は何事にも変えがたい。

彼は私たちの夢。
そう言っても過言ではないだろう。
だが、人の夢と書くと儚いという字になる。
サラブレッドの輝いている時はとても短い。
時に儚く思えるほどに。

だから、これからも彼の走りをこの眼に焼き付けよう。
胸に刻んで行こう。
夢から覚めるそのときまで。

ただ、今日はひとまず喜びに浸りたい。
どこまでも広がる夢に身を委ねながら。

春の足音

2006-03-05 18:45:00 | 競馬観戦記
今年も早や弥生三月。
陽だまりでは春の暖かさを感じる。
そんな早春の中山競馬場スタンド。
メインの頃には日陰となり風はまだまだ冷たい。

春と言えばやはりクラシック。
トライアルレースが始まるとその足音が聞こえてくる。
その中でも最重要ステップとして毎年注目される今日のレース。
今年は二強対決と目されている。

前走、強い2歳チャンプを一刀両断した鋭い切れ味。
あの脚はクラシック有力候補と見て遜色は無い。
この馬が唯一黒星を喫したのが昨年の暮れ。
その勝者がもう一頭の雄である。

父譲りの栗毛の馬体。
四輪駆動のような力強い走りも父を彷彿とさせる。
この両雄の再戦がここで実現となった。

レースは予想されたとおりスローで流れる。
両雄は後ろから二番手と最後方。
特に栗毛の馬体が大きく遅れ場内がざわめき立つ。

勝負どころで最後方から上がってゆく。
それを待っていたように後方から二番手からも連れて上がる。
4コーナーでは馬体を併せ昨年暮れの再現かと思わせた。

しかし、並んだかに見えた瞬間一気に栗毛の馬体を置き去りにした。
末脚を繰り出した一瞬で暮れの雪辱を果たしたかの如く。
そのままのトップスピードで先頭に踊り出る。
最も速き馬が制すると言われる本番。
その最有力候補として相応しいスピードでゴール板を駆け抜けた。

その昔、3歳重賞を同じステップでクラシックへ挑んだ馬が居た。
後方から勝負どころで一気にスパートするその馬は三冠馬となった。
今年の勝者は奇しくも同じような戦法を得意としている。
だが、そこまでの器なのかは未だ分からない。

ただ、この馬の末脚には爽快感を覚える。
昔のレースでも同じような感覚だったのだろうか。
そんな20年以上も前へ想いを馳せたくなる。
一足早い春の足音に乗せて。

ラストライドも爽やかに

2006-02-26 17:54:23 | 競馬観戦記
競馬界では三月が節目。
希望を胸に新人達がデビューを迎える季節。
だが、新たに来る者あれば去る者あり。
一人の真摯な男が静かに鞭を置く。

この男が脚光を浴びたのはある牝馬との物語。
抽選馬という安馬の代名詞のような馬。
その馬が桜の舞台へ主役として上がった。
だが、靴を忘れたシンデレラに幸せは訪れなかった。

続く樫の舞台。
もはやこの安馬に期待する声は少なかった。
それでも、しっかりと靴を履いた彼女は先頭を走り続けた。
シンデレラストーリーはハッピーエンドで幕を閉じた。
そんな彼女をエスコートしたのが若き日の彼だった。

競馬界の紳士と呼ばれるほどの人格者。
フェアプレー賞を10回受賞している。
過去に調教中の落馬事故で腎臓摘出の重傷を負った。
それでも持ち前の直向さで復帰してからも勝ち星を重ね続ける。
そんな彼が師匠の後を継ぐべく今日で鞭を置く。

最後の重賞騎乗では鮮やかな差し切り勝ち。
まるで天で見守っていた者の意思でも働いたかのような。
ゴール後の爽やかな微笑みは若き頃と変わらない。

そして、ジョッキーとしてのラストライド。
得意の先行策から直線で先頭に立つ。
場内からは彼の最後の騎乗、最後の勝利を祝福する拍手と歓声。
全ての人たちに見守られながら引退の花道を自らの手で飾った。

