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彷徨う普代村民

普代村の一村民、
彷徨う村からの貧民の呻き声

組織の死

2017年03月14日 | Weblog

山田町出身の優秀なくろさき荘支配人がいた。これを(2015.10ブログ)を見返して,今だに気持ちの中の霧が晴れない。

 「村の将来」とか、「村民の益」とかいうより、組織の中の馴れ合いの温存という方向を優先したように感じた出来事だった、という印象が残っています。

今度の「株式会社」に関しても、そのまま馴れ合いの状況が継続されなければいいという不安があります。

その3年前に下のような、日報記事を抜粋したブログを書いています。

<2012.11月のブログより>

『10月3日の岩手日報、「交差点」に『組織の死』という記事があった。
「 歴史政治学者のN.Cパーキンソンは、組織が死に至る過程を次のように説明する。
 まず、無能力と嫉妬心を併せ持つ人物が高い濃度で出現すること。
  その者たちは、自己の無能力への無自覚と他者の能力への嫉妬からしばしば他人の仕事に干渉し、妨害する。
 続いて、そうした人間が組織の中心的な場所に進出するか、あるいは中心的立場にいる者と結託することにより、
 自分たちよりも能力のある人物を組織的に排除し、愚かさを競う競争が始まる。
  最後には、組織の上から下まで、無気力、無知性がはびこり、組織は完全な機能不全に陥り死に至る。」』

      その前段で次のような文章も引用しています。

 『堺屋太一の「組織の盛衰」という本には「組織の死に至る3つの病」という理論があるそうです。
そのひとつに「組織の共同体化」というのがあるようです。
ある説明文から引用します。

《軍人出身で昭和15年に総理になった米内光政という人は、戦後、その時海軍のトップにいたらどうしたか聞かれて「当然、そうしました(三国同盟=開戦に反対しました)。でも、(そうしたら)殺されていたでしょうね」と答えたそうです。


何が問題かというと、目が外を向いているか内を向いているかです。こういう場面では、冷静に自分と相手の戦力を分析して判断するというタイプは好まれません。撤退か破滅しかあり得ないとしても、撤退するということはそこまでの努力を水の泡にすることです。

本来、軍隊は勝つための組織ですから、情報収集や分析、戦略の立案という機能を持っています。そういうプランがあって初めて現場の努力が生きるのですから、こういう場面ではトップが強権を発動してストップをかけなければいけません。しかし、わかっててもそれがなかなかできないんですね。

こういうのを「組織の共同体化」といいます。組織が作られた根本の目的を忘れているのです。日本軍は日本を守るために作られたのですが、破滅が見えていても先輩方の努力を無駄にしないために、日本を破滅の道へひっぱりこんだ、・・・・》』


  当時の支配人辞任事件は、組織の中心的立場にいた人はどう行動し、彼をあの不条理からどう守ろうとしたのでしょうか?

あるいは何を守る行動をしたのでしょうか? 結果がすべてを物語っていますが。

いまだに腑に落ちません。霧が晴れません。

組織の馴れ合いを引きずらない、是々非々の組織になることを願います。

今度の「青の国ふだい株式会社」の設立動機は、根本が「普代村住民のため」なのか「普代村役場財政を守るため」なのか?

そこに交付金があったからなのか?

 議員や議会もなんのために存在するのか、根本を考えると・・落ち込みます。

「議員になったからには議長ぐらいにならないと」とよく、いや、玉に言われます。

それが目的になっている人もいると思います。

根本は違うはずです。村のことを考える「手段」であって、Г目的」ではないはずです。

根本的な目的がしっかりしている人であれば誰でも、と思います。周りの議員が応援するはずです。

議長をやりたいなりたいではなく、村をどのようにしたいから議長になりたいのかです。

かく言う自分も、議員継続という目的のために立候補しているのかもしれません。

自治体という組織の根本は言うまでもありませんが、何のための「株式会社」か?

村は何を守るための組織でしょうか? 

そんなことが気になってついクドクド書いちまいました(/_・、)

 


 

 


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