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神戸RANDOM句会

シニアの俳句仲間の吟行・句会、俳句紀行、句集などを記録する。

2019=城下町・尼崎句会

2019-05-22 | 吟行句会

国破れて山河あり 城春にして草青みたり

330年前の5月、義経と弁慶の終焉の地、北上川をのぞむ平泉の高殿で、芭蕉は杜甫の春望の詩を引いて、句を詠みました。

夏草や兵共がゆめの跡

故郷の松山城を誇らしく謳い上げているのは、124年前の子規。

春や昔十五万石の城下哉

明治6年の廃城令により、江戸時代の城の多くは取り壊されますが、各地に城や城跡は残され、その後再び、修復や復元が行われてきました。会津若松城や熊本城は戦火にまみれましたが、彦根城や松江城、姫路城は400年の歳月を経て、国宝や世界遺産に。

21世紀の今、お城ブームです。書店には日本100名城、続100名城の本が並びます。城は戦いのために築かれましたが、戦国の世を終わらせ、250年の平和を築いた象徴でも。

天に向かってそそり立つ石造りのヨーロッパの古城に比べれば、日本の城は地味ですが、訪れた町に城や城跡があれば、ほっとした気分になります。

尼崎を歩く――――――――――――

5月に平成から令和に改元。「令和」は万葉集の梅花の宴の歌の序文「初春の令月、気淑く風和ぐ」から採り、平和を願い、うるわしい大和の意味を込めたということで、大伴旅人のいた大宰府や天平の時代が身近になりました。

令和最初の第29回神戸RANDOM句会は、「城下町・尼崎句会」。この春に復元されたばかりの尼崎城を訪ねます。

集合は、5月18日(土)午前9時30分、阪神尼崎駅の改札口。このところ青空が続いていましたが、風のある曇り空です。

本日の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、どんぐりさん、へるめんさんの女性5名。男性は一風さん、蛸地蔵さん、英さん、播町さん、ひろひろさん、見水さんの6名で総勢11名。

尼崎といえば近松門左衛門ですが、晩年に暮らしたのは阪急塚口駅付近。お笑いコンビのダウンタウンの出身地の塩江もJR尼崎駅付近でここからは離れています。

今回は、この阪神尼崎の町内で生まれ育った幹事長・一風さんのガイドで、旧・城下町を巡って吟行をします。最初に本日のスケジュールと地図を全員に配付。健脚の播町さんとひろひろさんは早速寺町へ。令和最初の句会、どんな名句ができるでしょうか。

 

 あまのまち-わたの原八十島かけてこぎいでぬと… 参議 篁-

尼崎市の電話の市外局番は大阪市と同じ「06」。誰もがこの街を気安く「あま」と呼び、兵庫県内でもちょっと気取った宝塚や芦屋・西宮の街と対比させます。今日のメンバーも、一風さんだけでなく、昔住んだことがあったり、知り合いや親戚がいたり、気にかかってきた街です。

「兵庫県南東端の工業都市。旧城下町。鉄鋼・機械・化学薬品・火力発電・食料品・繊維などの産額が大きい。阪神工業地帯の1大中心。京浜間の川崎市と発達の形式が似ている。低湿地で地盤沈下が問題となっている。人口41万。」

高校の参考書だった1963年発行の数研出版㈱「地名・地理辞典」の尼崎市の記述です。経済成長で1971年には人口は55万人まで増加し、現在は45万人。

尼崎は、尼崎城があった市の南部の地名で、阪神電鉄は、神戸側から大阪側へ「出屋敷」、「尼崎」、「大物」、「杭瀬」と古い地名の駅が並びます。

尼崎の「尼」は「海人・海士」=漁師が由来のようです。淀川の河口はかつて洲が多く「八十島」と言われ、尼崎は漁業で栄え、近年まで魚市場もありました。

都が平安京に遷ると、淀川と神崎川が水路で結ばれ、尼崎は京の海の玄関口となります。

歴史に初めて登場するのは大物(だいもつ)。大物主神社が由来の地名ですが、能の「船弁慶」ゆかりの場所。平家を滅ぼした功績で後白河院から無断で官位を受けた義経は、兄の頼朝に追われます。義経は弁慶ら200騎の精鋭の兵と大物ノ浦から西国に船出しますが、海が荒れ、平家の怨霊を弁慶が撃退したものの、船は難破し兵の大半を失い、義経・弁慶・静御前の逃避行が始まります。

 

鎌倉から室町へ時代が進むと、人の往来が増え、尼崎は物流の拠点、とくに材木の集散地となり、商人らの自治都市として発展。室町幕府が弱体化すると大名や大寺院の力が強くなり、尼崎に多くの寺院が造られます。大物には「大物くづれ」の碑があります。1531年に細川氏の跡継ぎを巡って数万の大軍がここで合戦。大物は戦場と化しました。

信長の石山本願寺攻めでは本願寺への兵糧の補給基地になり、伊丹の有岡城から脱出した荒木村重が逃げ込んだのも尼崎。本能寺の変の秀吉軍の中国大返しでは、山崎での弔い合戦を前に、秀吉は尼崎の寺でもとどり(髪)を落しています。

江戸時代には、徳川の譜代大名が治める城下町となり、明治以降は国を挙げての近代化の中で、商都・大阪に隣接する工業都市として発展。ユニチカや旭硝子は尼崎のメーカーです。

今、賑わいは南部の阪神電鉄沿線から、北部のJRや阪急電鉄沿線に移っています。かつて工場排水で真っ黒だった河川は、魚の住める川になり、工業都市からお洒落な都会に変身した川崎のように、尼崎のイメージも変わりつつあるようです。 

寺町-家並みが 途切れたら-

   

阪神尼崎駅の南の駅前広場を抜けて南西の方向に歩くと、お寺の町並みが見えてきます。東から、全昌寺、本興寺、常楽寺、広徳寺、善通寺、甘露寺、法園寺、大覚寺、長遠寺、如来寺、専念寺と11の寺が並びます。

明治になって城が取り壊されても、これだけの寺町が残ったのは、さすが城下町です。

1617年の尼崎城築城にあたり、寺社は城下町の一角に集められます。尼崎城は、徳川が西国支配の拠点として再整備した大坂城の西の前線に置かれた重要な城でした。攻め来る西国の敵の防御のため、城のさらに西側に堅固な塀を巡らした寺町を配置したようです。

阪神尼崎駅から近い本興寺は、朱の鮮やかな三重塔が目を引き、境内が広く静か。時代を経たお堂(開山堂)がどっしりと大きい。

本興寺を出たところで、嬉しいハプニング。地元出身の一風さんが幼馴染の同級生と遭遇。久闊を叙しました。

早く出発した播町さんとひろひろさんは全部の寺を回れたようですが、後の9人は寺町の雰囲気を味わっておきたいと広徳寺、甘露寺あたりまで散策。

        

甘露寺の西隣の法園寺は1588年に亡くなった佐々成政ゆかりの寺。墓石の五輪塔を守っています。信長に仕えた戦国武将の佐々は、本能寺の変では富山城主で動けず、信長死後は柴田勝家に、小牧・長久手では家康に味方し、秀吉に降伏。以後秀吉に御伽衆として仕え、羽柴の名字をもらい、九州征伐で功をあげて肥後一国を与えられますが、肥後国人一揆を鎮められず、秀吉の命により法園寺で切腹させられました。人たらしの秀吉に翻弄された生涯でした。

その西隣の大覚寺は、狂言が上演され、節分の豆まきで有名。能舞台や「芦刈からくり堂」も。

さらに西隣の長遠寺には美しい多宝塔。遠くからでもよく目立ちます。

寺町の西に、海人の守護神・貴布禰神社があります。夏祭りでは町々から山車が引き出され大変な賑わいに。一風さんが子供の頃、夏祭りで鳥居が倒れる事故があり、「2、3時間ずれてたら危なかったわ」。一風さんは結婚式も貴布禰神社で挙げています。 

世界の貯金箱博物館-あましん みんなの 貯金箱-

 

今日は見どころが多いので、寺町から移動します。寺町通りの南側は、江戸時代には武家屋敷が並んでいましたが、尼崎は急激に近代化したのでその面影はありません。ここに尼崎信用金庫(あましん)の本部ビルがあり、本部ビルの西に、世界の貯金箱博物館と尼信博物館(尼信会館)があります。どちらも無料で見学できます。

子供の頃は貯金箱が宝物。工作で作ったりもしました。硬貨を貯めて貯金箱が重くなっていく嬉しさを、大人になると忘れてしまいます。

世界の貯金箱博物館は、あましんならではの珍しい博物館。1984年にあましんの職員らが収集していた600個の貯金箱を公開したのが始まりだそうで、その後、増え続けて質・量とも日本唯一、世界でも最大級。ずらり並んだ世界62カ国、約14,000個の時代や国柄で様々に作られてきた貯金箱を見てゆきながら、童心に帰ります。豚などの動物や偉人の貯金箱はいろいろ作られていますが、お城の貯金箱もありました。面白いのはからくり貯金箱。コインを入れるとお礼にお辞儀をしたり、鉄砲を撃ったり。館長さんに実演つきで解説していただきました。館を出るときは、記念に貯金箱のプレゼントも。

漫画「忍たま乱太郎」の作者で、あましんのキャラクター「あまちゃん・しんちゃん」の生みの親の尼子騒兵衛さんの「尼子」は、毛利に敗れた尼子氏とは無関係で、「尼崎の騒々しい子供」からつけたペンネームだそうです。

 

  

貯金箱博物館を出て、北隣の尼信博物館(尼信会館)へ。手前の小さな煉瓦造り2階建ての尼信記念館が尼崎信用金庫の100年前の創業時の本店。奥にある白い蔵のようなビルが尼信博物館(尼信会館)。創業80年記念事業として2001年に地域の文化創造のために開設した施設です。1階と3階はアーティストの作品発表の場に提供され、2階に尼崎藩の貴重な鎧兜や刀剣、火縄銃などの歴史資料が展示され、尼崎城の全貌がわかる模型も。

尼崎の歴史資料の多くは、尼崎城の東の現在休館中の市立文化財収蔵庫に所蔵されており、来年秋には博物館としてリニューアルオープンするそうです。 

尼崎城-先づ霞む竈々や民の春 亀文(12代藩主)-

 

尼信博物館の歴史資料を見て期待が高まったところで、この春完成の尼崎城に向かいます。

寺町を東に抜けると、レトロな市役所開明庁舎の建物。1937年にできた開明小学校の校舎を再利用しています。手前は公園ですが、小学校時代の塀の一部を「機銃掃射の塀」として銘板を付けて保存。太平洋戦争末期、B29爆撃機の上空からの焼夷弾による空襲だけでなく、戦闘機が都会の小学校の上を低空飛行し、無差別に機銃掃射をしていたことに驚きます。平和の尊さを実感します。

さらに東へ歩くと、民家の路地に黄色い枇杷の実がなっています。

「これが尼崎のまちやで」…名句ができましたね。

     

庄下(しょうげ)川のたもとまで来ると「ヒノデ阿免本舗」があります。百数十年前の創業当時の面影を残した店で、地元ではお馴染み。瓶に入った手作りの水飴を販売し、砂糖を混ぜて固めた飴もあります。下見のときに店内で水飴を一口なめさせてもらい、一風さんが買った飴を半分頂戴しましたが、疲れの吹っ飛ぶやさしい味でした。

庄下川を渡ると、北側に尼崎市立中央図書館。図書館の南端に「契沖生誕の比定地」の石碑が建っています。契沖(1640~1701)は水戸光圀の依頼で古典・古歌を研究し「万葉代匠記」などを執筆した学僧。真淵・宣長へと続く国学の先駆者です。こんな偉い方も尼崎の出身でした。

     

南側に小さな櫻井神社があります。尼崎藩主は1711年以降松平氏に引き継がれますが、明治になり松平を櫻井に改姓。櫻井神社は明治15年に建立された松平氏代々の藩主を祀る神社。取り壊された城の外堀の石橋の石杭に刻んだ藩主の句碑もあります。神社を建立した16代藩主・忠興は、日本赤十字社の前身の「博愛社」結社の中心人物の一人。西南戦争時に医師・看護夫を伴って九州の戦地に向かい、敵味方の区別無く手当をしました。忠興は尼崎城址の学校建設にも私財を投じています。

尼崎城の規模は、庄下川の流れる尼崎市立中央図書館と櫻井神社の場所を城の西の端とする、東西300m南北300m、3重に堀を巡らす広大な城郭でした。天守と各所に置かれた櫓が、沖を行き交う船からは琴の琴柱(ことじ)のように見えたため「琴浦城」と讃えらました。

 

 

 

 

 

 

 

江戸城の天守は1657年に大火で、徳川・大坂城の天守は1665年に落雷で焼失した後再建されませんでしたが、尼崎城の天守は、江戸時代の250年間、大地震に耐え火災にも遭わず、当初の雄姿を保ち続けました。

明治になり廃城になると、城は取り壊され、堀は埋められて、学校の校舎や警察署が配置されますが、地元では尼崎城の記憶は消えずに受け継がれてきました。

2015年11月、尼崎城天守の再建がニュースになります。家電量販店「エディオン=旧・ミドリ電化」の創業者・安保詮(あぼあきら)氏が、創業の地の尼崎への恩返しに、だれでも楽しく歴史を学べる場として尼崎城天守を12億円で建築し、市に寄贈する意向を発表。尼崎市は、尼崎城址公園(かつての尼崎城の北西部分)に天守を復元する計画を進めます。天守は元の場所に元の姿での復元でなく、城内の別の場所に復元するので模擬天守となるようですが、尼崎城天守の145年ぶりの再建に市民は盛り上がり、市民からの一枚瓦寄附、一口城主寄附は、2億円集まりました。1931年に関一大阪市長の提案により市民の募金で現在の大阪城天守が再建されたことを思い出します。

 

3年かけて美しい4層の尼崎城天守が完成。3月29日から一般公開されました。

かつての尼崎藩は石高は約5万石に過ぎませんが、領域は、現在の尼崎市・宝塚市・西宮市・芦屋市・神戸市南部・伊丹市の一部・川西市・猪名川町に及びます。兵庫津・神戸港を抱える今の神戸の市街地も、後の伊丹・灘の酒蔵地帯も、阪神間モダニズムの高級住宅街も、江戸時代の初めは尼崎藩の支配下でした。