これが区切りとなる1400勝目。
真摯に物事をやり遂げた者には報いがある。
彼の生き方そのものが現れたような有終の美だった。

名騎手、名調教師にあらず。
そんな言葉もあるように今後の道も楽なものでは無いだろう。
それでも彼なら良い調教師になるのではないだろうか。

人を育てることが馬を育てる。
師の元で素晴らしい人格者として育った彼。
その経験が素晴らしい馬を育てる。
きっと彼ならそれが出来るに違いない。
その時はあの爽やかな笑顔をまた私達に見せてくれるだろう。

第23回フェブラリーS

2006-02-19 19:26:01 | 競馬観戦記
暦の上では春を迎えたが、まだまだ寒さの残る東京競馬場。
それでも日差しの暖かさに春の足音を感じさせる。

待ちに待った今年初の中央G1レース。
出走時間にはまだまだ早い時間に府中に到着。
傍らに佇む幻の馬へ挨拶をしてパドックへ向う。

丁度お目当てのレースの出走馬たちが周回を始めていた。
堂々と歩く芦毛馬。
グレーと白の斑な感じが父を彷彿とさせる。
この馬を応援する横断幕に目を移す。
「父の夢、僕らの夢」
この馬の走りに胸を熱くする人たち心情を端的に表していると言えよう。

そんな夢を乗せて、今日のもう一つのメインレースのゲートが開いた。
好スタートから前へ進み先頭を奪いそうな勢い。
鞍上はそれを嫌い手綱を引く。
頭を上げて折り合いを欠きながらズルズル後退。
外から馬群に被せられて内に閉じ込められる。

最悪の展開。
胸の空くような走りを期待していたのに。
この時点では惨敗も覚悟した。

直線に入っても内ラチ沿いで前には馬の壁。
半ば過ぎてようやくスペースができて外へ持ち出す。

遅すぎる。
これでは間に合わない。
だが、そう思ったのは一瞬だった。
まだ持ったままの手ごたえだったからだ。

外へ出てから軽く追い出すと瞬時に反応し抜け出す。
飛びが大きく脚を高く上げるダイナミックなフォーム。
父の走りが重なり思わず鳥肌が立つ。

グングン後続を引き離しそのままゴール。
まるで馬群を捌く調教の様だった。

圧倒的なその強さ。
父の果たせなかった夢。
この馬は私の夢になった。


そして、いよいよメインレース。
先ほどの興奮からこちらにも世界への夢を想像する。
それはもちろん昨年のダート王への期待である。

いや、現状では暫定王者と言ったところか。
砂の王者を決めるに相応しいメンバーが揃った今日のレース。
ここでも勝利し名実共に日本のダート王として世界へ羽ばたいて欲しい。
そんな想いで栗毛の馬体を見つめる。

相変わらず血管が浮かび上がる見事な皮膚の薄さ。
状態は万全に見える。
後は結果を残すのみ。
ダート最強馬決定戦のゲートが開いた。

課題となる芝からのスタートは無事にこなした。
そのままレースの流れへ乗るように中団を追走。
昨年の覇者と伏兵の馬が競り合うように後続を引き離す。
そんな大逃げにも惑わされずに外目を虎視眈々と進む。

大欅の辺りから徐々に進出。
4コーナーでは先行馬群に取り付く。
昨秋の国際招待競争と全く同じような展開である。

あの時はここから思ったほど伸びなかった。
前には大接戦を演じた馬が抜け出しに掛かっている。
あの日と同じではまた苦戦してしまう。
ここからの直線はどれだけ成長したかが試される。

大飛びの力強いフォームでグングン伸びる。
500キロを超える雄大な馬体が弾ける。
あの日あれだけ梃子摺った相手を直線半ばで並ぶ間もなく交わす。
もう、あの日とは違うのだと。

