新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃんとお父さんの日々。

午睡

2010年12月27日 | 習作
医者が帰つた後、午睡からめざめたら、かめがゐる。たらひのなかで、たゆたつてゐた。妹がまだ女學生のころ、星祭りの夜店で買ひ与へてやつたのが、もうずいぶん大きくなつたらしい。

 妹がとなり組のくわいらん板を持つて、「たいへん、たいへん」と呟きながら入つてきた。

 「お兄さま、起きてゐらしたの。熱は下がつて?」

 と云つて、額に手を当てた。

 「けふは、かめがゐるね」

 妹にぬれタオルを交換してもらひながら、私は云つた。

 「かめを入れておけば、たらひの水がよく冷えるものですから。ほら、ひんやりして気持ちいいでせう?」

 「うむ。とても気持ちいいね」

 少しいとみみずくさかつたが、それは云はない。

 「たいへん、たいへんって、となり組がまた何か云つてきたのかね」
 
 「あら、いやだ、聞いてらしたの。ラヂオで話してゐた、くわんきやう問題のことですわ。あたくし、御所のへいかが心配ですの」

 「それは何でまた?」

 「へいかは、御所の井戸水しかお飲みにならないでせう? でも、お濠にも疎水にも、ぐわいらい種ののろひが大量に含まれてゐるのですつて。メリケンやシナのさんげふはいきぶつが、良くないのね」

 「きみ、それはちがふ。へいかは井戸水といつても、煮冷や水しかお召し上がりにならないはずだよ」

 「煮沸だけでは、のろひは消えませんわ。のろひを無害化するには、華氏五百度で加熱反応させる必要があるのださうです」

 「その化学反応には、触媒も溶媒もいらないのかね?」

 「科學のことは存じませんの」

 「華氏五百度か。家庭用瓦斯焜炉は、天ぷら火災防止で、自動消火してしまふな。天ぷらはおいしいが、すぐに火事になるのだ。しかし、御所には、もつとよい焜炉もあるのではないのかね。どじんの王様が来たら、豚も丸焼きにするのだらう?」

 「天ぷらとか、豚の丸焼きとか」と、妹はくすくす笑ひだした。「おなかが空いたのかしら。すうぷでも作つてさしあげませうね」

 と、いひながら、妹はぱたぱたと部屋を出ていった。

 かめたちは、いつのまにか、たらひからわらわらと逃げてゐた。かめには吸盤なんかなかつたはずなのに、壁にはひのぼつてゆく。さては、よく日のあたるやねうらを、冬眠のねぐらに決めたにちがひない。

 「かめ、いけない。やねうらには、くろいやつらがゐるのだ」

 と、私はかめにわかるはずもないのに、ひとりあわてた。春にはへうたん池に帰してやらねばならないのに、たいへんなことになつてしまふ。また忙しい妹を呼ばねばならない。

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