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木漏れ日の雑木林

金剛山の西山麓で里山の保全活動を行っています。自称若者集団ですが、実態は?

花芽が出現す

2023年03月10日 05時24分48秒 | 余話

先のレポートでは、サクラなど冬支度のままで春の兆しなど微塵も無い・・・・・といった表現をしたかと思うが、やはり忘れては無かった模様ですね。サクラ並木の小枝の先には、かわいらしい小さな芽が。当地の最高気温は20度前後、条件的にはもう春に突入でしょう。愛用していた湯たんぽも撤去しました。それにしても最近の技術はすごいもの、僅かの時間通電するだけで一晩暖かい湯たんぽの登場です。お湯の入れ替えが無くなり、従来式の湯たんぽは影が薄くなりました。年寄りじみた話はともかく、春の兆しはうれしいものです。毎年の事ですが、サクラの開花に遭遇出来ると、今年も生きれるんだ・・・・・・といった不思議な感慨に捕らわれます。いわばサクラの開花が生きる条件のようで、日本人特有の感性なのかも知れませんね。

私宅付近のサクラ並木を歩いてみました。全ての樹が、小さな芽を無数に付けています。先のレポート時(2/24日付け記事)には影も形も無かったのに。僅か2週間ほどの間に、急激に春の装いとなりました。自然界の摂理は恐ろしく正確な模様ですね。

今年の開花予想は例年よりも早めなようです。当地では通常だと4月上旬の開花、小学校の入学式とマッチしたタイミングで、初めての登校にはピッタリな環境かと。この時ばかりは、「9月入学説」などクソ食らえ・・・・・・・と思ってしまいます。それぞれの民族には固有の文化と伝統が有り、護るべきものは護らなければなりません。グローバル基準などとは「白人思考」の押しつけ・・・・・そう理解してもよろしいのでは。開花が若干早いのは入学式には不運かも知れませんが・・・・・・・まあ、散り桜の桜吹雪もそれはそれで良しかと。

それにしても身近にサクラ並木やサクラの樹林帯が存在することを有り難く受け止めています。先人達の植樹・・・・というほど古くはありませんが、それでも数十年の歴史は重ねています。子狸が当地に居を構えてからでも20数年、入居当時には既にサクラ達が存在していました。いわば彼らの方が大先輩の存在、元気で末永く生き残って欲しいものです。

 

 

 


イチョウの大木

2023年03月05日 05時33分56秒 | 余話

今回ご紹介するのは「流谷八幡神社(河内長野市)」が舞台である。此処は以前にご紹介(2/4付け記事)したように思うが、ご記憶だろうか。確か「とある神社の神事」・・・・というタイトルだったかと思うが。紀州との県境沿いに開けた小さな集落で、大阪の最奥地といった印象だ。戸数も僅かで、昔・昔には紀州徳川家が鷹狩りに良く来訪されたとか何とか。岩湧山への登山口でもある。この地はどんな経緯でか不明だが、以前は「京都石清水八幡宮の荘園」だったそうな。その縁で勧請された模様か、神社も八幡宮となっている。昔からの習俗が残るのは先の記事の如しだ。

古い歴史が存するだけに巨木も多く、スギ・クスノキ・イチョウ・・・・・の三種が聳えている。今回はイチョウをご紹介しようかと思う。イチョウの巨木は神社の一番奥まった位置に有り、少々足下が危険なのでご注意を。恐らくは数百年の樹齢かと想像されるが、かなりの巨木だ。大きさは幹周りが凡そ5メートル程度、樹高は30メートル前後あるのではなかろうか。神社自体が石清水八幡宮からの勧請と書いたが、荘園時代と推察すれば多分平安時代の頃だろう。若しもそうだとすれば、1000年近くの樹齢とも推測できるかなと。

