今朝(7月21日)の日経の文化面、『源氏物語 現代医学で診断 ◇心身症や糖尿病 原文描写から登場人物のカルテ」はおもしろい。インタビューイーは、鹿児島在住の医師の鹿島友義先生。源氏に興味ある人は、一読の価値あり。
鹿島先生が源氏物語を読み始めたのは、10年前、63歳の頃だそうだ。国立病院勤務の頃、空いた時間に大学の公開講座を受講したのがきっかけだという。
医師の目から「診」た、主要登場人物の診断は次の通りである。
桐壺更衣 ストレスによる心身症
光源氏 瘧病(わらわやみ)=マラリア?
柏木 反応性うつ状態
葵の上 糖尿病前状態
大君 神経性食欲不振症
光源氏 瘧病(わらわやみ)=マラリア?
柏木 反応性うつ状態
葵の上 糖尿病前状態
大君 神経性食欲不振症
原文で挑戦されたという。たんにストーリーを追いかけるだけなら、現代語訳だけでもいいけれど、細かなニュアンスは原文を読まないとつかみづらい。
瘧病(わらわやみ)にかかった光源氏は、北山の寺を加持祈祷のため訪れる。そこで藤壺にそっくりな美少女・若紫に運命の出会いを果たす。「加持祈祷がプライマリーケア(初期治療)」という鹿島先生の指摘はおもしろい。
瘧病は「童病」(わらわやみ)とも書く。若紫が出てくるからといって、ペドフィリアのことではない(ここは笑うところです)。マラリアによく似た症状だけれど、違うという説も読んだことがある。マラリアは熱帯性で、昔の近畿地方にはあったのかなと思ったら、土着マラリアも主に本州中央部に1960年代くらいまで存在したようだ。
大君(おおいぎみ)の拒食症を正式には「神経症食欲不振症」というのも初めて知った。原文では「そこはかと痛きところもなく、おどろおどろしからぬ御悩みに、ものをなむさらに聞こしめさぬ」(どこそこと痛いところもなく、たいしたお苦しみでないご病気なのに、食事を全然お召し上がりになりません)と描写されていた。現代語訳は渋谷源氏。
さて、さすがお医者さんだと思ったのは次のような指摘。
「源氏の正妻、葵の上の出産も興味を引いた。物語上はもののけのせいで難産になったとされ、祈祷も持ち込まれている。ただ、これを「紫式部日記」にある一条天皇の中宮彰子の出産場面と読み比べると別の解釈が可能になる。
彰子も難産だったが、それは糖尿病前の状態で胎児が通常より大きく育っているためでないか。彰子は、糖尿病とその合併症のような症状を呈して亡くなった藤原道長の娘。体質的に糖尿病の気があったはずだ。」
彰子も難産だったが、それは糖尿病前の状態で胎児が通常より大きく育っているためでないか。彰子は、糖尿病とその合併症のような症状を呈して亡くなった藤原道長の娘。体質的に糖尿病の気があったはずだ。」
糖尿病は当時は「水飲み病」といわれた。今でもそうかな(患者の一人なのでよくわかる)。藤原道長の死因には、ガン説もあるようだが、兄の藤原道隆については、ほぼ糖尿病確定。大酒飲みだったらしい。
1008年、中宮彰子が敦成親王(後一条天皇)の出産時には、満年齢で20歳。糖尿病予備軍としても早すぎるような気もした。ちなみに、生没年は永延2年(988年)- 承保元年(1074)と、「国母」とよばれて長命を保った人でもある。
しかし「妊娠糖尿病」という症例もあるらしい。「妊娠糖尿病では中枢神経系よりも身体の発育が良いので、出産のときに頭が通っても肩が通らない肩甲難産になりやすい。そのため、分娩が長引く場合は帝王切開が良い」とウィキペディアでは解説している。
当時の皇族・貴族は、いつも家の中にいて、日にも当たらず、運動することもなかった。女性は立つことさえはしたないこととされた。「若菜」帖で女三の宮が部屋の端近くにたたずんで、蹴鞠を眺めていたことが、非難がましく描写されているのはそのためだった。風呂にも入らない。ついでに男も女も顔中に水銀入りの白粉を塗りたくっていた。こんな生活を送っていて、病気になるなというほうが無理だ。下ぶくれでふくよかな体というのも、むくんでいただけじゃないの、と夢をぶち壊すようなツッコミも入れたくなる。
この記事に出てこない大物キャラでいえば、六条御息所は解離性同一性障害になるのだろうか。しかし、物の怪に取りつかれた葵の上が、六条御息所の口調で語り出す有名な場面は、光源氏の幻影だった可能性もある。紫式部は物の怪を「心の鬼」「心の闇」が見せる心理現象だと理解していたことは注目に値する(紫式部集)。亡き母の形代を求めて、女君たちを追い詰めていったのは間違いなく源氏である。これは「宇治十帖」の薫になると、さらに極端になる。
某の廃院で夕顔を死に至らしめた物の怪も、その正体は光源氏かもしれない。もちろん、直接手を下したというわけではない。現代でも、性交死(いわゆる腹上死)で最も多いのは、相手は「不倫相手」、場所は「旅館・ホテル」という話もある。夕顔が心血管系のトラブルを抱えていたら、非日常空間でのハードなセックスが死因になったことは十分考えられる。夕顔の容態の急変に源氏は慌て、右近もなすすべもなく、その後の二人はまるで一緒になって隠蔽工作をしているかのようだ。
と、素人が勝手に診断してはいけない。鹿島友義先生の「医者が診つめた『源氏物語』」は、早速Amazonで注文させていただいた。大塚ひかり『カラダで感じる源氏物語』(ちくま文庫)などと合わせて読んでみたい。