更に後続を引き離して行く。
その走りは王者の風格を漂わせていた。
そのまま力の違いを見せ付けゴール板を駆け抜けた。

正にダート王。
正に砂の日本一。
今日の走りは文句無くそう言えるだろう。

これで最高のシナリオとなった。
日本代表が世界の舞台で戦う。
しかも、複数の馬がいくつものレースで。
今年の競馬も楽しくなりそうだ。

夢は遠く砂漠の国へ。
あの時の切ない想いを乗せて。

幻の馬に願いを

2006-02-05 20:55:35 | 競馬観戦記
10戦10勝でダービーを制し、その17日後にこの世を去った。
その馬に捧げられた追悼文。

ダービーを勝つために天から降りてきた幻の馬。
競馬界最高の記録をうちたてて、
馬主にこの上ない栄冠を与えたまま、
また天に還っていきました。

彼は幻の馬と呼ばれ今も語り継がれている。

そんな名馬の名を冠するレース。
今年は良いメンバーが集まった。

圧倒的な存在が君臨する。
昨年のようなクラシックも良いだろう。

どの馬が一番強いんだ。
本番前まで個々の想像を巡らす。
そんなクラシックも面白い。
今年はそんな雰囲気が漂う。

今日の一戦も本番までの長い楽しみの一つ。
クラシック候補たちが顔を揃えた。

格で言えば2歳チャンピオン。
自らレースを作り出しで重賞を連勝してきたこの馬。
その持続するスピードと芦毛の馬体が父を髣髴とさせる。
父の走りを見ている者には思い入れのある馬だろう。

スピードと言う意味では札幌チャンプも素晴らしい。
エンジンの掛かりは若干遅いが、仕掛けてからが物凄い。
捲くって脚を使っても直線で再び伸びる。
この馬の才能もワクワクさせる。

末脚とならば新潟チャンプを忘れてはいけない。
直線だけで殆ど全ての馬を抜き去ったあの脚。
そして、父は幻の三冠馬と言われたあの馬。
やはり応援したくなる馬である。

こんな馬たちがこの時期に早くも激突。
見逃せない一戦である。

レースは意外な展開。
スピードで勝る2歳チャンプが3番手に控えた。
そのため、道中のペースはスロー。

末脚勝負の馬には分が悪いか。
そんな展開のアヤを嫌ったように新潟チャンプは早めに進出。
対照的に内に閉じ込められた札幌チャンプはじっくり構える。

直線に入ってヨーイドン。
そんな上がり勝負になるだろう展開。
スピードで押し切る2歳チャンピオンには不向きに見えた。
事実、馬群に飲み込まれそうになる。
それでも、鞍上の手綱は持ったまま。
馬も先頭を譲らない。
早めに後ろから来た新潟チャンプの手ごたえが先に怪しくなる。

先頭は満を持して追い出し、後続を引き離しに掛かる。
やはり2歳チャンプ強しと思ったときだった。
直線も半ば過ぎで未だに持ったままで上がってくる馬がいた。
仕掛けると引き絞った弓が矢を放つように一気に伸びる。
札幌で見せたあの脚が府中でも炸裂した。
そのままゴール前でキッチリ先頭を交わしてゴール。
快勝とは正にこのことだろう。

見ごたえのある前哨戦だった。
クラシックロードはまだまだ続く。
他にも楽しみな馬がまだまだ居る。
やはり今年のクラシックは面白い。

後はどうか皆無事に春を迎えて欲しい。
今も府中で見守る幻の馬にそう願った。

第50回有馬記念

2005-12-25 19:17:35 | 競馬観戦記
ドリームレース。
年末の大一番はそんな名前が相応しい。

クラシックを戦い抜いた3歳馬。
秋の王道路線を戦い抜いた古馬。
そんな馬達からファン投票で出走馬を選ぶグランプリレース。
ここを勝った馬が名実共に日本一。
そんな期待感から常に胸躍るレースだった。