尼崎城を築いたのは、譜代大名の戸田氏鉄(とだうじかね)。家康の近習で、関ケ原に従軍、1615年の大坂の陣では居城の近江膳所城の守備に徹し、戦後の1616年に尼崎へ移封され、翌1617年から尼崎城の築城に取り掛かります。城づくりの名人・藤堂高虎の仕事に接した経験があり、1624年には大坂城の修築にも携わり、1635年に美濃大垣10万石へ移封。大垣藩でも名君の誉れ高く、80歳で生涯を終えます。尼崎藩主の時代には治水事業も行い、尼崎市と大阪市の境を流れる左門殿(さもんど)川や左門橋にその名を残しています。

  

   

尼崎城天守の中に入ります。建物は鉄筋コンクリート5階建てで、石垣の下からの高さは24m。1階は無料スペースで、2階以上は有料で大人500円です。

各地のお城の見学は、外観を見た後、中に入って下の階で歴史資料の展示を見ながら、最上階に登って外を眺望するところが多いですが、尼崎城天守は最新設備で勝負。エレベーターで最上階に上がり四方の景色を見ながら、まだ周辺に海や田畑の広がっていた江戸時代の尼崎の城下町のハイテク映像も併せて見れます。ゲーム感覚で学ぶ歴史コーナーや、インスタ映えのする甲冑や衣装の無料貸し出し、桂米團治のナレーションで近松門左衛門が江戸時代の尼崎の町や城内を紹介する大画面の迫力ある10分余りのCGも楽しめます。

  

日本各地の城郭を描いた尼崎出身の荻原一青さん(1908~1975)の「名城手拭百城」のギャラリーも設けられており、売店で名城手拭を販売。本日の句会の賞品としても購入しました。

昼食の時間が近づいて来たので、尼崎城を出ます。

つのくに-津の国の難波の春は夢なれや… 西行-

  

北側の城址公園を抜け、庄下川に沿って阪神電鉄の高架をくぐり、エレベーターで立体歩道橋に上がって昼食場所の都ホテル尼崎に向かいます。阪神尼崎駅の北側は高層のビルやマンションが林立。途中にある防災センターではレスキューの訓練をやっていました。

「へえ、いつの間にこんな大都会に」

「もう10年は経っているで」

都ホテル尼崎は、句会場の会議室のある尼崎市総合文化センター(あましんアルカイックホール)に隣接し、食事の後の移動が楽です。

午前11時55分、ホテル21階の和食レストラン「つのくに」に到着。21階で南側の窓からの見晴らしがよく、尼崎の周辺地域の全貌がよくわかります。

大阪湾に流れ込む淀川に近く、大阪平野の一画を占めるこの街は、秀吉以来近年まで日本の経済の拠点であり続けた大阪にとって欠かせない場所でした。

     

昼食のメニューは「天ぷら御膳」。お昼には贅沢な夏料理です。

まず喉が渇いているのでビールで乾杯。料理を味わいながら、尼崎での思い出や近況報告、次回の句会の希望などで盛り上がります。この時間が一番しあわせです。この春にはメンバーの最後の一人も仕事をリタイヤし、全員の足並みが揃いました。

午後1時が近づいてきました。いよいよ句会です。

1階ロビーに降りると、結婚式の(?)記念写真用か、「令和」のモニュメントが飾ってあったので、ホテルの人にお願いして全員集合写真を撮ってもらいました。

尼崎句会――――――――――――

午後1時に句会場の尼崎市総合文化センターへ。尼崎市総合文化センターは尼崎市が誇る施設で、1800人収容のあましんアルカイックホールなど3つの音楽ホールと2つの美術ホールを併設し運営しています。

わがメンバーはエレベーターで7階の会議室へ。近くの会議室にベリーダンスのグループがいて、何度もすれ違いました。テーブルと椅子を移動して席を作り、全員着席し、句会の始まりです。

各自5枚の句を書いた短冊の提出締切は午後1時40分。

 

早く句を提出した播町さんと見水さんは、時間まで4階で開催中の尼崎市立文化財収蔵庫出張企画展「はくぶつかんのコレクション」と「白髪一雄記念室」を見学。尼崎の画家・白髪一雄さん(1924-2008)は、天井からぶら下げたロープにつかまりながら床に広げたキャンバスに油絵具を置き素足で描くアクション・ペインティングの抽象画で有名。小学校の図工教師をしていた若い頃、一風さんは白髪先生に習ったそうです。この日は風景画や関わった児童詩誌「きりん」も展示されていました。

午後1時40分、集まった短冊をばらして選句表に清書します。

清書した選句表を、受付事務所のコピーサービスで人数分コピー。コピーができるまで、つきひさん差し入れの和菓子・若鮎とおかきをいただきながら、コーヒータイム。

  

午後2時10分全員に選句表を配付し、各自、自作以外の気に入った6句を選びます。特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者11名の総点数77点の争奪戦です。

午後2時30分、つきひさんの進行で、特選句から順番に選んだ理由も挙げながら発表。55句全部に点数が付けられて作者が明かされます。 

選句の発表

今日できた名句を一挙ご紹介。句の数字は句会での得点、は特選句です。

一風

平和裡に令和の御代は五月から ①

駅降りて昔を探す初夏の景 ①

地車(だんじり)を追った寺町石畳 ④

夏めくや庄下川にも光あり 

新緑や城再建なり尼崎 

さくら

寺町へ欅若葉の風渡る ③

寺町を曲がれば枇杷の熟るる路地 ⑨◎◎◎

新御世の清しき城や風薫る ①

人工の濠の涼しきお城かな ①

尼崎城藩主は美男花水木 ②

蛸地蔵

ランダムな句作に遊び夏に入る ②

寺町に静かに佇む夏木立 

石畳緑陰さがし寺歩き 

見返れば新しき城夏に立つ ①

工都にも時代は流れ松の花 ①

だっくす

寺町へ欅若葉の道を行く ①

玉砂利のアートを踏んで夏の寺 ①

ふるさとで幼馴染と出会う初夏 ③

花水木再建なりし城の前 

若葉風城の風情は正面に ①

つきひ

名刹を連ね寺町花は葉に ⑥

物騒な武器を涼しく飾る館 ②

千鳥破風唐破風光り城薄暑 ①

薫風に攻撃されてゐる天守 ②

天守より見下ろす城下町薄暑 ②

どんぐり

図らずも久闊を叙す寺若葉 ④

風五月両替天秤置く館 

葉桜や弾痕塀に残しあり ②

実桜や阿免屋を販ぐ百余年 ②

琴城に眺むる六甲の夏霞 ②

さわがしく令和令和と今清和 ①

友が逝き気を取り直す衣がえ ①

遠目ではしたたる緑荒れた山 

一風さん五月の出会い寺町で 

尼崎五月のにおい新城で 

播町

夾竹桃炎えて生まれは尼やねん ②

花しゃうぶ古刹とはいへ煉瓦塀 

寺町や経唱ふやうな蝉を待つ ①

寺町を抜けて色町五月闇 ④

尼城の令和に聳え帰省かな 

ひろひろ

春山電尼ヶ崎城全車両 

尼ヶ崎夏タイガース泥の海 

夏句会民家と寺町不つり合い 

尼の城新築祝い夏句会 

夏の城新品すぎて歴史なし 

へるめん

松落葉終の栖は仮の宿 

寺町や見落としそうな夏の蝶 

はつ夏のなめてみたきはヒノデ阿免 ④

かけ声はレスキュー訓練若葉風 

スニーカーに白つめ草のやはらかさ ①

見水

なびく髪若葉の風の寺の町 

貯金箱某球団よ夏近し ①

容赦なき機銃掃射の塀薄暑 ④

白き城尼にミドリの風薫る 

津の国の幸たっぷりと夏料理 ③

高得点句

本日は9点獲得句が1句と、6点句が1句、4点句が5句ありました。

寺町を曲がれば枇杷の熟るる路地 さくら⑨◎◎◎

  庶民的なぬくもりを残す尼崎の下町。枇杷がなっていました。

名刹を連ね寺町花は葉に つきひ⑥◎

  11の寺が並ぶ格式ある寺町はいま新緑の季節です。

図らずも久闊を叙す寺若葉 どんぐり④◎

  一風さん、故郷で思いがけない出会い。

地車(だんじり)を追った寺町石畳 一風④◎

  「追った、追った」の掛け声が懐かしい。

寺町を抜けて色町五月闇 播町④◎

  町並には色濃く人々の暮らしが反映。

容赦なき機銃掃射の塀薄暑 見水④

  戦後74年。一瞬でわかる平和の尊さ。

はつ夏のなめてみたきはヒノデ阿免 へるめん④◎

  伝統的な製法を守り続ける水飴です。 

表彰式

 

獲得点数により順位が決定、休憩を入れ、午後4時に表彰式。

優勝はさくらさん(16点)、続く高得点者はつきひさん(13点)、どんぐりさん(10点)。

他のメンバーの得点は、見水さん(8点)、播町さん(7点)、だっくすさん(6点)、一風さん(6点)、へるめんさん(5点)、蛸地蔵さん(4点)、英さん(2点)、ひろひろさん(0点)。

さくらさんとつきひさんは出句した5句すべて得点しパーフェクト。

今回の賞品は、幹事のさくらさんとへるめんさんが尼崎城の売店で選んだ尼崎の新しい名産品。近くて遠かった尼崎が、今回の吟行でまた訪れたい街になりました。

 

            受賞者      賞 品

優勝 万緑賞     さくらさん   清酒・尼崎城

2位 薫風賞     つきひさん   荻原一青・名城手拭

3位  春光賞       どんぐりさん  荻原一青・名城手拭

4位  当日敢闘飛燕賞     見水さん    尼どれーぬ(生醤油入りマドレーヌ)

5位  若葉賞           播町さん    尼崎物語・令和新茶

6位  新緑賞           だっくすさん  尼崎物語・令和新茶

6位  牡丹賞           一風さん    尼崎物語・令和新茶

8位  花菜賞           へるめんさん  尼崎物語・令和新茶

9位  初夏賞           蛸地蔵さん   尼崎物語・令和新茶

10位 ブービー桜桃賞  英さん     清酒・尼崎城小瓶

11位 山吹賞       ひろひろさん  尼崎物語・令和新茶

 

女性軍対男性軍では、女性軍5名の得点が50点、男性軍6名の得点が27点。女性軍圧勝で、句会は終了しました。

句会場を出て、立体歩道橋を歩いて阪神尼崎駅へ。令和最初の句会で初夏の一日を満喫した一風さんの故郷・尼崎の名残を惜しみ、有志で駅前の居酒屋に入って二次会をし、散会しました。

今回の事前準備と幹事の一風さん、さくらさん、へるめんさんお疲れさまでした。次回が楽しみです。

  

ざぶざぶと白壁洗ふ若葉かな 一茶

過ごしやすい気候になり、家庭菜園のキュウリやミニトマトも育ち始めましたが、植栽の樹木や雑草の生長の早さには追い付きません。伐っても伐っても刈っても刈っても伸びていきます。若葉の句で気に入ったのは一茶のこの句。芭蕉や蕪村の若葉の句は品がよくて芸術的ですが、たくましきアルカイックの街・あまの句会で句の好みが変わったのかも知れません。

2019.5 写真・文/mimizu

 

 

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2018=湊川まちぶら句会

2018-11-21 | 吟行句会

鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな 蕪村

台風が吹き荒れる洛外の風景に、1156年の保元の乱を重ねた句です。

後白河天皇と崇徳院の争いに、39歳の平清盛は源義朝とともに天皇側に加勢し、武士の世の幕を開けます。3年後の平治の乱で源氏を倒し、平氏全盛の時代に。

今年の夏は災害が続きました。6月の大阪府北部地震、7月の西日本豪雨、35℃を超える連日の酷暑。8~9月の台風は関西を直撃し高潮の被害も。9月には北海道で過去最大の地震。

モネやゴッホは北斎や広重の浮世絵を見て日本の四季に憧れましたが、この国で暮らすには、地震や台風の自然災害に耐えていくしかありません。

第28回神戸RANDOM句会は、「湊川まちぶら句会」。明治の治水事業で築造された「湊川隧道」を年に1回だけ通り抜けできる「新湊川ウォーク」の日に開催。このイベントに参加し、平清盛や楠木正成ゆかりの湊川のまちを歩きます。

湊川を歩く――――――――――――

集合は、11月11日(日)午前10時、神戸市営地下鉄湊川公園駅の東改札口。立冬は過ぎましたが、絶好の秋日和。いつもは静かな東改札口付近も結構な人出です。

 

本日の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、へるめんさんの女性4名。男性は一風さん、蛸地蔵さん、稲村さん、英さん、播町さん、ひろひろさん、見水さん、ろまん亭さんの8名で総勢12名。今日は、ここから地上に上がり、兵庫区役所からスタートです。

湊川公園-鳴呼と先づ左兵衛(足利直義)が泣いた湊川-

兵庫区役所の建物は、老朽化により兵庫公会堂と一緒に現在の南隣に来年の移転をめざして建替え中。その南側には一面の芝生の湊川公園がひろがっています。公園のシンボルの1935年に建った楠木正成の騎馬像は工事現場内に仮置き。公園の南側は新開地の入口です。

  

楠木正成は、青葉茂れる1336年5月、西国から攻め上る31歳の足利尊氏の大軍を迎え討ち、湊川で戦って敗れ、安養寺山(現在の大倉山)で自害。享年42歳。敵味方双方からその死を惜しまれます。正成の墓に1692年に水戸光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」の碑を建て、幕末の志士たちは西国街道の往来時に碑に立ち寄り尊王攘夷を誓います。明治になって湊川神社を建立。境内ではいろいろな興行が行われ水族館も設置されて賑わい、「楠公さん」として親しまれますが、日本が戦争に向かう中で忠君愛国のシンボルになり、悲惨な戦争を経て、戦後は人気を失います。

吉川英治の私本太平記が原作のNHK大河ドラマ「太平記」(1991)で楠木正成を演じた武田鉄矢さんは、この役を受けるか迷った末、河内の気のいいおっさんとして演じたそうです。

湊川はかつて石屋川や住吉川、芦屋川と同様、六甲山地から運ばれた土砂で川が平地より高くなった天井川でした。湊川の付け替えで、川幅90m、堤防の高さが6mあった川の海側を削り、山側を埋め立て、1911年に湊川公園と新開地ができます。

