BLOG 思い遥か

日々新たなり/日本語学2020

松下文法

2020-11-06 | #日本語教育

松下学説は受け入れられなかったとブリタニカ国際大百科に説明されているように、その後とある、注目されるようになったのは、シンポジウム日本語シリーズ、日本語の文法第2巻の対談においてである。学生社、1974年発行である。身びいきになるが、それまでに特異とする学説を見直したのは、師、宮地裕が文法学説を5大文法学説として挙げてからである。その評価はブルームフィールドによる文法論を受けて日本語形態論を構築して入る師が、松下文法は形態の分析に優れるとして、日本語教育の実践に寄与した事実も明らかにされるようになった。文論 現代語の文法と表現の研究1、明治書院 1979に詳しい。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
[生]1878.9.24. 静岡
[没]1935.5.2. 東京
国語学者。 1898年國學院卒業。 1926年國學院大學教授,1932年文学博士。原辞,詞,断句という3段階の基本的言語単位をもとに,「松下文法」の名で知られる独特の文法論を構築した。当初はその考え方があまりにも特異なものであったため,一般に受け入れられなかったが,その後多くの点で優れた見解を含むことが認められるようになった。口語文典の先駆者としても知られる。主著『日本俗語文典』 (1901) ,『標準日本文法』 (1924,改訂版『改撰標準日本文法』,1928) ,『標準漢文法』 (1927) ,『標準日本口語法』 (1930) 。ほかに編著『国歌大観』などがある。

https://www.lib-iwata-shizuoka.jp/person/1595/
発見!いわた 「磐田の著名人」

松下 大三郎 (まつした だいざぶろう)
1878(明治11)年〜1935(昭和10)年
明治〜昭和前期の国語学者/号は曲水(きょくすい)
1878(明治11)年、豊田郡下野部(しものべ)村(現  磐田市下野部 )生まれ。二俣高等小学校を卒業後、東京専門学校(早稲田大学の前身)に入学するが3ヶ月で退学。のちに國學院大学(こくがくいんだいがく)に入学。1901(明治34)年、『日本俗語文法(にほんぞくごぶんぽう)』を刊行する。同年、渡辺文雄と古典和歌の総索引『国歌大観(こっかたいかん)』を編集する。1913(大正2)年、日華学院(にっかがくいん)を創設して中国人留学生の教育に尽くした。國學院大学の講師を経て、1932(昭和7)年に同大学の教授となる。著書に 『漢訳日本口語文典(かんやくにほんこうごぶんてん)』、標準文法三部作があるほか、和文タイプライターや電信機を発明し、いくつかの特許を取っている。1935(昭和10)年、脳溢血(のういっけつ)のため、東京都内にて亡くなった。
旧豊岡村では松下博士の功績(こうせき)をたたえ、1954(昭和29)年、野部小学校(現豊岡北小学校)内に「松下記念文庫」を設置し、1972(昭和47)年には豊岡総合センター内に顕彰碑(けんしょうひ)を建立(こんりゅう)した。