だが、近年ではその様な風潮も薄まってきている。
秋の国際招待競争を頂点とするような番組編成。
それに伴い既に決着のついたメンバーでの再戦。
どことなく昔のドキドキ感が失われつつある。
昔から競馬を観ている者としてはやはりJCより有馬なのである。

しかし、今年は1頭の救世主により昔のようなドリームレースとなった。
21年振りの無敗の三冠馬。
そんな歴史的偉業を達成した馬がJCではなく有馬を選んだのだ。
否応無しに盛り上がるのは至極当然である。

とにかく観る人を魅了し人を呼べる馬である。
ただでさえ混雑する年末の大一番は恐らく大変なことになる。
そう予想した私はいつもより早く昼前に競馬場へ向う事にした。

西船橋駅で武蔵野線ホームへ上がってまず人の多さに驚いた。
「おいおい、まだ昼前だぞ」
そんな事を言いたくなるような人の量である。
やはり早めに出ておいて良かったと一人納得した。

そんな多くの人込みに続くように競馬場への地下連絡通路を歩く。
壁には歴代のグランプリホースの写真が並んでいる。
その反対側にはいつからか今年のクラシック三冠のゴール前の写真が。
やり過ぎの感は否めないが、やはり目が行ってしまう。
全ての現場に立ち会ったあの感動が蘇ってくる。
今日もこの馬を観られる幸福感で胸が高鳴る。
やはり今日はドリームレースだ。

まずスタンドに上がり周りを見渡す。
見渡す限りに人、人、人・・・
既に普通のG1よりも多いくらいの状態。
人に押されながら5Rを観戦する。

その後、早めに馬券を購入しスタンドに戻る。
すると先ほどよりもスペースが出来ている。
まだお昼だというのに敷物撤去のアナウンスが流れていた。
この時点で私はスタンドに陣取りメインレースまで待つことにした。

幸い空には雲ひとつ無い晴天。
ほとんど風も無く日差しが降り注ぎとても暖かい。
待っている間に周りの人の会話が聞こえてくる。
「今日の主役に乗る騎手はあまり乗らないんだなあ」
そんな声が気になり調べてみると確かに後はメインレースだけだった。
大一番に懸ける意気込みが感じられ、ますます楽しみが膨らんでゆく。

楽しみを待つ時間と言うのはとても短く感じる。
いつの間にか太陽はスタンドの影に隠れ師走の寒さが戻ってきた。
そして、いよいよパドックがターフビジョンに映し出される。

寒さの為か馬体増の馬が目立つ中、本日の主役は馬体減。
デビュー以来の最低体重である。
出走メンバーの中でも最軽量。
一番重い馬とは100キロ以上も差がある。
こんな小さな体のどこにあんな力を秘めているのか。
この馬を観るたびにそんな事を思ってしまう。

馬体は減っているものの決して悪くは見えない。
日向に出ると光り輝く馬体はいつもどおりに感じる。
春の頃のようにチャカつく様子も無く心配は無さそうだ。
その内に他場のレースを映す為、一旦パドックが観られなくなった。

再びパドックが映し出されたときは既に騎乗命令が掛かっていた。
この馬の騎乗する瞬間が大写しとなりスタンドで拍手が巻き起こった。
満員のスタンドのボルテージは高まる一方である。
最後の一周で一頭一頭、順番に映されてゆく。
一番最後にこの馬が映されて地下道に消えていった。
いつの間にか順番を入れ替え一番後ろを歩いていた。

いよいよ、本馬場入場。
待ちわびた観衆が怒号のような歓声を上げる。
一番最後に出てきたこの馬はやや小走り加減で時折グイと首を下げる。
だが、春の頃のような入れ込んだ感じではない。
寧ろ「よし、やるか」とでも言いたげな雰囲気に見える。

ゴール板過ぎの辺りから芝コースに入り1コーナー側へ返し馬に入る。
フワっとした感じの入り方に今日は掛かる心配は無さそうに感じた。

続いて輪乗りの様子が映し出される。
落ち着かせるために鐙から足を外して乗る馬が多く見られる。
だが、この馬の鞍上は終始鐙に足を掛けていた。
まるで緊張感を切らさないかのように。
途中で一度立ち止まり遠くを眺める。
そんな仕草からも落ち着きが感じられる。