新開地-あとかたもなきこそよけれみなと川 吉川英治-

新開地は吟行では寄りませんでしたが、句会が終わった後に歩きました。

ブラタモリでも紹介されたとおり、新開地本通りは海に向かってなだらかな坂になっています。

明治時代の神戸の地図では、海に突き出た旧湊川河口の川崎浜を真ん中に、和田岬から川崎浜までの「兵庫」の港と川崎浜から旧生田川河口までの「神戸」の港が扇を並べた形をしています。この二つの扇と神戸(カウベ)の「カ」を図案化して1907年に神戸の市章が制定されました。

江戸時代、兵庫津は北前船で栄え、豪商・北風家や髙田屋嘉兵衛が活躍します。川崎浜の東側は高浜と呼ばれ、和船の建造や修復を行っていました。

 

明治になると河口の東側(東川崎)に官営の造船所ができ、1886年に川崎正蔵に払い下げられます。1896年には株式会社川崎造船所になり、初代社長に松方幸次郎(1866-1950)が就任。砂と泥の軟弱な地盤を松杭で固めて乾ドックを建設し、1912年には長さ303m・幅44m・高さ50mの四角い巨大なガントリークレーンが出現。1962年に解体されるまで神戸港のシンボルでした。和田岬に三菱造船所も創業し、神戸は造船の街として活気づきます。さらに製鉄や鉄道車両の製造など、港を利用した重工業を展開。神戸の人口は急増します。

新開地には、1913年に「ええとこ、ええとこ」聚楽館が開業、1920年に湊川公園の下にトンネルができて市電が通り、1924年には高さ90mの東洋一の神戸タワーが完成。新開地は劇場や寄席、映画館、飲食店が建ち並び、神戸一の繁華街になります。

1936年に来日したチャップリンは、日本の映画のメッカ・新開地本通りを訪れます。震災後に建った向かい合う赤と青のモニュメント「BIGMAN」は新開地の南のゲート。通りに立つと帽子をかぶったチャップリンの姿が浮かびます。

   

戦後は進駐軍が新開地南部を接収。1957年に市役所が三宮に移り、テレビが普及して街から映画館が消えていくと、新開地も寂れていき、1968年の神戸高速鉄道の開業で地下で神鉄・阪神・阪急・山陽がつながり、1971年に市電が廃止されると人通りはますます減少。劇場や演芸場は閉鎖されてパチンコ店に。聚楽館も1978年に閉鎖し、跡地は2001年にラウンドワン(ボーリング場)に。

1981年出版の林喜芳さんの「わいらの新開地」は、神戸市消防局タウン誌「雪」に5年間連載したエッセイをまとめた本。1908年に東川崎町で生まれ、市役所給仕や印刷工、露天商、印刷会社の営業マンとして生涯のほとんどを兵庫区で暮らし、見聞きした新開地界隈の栄枯盛衰を温かく描いています。朝7時始業の造船所に押し寄せる勤め人の様子や、新開地に建ち並ぶ映画館の看板を見て歩いた楽しさなどの思い出がぎっしり。林喜芳さんは1995年の震災の前年に86歳で亡くなっています。

今年の7月には、上方落語協会と新開地まちづくりNPO、神戸市が協力して「神戸新開地・喜楽館」がオープン。客席は約200席で大阪の「天満天神繁昌亭」に続く関西で2番目、新開地では40年ぶりの上方落語の定席の復活です。昼の開演は近くの飲食店でゆっくり食事ができるよう午後2時から。出演する200人の上方落語家の中には、いまは無名でも鶴瓶師匠やさんまさんのような将来のスターがいるかも。家族連れや観光客で新開地が再び賑わって欲しい願いが込められています。

東山商店街-葱(ねぶか)買て枯木の中を帰りけり 蕪村-

吟行は、兵庫区役所から北へ歩きました。

「初めて連れて行ってもろた居酒屋、まだ残っとうわ」

一風さんは1966年に就職し、最初の4年間をこの街で過ごしました。今日の他のメンバーもそれぞれ思い出のある懐かしい街。東側に広がる町は荒田町。作家の田辺聖子さんがカモカのおっちゃん・川野医師とかつて暮らした町です。

 

   

東山商店街へ。京都は錦市場、大阪は黒門市場、神戸は東山商店街。テレビでもよく紹介されます。日曜日の午前中でまだ買い物客は少なめですが、新鮮な魚や野菜、果物が、いつものスーパーより安く、エッと思わず買いたくなります。漬物屋や冷し飴、手焼きの瓦煎餅屋も並び、昭和の賑わいとぬくもりが残っています。

東山町にはイコンのような小さな女神像を描き続ける「奇跡の画家」・石井一男さんも暮らしています。

商店街の坂を上がると新湊川に架かる氷室橋。上流側は深い川がカーブ。

 

「この上の山には氷室があって、清盛の雪御所に氷を運んでいました…」

さっき漬物を買っていた幹事長・一風さんの名調子のガイド。

「この川深いけど、何メートルあるの」「それはさあ…」

六甲山地からの増水時の鉄砲水はしばしば大被害をもたらします。これだけ深く造らなければ、安心はできません。

この辺りは850年前に平清盛が居を構え、神戸でも古い住宅地。大正時代に命名された町名は、東山・湊川・菊水・夢野・熊野・氷室・大同・雪御所・湊山・上三条・下三条・上祇園・下祇園…清盛の都を偲ばせる佳名を選んでいます。ただし「東山」の地名の由来は、鵯越道の近道として会下山に切通しを作ってできた東端の小山からでした。

清盛の都-狩衣の袖の裏はふ蛍かな 蕪村-

京から遠い博多・大宰府で行っている日宋貿易を大輪田の泊でやろうと考えた平清盛は、独自の発想で瀬戸内海航路を整備して宮島に厳島神社を造営。京では後白河院と結び、公卿として六波羅で権力の座を上り詰めますが、1168年に出家した後は兵庫の山荘を拠点に、大輪田の泊を修築して宋の船を迎え入れ、自ら唐船を入手して貿易を発展させます。

しかし清盛は後白河院と対立し、1179年には後白河院を幽閉。翌1180年2月に清盛の甥の高倉天皇が清盛の孫の3歳の安徳天皇に譲位すると、4月に後白河院の次男・以仁王は諸国に平氏追討の令旨を下します。5月に以仁王は老将・源頼政と挙兵し宇治で敗れます。

    

冬枯れや平等院の庭の面 鬼貫

京は竜巻による被害もあり、清盛は、400年の歴史のある平安京から、南都北嶺の寺社勢力の及ばない海の都、兵庫・福原へ遷都。安徳天皇らは清盛の山荘に設けた内裏に迎えます。

鴨長明(1155-1216)は、当時の新都を訪れており、「方丈記」に、公家達が京の屋敷を解体して淀川で運び、新都に来たものの困惑した様子を描き残しています。

所のありさまを見るに、その地ほどせまくて、條里をわるにたらず。北は山にそひて高く、南は海に近くてくだれり。なみの音つねにかまびすしくて、潮風殊にはげしく、(…)日々にこぼちて川もせきあへず運びくだす家はいづくにつくれるにかあらむ。なほむなしき地は多く、作れる屋はすくなし。ふるさとは既にあれて、新都はいまだならず。ありとしある人、みな浮雲のおもひをなせり。元より此處に居れるものは、地を失ひてうれへ、今うつり住む人は、土木のわづらひあることをなげく。(…)日を經つゝ世の中うき立ちて、人の心も治らず、民のうれへつひにむなしからざりければ、おなじ年の冬、猶この京に歸り給ひにき。

遷都の後、源頼朝や源義仲が挙兵し、富士川の戦いで平氏軍が敗走。平氏討伐の動きが活発化します。やむなく清盛は半年で京に還都。翌年、清盛は熱病により63歳で急死します。2年後の1183年に平氏は義仲に追われ、三種の神器を持って、兵庫・福原に建ち並ぶ邸宅群を焼き払い、西国に都落ち。平氏は西国で再び勢力を回復し、義仲軍を打ち負かすと、数万騎の大軍となって兵庫に戻り、京を奪回すべく陣営を築きますが、源範頼・義経の徹底した追撃により、滅亡に向かいます。

平家物語では平氏を「驕れるもの久しからず」と断定しますが、源氏の将軍も三代で断絶、北条氏の武家政治の世となり、その後も足利、徳川の武家政治が続いてゆきます。

清盛は、現在の兵庫・長田一帯(和田京)に新都を築く計画でしたが、土地が狭いため、昆陽野(伊丹)や印南野も新都の候補だったといわれています。清盛の壮大な夢は実現しませんでしたが、兵庫・福原の遺跡調査では当時の邸宅跡などが見つかっています。

作家の永井路子さんは、頼朝の築いた鎌倉は、三方が山に囲まれ南の海には宋船が入港する海の都で、頼朝は清盛の夢を継承し、家康もまた江戸・品川で海の都を継承した、と語っています。

清盛の都が完成していたら、鶴岡八幡宮や若宮大路のある鎌倉のような都だったのかも。

    

2012年に放映されたNHK大河ドラマ「平清盛」は、豪華絢爛たる絵巻物の世界を期待した視聴者が敬遠し、放映時は視聴率が低迷しましたが、平安末期の時代考証が的確で、印象に残る場面が多く、いまアーカイブではトップの人気だそうです。

清盛が新都の守り神に招いた熊野神社(兵庫)・八幡神社(六甲)・北野天満宮(北野)は今に続いています。

湊川隧道-易水にねぶか流るる寒かな 蕪村-

 

新湊川に沿って西に歩きます。

川沿いはきれいに整備された遊歩道と公園。今日は晴れて暖かいので、公園で将棋を楽しんでいる人もいます。

新湊川の左岸には夢野の丘小学校の建物。ここには1900年から1960年頃まで市立東山病院がありました。神戸港は海外からコレラやペスト、スペイン風邪も持ち込まれ、防疫の最前線でもありました。

 

湊川隧道の入口に到着。

この隧道は、湊川を改修し流れを変えて西の苅藻川に合流させるため、会下山をくり抜いた長さ600mのわが国最初の近代河川トンネルで、1901年に完成しました。

湊川改修前はたびたび洪水が発生し、治水対策は大きな課題でした。特に1896年8月の大水害は、旧湊川左岸の堤防が100mにわたって決壊する惨事となり、当時の新聞に「神戸市目下の急務」と報じられました。

昔の地図で見ると、旧湊川はやや東に曲がっており、旧湊川以前に、西側を流れて大輪田の泊・兵庫津へ注ぐ古湊川があったのではといわれています。

 

1581年、花隈城の荒木村重を攻め落とした池田恒興により、兵庫津に兵庫城が築かれます。湊川の支流が堀の役目を果たし、前面に港を持つ海城でした。兵庫津は1583年に豊臣秀吉の直轄地となり、江戸時代は尼崎藩領になります。1769年に幕府の直轄地となり、城は廃城となって堀が埋められ勤番所に。明治の初めには初代兵庫県庁に代用され、伊藤博文も執務しました。いま兵庫県では県政150年事業で、2020年度完成を目指し、初代県庁の復元を進めています。

兵庫津の町の人々にとっての脅威は、大雨による湊川の決壊。強固な堤防を築き、町割で持ち場を定めて警戒し避難場所も決めていました。西出町・東出町は湊川を東に押し出してできた町。

兵庫と神戸は、旧湊川で隔絶されていたため、神戸側に外国人居留地を置くことで、開港に踏み切りました。鉄道も当初は川底にトンネルを掘って通しました。開港の恩恵が広がり、交通や経済活動が盛んになると、兵庫と神戸の分断の解消を考えます。

湊川の付け替え事業は、治水対策、神戸港への土砂流出防止対策、湊川堤防・河川敷地の平坦化という3つの目的を掲げ、多くの有力者が関わって民間事業で行われました。

この頃、他のプロジェクトも進行。波の荒い和田岬沖を避けて船を航行させる兵庫運河の開削と、井戸に頼らずに安全な飲み水を行き渡らせる水道事業です。1899年に兵庫運河が完成、1900年に布引貯水池・奥平野浄水場、1905年に烏原貯水池が完成し、神戸は大都市に変貌してゆきます。

湊川隧道は、1995年の阪神・淡路大震災で被害を受け、新湊川改修事業で2000年に新湊川トンネルを完成させて役目を終えますが、高度な土木技術で造られた貴重な土木遺産として残されました。

毎年11月18日(十一・十八)の「土木の日」のイベントとして、直近の日曜日に「新湊川ウォーク」を開催。今年は今日11月11日。湊川隧道入口から、隧道と新湊川の遊歩道を通って長田橋まで歩く約1.5kmのウォークで、所要時間は約60分。

今回の吟行では、「通り抜け組」と「見学組」に分かれました。

通り抜け組のろまん亭さんの写真をお楽しみください。

  

 

 

 

          

会下山・松本通-旗持ちはしびれの切れる湊川-

見学組は、湊川隧道を見学の後、神戸電鉄の高架をくぐり、川崎病院を東に見ながら、会下山の切通しを南に下ります。

会下山は、楠木正成が足利尊氏の大軍を迎え討つのに陣を構えた場所でした。

わずか3年前、正成の活躍に刺激され、鎌倉方の足利尊氏や新田義貞が寝返って鎌倉幕府を滅亡させ、隠岐から京へ凱旋する後醍醐天皇をこの兵庫で出迎え、建武の新政が始まりました。

会下山は標高85mの低い山ですが、当時は山頂に立つと、目の前に湊川の流れがあり、和田岬に陣を張る味方の総大将・新田義貞軍や、海と陸から押し寄せる敵の足利軍の動きが克明にわかりました。足利軍の主力が東方面に上陸すると見た新田軍が和田岬から東に移動するや、足利軍の主力は和田岬に上陸。孤立した正成軍は果敢に攻撃を繰り返し敗北します。

会下山の山上は桜の公園。街なかの山なので上の方まで住宅になっています。

下っていくと松本通の住宅街。震災復興の街です。阪神・淡路大震災の映像といえば倒壊した高速道路と神戸の市街地から立ちのぼる幾筋もの黒煙の柱が映し出されますが、松本通も大火災に遭いました。その経験から、復興のまちづくりの中でせせらぎの通りが造られ、地域のシンボルとして守られています。

