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リートリンの覚書

散策日記・千駄木駅周辺と上野広小路周辺

西日暮里周辺を散策した後は、千駄木に向かい、千駄木駅周辺を散策しました。

柳通り


千駄木駅の周辺を散策して、団子坂を登ってみました。

団子坂


団子坂説明書き


団子坂
文京区千駄木2丁目と3丁目の境
潮見坂、千駄木坂、七面坂の別名がある。
『千駄木坂は千駄木御林跡の側、千駄木町にあり、里俗団子坂と唱ふ云々』(御府内備考)
「団子坂」の由来は、坂近く団子屋があったともいい、悪路のため転ぶと団子のようになるからともいわれている。また、「御府内備考」に七面堂が坂下にあるとの記事があり、ここから「七面坂」の名が生まれた。「潮見坂」は坂上から東京湾の入江が望見できたためと伝えられている。
 幕末から明治末にかけて菊人形の小屋が並び、明治40年頃が最盛期であった。また、この坂上には森鴎外、夏目漱石、高村光太郎が居住していた。
ー郷土愛をはぐくむ文化財ー
文京区教育委員会

かつては、東京湾を見ることができたのですね。急な坂道で転ばぬよう足元ばかり見ていて、景色を見ることを忘れていました。
(⌒-⌒; )

ここ団子坂は、名所江戸百景 第16景 「干駄木団子坂花屋敷」で描かれています。

第16景 「干駄木団子坂花屋敷」に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非、ご覧ください。


さて、この団子坂、結構な傾斜でした。東京散策をする前は、東京って平坦な街だと思っていましたが、結構坂が多いことを知りました。

団子坂を登った先には、文京区立森鴎外記念館があります。

文京区立森鴎外記念館

文京区森鴎外記念館は、鴎外の旧居「観潮楼」の跡地にある記念館です。



文京区立 森鴎外記念館

 文京区立森鴎外記念館は、明治、大正期に活躍した森鴎外(本名 森林太郎)が暮らした家の跡に建てられています。
 鷗外は、1892(明治25年)年1月から、この地で家族とともに暮らしました。家は団子坂の上に位置し、2階から品川沖の白帆がのぞめ、鷗外により観潮楼と名づけられました。
 敷地内には、往時を偲ばせるものが今も残っています。薮下通りには正門の門柱の礎石や敷石、庭には鷗外ゆかりの「三人冗語」の石や、大銀杏があります。また「沙羅の木」詩碑、「観潮楼址」碑も設置されています。
 鷗外は軍医として勤めるかたわら、「青年」「雁」「高瀬舟」などたくさんの小説や翻訳を執筆しました。また、この家には鷗外を訪ねて、永井荷風、芥川龍之介、伊藤左千夫、石川啄木、斎藤茂吉など多くの文人が訪れました。観潮楼は、森家の住まいのみならず、文人たちの社交場でもありました。
 文京区は、多くの文化人が住んだ文の京でもあります。鷗外がたくさんの人と交流し、みずからも散策に出かけたこの地から、当時の面影をさがしに街へお出かけください。
看板より引用


記事を書いている最中、森鴎外記念館を調べてみますと、2022年7月9日は鴎外が亡くなってからちょうど100年目に当たるそうです。

様々な企画が立てられているそうです。気になる方は訪れてみてはいかがでしょうか。

文京区森鴎外記念館HP

さて、時間がなかったので、森鴎外記念館は見学せず、先に進みました。

団子坂を下り千駄木駅から電車に乗って、次は湯島駅で下車しました。それから上野広小路を目指しました。

上野広小路


上野広小路は、東京都台東区の南西端、上野寛永寺の門前町として発展しました。明暦の大火以後、現在の上野公園口から松坂屋に至る道路を広げて火除け地とし、広小路と呼ばれるようになりました。日本橋とともに江戸の繁華街となっていました。

松坂屋の看板を見ると…2021年に撮影したのがバレバレですな。

さて、こちらの上野広小路は、名所江戸百景 第13景 「下谷広小路」で描かれています。

第13景 「下谷広小路」に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非、ご覧ください。


今回の江戸百景 第13景 「下谷広小路」は「松坂屋」がメインとなって描かれています。

そこで「松坂屋」の歴史を調べましたら、これが結構面白い。

1611年(慶長16年)織田家の小姓の子孫である伊藤蘭丸祐道が名古屋本町で呉服小間物商「いとう呉服店」を創業しました。

1768年(明和5年)江戸に進出し、上野の「松坂屋」を買収し、同店を「いとう松坂屋」と改称しました。

織田家の小姓の子孫が創始者とは、知りませんでした。歴史を調べることの面白さに、また気づかされました。

しかし、買収した松坂屋の名が残り、創業者の「いとう」は何故残さなかったのでしょうか?

謎?

今度は上野広小路から上野恩賜公園を目指しました。

上野恩賜公園入り口周辺


上野恩賜公園の入り口近く、かつて、この辺りに五條天神社がありました。

その姿は名所江戸百景 第12景 「上野山した」で描かれています。

第12景 「上野山した」に関しましては、私の別ブログにて詳しく記事にしています。興味のある方は是非、ご覧ください。

明日は、上野恩賜公園の散策日記です。

読んでいただき
ありがとうございました。


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