発走が近づき、いよいよスタンドの混雑もピークに達する。
満員電車のようにギュウギュウ詰めで時折、後ろから押される。
毎年の事だがこのときだけは一瞬生命の危機を感じる。
こんな事になるのも年末のこの日だけである。

発走直線に過去の三冠馬のレースが写し出される。
三冠を達成した年にこのレースに出走した馬は二頭。
その二頭とも圧倒的な強さを見せつけた。
さて、今年は一体・・・

スターターが映し出され待ちに待った様な歓声が上がる。
満員電車の中、皆無理やり手を出しファンファーレに併せて手を叩く。
そして、最後には轟く様な歓声を上げスタンドのボルテージは最高潮に達した。

今日は後入れの偶数枠。
他の馬のゲート入りも大人しく待って、自分のゲート入りもスムーズ。
「良し、今日は大丈夫だ」
そんな私の思いと共にゲートが開いた。

普通に出たように見えた。
だが、直ぐに馬群が前に固まる。
行き脚が付かないのか、あえて抑えたのか。
無理やり抑えたとか行けなかったという印象ではない。
スーッと下がり気がつけば最後方からの競馬となった。

戦前は前へ引っ張る馬が居るのでペースは速くなる。
そんな予想が多く聞かれていた。
しかし、目の前の直線を走る馬群はどう見ても速くは見えない。
「こんなペースで最後方で大丈夫なのか」
一瞬はそう思った。

だが、馬群の外目を走るこの馬の姿を見たら、そんな気持ちは吹き飛んだ。
完璧に折り合い、まるで秋初戦の走りを見ている様だったのだ。
そして、徐々にポジションを上げてゆく姿に今日も行けると確信した。

向正面では中団のやや後方。
馬群に包まれること無く、外目を追走。
ペースは相変わらず速くは見えないがいけるだろう。
いつものように捲くって行けるだろう。

勝負どころの3コーナー。
「良し!来たっ!」
いつものようにスーッと外目を上がってゆく。
手ごたえ抜群で持ったまま。
「良し!良し!」
勝利を確信した私は興奮して叫んでいた。

4コーナーでは先行集団に取り付き、外を回り前も空いている。
いつもの必勝パターン。
ここから飛んでくれる。
私は圧勝まで期待した。

ところがどうしたことか、いつまで立っても抜け出してこない。
坂でもがいているかのようにポジションが上がらない。
やがて、内から一頭鋭く抜け出してきた馬がいた。

「まずい」
脚色からして直感的にその馬が勝つと感じてしまった。
しかし、坂でもがいていたこの馬がその抜け出した馬を追いかけ始めた。

「いけるのか、届くのか」
抜け出した馬との差が徐々に縮まる。
だが、もうゴールは目前。

「届いてくれ」
あと1馬身まで迫る。

「届いてくれ」
前の馬のトモの辺りに鼻面が掛かる。

「馬体が併さるか」
そう思った瞬間、ゴール板を通過していた。

「あーーー」
ゴールの瞬間そんなため息がスタンドから漏れた。

スタンドの声が揃ったのはその瞬間だけだった。
後はただザワついていた。
そのザワつきはいつまでも続いていた。
いつまでもいつまでも続いていた。


無敗の四冠制覇は成らなかった。
しかし、この馬には多くの夢を見させてもらった。
この馬が現れなかったら今年の競馬はどうなっていたか。
想像するだけで恐ろしくなる。

既に大きな夢は叶えてもらった。
言わば今日からは夢の続きである。

夢の続きは一体どんなストーリーになるのだろうか。
第一章は初めての敗北が記された。

その先はどんな展開になるのだろうか。
想像してみよう。

そして、彼の物語を見続けて行こう。
一頭のサラブレッドの英雄譚を。