木曽路-木曽路ゆく我も旅人散る木の葉 亞浪-

午前11時30分、和食レストラン「木曽路・湊川店」に到着。今回の吟行のルートの終点の位置だったので、昼食場所にしました。

「木曽路」を無理にこじつければ、木曽で育ち、以仁王の令旨により1183年5月の倶利伽羅峠の戦いで平氏を討伐し、東国の武士を引き連れて京に一番乗りした木曽義仲(源義仲)。が、義仲は後白河院と対立し、備中・水島の戦いで平氏に大敗し、翌年1月に従兄弟である源頼朝が送った源範頼・義経の軍勢との宇治川の戦いで討たれ、近江の義仲寺に葬られます。享年31歳。義仲寺には近江の地を好んだ芭蕉も眠っています。

 

昼食のメニューは巴御前ではなく「妻籠御膳」。信州の深まる秋を少し感じさせるミニ懐石。

喉が渇いているのでビールで乾杯。和服姿のサービス係さんがテキパキと料理を運んできます。はじめは出てくる料理を味わっていましたが、ペットのことやAIのことや積もる話に夢中。

鍋が煮えてきたので見ると「きりたんぽ鍋」。木曽の馬篭・妻籠なら五平餅や朴葉味噌、栗きんとんが名産品ですが、「きりたんぽは秋田じゃない」、「関ケ原を越えれば東国、似たようなものか」。昼酒は回りが早く、話も盛り上がり、ちょうどいい量の昼食で満足。

兵庫公会堂での句会に向かう前に、全員集合写真を、通りがかりのお兄さんに撮ってもらいました。木曽路の石標の前に整列しましたが、忘・新年会の白いのぼりの方が目立ってしまいました。

湊川句会―――――――――――――

午後1時に句会場の兵庫公会堂第1集会室に全員到着し、着席。

各自5枚の句を書いた短冊の提出は午後1時30分。集まった短冊をばらして選句表に清書。

清書した選句表を、隣のスーパーのコピーサービスで人数分コピー。コピーができるまでは、つきひさん差し入れの塩味饅頭をいただきながら、コーヒータイム。

 

午後2時15分全員に選句表を配付し、各自、15分で自作以外の気に入った6句を選びます。特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者12名の総点数84点の争奪戦です。

午後2時30分、つきひさんの進行で、特選句から順番に選んだ理由も挙げながら発表。60句全部に点数が付けられて作者が明かされます。

 

選句の発表

今日できた名句を一挙ご紹介。句の数字は句会での得点、は特選句です。

一風

建て替えの区役所終の秋惜しむ ①

松茸をながめ込みつつ商店街

紅葉散る楠公も見た湊川

隧道の古きレンガに秋惜しむ ②

久しぶりしゃべりつくして冬に入る ①

さくら

秋風やシャッター閉じし店多し ①

身に入むや往時の水の物語 ④

公園で終日将棋秋うらら ②

隧道を出れば金色榠樝の実 ①

平成を締める句会や菊日和 ⑤

蛸地蔵

寒さあり都会の朝の喫茶室

夢の橋渉る向うに紅葉道 ①

小春日に明治の遺構訪れり

隧道に世紀を超えて秋の風 ②

震災も二十余年の秋日和

だっくす

小春日の市場散策主婦目線 ②

秋の市場買ひたき物の溢れをり ②

母胎てふトンネル歩き秋惜しむ ①

行く秋のトンネルの先異界かも ⑪◎◎◎◎

トンネルを歩いて出れば天高し ②

つきひ

風水禍桜紅葉の塩垂れて ①

紅葉や川に古湊新湊 ④

冬ぬくし土木の日とて隧道に ①

ふところに河川トンネル山眠る ⑤

坑道の出口入口草紅葉 ③

稲村

にぎわいぬ商店街は秋尽くし

暑けれど街路樹みな冬じたく

会下山や楠公無念秋の風

湊川隧道出れば天高し

震災の復興寿ぐ秋の空

散る秋や赤いさくら葉はらはらと

湊川散り行く覚悟秋俳句 ②

会下山をくぐりて秋をたずねけり ③

トンネルに明り流れる秋の川

鯉の秋松本通震災後

播町

魚屋の向い魚屋水を撒く ②

老々の売り手買い手や秋茄子 ③

覗かねば見えぬ川あり秋の声 ②

先人の技の隧道秋日濃し ②

水溜りのゆらぐ灯りに寒さあり

ひろひろ

神だのみ小春日句会皆発句

静かなり昔市役所今日小春

隧道で歩行訓練小春日下 ②

昼飯が句会の宴みな小春

小春句会日本国家のひと駒や

へるめん

まちぶらは昭和・平成柿落葉 ③

隧道に秋の翳の雫かな ④

隧道を抜けりゃ小春の湊川 ②

メンバー集い秋を一日を惜しみけり

十一月木曽路はすべて山の中 ②

見水

楠公さん子ら晴れやかに七五三

一万騎過ぐ涸れ川の湊川 ②

青首大根半分切っておでん煮く

足止めて水鳥探す橋の上

枯尾花イギリス積みの煉瓦壁 ③

ろまん亭

想い出はあの店ビルも湊川

松茸も商店街ににぎわって

トンネルが明治の遺構人多し

行楽日隧道遺産吸い込まれ

トンネルを降りて冬めくせまりくる

高得点句

本日はぶっちぎりの11点獲得句が1句と、5点句が2句、4点句が3句ありました。

行く秋のトンネルの先異界かも だっくす⑪◎◎◎◎

だんだん暗くなって、歩いていて気味悪かったですね。共感。

ふところに河川トンネル山眠る つきひ⑤◎

会下山を擬人化。赤ん坊を抱いた優しいお母さんのよう。

平成を締める句会や菊日和 さくら⑤◎

災害が続いた平成。締めくくりは穏やかであってほしい。

身に入むや往時の水の物語 さくら④

湊川の水防に尽力した先人達に頭が下がります。

紅葉や川に古湊新湊 つきひ④

兵庫の人々には、湊川は長いつきあいの川です。

隧道に秋の翳の雫かな へるめん④◎

隧道で見つけた「かげり」と「しずく」。さすが書家。

表彰式

 

獲得点数により順位が決定。表彰式です。優勝はだっくすさん(18点)、続いてつきひさん(14点)、さくらさん(13点)、へるめんさん(11点)。

他のメンバーの得点は、播町さん(9点)、英さん(5点)、見水さん(5点)、一風さん(4点)、蛸地蔵さん(3点)、ひろひろさん(2点)、稲村さん(0点)、ろまん亭さん(0点)。

だっくすさん、つきひさん、さくらさんは出句した5句すべて得点しパーフェクト。

今回の賞品は、幹事のさくらさんが湊川トンネル東口山側の珍味・あられの老舗「豆福」で選んだ酒の友のおつまみあれこれ。長い秋の夜、静かにお酒を味わってください、とのこと。

優勝 天高し賞    だっくすさん

2位  金風賞       つきひさん

3位  菊日和賞           さくらさん

4位  当日敢闘秋晴賞     へるめんさん

5位  爽やか賞           播町さん

6位  秀麗賞            英さん

6位  紅葉賞            見水さん

8位  小春賞            一風さん

9位  秋麗賞            蛸地蔵さん

10位 秋涼賞            ひろひろさん

11位 ブービー花野賞   稲村さん

12位 深秋賞            ろまん亭さん 

女性軍対男性軍では、女性軍4名の得点が56点、男性軍8名の得点が28点。大差を持って女性軍圧勝で、午後4時に句会は終了しました。

部屋の退出時刻の4時半まで時間があるので、一風幹事長から次回の春の吟行の候補地の提案。最近は神戸市内が続いたので、次回は東に足を伸ばし、来春オープンの尼崎城をメインに、寺町や近松門左衛門ゆかりの場所など、尼崎の名所散策で進めたいとのこと。異論はなくほぼ了解。一風幹事長にとっては、懐かしい故郷の地での開催になります。

兵庫公会堂を出て、夕暮れの湊川公園を抜け、三々五々新開地へと吸い込まれ、散会しました。

今回の事前準備と幹事の一風さん、さくらさん、お疲れさまでした。次回が楽しみです。

 

凩や雲裏の雲夕焼くる 亞浪

今日11月11日は、歳時記では、1879年に小諸に生まれ、新聞記者を経て1915年に「石楠」を創刊主宰、大正・昭和の俳壇に独自の地歩を築いた俳人・臼田亞浪が1951年に亡くなった亞浪忌でした。 

2018.11 写真/romantei ,文/mimizu 

 

 

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2018=初夏の舞子海岸句会

2018-05-27 | 吟行句会

かたつぶり角振り分けよ須磨明石 芭蕉

芭蕉は、貞享5年(1688年)4月に摂津と播磨の国境、鉄拐山でこの句を詠みました。須磨・明石は、源氏物語や源平の合戦の歌枕。翌年、45歳の芭蕉は奥の細道の旅で岩手・秋田まで足を延ばしますが、西の旅はこの須磨・明石まででした。

芭蕉が鉄拐山から眺めた塩屋・垂水・舞子・明石の海岸線は、その後、昭和の終わりまでほとんど変わっていません。海岸線ぎりぎりに鉄道と狭い国道2号が続き、漁港が点在していました。

志賀直哉(1883-1971)は100年前の車窓風景を「暗夜行路・前編(1921発表)」に描いています。

塩屋、舞子の海岸は美しかった。夕映を映した夕なぎの海に、岸近く小舟で軽く揺られながら、胡坐をかいて、網をつくろっている船頭がある。白い砂浜の松の根から長く綱を延ばして、もう夜泊の支度をしている漁船がある。謙作は楽しい気持で、これらを眺めていた。

塩屋・垂水間の海岸に1983年、平磯公園(地下は新垂水下水処理場)が完成し、世界一のつり橋・明石海峡大橋が1998年に完成して景色が激変します。垂水・明石間の海岸は埋め立てられて「マリンピア神戸」「アジュール舞子」「大蔵海岸」に変貌。松林の中に「六角堂」がひっそり立っていた舞子は、巨大な橋台と淡路島に伸びる大橋ですっかり変わりました。

第27回神戸RANDOM句会は、「初夏の舞子海岸句会」。今年、明石海峡大橋開通20年を迎えた舞子海岸での吟行です。

舞子海岸を歩く――――――――――

集合は、5月10日(木)午前9時30分、JR舞子駅改札口。5月にしてはやや肌寒いですが、雨の心配はなし。本日の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、どんぐりさん、へるめんさんの女性5名。男性は一風さん、蛸地蔵さん、稲村さん、英さん、播町さん、ひろひろさん、見水さん、ろまん亭さんの8名で総勢13名。

この場所でのRANDOM句会の集合は2度目。4年前の第19回・南淡路句会は橋の上のバス乗り場から高速バスに乗りました。今日は、ここから歩いて舞子海上プロムナードと舞子公園内の建物を巡り、句を作ります。全員がそろい、出発。目の前に巨大な橋台(アンカレイジ)と明石海峡、淡路島が広がります。「橋の科学館」の休憩所で会費の徴収と案内資料の配付を済ませ、絶景を背景に全員集合写真を撮ろうとしましたが、まわりは中国人観光客ばかり。腰かけている日本人老夫婦に、英さんがお願いしてシャッターを押してもらいました。

舞子海上プロムナード-噴水にはらわたの無き明るさよ 閒石-

 

入場券を買って、エレベーターで舞子プロムナードに上がります。

舞子海上プロムナードは大橋の舞子側に添加施設として同時施工され、1998年に開設。海面からの高さ47m、陸地から150m明石海峡へ突出した延長317mの回遊式遊歩道です。淡路島、大阪湾、瀬戸内海が一望でき、中央にラウンジ(休憩所)やレストランもあります。

一昨年の第24回・海峡スケッチ句会は、明石から高速船で海峡を渡り、淡路島側の橋台の下の道の駅「あわじ」で写生会と吟行をしました。「生しらす丼」や「淡路牛バーガー」が人気でしたが、このような展望施設はありませんでした。

  

眼下に舞子公園が広がる場所で、幹事長の一風さんが、孫文記念館・移情閣、旧武藤邸、ホテルセトレや、舞子ビラ・旧木下家住宅、アジュール舞子などを目で追いながらメンバーに説明。

「家から電車で10分だけど、ここには来たことなかったわ」

垂水区は史跡や見どころも多いのですが、RANDOM句会の吟行は初めてです。

 

金網越しの潮風が心地よい遊歩道を回ると「海上47mの丸木橋」があります。強化ガラスとわかっていても、透けている海を見ながらガラスの上や丸木橋を歩くのは怖い。手摺りにつかまって渡ります。

ラウンジではこの日、近辺の風景を描いた水彩画の展示をしていましたが、五月の節句の武具飾りも置かれていました。

舞子海上プロムナードを出てから見学するのは、孫文記念館・移情閣(呉錦堂邸)と旧武藤山治邸。今は移築されて離れていますが、2つの建物は100年以上前、舞子海岸に並んで建っていました。

かつての舞子や垂水がどんなまちだったのか、振り返ってみます。 

垂水のまち-石走る水に五月の風立ちぬ 閒石-

垂水は、1941年に神戸市に編入されるまでは明石郡。六甲山系を背景に持つ大都会・神戸とは雰囲気の違う海と丘の広がる明るい田舎のまちでした。

「延喜式」(905年)に垂水郷の名があり、「滝の茶屋」の地名もあることから、万葉集の志貴皇子の歌、

石激る垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも

は垂水を詠んだ歌であると、地元では平磯公園に歌碑を建てています。

東から塩屋谷川・福田川・山田川と小さな川があり、川沿いに集落、河口に漁村ができます。垂水は神社やお寺が多く、伝統行事やお祭りがよく残っています。盆踊りも盛んで、「垂水音頭」「五色流し」は500年の歴史があると言われ、「舞子音頭」、「塩屋音頭」も地元で唄い継がれています。

江戸時代後期になると、舞子一帯は、淡路島を望む白砂青松の「舞子の浜」として天下に知られます。安藤広重(1797-1858)は、『六十余州名所図絵』に播磨国を代表する名所として「播磨舞子の浜」を描き、長崎のシーボルトは1826年の江戸参府紀行の往路でこの浜を歩いています。幕末には舞子に砲台も築かれました。

      