イチョウは紅葉の時期が素敵なんだが、冬場に訊ねるのには相応の訳がある。落葉して丸裸の状態となった樹は全体像が把握しやすいのだ。それに何と言っても、この地のイチョウの特徴は「根っこ」にある。画像をご覧頂いた方が早いかと思うが、根が筋骨隆々というのか、まるで八岐大蛇がのたうち回っているかのような状態にある事だ。他のイチョウではまるで見られぬ現象である。推測だが、多分地下の状態が岩盤状であるのだろう。根が土壌を求めて彷徨い続けた結果かと思われる。この根っこを見るだけでも訪問の価値は十分存在するかと。

さて肝心の訪問ルートだが、国号371号線が最寄りだ。ご注意頂きたいのは、新国道が建設中で、河内長野駅前から走行すると新国道へと自動的に入り込んでしまう。旧道の371号線を選択し、「出合いの辻交差点」で右折するのがセオリー、ご注意を。道は狭いながらも普通車の走行は可能です。駐車場は神社に入る橋の手前に数台分有り、訪問客も少ないので多分大丈夫かと。尚、徒歩だと南海高野線の天見駅から20分前後の歩行でしょうか。

 

 

 


壺井八幡宮のクスノキ

2023年02月27日 05時19分24秒 | 余話

恒例の巨木訪問だがボチボチと継続している。今回は「壺井八幡宮(羽曳野市)」のクスノキを訪ねようかと思う。壺井の集落は石川右岸、大和川との合流点より少し上流にある。戸数が数十戸ほどの小さな農村集落だ。行政区の羽曳野市では東部地区に有り、二上山の山麓と言った趣。主にブドウ栽培を手がける農村集落だ。この地は、いわゆる「河内源氏」の本拠地で、隣の通法寺集落には源氏三代の墓が残されている。源頼信・源頼義・源義家の三代で、時代は平安時代の末期頃かな。当地一帯に勢力を誇ったようだ。「壺井八幡宮」は集落の北側、少し小高い丘の上に鎮座されている。

集落は古くからの農村集落で細い路地が入り組んでおり普通車1台の通行がやっとこさ、車での訪問は控えられた方が無難かも。訪問されるに当たってはくれぐれもご注意を。八幡宮には鳥居下に数台分の駐車場があるが、道路を回り込むと神社横まで走行は可能だ。駐車場に車を止め、急な石段を登ると境内に到達する。境内は結構広く、奥まった位置に本殿は存在する。目的のクスノキは本殿手前の右手に聳えている。何とも巨大なクスノキで、ザッと推定すれば幹周りが8メートル位、樹高は20メートル以上かと思われる。樹齢は数百年から1000年位だろうか。

この樹齢だが地域の特性を考慮すると、いわゆる河内源氏の華やかりし頃の植樹かと推定しているのだが。ご存じのように八幡宮は源氏の守り神、壺井の地に八幡宮を建立して一族の繁栄を願ったのでは・・・・・と推測しているのだがどうだろうか。若しも植樹がその当時だと仮定すれば優に千年位の樹齢にはなるのかと。

河内源氏三代の墓はお隣の通法寺集落に存在する。過去と言っても数十年の昔になるが、一度だけ訪問したことがある。丘の上の草深い地にひっそりと佇んでいたようだ。今は羽曳野市教委の手でキッチリと管理されてるのではと想像している。「通法寺」そのものはかって存在したお寺さんだが、現在状況は遺跡だろうか。三代の墓は進入路がややこしいので地元の方に尋ねられた方が無難かと。斯くの如く、クスノキ訪問は歴史探訪でもあります。叉、地域の地場産業でもあるブドウ畑を覗くのも一興かと。

 

 

 


サクラの開花は

2023年02月24日 05時44分55秒 | 余話

毎度のことだが、サクラの開花に遭遇すると何故かホッと安心する。今年も眺めることが出来た、たったそれだけの事が無性に嬉しく有り難くなってくるのだ。思えばサクラの開花と日本人の死生観とは根底において繋がっているのかも知れない。花=サクラ、と言われるのも日本人独特な感性かと思っている。それはともかく、今年もそうした時期が近づいてきた。予報では例年よりも早まりそうとの見通し。当地では4月の上旬開花が多いので、今年は3月末の開花予想であろうか。

