NINAの物語 Ⅱ

思いついたままに物語を書いています

季節の花も載せていきたいと思っています。

仮想の狭間(19)

2010-04-12 16:00:02 | 仮想の狭間
 敏之の携帯の相手は一体誰だろうと真理は勘ぐり始めた。
改めて夫の行動を振り返ると、不審に思えることが幾つか思い浮かぶ。
敏之の勤めは週に二日だが、それ以外の日はゴルフとか、会社のOBとドライブだとか言って外出する日が最近多くなったように思う。
出掛ける日は洗面所の鏡の前で何十分も頭や顔の手入れをしている。以前はそんなに時間を掛けて手入れをする人ではなかったのに。
この頃敏之の服装がおしゃれになってきたのを真理は単純に喜んでいたが、ほとんど真理と一緒に外出することがなくなっていた敏之は誰のためにおしゃれをしていたのだろう。
家の中で片付けをしている時も鼻歌まじりであったり、口笛を吹きながらやっていることが多く、定年になってストレスが無くなったので日々が楽しいのかと思っていたが、真理が山崎や加藤のメールに心ときめかせているように、夫の敏之も心惹かれる相手が出来たのだろうか。
真理は敏之が遊びに出かける際に、誰と一緒なのか尋ねたことがない。
それだけ安心しきっていたのと、パソコンの中の相手に夢中になっていて、夫の行動に関心がなかったのだ。

 夕食時、敏之が皿のスープをスプーンですくいながら、真理と目を合わさずに話しだした。
「来週の土曜日、会社のOBと山梨の方へ一泊旅行に行ってくるからね。」
「そう、山梨はもう紅葉がきれいでしょうね。
それでOBとはどなたかしら。」
敏之は少し驚いたような目を真理に向けた。
「うん・・・吉田君と・・・田中君だ。」
真理が遊び相手の名前を訊いてくるとは意外だったようだ。
また真理から目をそむけてスープをすすりだした。
敏之が名前を出した2名は聞いたことがあるような気がするが、真理が全く知らない人達だ。
それより驚いたことに、来週の土曜日とは写真サークルが計画したびわ湖の夕景を撮りに行く日なのだ。
行くかどうか迷っていたが、敏之が留守なら好都合と思いびわ湖行きに参加する決心をした。
「そうだわ、その日は私も写真サークルで出かける日なんです。」
「ふうん、またK子さんも一緒なのか?」
「そうよ。今度はびわ湖の北の方へ行く予定なの。」
K子が真理の家へ電話してきても、突然来訪しても敏之は留守なので嘘がばれる心配がない。
夜に早速 加藤と山崎に参加の意向をメールした。
加藤は喜んでくれたが、山崎はその日は都合が悪くて参加できないと連絡してきた。
真理は山崎に会えると期待していただけに、寂しくて胸の中に何か重いものが溜まっているように塞いだ気分になった。
翌朝、山崎からメールが入っていた。
<せっかく真理さんと夜まで付き合えるチャンスなのに、参加できなくて残念です。>

 次の週の水曜日、敏之は珍しく家にいて土曜日の一泊旅行の準備をもう始めている。
先日買ってきたジャケットを着て鏡の前に立ったり、鞄を出してきたり、下着を用意したり鼻歌まじりで用意したものを鞄の中に入れたり出したりしている。
昼食にカレーを作って夫婦で食べていた。
「びわ湖は若いころ二人で行ったことがあるね。
景色のいいところだからきっと良い写真が撮れるだろう。
楽しんでくるといいよ。」
などと敏之は機嫌が良い。
突然敏之の携帯の呼び出し音が鳴りだした。
敏之は携帯を開いて相手を確認すると、
「あっ、ちょっと。」と言ってニ階に上がって行った。
真理が食事を済ませても敏之は下りてこない。
カレーがご飯に染み込んで冷えてしまっている。
一時間近く経ってから、やっと戻ってきた敏之の顔は先程の明るい表情が消え、眉間にしわを寄せた険しい表情に変っていた。


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