明治になると、舞子海岸に萬亀楼、左海屋、亀屋といった料理旅館が建てられ、伊藤博文や井上馨らが訪れます。明治天皇は舞子の浜に1885年から7回行幸し、1893年には今の舞子ビラの場所に有栖川宮の別荘も建ち、1900年に舞子公園は兵庫県立都市公園1号となります。

神戸から明石までの鉄道も、1888年に現・JR西日本が、1917年に現・山陽電鉄が開通。

塩屋海岸には外国人の別荘が、垂水には資産家の邸宅や別荘が次々と建てられてゆきます。

篠山市の「お菓子の里丹波」に移築されている旧・垂水警察署の洋館は1917年に海神社のそばに建てられた四本邸。現在「舞子ホテル」の洋館は1919年に建てられた日下部邸です。

南蛮美術の収集家・池長孟も垂水に別荘を所有していましたが、茨木市の山里で発見された一枚の小さな絵の購入のため1935年に売却します。絵は「ザビエル像」。現在は神戸市立博物館所蔵です。

神戸市内から学校も移転、1932年頃にはジェームス山に外国人住宅街ができ、1933年には現・国道2号も完成します。

一方で、田んぼや畑、雑木林、小川、ため池、牧場、川原、花咲く丘などの自然は残されていました。

雲白き丘に五月の花と臥す 閒石

野ばら咲きぬ幼き唄はみな忘れ 閒石

俳人・橋 閒石(1903-1992)は、石川県金沢市出身ですが、1931年に垂水に新設された兵庫県立神戸高等商業学校(神戸商科大学を経て現・兵庫県立大学)の英文学教授となり、1968年の定年退職まで37年間、「垂水の商大」の教壇に立ちました。

答案の包重たく夕雲雀 閒石

朝苺ホメロスの詩を読み初む 閒石

垂水は戦災も比較的少なく、高度経済成長期の頃から神戸や大阪のベッドタウンとして人口が急増し、時代が豊かになると史跡も整備され、1974年に大歳山遺跡公園、1975年には五色塚古墳が復元されます。

前方後円冴返る日を瀬戸に浸し 閒石

古墳青みたり乳母車来て遊ぶ 閒石

 

夢レンズ日輪を呑みたる蟇の動きけり 閒石-

 

孫文記念館・移情閣の西隣に、黒いドーナツのような形の石の彫刻があります。明石海峡大橋架橋5周年の2003年に建てられた福崎町出身の彫刻家・牛尾啓三氏による記念碑「夢レンズ」。

「夢の架け橋」だった明石海峡大橋は、半世紀かけた技術の集積で完成しましたが、生みの親は土木工学博士で摩耶埠頭やポートアイランドの埋立事業を進めた元・神戸市長の原口忠次郎氏(1889-1976)。「夢レンズ」は氏の偉業をたたえる記念碑です。

黒い輪を覗くと新緑の淡路島が見えました。気温が上昇、青空も広がり気持ちのいい風が吹いています。旗を持ったガイドに先導された団体も歩き、平日ですが公園は賑わってきました。 

孫文記念館・移情閣-送り出てそのまま春を惜しみおり 閒石-

 

孫文記念館・移情閣では、上履きにはき替えて見学。赤いカーペットが敷かれ、1階に中国の革命家・孫文(1866-1925)の資料、2階に神戸の貿易商・呉錦堂(1855-1926)の資料を展示。2000年にこの場所に復元されましたが、外観も内装も美しく管理されています。

孫文が1913年3月に舞子の呉錦堂の松海別荘を来訪したのを記念して、1915年に呉錦堂が別荘の一部として建てたのが移情閣。彼はこの年、還暦でした。窓から移り変わる風情を楽しめることや祖国への望郷の想いから「移情閣」と命名したようですが、地元では「舞子の六角堂」と呼んできました。コンクリートブロック造りで八角三層、外装は淡いグリーンです。中国式の楼閣ではなくヨーロッパの古い城か塔のような外観で、海岸に建てられたので灯台のようにも見えます。呉錦堂はわが家に招いた祖国の英雄・孫文を建物として残したかったのかも知れません。

建物の内部は中国風で、銘木に彫刻が施され、壁は緑地に金の模様の「金唐紙」の壁紙で復元、天井には呉錦堂が交流を持った中国の要人などの書が「扁額」にして飾られています。孫文の書いた「天下為公」の書もレプリカで置かれていました。

呉錦堂は、中国浙江省寧波に生まれ、31歳の1886年に来日。長崎、大阪で行商などをし、35歳で神戸に落ち着いて、神戸と上海・寧波などを拠点に貿易、海運から製造業へと次々と事業を展開、巨万の富を築きます。舞子の駅の山手に1万坪の土地と屋敷(昭和初期の山陽電車の路線図では「呉錦堂桜桃園」)を所有し、籠池通にも洋館を建てています。籠池通の洋館には呉錦堂没後、蒋介石が立ち寄っており、ヒマラヤ杉が最近まで残っていました。舞子で暮らした頃の呉錦堂は、普段は屋敷で大勢の使用人に囲まれ、客人の接待や、気が向いたときには舞子公園を抜けて松海別荘・移情閣で海を眺めたのでしょう。

 

孫文は、中国でも台湾でも「国父」とされ、南京の中山陵に眠っています。広東省に生まれハワイで教育を受けて香港で医師となった後、清朝打倒を志して国を追われ、1895年に日本に亡命。東京や横浜で活動し、宮崎滔天、頭山満、犬養毅、梅屋庄吉ら多くの日本人の支援を受け、外遊で世界的にも知られるようになります。ロンドンで出会った和歌山の知の巨人・南方熊楠(1867-1941)とはその後も親交を続けています。孫文には欧米列強のアジア進出への抵抗である明治維新と中国革命は同じ目的との思いがありました。孫文を身近に見ていた宮崎滔天の息子、宮崎龍介によれば「あまり背の高い人ではなかったが、にこにこした非常にやさしい人」だったそうです。

1906年に東京で中国革命同盟会を結成し、1912年の辛亥革命で中華民国が誕生すると、孫文は臨時大総統に就任しますが、大総統の座を袁世凱に譲り、1913年2月に鉄道建設の資金調達のために日本を訪れます。

東京での交渉の後、各都市を巡り、3月13日に神戸に到着。アジア貿易で栄える神戸は経済界と華僑社会の関係が極めて良く、市内各所で歓迎会が開催され、翌14日には舞子の呉錦堂邸・松海別荘で昼食会、夜は神戸市主催の市長、知事、地元実業家らの歓迎宴に招かれます。孫文が舞子の呉錦堂邸にいたのは2時間ほどでした。

47歳の孫文と58歳の呉錦堂が中央にすわり、孫文に同行した宋嘉樹(宋三姉妹の父)や日本のマッチ王・瀧川辨三など20人ほどが並んで記念写真を撮っています。孫文はくつろいだ表情、他のメンバーも足を組んだりしていますが、呉錦堂だけは背筋を伸ばし両手を膝の上に置いて緊張した面持ちで写っています。陳舜臣さんはこの写真撮影のことをちょっと皮肉って小説に書いているとか。

 孫文は、その年8月には袁世凱の独裁政治のため再び日本に亡命。袁世凱の死後も中国は軍閥による混乱が長く続きます。日中関係は1915年の対華21カ条要求で悪化します。1917年のロシア革命、1919年の五・四運動などにより、中国の民衆の反日の動きが活発化してゆきます。

1924年11月、呉錦堂ら華僑とも親交が深い神戸商業会議所会頭の瀧川儀作(1874-1963)は、知事、市長と協議の上、孫文を神戸に招き、県立第一高女の講堂で、「大アジア主義講演」を行います。孫文は「日本ハマサニ中国ヲ助ケ不平等条約ヲ廃スベシ」と題し、会場を埋め尽くす数千人の聴衆に、仁義道徳を基礎にした大アジア主義の実現を訴えます。孫文は翌年1925年に北京で「革命なお未だ成功せず」の言葉を残して癌のため59歳で亡くなります。孫文の訴えは届かず、日中戦争が始まり、戦争の終結は20年後、日中国交回復は50年後でした。

呉錦堂は、孫文が亡くなった翌年、神戸で70歳で亡くなり、故郷の浙江省寧波に埋葬されます。神戸と寧波で水利事業や学校建設などの社会事業を行い、西区神出町には彼がつくった「呉錦堂池」が残っています。文化大革命時に呉錦堂の墓の事績の碑は破壊されましたが、後に復元されています。

移情閣は、戦時中は徴用され、戦後は神戸華僑総会が迎賓館として管理します。日中国交回復から10周年の1983年、神戸華僑総会の陳徳仁氏(1917-1998、司馬遼太郎の「街道をゆく・神戸散歩」に登場します)が坂井時忠知事に提案し、兵庫県が寄贈を受けて改修、1984年から「孫中山記念館」として一般公開されます。架橋建設のため1994年に一旦解体されたため、目の前の明石海峡が震源だった1995年の阪神・淡路大震災をこの建物は見ていません。

建物の外に出ると、庭に植えられたハマナスが咲き、ツワブキの緑が鮮やか。松も良く手入れされています。移情閣の前には孫文像が置かれ、われわれを見送ってくれました。再見!

 

芝生広場を横切り、1936年に国道拡幅で移転した料理旅館「亀屋」の跡に建立された明治天皇御製碑へ。3つの歌が刻まれています。

播磨潟(せき)舞子の浜に旅寝して見し夜恋しき月の影哉

あしたづの舞子の浜の松原は千代を養ふ處(ところ)なりけり

播磨潟(せき)舞子の浜の浜松のかげに遊びし春惜しぞ思ふ

芝生広場は今は一面のクローバー。踏んでもふわふわと気持ちよく白い花が咲き誇っています。

ここは播州 舞子の浜よ 前に見ゆるは ありゃ淡路島

お盆にはこの広場に櫓が組まれ、舞子音頭に合わせて地元の盆踊り大会が行われます。 

旧武藤山治邸-行春のうしろ姿の艶なりけり 閒石-

 

旧武藤山治邸も、受付で上履きにはき替えて内部を見学。

日本の紡績王・武藤山治(1867-1934)が1907年、40歳の頃に建てた洋館です。

その頃、呉錦堂邸、鐘紡特約店「八木商店」の八木与三郎邸、武藤邸の三軒は、50m間隔で舞子海岸に並んでいました。三家は家族ぐるみの付き合いで親しく往来し、武藤家の二女は幼馴染の八木家の長男に嫁いでいます。

この建物は造りも凝っていますが、部屋に置かれた家具はフランスから輸入し、階段室や壁には著名画家の油絵を飾るなど、ハイカラな明治の香りが感じられます。食堂も別棟の厨房で調理したものを運ばせたようです。

明治時代、日本を近代化するには、英国から遅れること1世紀ですが、紡績業による産業革命が必要でした。

夏目漱石や正岡子規と同年代の武藤山治は、鐘淵紡績㈱に兵庫支店支配人として入社し、経営に34年間携わり、鐘紡を日本有数の企業にします。武藤は会社の業績を上げるだけでなく、日本の慣習にドイツやアメリカの経営手法を取り入れた「経営家族主義」と「温情主義」による日本的経営を考案して実践し、従業員たちから絶大な支持を受けます。

武藤山治と呉錦堂の出会いは古く、呉錦堂が中国綿の売り込みに、創業間もない鐘紡兵庫工場の支配人の武藤を頻繁に訪ねたのが発端です。当時、武藤は30歳前後、呉錦堂は42、3歳でした。

ともに中山手に住んでいた頃、武藤は気心の知れた呉錦堂の財力で鐘紡の危機を回避しようとして、兜町で株売買の仕手戦に巻き込まれ(呉錦堂・鈴久事件)、絶体絶命の危機に直面します。その危機を救い、彼らを経営者としてさらに成長させたのは、武藤を慕う鐘紡の従業員たちでした。元祖・慶応ボーイの武藤は、人前で平気で手鼻をかむ呉錦堂に紳士らしいマナー教育をしようとして失敗したことも書き留めています。

武藤は政界にも進出し、政界引退後は福沢諭吉が残した『時事新報』で舌鋒を振るい、鎌倉の自宅近くで凶弾に倒れて亡くなります。

 

旧武藤邸は、主が亡くなった後、鐘紡㈱の福利厚生施設「鐘紡舞子倶楽部」として舞子海岸に残されていましたが、架橋建設に伴う国道2号の拡張工事のため、1995年に洋館のみ垂水区狩口台に移築。2007年にカネボウ㈱が兵庫県に建物と家具・絵画・蔵書等調度品を寄贈し、県は舞子公園に移築・修復しました。

鐘淵紡績㈱・カネボウ㈱は、2008年に無くなり、今は「カネボウ」のブランドが残るだけです。武藤が手塩にかけた鐘紡兵庫工場は、戦災で閉鎖し、神戸競輪場、御崎公園、神戸市中央球技場を経て、今は御崎公園球技場(ノエビアスタジアム神戸)になっています。工場付属診療所から始まった鐘紡病院は、神戸百年記念病院として存続しています。

彼の墓所は、舞子の浜と明石海峡を見下ろす舞子陵にあります。舞子陵は武藤家所有の土地でしたが、戦後、神戸市に寄贈しています。舞子陵の地下には、明石海峡大橋と垂水ジャンクションを結ぶ舞子トンネルが通っています。呉錦堂がかつて所有した舞子台の土地もトンネルの一部になっているようです。舞子の変貌ぶりには呉錦堂も武藤山治も驚いていることでしょう。

ホテルでの集合時刻が近づいてきました。武藤邸の1階の休憩コーナーにメンバーが集合し、しばし黙々と句づくりに専念。

 ホテルセトレの東側には、アジュール舞子が広がっています。800m続く人工の白い砂浜で、背後には多くの松が植えられています。アジュール(azur) はフランス語の「青」。南仏コートダジュールのような美しい海辺となるよう一般公募で命名。バーベキュー場があり、今日は10人ほどの若者のグループがバーベキューをしていました。夏には海水浴客で賑わいます。 

ホテルセトレ-顔じゅうを蒲公英にして笑うなり 閒石-

 

今日の昼食と句会の場所は、舞子公園とアジュール舞子の間の岬に建つ「ホテルセトレ」。半円形の白いお洒落なホテルです。

幹事長の一風さんの姪っ子がここで結婚式をし、気に入ったので奥さんとときどき食事にくるとか。平日でもレストランは女性客でいつも満席だそうです。下見のとき、このホテル内で昼食と句会ができないか係りの人と相談し、20人収容のパーティー会場を4時間貸切にしてもらうことにしました。

