ブログ人で「電車の写真集をつくろう」という企画があったので、便乗します。
厳密には、「電車」ではありません。エンジンの動力で走るディーゼルカーです。
昨年、惜しまれつつ廃止された『銀河線』。北海道・十勝の池田町から北見市までの140kmを走っていました。
これは、帯広駅。一部はJR北海道に乗り入れていました。
この列車はJRの区間では、JRの車両と併結して走ります。
右がJR北海道車両、左が銀河線車両。
違いが見てとれると思います。
今、この区間は通しでは乗れません。代替バスは陸別で乗り換えです。
夏場だけ直通バスが走るようです。
ワンマン運転なので、運転席の後ろには路線バスのように料金箱と整理券箱。乗る時に整理券を取り忘れると…ルールでは始発駅からの運賃を取られます。
運転席横から前を見ると、こんな感じ。外は-10℃以下。冷え込むと-30℃を下回ることもあるとか。
冬の日本で最も寒くなる地域を走っていました。車両の管理も保線もご苦労が多かったことと思います。
3時間半かかって、終点の北見に到着です。
乗客の多かった北見⇔置戸くらいは残しておいてもよかったのに、と思っていたのですが。保守点検のコストって、そんなにかかるのでしょうか。
このブログのずーっと前の記事で、個人的なこの路線への思い入れを書いたことがあります。北海道に初めて渡った16歳の頃の話です。
時が経てば世の中の仕組みも変わり、明治時代に網走へ行く幹線として敷かれたこの鉄道も、道路と自動車が発達してしまうと利用されなくなっていきました。産業の構造も変わり、農業も林業も輸送手段はトラックになりました。人の移動も自家用車がメインになりました。加えて、労働人口の流出により、過疎も起きました。
沿線人口が減れば、乗客も減ります。観光やイベントで客を呼び、サービス業の雇用を興して、「町を活気付けよう」とか「鉄道を守ろう」とかいう取り組みは、日本中のあちこちでありました。昭和の末期から今に至るまで、いくつもの取り組みがあり、その多くが頓挫しました。
一時はうまくいっても、観光客は飽きやすく移り気なもの。観光で繋ぎとめるなら、同じことの繰り返しでは発想も硬直化し、やがて廃れてしまうというのが明らかになってきました。企業でも地域でも、常に「新陳代謝」が活発に行われていないと「病気」になってしまう。人間の身体と同じです。
「土地・地域」を人間の肉体に例えるなら、「その土地・地域の人間の活動」は血液の流れです。血の廻りが順調で活発なことは、肉体にとって有益です。
北海道内の市町村では、いままた「移住受け入れ」をしているところも多いです。近代日本の中では、北海道はフロンティアの土地でした。再び、新しい発想と新しい住民を受け容れることが、北海道の新陳代謝を呼び、地域を元気にしていくひとつの手立てなのかな、と思っています。
銀河線の役目は、ひとまず終わりました。北海道は、今長距離バスが網の目のように発達してきています。そのターミナルは、相変わらず鉄道の駅です。酷寒と雪に強い、かつ小回りの効く交通機関と、「新陳代謝」が結びつく時、北海道の交通の姿がまた変わっていくのでしょう。
1年前は陸別まで銀河線で行ったのになぁ・・・
なくなったものを惜しんでも仕方ないけど、惜しむしかないのも悲しい。
でもこうやって人々の記憶にいつまでも残っているのですね・・・
北海道には、鉄道のモニュメントが数多くありますよね。鉄道と開拓は、いわば一心同体でした。
開拓に力を注いだ先人たちの労苦を偲び、伝承していくための「文化財」として、駅や車両が遺されています。線路跡が自転車道になっているところもあります。
ヒカルさんの訪ねるタウシュベツ川橋梁も、鉄道遺産。
廃線跡に再び鉄道が敷かれる可能性はほとんどないと思いますが、こうやって遺すことにも意味があると思うのです。