私宅の近辺には小規模ながらサクラ並木が存在する。道路の界隈に何本かが立ち並び、斜面の土手がサクラの樹林帯となっている。毎年見事な開花を見せてくれ、わざわざサクラ見物に出かける必要性は無い。多くの方々がゴザを広げミニ宴会を開催されるのは何時もの如し、眺めていても楽しいものだ。平和な一時であろう。

サクラ並木を歩いてみた。まだ裸の樹は寒々として開花の兆しは皆目見られ無い。これがあと1ヶ月もすれば芽吹いて見事な開花を見せるとは、一寸想像しがたいのだが、季節の巡りは変わりなく進行中なんだろう。小枝の枝先を覗いて見たが、まだ花芽すら出現して無かった。開花すれば、花期は僅か1週間程度、儚く散っていく。その散り際が叉日本人の感性を刺激するのだろう。「花は桜木、人は武士」なる箴言が生き残っているのも、日本人独特な生き様なのかもしれない。最もサムライの存在は消えてしまった模様だが。

今週末は冷え込み、週明けは暖冬気味・・・・・とか。サクラの樹木では解りづらいが、三寒四温を繰り返しながら春は確実に近づいているようです。そろそろジャガイモも植え時かも。春めいた暖かい日に植え込みましょうか。「サクラ咲く」、受験生への電文だったが今も存在するのだろうか。

 

 

 


道明寺天満宮のクスノキ

2023年02月22日 05時16分53秒 | 余話

暇を見つけては折々の巨木訪問の旅を続けているが、今回は「道明寺天満宮(藤井寺市)」のクスノキをご紹介しようかと思う。巨木の存在は各地にあるが、多くは偏りが見られ、当地では奥河内とも呼ばれる河内長野市に集中している。街中には少ないのが実情だが、その希少例の一つが今回の事例だろう。道明寺天満宮は近鉄南大阪線の道明寺駅から徒歩10分程度、利便性の良い存在だ。ご存じのとおりで、学問の神様とも言われる菅原道真公を祭った神社、いわれの故か七五三でのお参りが多いようだ。

天満宮のクスノキは境内の奥まった隅の位置に有り、注連縄を巻かれてはいるが玉垣の存在は無い。果たしてご神木なのかどうかは不明だが、注連縄付きだから多分そうなんだろうと思われる。存在場所が場所だけに、一般参拝者の目には触れにくく、無視されがちなのは気の毒だ。注目するのは、巨木を訪ね歩くマニアっぽい人種だけかも。

根元に立って見上げてみる。常緑高木樹だからか葉が生い茂って頂部は見えない。幹周りは雄に6メートルから7メートル位はありそう、樹高は20メートルを下らないだろう。樹齢は数百年かと思えるが神社でも不明なのか掲示は無かった。地元の団体が立てたと思える掲示板には「おじいさんの木」なる表示があった。多分、樹齢を勘案して称号を贈ったものと思われる。該当の団体でも樹齢までは解らなかった模様だ。

クスノキの側には不思議な物体が存在した。よくよく見れば古代史に出てくる修羅の模様、そういえば過去に市内で修羅が発掘されたとかの報道があったような気がする。恐らく発掘を記念してレプリカが作られたものと思われる。修羅は大昔に大木や巨石を運んだ運搬道具、いわゆるソリで昔のダンプカーといった存在だろうか。転がり摩擦を利用したかと思うが引っ張るのは人力、大変な作業だったかと思われる。

多くの参拝者は本殿にお参りしてお祓いを受けユータンされるかと思われる。少し足を伸ばして本殿裏の方に回られると、上述のようにクスノキの巨木や修羅の存在があり、叉梅林の開設もあってこれからが楽しめるかと。開花はもう少し後のようです。