日本書紀 巻第一 神代上
第五段 一書群 その六
黄泉の国のお話、菊理媛神の登場
天照大神と月夜見尊のお話
十・一書に曰く、
伊弉諾尊は、
伊弉冉尊を追いかけて
彼女のいるところに到着し、
「お前を失い、
悲しくてここへ来たのだ」
と語りました。
それに伊弉冉尊は答えて、
「私を見ないでください」
といいました。
伊弉諾尊は、
それに従わず
なおも見続けました。
伊弉冉尊はそれを恥ずかしく思い、
恨んで、
「あなたは私の真の姿を見てしまいました。
私もあなたの本当の姿を見てみましょう」
といいました。
その時、伊弉諾尊も自分を恥じて、
出て行こうとしました。
しかし、
黙って帰ることはせず、
誓いを立てて、
「離婚しよう」
といい、
またさらに、
「お前には負けない」
といい、唾を吐きました。
その唾から化した神を
速玉之男(はやたまのお)と名付けました。
次に穢れを祓う神を
泉津事解之男
(よもつことさかのを)といいます。
合わせて二神です。
妻と泉平坂で争うにおよんで、
伊弉諾尊は、
「始め、お前の死を悲しみ偲んだことは、
私が弱かったからだ」
といいました。
このとき、
泉守道者(よもつちもりびと)が、
申し出ました。
「(伊弉冉尊からの)伝言がございます。
『私はあなたと国を生みました。
どうして更に生むことを求めるのでしょうか。
私はここに留まります。
あたなと共に行くことはできません』と」
この時、菊理媛神(くくりひめのかみ)も
伝えることがありました。
伊弉諾尊は、
それを聞くと彼女を誉めました。
そしてその場を去りました。
自ら黄泉国を見たことは
よくないことなので、
穢れを濯ぎ落としたいと思い、
粟門(あわのと)や
速吸名門(はやすいなと)へ行きました。
しかし、
この二門は潮の流れ速かったので帰りました。
そこで橘の小門(おど)に戻り、
祓い濯ぎました。
この時、
水に入り
磐土命(いわつちのみこと)
を吹き生じ、
水から出て
大直日神(おほなほひのかみ)
を吹き生じ、
また水に入り、
底土命(そこつちのみこと)
を吹き生じ、
また水から出て
大綾津日神(おおあやつひのかみ)
を吹き生じ、
また水に入り、
赤土命(あかつちのみこと)を吹き生じ、
また水から出て、
大地、海原の諸々の神たちを吹き生じました。
不負於族これはうからまけじといいます。
十一・一書に曰く、
伊弉諾尊は、三子に命じて、
「天照大神は高天の原を統治しなさい。
月夜見尊は、日に配して天の事を治めなさい。
素戔嗚尊は青海の原を統治しなさい」
といいました。
天照大神は、すでに天上にいて、
月夜見尊にいいました。
「葦原中国に
保食神(うけもちのかみ)がいると
聞いています。
見に行ってきなさい」
月夜見尊は、勅(命)をうけ
葦原中国に降りて行き、
保食神の所に到着しました。
保食神が首を回し陸に向かうと、
口から飯が出てきました。
また海に向かうと、
大小の魚が口から出てきました。
また山に向かうと、
麁毛や柔毛の獣が
口から出てきました。
それらの品々をみな準備して、
百台もの机にのせて
もてなしました。
ところが月夜見尊は
顔色を変えて憤慨し、
「汚らわしい、賤しい、
どうして口から吐いた物で、
私に振る舞おうとするのか」
と言う乎否や剣を抜いて
撃ち殺してしまいました。
その後、
天上に帰り報告して
詳しい事情を述べました。
この時天照大神は甚だしく怒り、
「お前は悪い神です。
もう、お前の顔は見たくありません」
といいました。
そういうことで月夜見尊とは、
一日一夜とを隔離して住んでいるのです。
その後天照大神は、
天熊人(あまのくまひと)遣わして
様子を見させました。
保食神はすでに死んでいました。
その神の頭は牛、馬となり、
額の上には粟が生え、眉の上には蚕が生え、
眼の中には稗が生え、腹の中に稲が生え、
陰部には麦と大豆や小豆が生えていました。
天熊人はそれらを採取し、
持ち帰って献上しました。
天照大神は喜んで、
「現世の人々は、
これらのものを食べて
生きていったらよいでしょう」
といいました。
粟、稗、麦、豆を畑の種子とし、
稲を水田の種子としました。
また天邑君(あまのむらきみ)を定めました。
さっそくそれを稲種として、
始めに天狭田(あまのさだ)と
長田(ながた)にそれを植えました。
その秋垂れ穂は、
こぶし八つ分の長さにみのり、
それは、それは大変喜ばしいことでした。
また口中に蚕をふくみ、
糸をふきだすことができました。
これが養蚕の道の始まりでした。
保食神(ほうしよくしん)、
これはうけもちのかみといいます。
顕見蒼生(けんけんさうせい)これは、
うつしきあをひとくさといいます。
・小門(おど)
福岡市西区小戸
日本書紀に登場する神様一覧は
こちら
終いの一書は、
月夜見尊に少し同情します。
殺したのはやり過ぎですが、
口から出した物でもてなされても…
そりゃ、神様から出た物は、
清らかな物だとわかってはいますよ。
でもねぇ。
殺したのはやり過ぎですが、
口から出した物でもてなされても…
そりゃ、神様から出た物は、
清らかな物だとわかってはいますよ。
でもねぇ。
第四段一書群、
いかがだったでしょうか?
正直、黄泉の国のお話など
何通りもあるとは知りませんでした。
個人的には、
菊理媛神が、出てくる一書が、
第四段の一書群の中で
一番心に響きました。
読んいて、物悲しさが感じられます。
妻の死を受けいれられず苦悩する姿。
これは、人だけではなく神様も
同じように別れを悲しむのだと感じました。
「お前には負けない」という言葉も
妻に対してだけではなく、
妻を失った悲しみに
負けないという意味合いも
含まれているように
自分は受け取りました。
そして、
妻との別れを乗り越えていく姿に
心震えました。
とてもいいお話です。
しかし、
菊理媛神、謎ですね。
登場しても、
セリフが書かれていない。
彼女は、いったい何を
語ったのでしょうか?
民俗学者・折口信夫は、
"穢れを祓う禊をすすめたから"
と、言っていますが、
真相はいかに。
菊理媛神の存在も謎ですね。
古事記には出てこない。
日本書紀では、この一書のみの登場。
しかも、名前のみ。
しかし、
全国に彼女を祀る神社が沢山ある。
(全国神様別神社の数、ベスト10位です)
謎の多い神様です。
こういう謎大好きです。
次回は、第五段。
天照大神と素戔嗚尊の誓約のお話です。
最後まで読んでいただき
ありがとうございます。