昼食のスタートは12時。パーティー会場の「ホワイトハーバー」は目の前に青い海が広がる白い部屋。結婚式の二次会や経営者のセミナーに利用され、われらシニアグループにはちょっと不似合ですが、特別メニューも用意してもらいました。

全員、テーブルに着いて、スパークリングワインで乾杯。

若いスタッフが専属で付いてくれているので、幹事長の一風さんも一安心です。

グラスに白ワイン、ウーロン茶、ビールが注がれ、イタリア料理の前菜の皿が各自の前に置かれます。白い皿の上にカラフルな料理、まさに芸術。一風さん、一言。「ナポリに来たようや」

 

淡路島や近郊の新鮮な食材を使って料理しているのが、このホテルの自慢だそうです。メインディッシュは香りよく焼いた魚料理。自家製パン(フォカッチャ)はオリーブオイルで。締めくくりはドルチェとカフェ(デザートとコーヒー)。

稲村さんは昨日遅くまでキャベツの出荷作業に追われ少々お疲れ気味。次回の句会の候補地選びから懐かしい活版印刷の時代のことまで、尽きない話とお酒の酔いで、時計を見ると、午後1時をとっくに過ぎています。

楽しいランチの時間は終わって、次は俳句の時間。一旦部屋から出て、テーブルを句会用にセットし直してもらいます。

外に出ると、青空に潮風が気持ちいい。白いウエディング姿の「前撮り」のカップルとカメラマンがいます。カップルは小顔の美男美女。わたせせいぞうのイラストのように爽やか。

舞子海岸句会―――――――――――

各自5枚の句を書いた短冊の提出は午後1時40分。集まった短冊をばらして選句表に清書。

清書した選句表を、受付の事務所で人数分コピーします。

 

全員に選句表を配付し、午後2時30分までに、各自、自作以外の気に入った6句を選びます。特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者13名の総点数91点の争奪戦です。

午後2時30分、つきひさんの進行で、特選句から順番に選んだ理由も挙げながら発表。午後3時にはホテルからお茶のサービス。65句全部に点数が付けられて作者が明かされます。

選句の発表

今日できた名句を一挙ご紹介。句の数字は句会での得点、は特選句です。

一風

舞子浜五月の架橋卯浪寄す

初夏の海ガラスに乗りて足すくむ ②

初夏なのに人まばらなり移情閣 

若葉風明石舞子の浜を這う ①

酔っぱらいかわいい人に五月晴

さくら

春潮を眼下に回廊遊歩道 ②

孫文も見し海峡や風光る ④

一面の白爪草の中に坐す ③

迎えらる桧の香(かをり)夏館

風薫る白き卓布のレストラン ②

蛸地蔵

夏立ちて大船くぐる大橋や

夢レンズ見通す先の初夏の岸 ①

松若葉歴史を留む移情閣 ②

松の群舞子の潟(せき)の夏を呼ぶ ①

海望む洋館の窓へ夏を待つ

だっくす

若葉冷え風吹きぬけるプロムナード ①

玻璃ごしに卯浪の上を闊歩する ④

淡路より見し橋初夏の舞子より

桜しべ降るを眺めて急かさるる ①

松落葉舞子の浜の松林

つきひ

大橋の展望ラウンジ武具飾る ④

夏潮をはるか眼下に丸木橋 ②

大橋のたもとに降れる桜しべ ②

万緑の島夢のレンズにすっぽりと ③

風薫る金唐紙に扁額に ①

稲村

キャベツ出し舞子句会は大荒れに

潮はやし舞子海岸初夏の風 ②

夢レンズ橋のはらぐち五月晴

風薫る友好やかた移情閣

ホテルでは食の芸術五月会

どんぐり

八角を六角堂てふ夏霞

ベランダに佇ちて大橋まのあたり

夏潮のゆらぎガラスのゆがみかな ④

玫瑰(はまなす)の紅あざやかに移情閣

白砂の昔を偲ぶ松の芯 ④◎◎

大橋と往きかう船と春の波 ③

春潮に大きく張りし夢の橋 ②

春潮の流れにまかす淡路島 ①

日中の平和な春や六角堂 ②

舞子浜淡路島へと夢さそう

播町

巨大なる橋桁てふてふ渡るのか ①

孫文の休息の地や海市立つ ①

夏涛(なみ)やむかし革命というロマン ④

ジャズライブにパティシエもいて夏館

泡立ちしワインの白も立夏かな ③

ひろひろ

世界一明石大橋淡路初夏 ①

丸木橋一時ためらう初夏の海 ①

遊歩道金網越に初夏の海 ③

移情閣赤の絨毯外は初夏 ②

句会初夏吾の拙さも個性あり ② 

へるめん

彼の地より卯浪寄せ来る移情閣 ④

心さわぐ青春はつ夏の浦風

潮風とワインに酔ひて今日の宴 ②

白壁あれば遺影の用意卯浪寄す ①

浦波に酔ひを放ちて五月かな ③

見水

パノラマの舞子浜寄す皐月波 ②

夢レンズ海光眩し南風 ②

夏来る夢見ぬ男のゆめの跡 ①

浜に出てもろ肌をぬぐ呉先生 ①

吊り橋の消えゆくところ青岬

ろまん亭

体操を終えて集いぬ藤の下 ①

カキツバタ雨の日に似合うスマの寺

足の下ガラスの下は夏の海 ①

声やさし甘えたくなる春おぼろ ①

文化財のイスひっそりと五月寒む

高得点句

本日は得票が分散しましたが、4点獲得した句が7句ありました。

大橋の展望ラウンジ武具飾る つきひ④◎

端午の節句の飾りも置かれ日本らしいおもてなし。

玻璃ごしに卯浪の上を闊歩する だっくす④◎

闊歩したかったけど手摺りを握って端をこわごわ。

夏潮のゆらぎガラスのゆがみかな どんぐり④

古い洋館の窓から臨む夏の海。ロマンチックです。

彼の地より卯浪寄せ来る移情閣 へるめん④◎

台湾か中国か。孫文を慕う波は今も打ち寄せます。

孫文も見し海峡や風光る さくら④◎

1913年3月14日。孫文も眺めた舞子の美しい海。

夏涛(なみ)やむかし革命というロマン 播町④

辛亥革命もロシア革命も今では遠い過去の出来事。

白砂の昔を偲ぶ松の芯 どんぐり④◎◎

手入れされた形のいい松ばかり。さすが舞子の浜。

表彰式

 

獲得点数により順位が決定。表彰式です。

優勝はつきひさん(12点)、続く高得点者はさくらさん(11点)、へるめんさん(10点)。

他のメンバーの得点は、播町さん(9点)、ひろひろさん(9点)、どんぐりさん(8点)、英さん(8点)、だっくすさん(6点)、見水さん(6点)、蛸地蔵さん(4点)、一風さん(3点)、ろまん亭さん(3点)、稲村さん(2点)。つきひさんとひろひろさんは出句した5句すべて得点しパーフェクト。

今回の賞品は、幹事のさくらさんが垂水漁港の売店で選んできた垂水の特産品です。 

1位 (優勝) 明石海峡大橋賞                   いかなごくぎ煮神戸ビーフ入

2位       移情閣賞              いかなごくぎ煮ピリ辛味

3位       舞子公園賞            須磨新海苔味付袋入

4位       敢闘賞・舞子倶楽部賞       須磨新海苔味付

5位       参加賞               いかなごくぎ煮

6位       参加賞               いかなごくぎ煮

6位       参加賞               いかなごくぎ煮

8位       参加賞               いかなごくぎ煮

8位       参加賞               いかなごくぎ煮

10位      参加賞                いかなごくぎ煮

11位      参加賞                いかなごくぎ煮

12位      ブービー賞              たこめしの素2合用

13位      参加賞                いかなごくぎ煮 

女性軍対男性軍では、女性軍5名の得点が47点、男性軍8名の得点が44点で、僅差で女性軍の勝利。

午後4時ちょうどに句会は終了しました。

ホテルを出てもまだ明るい青空。国道2号を渡り、舞子公園の松林を抜けてJR舞子駅まで歩き、散会しました。

 

今回の事前準備と幹事の一風さん、さくらさん、お疲れさまでした。天気に恵まれた、垂水での初めての吟行、いかがでしたか。

 

 合歓咲くや語りたきこと沖にあり 閒石

秋の句会は、9月頃から準備を始めます。いい候補地があれば幹事長にご連絡を。

 

2018.5 写真/romantei ,文・イラスト/mimizu

 

 

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2017=神戸開港150年句会

2017-11-19 | 吟行句会

 

移民船冬空へ旗ちぎれ飛び  播水

10月の後半、台風が続けて来たあとに、こがらし1号。慌ただしい秋・冬の到来です。

第26回神戸RANDOM句会は、「神戸開港150年句会」。前回、神戸の山手を歩きましたが、今回は神戸の港を巡ります。

神戸の開港は1868年1月1日。今年2017年は開港150年の大きな節目です。

遊び探しの高齢者予備軍のわがメンバーも、みなと神戸へくり出します。

みなと神戸をめぐる――――――――

本日の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、どんぐりさん、へるめんさんの女性5名。男性は一風さん、蛸地蔵さん、稲村さん、播町さん、英さん、見水さん、ろまん亭さんの7名で総勢12名。欠席のひろひろさんから3句、弥太郎さんから1句投句をいただいています。

句会の11月6日(月)は抜けるような秋晴。集合は午前9時30分、JR三ノ宮駅コンコース。ラッシュのピークは過ぎても、まだ通勤客の多い中、参加者の到着を待ちます。

シティー・ループバス

 

「ループバスは混むので、お先にどうぞ。ポートタワーで集合します」

早く着いた5名のメンバーを9時27分のバスで送り出します。

濃い緑色の車体に赤のラインの入ったレトロな「シティー・ループバス」は神戸の観光スポットを巡回するバス。後発の7名は9時57分のバスに観光客と一緒に乗り込みました。

ループバスは、フラワーロードを南へ。ガイドさんの案内を聴きながら、市役所北の花時計前を西に曲がります。かつての外国人居留地の北東の角です。

神戸開港

 

NHKの人気番組ブラタモリで、今年2月に「神戸の港~神戸はなぜ1300年も良港なのか?~」、「神戸の街~神戸はなぜ“ハイカラ”なのか?~」が放送されました。とり囲む急峻な六甲山地が冬の季節風を防ぎ、水深の深い天然の良港、大輪田の泊・兵庫津は、遣隋使・遣唐使に始まり、日宋貿易・日明貿易の港で、江戸時代には全国の物資の集まる商業都市・大阪の外港として栄え、国内航路の要港でした。

1858年、幕府が結んだ日米修好通商条約により、1859年に箱館・神奈川(横浜)・長崎が、新潟は遅れて1869年に開港します。

兵庫は1863年の約束が朝廷の反対などにより5年延期し、1868年1月1日、兵庫津から東に3.5kmの漁村・神戸村に貿易港を開港。幕府の軍艦奉行・勝海舟が1864年に「海軍操練所」(約5.7ha)を設置した場所でした。

幕末の騒然とした時代で、操練所は翌年1865年に廃止。海舟の弟子で操練所の設置に奔走した坂本竜馬は、その後、亀山社中(海援隊)を作り、薩長同盟を成し遂げ、大政奉還を見届けますが、神戸開港目前の12月10日に暗殺されます。

開港場には計画的に外国人居留地が造られます。外国人居留地は、東を生田川(現在のフラワーロード)、西を鯉川(現在の鯉川筋・メリケンロード)、北を西国街道に囲まれた26haの区域。貿易の拠点、西洋文化の入口として発展していきます。

外国人居留地

 

新しい風は、いつも、みなとから―

神戸市は、開港150年のイメージキャラクターに地元出身の女優・戸田恵梨香を起用。ホームページには、「コーヒーも映画も はじめは 港からやってきた」をキャッチフレーズに、サッカー、神戸牛、マラソン、ジャズ、コーヒー、洋服、ゴルフ、神戸家具、オリーブ、バナナ、ラムネ、水族館、映画、洋菓子、ボウリングの神戸発祥物語を紹介しています。

居留地は自治機構で運営され、合理的な街並や自由で豊かな西洋文化は、日本人を魅了します。

1895年の日清戦争後にはアジア最大の港として、世界に名を知られるようになり、1899年に居留地は日本に返還されます。

居留地が手狭になった場合の「雑居地」もあらかじめ決められ、南京町や北野・山本の異人館街は雑居地に造られました。

ループバスは、かつての西国街道を西に向かっていますが、大丸の北東の三宮神社の前で、開港直後に神戸事件が起きます。

神戸事件と伊藤博文

 

開港直後の1月3日に王政復古の大号令(新政府の樹立宣言。戊辰戦争の始まり)が発せられ、それまで幕府が担ってきた外交は、新政府に交代します。

1月27~30日に鳥羽・伏見の戦いがあり、新政府から西宮の警備を命じられた備前藩の500人の兵は、開港に合わせて幕府が完成させた迂回路「徳川道」を通らずに西国街道を進み、2月4日、フランス人水兵らと遭遇。隊列を横切った水兵らを負傷させ、居留地予定地にいた欧米諸国の公使たちを射撃。米・仏・英の軍隊と銃撃戦になりました。死者は出ませんでしたが、新政府初の外交問題に発展しました。

事件後すぐに、27歳の伊藤俊輔(博文)は、大坂にいた外国事務総督・東久世通禧を伴って駐日英国公使・パークスと会談。1ヵ月後、備前藩の滝善三郎が全責任を負って各国外交官列席の場で切腹。一歩誤れば内戦に乗じた外国の軍事介入をも招く事態を収拾し、伊藤は神戸開港場外国事務一切委任の辞令を受け、まもなく初代兵庫県知事に任命されます。

賑やかな大丸、元町商店街の入口を南に折れ、神戸中華街、栄町通を見て鯉川筋・メリケンロードから海岸通の国道へ。前はもう海です。300m東の京橋に神戸開港100年に建てられた「神戸海軍操練所跡碑」が残っています。