 
改撰標準日本文法
松下 大三郎 | 1996/6/1
単行本
 
日本俗語文典―付・遠江文典 (日本語文法研究書大成)
松下 大三郎 , 徳田 政信他 | 1997/2/1
単行本
 
漢訳日本口語文典 (日本語文法研究書大成)
松下 大三郎 、 徳田 政信 | 2004/3/1
単行本
 
国歌大観 (索引部)
松下大三郎,渡辺文雄 | 1918/1/1

 
続国歌大観 (歌集部 第1-3冊)
松下大三郎 | 1911/1/1

 
日本俗語文典
松下大三郎 | 1900/1/1

 
漢訳日語階梯
松下大三郎 | 1906/1/1

 
標準日本文法
松下大三郎 | 1924/1/1

 
国歌大観 (索引部)
松下大三郎 | 1926/1/1

 
国文大観
丸岡桂,松下大三郎 | 1909/1/1

 
国歌大観
渡辺文雄,松下大三郎 | 1903/1/1

続国歌大観 (歌集部 第1−3冊)
松下大三郎 | 1911/1/1

 
国歌大観〈〔第1,2〕〉 (1951年)
松下 大三郎 | 1951/1/1

 
国歌大観〈続〉 (1958年)
松下 大三郎 | 1958/1/1

 
標準日本口語法 (1961年)
松下 大三郎 | 1961/1/1

 
改撰標準日本文法 (1974年)
松下 大三郎、 徳田 政信 | 1974/1/1

標準日本口語法 (1977年)
松下 大三郎、 徳田 政信 | 1977/4/1

 
標準漢文法―校訂解説 (1978年)
松下 大三郎、 徳田 政信 | 1978/10/1

 
改撰標準日本文法 (1978年)
松下 大三郎、 徳田 政信 | 1978/12/1

 
日本俗語文典―校訂 (1980年)
松下 大三郎、 徳田 政信 | 1980/11/1



5 コメント

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松下文法 (Maria)
2020-11-07 22:05:47
えーと、所長氏と Moto ちゃんの意見です。
> その評価はブルームフィールドによる文法論を受けて日本語形態論を構築している人々が、「松下文法は形態の分析に優れる」として、日本語教育の実践に寄与した事実も明らかにされるようになった。
はい、あたしも、そのあたりの評価は検討(というか再評価)する余地があるんじゃないかな、と思います。
松下文法は、「形態素」に遡って「係り受け」の関係について明らかにしようという意図があったように思います。
そのあたりに関して、「構文的な文構造に関しては不備である」ということで『橋本文法』の橋本 進吉の「文節」という話が出てきたのであって、われわれ学校文法時代の「形態素解析に血道(ちみち)を上げてきた人間」にとっては、「松下文法」というのは(批判的な意味で)腑に落ちるんですよ。
いまどき「五大文法学説」とか言ってる時点で、「日本の文法学は(「全体的に」というか、「共通認識において」という意味で、個別の研究者について言っているわけではありませんが)遅れてるなぁ」と思います。「止揚(アウフヘーベン)しろよ!」と思う方は、この WebLog を見ている人には、少なからずいらっしゃると思います。
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半世紀前の議論 (ksk_ym)
2020-11-08 00:31:40
コメントをありがとうございます。
所長氏と Moto ちゃんの意見について、
これはすごい!
大発見になりますよ。「松下文法は、『形態素』に遡って「係り受け」の関係について明らかにしようという意図」という証左をご教示ください。
松下の著書か何か、どこかに形態素と書いてあるとか。
松下大三郎が構造言語学を知っていたということがわかれば、ブルームフィールドの理論を取り入れていたとなりそうですが、その証明がなければ、

>松下文法は、「形態素」に遡って「係り受け」の関係について明らかにしようという意図があった

ということは言い難い。

松下文法は原理に何を採用しているか。原辞、詞、断句についての説明が欲しいですね、マリアさん。
お尋ねします。
そうでなければ、

>「五大文法学説」とか言ってる時点で、「日本の文法学は遅れてるなぁ」

ということは、批判にならないし、「『松下文法』というのは(批判的な意味で)腑に落ちるんですよ」ということはさらに。正当な批判でない。

ただし、5大文法学説と言っていたのは、1970年代のことで、但し書きでかんがえると、半世紀前を遅れているというのが、上記の議論でわかります。
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松下文法における「原辞」 (Maria)
2020-11-08 15:46:20
Maria です。褒めすぎですよ。メンバーが図に乗りますのでお控えください(笑)。
> 「松下文法は、『形態素』に遡って「係り受け」の関係について明らかにしようという意図」という証左をご教示ください。
すでに、森毅の『月山』における「転々としながらも」に関して述べたことですが、「音韻的に分割することができない、形態素のまとまりとしての、橋本文法における『文節』にそうとうするもの」というものが、あります。具体的な例文として適切なものを提示できないのが歯がゆいところですが。

うちらは、「形容詞および動詞という用言の所理」というところから日本語処理に掃いてきたので、基本的には「接続関係」にしか着目していませんでした。その点では、「松下文法」というのは「形態素解析に興味のある人間には、処理という観点からいうと腑に落ちる」という立場です。
これに対して、「橋本文法」というのは、(松下文房に対する正当な批判として)構文解析的な立場から、「文節」というものを立てたという話だと思います。
ただ、松下文法における「形態素の集まり」と、橋本文法における「係り受けの関係を説明するための『文節』概念」というものの間には、若干の齟齬があったのだと思います。

