古事記 下つ巻 現代語訳 五十一
古事記 下つ巻
逃亡の御子の名乗り
書き下し文
尓して山部連小楯を、針間国の宰に任けし時に、其の国の人民名は志自牟が新室に到り楽す。是に盛りに樂し、酒酣にして、次第を以ちみな舞ふ。故火を燒く少子二口、竃の傍らに居り。其の少子等に舞はしむ。尓して其の一の少子が曰く、「汝兄まづ舞へ」といふ。其の兄も「汝弟まづず舞へ」と曰ふ。かく相讓る時に、其の會へる人等、其の相讓れる状を咲ひき。尓して遂に兄舞ひ訖はり、次に弟舞はむとする時に、詠爲て曰く、物部の 我が夫子が 取り佩ける 大刀の手上に 丹畫き著け 其の緒は 赤幡を載り 赤幡を立てて見れば い隱る 山の三尾の 竹をかき苅り 末押し縻ぶる魚簀 八絃の琴を調ぶる如く 天の下治し賜へる 伊邪本和氣天皇の御子 市邊之押齒王の 奴末といふ。尓して小楯連、聞き驚きて、床より墮ち轉びて、其の室の人等を追ひ出だし、其の二柱の王子を、左右の膝の上に坐せまつり、泣き悲しびて、人民を集め、假宮を作り、其の假宮に坐せ置きまつりて、驛使を貢上る。是に其の姨飯豊王、聞き歡びたまひて、宮に上らしめたまふ。
現代語訳
尓して、山部連小楯(やまべのむらじのおだて)を、針間国(はりまのくに)の宰(みこともち)に任せた時に、その国の人民(おほみたから)で名は志自牟(しじむ)が新室(にいむろ)に到り楽(うたまひ)をしました。ここに盛りに樂し、酒も酣(たけなわ)にして、次第(つぎて)を以ちみな舞いました。故、火を燒(た)く少子(わらわ)が二口(ふたり)が、竃(かまど)の傍(かたわ)らに居(を)りました。その少子等(わらわども)に舞わせました。尓して、その一の少子がいうことには、「汝兄(なね)がまず舞え」といいました。その兄も「汝弟(なおと)がまず舞え」といいました。かく相讓(あいゆず)る時に、その會(つど)える人等が、その相讓れる状(さま)を咲(わら)いました。尓して、遂(つい)に兄が舞い訖(お)わり、次に弟が舞おうとした時に、詠(うたよみ)爲(し)て、いうことには、
物部の 我が夫子(せこ)が 取り佩(は)ける 大刀の手上(たがみ)に 丹(に)畫き著け 其の緒は 赤幡を載り 赤幡を立てて見れば い隱る 山の三尾の 竹をかき苅り 末押し縻(な)ぶる魚簀(なす) 八絃の琴を調ぶる如く 天の下治し賜へる 伊邪本和氣天皇の御子 市邊之押齒王の 奴末
といいました。尓して、小楯連は、聞き驚いて、床より墮ち轉(まろ)びて、その室の人等を追い出し、その二柱の王子を、左右の膝の上に坐(いま)せて、泣き悲しんで、人民を集め、假宮を作り、その假宮に坐せ置き、驛使(はゆまづかい)を貢上(たてまつ)りました。ここに、その姨(おば)・飯豊王(いいとよのみこ)が、聞き歡びになられて、宮に上らせになりました。
・みこともち
天皇の御言 (みこと) を持ち、政 (まつりごと) を行う意》上代、勅を受けて任地に下り、政務をつかさどった官人。律令制の国司の前身
・新室(にいむろ)
新しくつくった家
現代語訳(ゆる~っと訳)
それから、山部連小楯を、播磨国の土地の政治を司る者に任命した時に、その国の人で名前は志自牟が新築の祝いの宴会を行いました。
そこでは、盛んに宴会が行われ、酒もたけなわという時に、次々に皆が舞いました。
そこに、火焚きの少年が2人、かまどの側にいました。その少年たちにも舞わせることにしました。
すると、その少年の1人が、「兄上が先に舞ってください」といいました。その兄も「弟が先に舞いなさい」といいました。このように、互いに譲り合いをする時に、その集まった人たちが、その譲り合う様子を見て笑いました。
そこで、ついに兄が舞い終わって、次に弟が舞おうとした時に、歌詠みしていう、
武人である
我が君が
身につけている
大刀の柄に
赤く書きつけている
その下げ緒には
赤い幡を載せて
立てた赤い幡を見て
隠れた
その山の尾根の
竹を引っ掻いて刈り
その竹の末を押し広げて作った
魚をとるための簀
八絃の琴を奏でるように
天下を統治なさった
伊邪本和氣天皇の御子
市辺之押歯王の
今は奴の身となっている子孫です
といいました。
すると、小楯連は、これを聞き驚いて、床より落ち転がって、その室にいた人たちを追い出し、その2人の王子を、左右の膝の上に座らせて、泣き悲しんで、人民を集めて、仮宮を作り、その仮宮に2人を住まわせて、早馬の使者を都に上らせました。
これにより、2人の叔母・姨飯豊王は、聞いて喜び、2人の王子を角刺宮に上らせました。
続きます。
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