神戸開港100年

開港100年を祝う「神戸開港百年祭祝賀式」は1967年でした。

戦後もアジア最大の港として日本の高度経済成長を支えましたが、この年、神戸市長・原口忠次郎は、東京で開かれた「国際港湾協会」総会の議長を務め、神戸での祝賀式に皇族や総会を終えた各国代表を招き、シアトルおよびロッテルダムとの姉妹港提携式も行いました。

1967年には摩耶埠頭に日本初のコンテナターミナルも完成。1973年~1978年、神戸港はコンテナ取扱個数世界一の港でした。1968年に日本はGNPで西ドイツを抜き、世界第2位の経済大国になりました。

その頃、神戸創業の経営者が着実に事業を伸ばしていました。スーパー・ダイエーの中内㓛(1922―2005)です。ダイエーは70年代・80年代に全国展開、店舗の業態も多様化させ、ホテル、大学、プロ野球にも乗り出し、神戸の街がダイエー一色になった時期がありました。1995年の震災では中内は自ら指揮し、被災したダイエー各店舗をいち早く開け、生活必需品や屋根覆いのブルーシートなどを大量に提供しました。

 

国民的作家も登場します。司馬遼太郎(1923―1996)です。

1961年創刊のタウン誌「月刊神戸っ子」の第2号から司馬のエッセイ「ここに神戸がある」が連載されました。1959年「梟の城」で直木賞を受賞して作家になったばかりの司馬は、まだ髪の毛も黒く、神戸っ子の編集者が有馬の老舗旅館に電話で「作家の司馬」で予約したところ、「作家の志賀」で伝わり、玄関先で怪しまれて足止めを食うエピソードも書いています。司馬は、当時「海軍操練所」の図面が神戸市の図書館にあることも調べています。1962年から「新選組血風録」「燃えよ剣」「竜馬がゆく」の執筆が始まり、1968年からは「坂の上の雲」が連載され、空前の大ベストセラーになります。

国道2号線を越えるとメリケンパークの一角。ホテルオークラの前を抜け、中突堤を走り、海洋博物館、スターバックス、メリケンパークオリエンタルホテル前で折り返して、ポートタワー前で下車。

ポートタワー

     

神戸ポートタワーは1963年に完成し、現在54歳。ブラジル移民船や摩耶埠頭へのコンテナ船の初入港、ポートアイランドや六甲アイランドの建設、ポートアイランド博覧会、阪神・淡路大震災の被災と復興、神戸空港の造成…神戸港をずっと見守り続け、今も神戸のシンボルです。

高さは108m、最近の高層ビル・高層マンションと比べればそう高くはありませんが、青空の下、鮮やかに赤く塗られ曲線の美しいタワー、近くで見るとやはりカッコよく、圧倒されます。

高齢者証などを提示して入場券を買い、エレベーターで展望台へ。半年ぶりのメンバー集合、本日の会費もいただきました。

時間があるので、今では珍しい回転展望台に座ってコーヒータイム。色づき始めた六甲山系、神戸の街・海をゆっくり眺めます。

1995年の阪神・淡路大震災で神戸港は甚大な被害を受けましたが、国の強力な支援も得て2年で全面復旧。震災を記憶するため、メリケン波止場のあった一角を「神戸港震災メモリアルパーク」として震災当時の状態で保存しています。

艀溜り

  

メリケンパークの場所は、埋め立てられる前は、艀(はしけ)溜りになっていました。

だっくすさんが子供の頃には、艀で生活している同級生がいたそうです。

神戸市の中央市民病院長も務めた俳人・五十嵐播水(1899-2000)は、「港の播水」といわれ、艀を詠んだ句もあります。

旗立てて街なす艀初凪げり  播水

日盛りの艀溜りの動くなし  播水

艀呼ぶ旗が揚りぬ時雨中  播水

BE KOBE

 

メリケンパークの海沿いに、「BE KOBE」の白い立体文字を見つけました。今年4月に開港150年記念に設置され、話題を呼んでいます。平日でも少し人だかりし、白い豪華客船のようなメリケンパークオリエンタルホテルを背景に入れて写真を撮っています。

「誰から誰へのメッセージかわからない。アムステルダム名物の「I am・sterdam」の立体文字のパクリでは」の酷評もありますが、神戸市の説明によると、震災を乗り越え、神戸市民であることを誇りに思い、これからの150年に向けての出航の意志を表す、神戸っ子の決意表明のモニュメントです。

開港150年を締めくくるイベントもメリケンパークで。富山県の樹齢150年のあすなろの木を船で神戸に運び、高さ30mの世界一のクリスマスツリーを立てるプロジェクト。ルミナリエに合わせて進行中です。

午前11時。そろそろ遊覧船乗り場の中突堤中央旅客ターミナル「かもめりあ」に移動。どんぐりさんは「歩いて降りるわ」と元気よく階段へ。476段あります。

神戸港遊覧

  

幹事の一風さんが全員の乗船券を買ってお待ちでした。

神戸港遊覧船は、帆船型の「オーシャンプリンス」と豪華クルーザーの「ロイヤルプリンセス」が交替で発着しています。

11時15分出航の「オーシャンプリンス」に乗船します。客室もありますが、天気がいいので全員眺めのいいデッキに上がります。コースは時計と逆回りに港を一周します。

目の前に舳先あらはれ舟遊び  信子

まずは、観覧車のある神戸ハーバーランドのモザイク。ここは「高浜岸壁」といいますが、江戸時代には北前船の「船囲場」の浜。海の荒れる冬の間、北前船をこの浜に引き上げておおいをかけ、翌年の航海にそなえました。神戸ハーバーランドができる前の煉瓦倉庫や信号所も残しています。

隣は1887年創業の川崎重工。今日は鯨のような潜水艦が陸上に上げられ修理中です。続いて兵庫突堤。西側には兵庫運河や中央市場、最近は「イオンモール神戸南」がオープンしています。

「兵庫運河、懐かしいなあ」

稲村さんを案内役に、ほぼこのメンバーで兵庫津を歩いたのは14年前。昨日のことのようです。

平清盛が大修築した大輪田の泊、後の兵庫津です。

巨大なドックが見えてきました。1905年創業の三菱重工業です。かつて神戸は大型船舶を建造する先端産業の街として人々が集まり発展をしました。

    

遊船に一里来し海顧る  誓子

ふり返ると、ポートタワーや海洋博物館、ビル、街並み、六甲の山々が「起こし絵(夏の季語)」のよう。

和田岬と、釣人もいる第一防波堤の赤い西灯台の間を抜けると、外海です。波は静かで空はまっ青なのに、冬霞がかかっていて、淡路島もぼんやり。明石海峡大橋も残念ながら見えません。

空港島にゆっくり近づいていきます。時間を合わせているのか、西の空から旅客機が降りてきました。

遊覧船は空港島の手前で転回し、ポートアイランドⅡ期の岸壁に沿って港に戻ります。

   

「神戸港」の文字の書かれた白い東灯台を見ながら、ポートアイランドⅠ期の岸壁へ。

1981年完成した海上文化都市ポートアイランドはどこかの外国のような島でした。中央部分は緑の中に個性的なファッションタウンのビルが建ち並び、国際会議場・市民広場・ホテル・展示場・ホール・スポーツセンター、お洒落なマンション群やレストラン街。外周のコンテナターミナルにはずらり並んだガントリークレーンが次から次とコンテナを積み下ろしし、活気に満ちた若々しい街でした。

あれから35年、街は震災に遭い、樹木はたくましく生い茂っていますが、ビルも住む人々も齢を重ねました。

コンテナ船が大型化して、ポートアイランドⅠ期西側にあったコンテナターミナルは水深の深いポートアイランドⅡ期や六甲アイランドに移り、跡地には3つの大学が新築移転され、学生たちで賑わう美しいキャンパスに生まれ変わっています。

遊船の人に手を振り答へ見る  立子

遊覧船に手を振ってくれる女子学生たちもいます。

窓辺に戸田恵梨香がたたずむ白いみなと異人館、赤い神戸大橋を横目に見て、新港突堤、メリケンパーク、中突堤に戻り、かもめりあの桟橋に帰港。デッキで立ちっぱなしの45分間でしたが、楽しい船旅でした。

ゆるやかに帆船はひりぬ秋の汐  虚子

神戸ポートキッチン

ちょうどお昼。昔のまま残っている中突堤中央ビルの横を抜け、12時15分、予約をしていた神戸ポートタワーホテル2階の「神戸ポートキッチン」へ。バイキング・ランチです。

平日ですが客でいっぱい。中国からの旅行者らしい団体客の賑やかなこと。わがグループの席は窓際です。

地元産の野菜などを使った和・洋・中の出来たての料理は美味しそう。茹で蟹もどんどん厨房から運んでいます。各自セルフで皿に盛って、飲物を注文。港巡りで冷えた体に「温め酒」、の句を考えていましたが、今日は予想はずれ。幹事さん、メンバーに確認して、

「瓶ビール6本、お願いします」

  

作家・村上春樹のデビュー作は、1970年夏の芦屋・神戸らしい街を舞台にした1979年の「風の歌を聴け」。丸谷才一や吉行淳之介の高い評価で群像新人賞を獲得しましたが、バタくさい、アメリカの翻訳小説のようと、芥川賞は逃しました。いまや世界の村上春樹となり、この小説も現在までに200万部ほど売れているようですが、評価は、「よくわからない」「ビールを飲むシーンが多いので、ビールが飲みたくなる」…。

神戸は彼が高校生活を過ごした街で、地元には熱烈なファンがいる一方、「村上春樹はまったく読まない」と、そっけないのも神戸っ子。芦屋の中学校の後輩、映画監督・大森一樹は、1981年に神戸の街や港でロケし、「風の歌を聴け」を映画化しています。

ビールでほろ酔いの昼の宴に、つきひさんから近況報告。

ひとつは、親しかった元同僚の遺句集のこと。もうひとつは、ご自身の郷里、美作に建てた句碑のこと。句碑に選んだ句は、

ふるさとの みどりの中の 熟睡(うまい)かな 

満腹し、昼寝をしたいところですが、句会の時間が近づいてきました。デザートと濃いコーヒーをいただいて、句会場に移動。

栄町・元町

ホテルを出て北に歩き、今回の句会場のまちづくり会館のある元町通4丁目に向かいます。

元町通の手前が栄町通。最近はマンションが目立つようになりました。栄町は1873年の神戸築港計画により整備された街。1910年には一面御影石の舗石道路に改築され、神戸市電が通り、銀行や商社、船会社が建ち並ぶビジネス街。前に国際貿易港、後ろに兵庫県庁、東に居留地、西に神戸駅、湊川神社、裁判所、神戸市役所(当時は相生町や橘通にあった)。まさに神戸のメインストリートでした。

神戸開港から50年後、今から100年前の1917年には、神戸に三井、三菱を凌駕する巨大企業ができあがっていました。総合商社・鈴木商店です。鈴木商店の本店はかつて栄町3丁目にあり、鈴木の本宅も栄町4丁目。作家・城山三郎は1964~1966年、大番頭・金子直吉(1866―1944)と鈴木商店の栄枯盛衰を描くノンフィクション「鼠―鈴木商店焼打ち事件」を書きました。

初夢や太閤秀吉奈翁(ナポレオン) 白鼠

生きのびる心に生きぬ秋の風 片水

1918年に全国で米騒動が起きます。8月に神戸の群衆は湊川公園から新開地へ向かい、鈴木旧本宅と東川崎町1丁目の元ミカドホテルに移転していた鈴木商店本店を焼打ちします。焼打ちの後、鈴木商店は最盛期を迎えますが、9年後の昭和の大恐慌で倒産。神戸製鋼所・帝人・IHI・昭和シェル石油・双日などは鈴木商店の流れを汲む会社です。

1914~1918年に第一次世界大戦、1917年にロシア革命、1921年に神戸で川崎・三菱造船所争議が起きています。神戸には社会運動家・賀川豊彦や多彩な顔を持つ実業家・松方幸次郎がいました。

城山三郎の「鼠」には、金子直吉の詠んだ俳句も登場します。初め「白鼠」、後に「片水」の俳号に変えています。

 開港150年句会――――――――――

   

午後1時30分、元町4丁目の商店街に面したこうべまちづくり会館に到着。6階の第2会議室が今日の句会場。西面と北面に斜めのガラス窓のある明るいペントハウスのような小部屋です。

午後2時までに、各自5枚の句を書いた短冊を提出し、短冊をばらして選句表に清書します。

清書した選句表を、受付の事務所で人数分コピーします。

この間に、つきひさんから差し入れていただいた栗入り餡餅と蛸煎餅、自販機で買ってきた飲物が配られ、一息入れます。

全員に選句表を配付し、午後2時30分から15分間で、今回は各自、自作以外の気に入った6句を選びます。特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者12名の総点数84点の争奪戦です。