うちらはもともとビジネスとして日本語処理をしていたので、わりと「係り受け」とか「意味」とかいうものには無頓着でした。「そういった難しいコトは、国語国文学・国文法とかを真面目にやっていらっしゃる方にお任せして、うちらはツールとかデータを提供することで助力しよう」という立場でした。

だけど、昨今はそんなことも言っていられないようなので、こうして出しゃばっています。
ご迷惑をおかけしております m(_ _)m。
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部屋に黒い象がいる (ksk_ym)
2020-11-08 16:59:10
コメントをありがとうございます。
機械システムに、大いに誇りましょう。実装については実践でいますし、何よりもそこに論理を持っているのは、実践と理論のかね合わせですし、そこにまた語形成をとらえている辞書管理まで、前に言いましたが、大称賛していますよ。

ところがですね、お気づきかどうか、気づかないから喧嘩上等となると、振りかざす拳をよく見てくださいね。用語と用法と、それこそ運用、語用なのです。

誤解をしています。誤解を指摘するのは、わたしにも誤解があることかもしれません。Mariaさんから提案の用語の統一整理は大いに進めるべきで、論議をするには大切、それと、時系列によるかどうかが立場でしょうね。はじめから言いますと、形態素とは何か。形態論とは何か。

構造言語学と松下大三郎の接点を言うのは、50年前の理屈を説明している重要ポイントなので、その隔たりを捉えてくださいね。50年前に1930年代の時代状況を説明して、その文法論背景を知るべきでしょうか。

形態論と形態素の違いの説明がなければ、議論になりませんし、そもそも、原辞は形態素のことというような通念があるとしたら、それは時代錯誤ですよ。
ただし論理形成の名づけで形態素を使い始めた所長さんはそれなりに定義を持つでしょうから、せつめいがあれば、よいでしょう。つまりマシンに話すことはできます。

だけれど議論で、ベースになる用語を取り違っていたらそれはくいちがうか、すれちがいです。元の理論書で確かめていくべきで、見直すべきでしょう。
そうでないと、学界でもそうですが、形態素を知ってから、あたかも、原辞は形態素のことと説明するのは、わたしからすれば一般に誤謬がまかり通っています。

機械処理やさんがこぞってそうなら、いま一度、松下文法の用語をその説明でもちいたうえで、むしろ、形態論を考えだしていた言語学の流派とくらべて、その考えに近い、つまり優れているかどうかと、松下文法を批判できるのです。

論外の話し、遅れた学説の議論の話しと思っていただいていいですが、形態論がわからなければ、松下文法がわからないというわけではないので、付け加えて、松下学説は、いまもって、説明できる人は少ないから、いろいろと読むのはやってみるべきでしょう。
断句を文に相当すると言ってみたり、そんなことは松下学説はいわないし、後になって、理論書にわざわざ章を足して文を説明したりし始めますから、そのことを知るでしょう。どこかで、断定を持つ句という説明があって、何だろうと思ってしまいます。

わかりにくい、捉えにくいことかもしれませんが、詞、連詞を知るべきでしょうか。
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「三大文法」の和合 (Maria)
2020-11-10 20:43:37
> 用語と用法と、それこそ運用、語用なのです。
「語」「単語」「語法」と、「係り受け」「運用論」に関していえば、「三大文法」としての「松下文法・山田文法・橋本文法」の間の「相克」というか「ギャップ」というか、その部分の「橋渡し」として、「アルゴリズムではなくて、運用論的なデータの世界」というものが(通信手段としての言語としての)「運用論」というものがあると思います。
これを言ってしまうと「時枝文法っぽい」感じがしますが。
そのあたりを考えると、やはり「(松下・山田・橋本の)三大文法」というのは(統合された形として)中核にあるように思いましたし、それが形として成立した時点で、大槻・時枝文法と正しく向きあえるのではないか、と考えています。
なんだかんだ言っても、千五百年前から日本語は日本語です(まぁ、文字文化という括りはあるんですが、それ以前に口話文化はあったはずですし)。そのあたりで通底している「日本語の文法」という盤石の基礎がありますので、「現代語における日本語の文法」とか言っても、(方言も含めたとしても)それほどややこしいものではない、と思っています。
このあたり、所長が共立出版のコンピュータ・サイエンスの専門誌である『bit』(一九九二年十二月井号)で宣言しちゃって「吐いた唾は飲まねぇ」というので、うちらも同行しています m(_ _)m。
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