ゴジラ映画の撮影用セット。向こうに立つと、あなたもゴジラになれます
第1作「ゴジラ」のスチール写真
名古屋市博物館で開催中(9月3日まで)の「ゴジラ展」を見てきました。
東宝映画「ゴジラ」は、1954年(昭和29年)11月に第1作が公開され、30作近いシリーズを重ねていますが、僕にとっては「1作目のゴジラこそゴジラ」。初代ゴジラと出会った中学生時代の衝撃が蘇りました。
衝撃を受けた第1作のあらすじは――。
小笠原諸島近海で貨物船が謎の巨大生物に沈められ、それが水爆実験で深海のすみかを追われ、巨大化したゴジラと判明します。
ゴジラは口から吐く放射能光線で防衛隊の高圧電流や戦車、戦闘機を破って東京に上陸、銀座や国会議事堂、テレビ塔などを次々破壊。政府はついに、大量破壊兵器の「オキシジェン デストロイヤー」(水中酸素破壊装置)を使用、東京湾に潜むゴジラを窒息させ、溶解してしまいます。
衝撃はまず特殊撮影のすごさでした。まだ写真でしか知らなかった東京の街が、次々に破壊されるシーンは今も脳裏に残ります。
後に知りましたが、制作スタッフはゴジラより20年も前に作られた米国の特撮映画「キングコング」を圧倒する作品づくりを目指したようです。
ゴジラが生まれた時代背景とゴジラ誕生の関係も、僕の心を重くしました。
映画が制作された東西冷戦時代の1954年3月、南太平洋のビキニ環礁でアメリカの水爆実験が行われ、操業していた静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」と船員が「死の灰」を浴びて、1人が亡くなる事件が発生。中学生なりに新聞をむさぼるように読んでいたからです。
ゴジラも水爆実験の犠牲者である、という設定は衝撃的でした。
そして「オキシジェン デストロイヤー」という強力な兵器でゴジラを殺すラストシーン。
街を破壊するゴジラに止めをさすのは仕方がないと思いながらも、キングコングが見世物として南の島からニューヨークへ連れてこられて逃げ出し、エンパイヤ―ステートビルのてっぺんで戦闘機と戦って墜落死させられたシーンとダブりました。
異常なまでに高めた科学力が生みだし、科学で殺す。「人間って身勝手だなあ」の思いが残ったのを今でも憶えています。
「ゴジラ展」は、初代ゴジラのあとキングコングやモスラなど次々ライバルを登場させ、環境問題や経済の動向を織り交ぜながら制作したシリーズのシーンや怪獣のデザイン、ポスター、セットなどが並んでいます。
それらを見ると、特撮技術なども各段にアップしているのが分かりましたが、僕にとってのゴジラは、やはり第1作目の「ゴジラ」です。
東京駅破壊シーンのセット
ゴジラ・モスラ・キングギドラのキングギドラ
モスラ対ゴジラ静之浦の戦い
ゴジラvsビオランデのデザイン
コジラvsデストロイアのデザイン
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