午後2時45分、つきひさんの進行で、特選句から順番に選んだ理由も挙げながら発表。64句全部に点数が付けられて作者が明かされます。

獲得点数により順位が決定。句会は午後4時過ぎに終了しました。

選句の発表

今日できた名句を一挙ご紹介。句の数字は句会での得点、は特選句です。

一風

秋の日にどの入口でも老人証      ②

タワーから海をみつめて秋惜しむ 

船の上おしゃべりはずむそぞろ寒    ①

鼓塔抱いて聳える秋の山 

ブラジルへ発つ人も見た秋の空     ⑤

さくら

六甲の紅葉より濃しタワーの朱      ②

短日の光集めし朱のタワー        ③

秋光や港の歴史遊覧船 

冬温し潜水艦は陸上に                            ②

初物の蟹お代わりすランチかな 

蛸地蔵

山みどり港はブルー街は秋                     ②

山脈(やまなみ)の裾に広がる街の秋 

震災を遠くに偲ぶビイコウベ                 ①

秋日和船旅思い波止場行く 

潮風をかすかに留め秋湊                        ①

だっくす

秋天を突くかに聳ゆポートタワー         ②

冬霞六甲の山ぼんやりと 

秋日和ドックに休む潜水艦 

秋の海船行く先に波光る                        ②

セーターに残る潮の香余韻かな             ②

つきひ

秋日濃き立体文字のBE KOBE       

冬ぬくしレトロに動く展望台                   ②

起こし絵の街引き離し出航す

秋晴や水平線はばら色に                       ③

海上都市飛機着陸す秋日和                   ①

稲村

ループバス元町みなと秋を行く             ①

秋の空タワー赤色海の青 

秋うらら今日は海路の句会かな 

ベイクルー航跡光る秋の海                    ①

時は秋商店街は冬モード 

どんぐり

秋うららクルージングは帆をたたみ     ⑤

潜水艦一部覗かせ冬近し                       ④

六甲山縦走起点冬霞                              ②

秋潮の縦横無尽長長し 

頬被して突堤に魚釣る                           ③

身にしむや喪中葉書突然に

秋晴れにポートタワーつっ立てり 

秋みなと行きかう船とさざ波と 

秋みなと潜水艦が休んでる 

降りてゆく秋のみなとに飛行機が 

播町

タワーほど足長き人霧笛呼ぶ                  ②

ついきのふの艀溜りに冬鴎                     ④◎◎

港のむかし鳥瞰すれば鳥渡る          

今朝の冬波にちゃぷちゃぷ遊覧船 

望郷も追慕も秋の港ゆえ                        ⑧◎◎

ひろひろ

秋雨よ夜に降れよと運動会                     ①

最高だ船々異人神戸秋 

神戸開港百五十秋深し 

へるめん

桐一葉海岸通りのわが青春                    ①

秋うららポートタワーの下に立つ 

爽やかや舳先の集いランダムに             ②

なめらかに瀬戸の潮路や秋惜しむ         ⑤

遺句集や海には海の秋の声                    ⑥◎◎

見水

BE KOBEメリケンパーク小春風 

遊船の客の後追う冬鴎 

寄港地の街の背山薄紅葉 

茹で蟹の殻山盛りに昼の宴                    ③

元町に波止場のなごり冬温し                ②

弥太郎

秋の海昭和を語る信号所                       ②

ろまん亭

いくせいそうポートタワーで赤か朱 

べーコウベ何するやらしない秋 

秋日和150年神戸みなと 

バイキング君も満ぷく我も秋 

カニしゃぶり句ができないし昼寝あと 

高得点句

 

本日、高得点を獲得した句は、

望郷も追慕も秋の港ゆえ 播町⑧◎◎

齢を重ねるたびに望郷や追慕の思いが深まります。

遺句集や海には海の秋の声 へるめん⑥◎◎

遺句集の話を聴けばなお一層さみしい秋です。

ブラジルへ発つ人も見た秋の空 一風⑤◎

神戸の絶景を目に焼き付けたことでしょう。

秋うららクルージングは帆をたたみ どんぐり⑤

いい天気に恵まれ、快適な港めぐりでした。

なめらかに瀬戸の潮路や秋惜しむ へるめん⑤

防波堤の沖に出ても波静かな秋の海でした。

ついきのふの艀溜りに冬鴎 播町④◎◎

はしけ溜りがあった頃の港が懐かしい。

潜水艦一部覗かせ冬近し どんぐり④◎

修理中ですが不安もよぎるご時世です。

表彰式

 

表彰式です。優勝は同点3名で、どんぐりさん(14点)、播町さん(14点)へるめんさん(14点)。優勝者3名で総点数84点の半分を獲得しました。

他のメンバーの得点は、一風さん(8点)、さくらさん(7点)、つきひさん(7点)、だっくすさん(6点)、見水さん(5点)、蛸地蔵さん(4点)、稲村さん(2点)、弥太郎さん(2点)、ひろひろさん(1点)、ろまん亭さん(0点)、英さん(0点)。

今回の賞品は、幹事さんがポートタワーの売店で選んだ神戸のお土産です。

 

1位  開港150年記念賞    メリケン焼酎

1位  中突堤賞            牛肉ちりめん詰合せ

1位  ハーバーランド賞   神戸の味詰合せ

4位                        開港150年コーヒー+神戸北野カレー

5位                        開港150年コーヒー+神戸北野カレー

5位  当日敢闘賞            神戸牛肉味噌

7位                        開港150年コーヒー+神戸北野カレー

8位                        開港150年コーヒー+神戸北野カレー

9位                        開港150年コーヒー+神戸北野カレー

10位                       ―

10位                       開港150年コーヒー+神戸北野カレー

12位                       ―

13位 ブービー賞        神戸牛肉味噌

13位                        開港150年コーヒー+神戸北野カレー

女性軍対男性軍では、女性軍5名の得点が48点、男性軍7名の得点が36点で、女性軍に軍配。

午後4時30分、会場を出て、夕暮れの元町をぶらぶら歩き、散会しました。

冬凪にタンカー波を立てず航く  播水

 

今回の事前準備と幹事の一風さん、お疲れさまでした。

来年は兵庫県が7月に県政150年、国も10月に明治改元150年を迎えます。NHK大河ドラマも「西郷(せご)どん」。

来春のわが句会はどこに行きましょうか。候補地募集中です。

 

2017.11 写真/romantei ,文・イラスト/mimizu

 

 

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2017=北野工房寄り道句会

2017-04-27 | 吟行句会

  惜春の 神戸山の手 ぶら歩き

 

樟も蘇鉄もハッサム邸もみどりの雨 橋 閒石

第25回神戸RANDOM句会は、「北野工房寄り道句会」。つつじの名所・相楽園を散策したあと北野工房のまちでろうそくの絵付けに初挑戦し句を作ります。

前日の雨も上がり、句会の4月27日(木)は快晴です。

集合は午前9時、兵庫県庁ロビー。県庁職員の出勤風景を見ながら、全員が揃うのを待ちます。

本日の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、どんぐりさん、へるめんさんの女性5名。男性は一風さん、蛸地蔵さん、稲村さん、播町さん、ひろひろさん、見水さん、弥太郎さん、蝋芯さん、ろまん亭さんの9名で総勢14名。常連の英さんは所用で今回欠席。

「海側はマンションで見えへんけど、今日の山はきれいや」

早く着いたひろひろさんは庁舎13階からの展望を楽しまれました。

つつじ遊山・相楽園――――――――――――――

 

出発。庁舎を山側に出て道路を渡ると、豪壮な相楽園の正門。平日なので入園者は少ないようです。

4000株のつつじの花が見頃となる4月22日から5月7日まで「つつじ遊山」を開催中です。

相楽園は、神戸で事業に成功を収めた三田藩士・小寺泰次郎氏が1911年に完成させた2ヘクタールの庭園と邸宅を1941年に神戸市が譲り受けた都市公園。 

つきひさんは、この相楽園で吟行した平成2年の三都市俳句大会のことを鮮明に覚えています。

選者は橋閒石氏。当時の肩書きは白燕主宰。英文学者らしい端正な紳士で、御年87歳。

緑陰に賢なる人ら語らへる

樟も蘇鉄もハッサム邸もみどりの雨

樟若葉仰ぎ大きくよろめきぬ

の3句が当日の閒石先生の御句でした。

入園して目に入るのが、蘇鉄の林と大きなクスノキ、そして、手入れの行き届いたつつじ。

通りがかりの人にシャッターをお願いして、全員並んで集合写真。

相楽園会館

坂を上ると、西側に相楽園会館が一望。相楽園会館は1945年6月の神戸大空襲で焼失した小寺家の本邸「樟風館」跡地に神戸市が1963年に建てた迎賓館。完成当時は市長執務室もあり、原口忠次郎、宮崎辰雄市長の時代には、ここで神戸市の予算編成作業・市長査定が行われていました。最近はあまり使われなくなっていたため、今年度耐震改修し、来年度から民間事業者に運営委託して集客施設に活用する予定だそうです。

3月まで放送されたNHK連続テレビ小説「べっぴんさん」は神戸のベビー子ども服メーカー・ファミリアの創業者の女性がモデルでしたが、社長室やホテルとしてロケに使われました。

旧ハッサム住宅・旧小寺家厩舎

 

2週間限りで公開されている旧ハッサム住宅を見学します。

旧ハッサム住宅は1963年に北野町から移築保存された重要文化財の異人館。窓が開け放たれて外の新緑が美しく、案内係員がいて2階建ての豪邸内を見て回れました。

ここも「べっぴんさん」のロケに使われ、ドラマを見た人は「あ、そうそう」と興味深げ。

前庭には、1995年1月の阪神・淡路大震災で落下した煉瓦の煙突も保存されています。

東隣には神戸大空襲で焼失をまぬがれた旧小寺家厩舎があります。建物は閉鎖されていますが、神戸地方裁判所なども設計した河合浩蔵氏の設計で重要文化財。壮麗な凝った造りです。

日本庭園

   

日本庭園に向かいます。入口をくぐると別世界。鯉の泳ぐ池を一周しますが、アップダウンがあって、滝を見ながら川を渡ったり、石のトンネルをくぐったり、見晴らし台にあがって四阿で休憩したり、ビルの谷間にいながら山奥に迷い込んだ感覚が味わえる遊び心たっぷりの庭園。

池のほとりには重要文化財で金の装飾が美しい漆塗りの船屋形(江戸時代前期に建造され姫路藩主が河川で遊覧に用いた川御座船の居室の屋形部分)が移築され、茶室「浣心亭」も配置。

日本庭園をぬけると芝生広場。和菓子屋さんが出店し柏餅やどら焼きを販売。わが先客につられてしばし一服。 

「10時30分に北野工房2階やで」

集合時間と場所を確認しあって、相楽園を出ます。

 

思い出のまちを歩く――――――――――――――

この近くで20年近く暮らした一風さんと、寄り道をしながら北野工房に向かいます。

相楽園を北にあがると諏訪山公園。毎日登山の会のメンバーだった一風さんは毎朝出勤前に諏訪山公園から再度山まで登って神戸の街並みを眺めたとのこと。毎日登山は居留地の外国人が始め、神戸で広まった神戸発祥の習慣。諏訪山公園は灘区の王子動物園の前身で、園内には動物園のなごりもまだ残っています。

神戸市職員寮の「諏訪山寮」もこのあたりでした。新規採用された若い職員はここで市役所生活最初の数年間を過ごし、独身貴族の青春を謳歌しました。

坂を下って山手の通りまで降りてくると、わがメンバーたちと合流。

「この辺に、冬限定の牡蠣料理専門の料亭「かき十」ってあったよな」

「あったあった、月給の半分出して食べに行ったことあるワ」

良き時代でした。震災後はマンションが立ち並ぶ通りになりました。

新緑の街路樹からは古葉や花蘂がしきりに降っています。北野工房手前の広場では、2~3歳の園児たちが体操服で運動会の予行練習のようです。一瞬、燕が空を横切りました。

絵ろうそくに初挑戦――――――――――――――

 北野工房のまち

「神戸ブランドに出会う体験型工房」の北野工房のまちに到着。

旧北野小学校の廃校により、校舎の面影を残してリニューアルし1998年にオープン。当初は神戸市の外郭団体の運営でしたが、客足が落ち、2013年から公募で民間管理会社の運営に。校庭跡駐車場が海外ツアー客の観光バスに利用できることをPRし、神戸ブランドの専門店をテナントに入れることにより外国人客の呼び込みに成功。2014~2016年度の入館者は連続で100万人を超え、北野町観光の魅力ある拠点としてよみがえりました。

中に入ると、おしゃれな店が並び、若いスタッフが動き回って活気があります。トイレも使いやすくピカピカですが、廊下のきしみや階段の踊り場は小学校の校舎のまま。

集合場所は、2階南端の「和ろうそくkobe松本商店」の向かいの「教室」。

全員揃ったので着席。目の前のテーブルには水の入った筆洗いと10色ほどのアクリル絵具のチューブが4人1組で置かれ、各自の前には小さな筆拭き用の雑巾と牛乳パック再利用の小さなパレットと細筆が1本置かれています。

  

今日は、約30分で「色の変わるキャンドル絵付け体験」。若い女性スタッフが説明してくれます。

芯に火をつけると、まん丸で中が空洞のろうそくが溶け、中からの明かりで色の変わるキャンドル。これに絵付けをします。アクリル絵具は水で溶け、何にでも色が乗り、乾きが早いので失敗せずにオリジナルキャンドルが出来るとのこと。上がピンクのろうそくとブルーのろうそくのどちらかを選び、自由に絵や文字を描きます。恐々始めましたが、すぐに夢中に。できあがりは写真で。

 

北野町山本通・今昔―――――――――――――

11時過ぎにろうそくの絵付けが終わり、北野工房のまちの店をぶらぶら。家への土産のお菓子を選んだり、揚げたてのコロッケを買ったり。平日ですがわれらと同年配の客が大勢います。

昼食・句会場のひょうご共済会館での集合時間は12時30分なので、まだ時間があります。北野町山本通にも少し寄り道して吟行です。

異人館の画家

播町さんは若い頃に山本通に2年間住んだことがあり、そのとき「異人館の画家」として知られる小松益喜さん(1904-2002)が絵を描いている姿を見ています。

小松益喜は、高知出身で東京美術学校西洋画科を卒業。上海事変への出兵反対運動に参加して検挙され、実家に戻りますが、1934年、30歳で東京に戻る途中、神戸の街並みに魅せられ、神戸に定住して制作の拠点としました。阪急六甲駅の西にアトリエのある家がまだ残っていたように思います。

戦前にいくつも大きな賞をとり、山本通1丁目に屋敷のあった美校の1年先輩の小磯良平から親切を受けています。妹尾河童の「少年H」にも声が大きくて優しい絵描きとして登場します。

戦後は異人館の街を描くことに熱中します。高度経済成長期の相次ぐ異人館の取り壊しやその後の保存運動に立ち会い、「風見鶏」ブームの後、1980年にこの地区は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されますが、ここに暮らす外国人は少なくなり、観光化・商業化がすすみ、街の風情は失われてゆきます。小松益喜は、全国的には無名ですが、失われていく神戸の街を描き続けたかけがえのない画家です。

 

三鬼館

露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す 西東三鬼

異人館といえば、戦中戦後の5年間をこの街で暮らした俳人の西東三鬼がいます。

西東三鬼(1900-1962)は、岡山県津山出身の新興俳句運動で活躍した歯科医。1940年8月に京大俳句事件に連座して検挙され、執筆活動停止を条件に起訴猶予となり、1942年に妻子を東京に残し単身で神戸(中山手通2丁目)に移住。翌年、西洋館(山本通4丁目、通称・三鬼館)に移りました。

彼は著書『神戸・続神戸』に書いています。

「そもそも私が神戸という街を好むのは、ここの市民が開放的であると同時に、他人の事に干渉しないからである。誰がどんな生活をしていようと、どんな趣味を持っていようと、それはその人の自由であるとする考え方が、私の気性にあうのである。」

戦後1947年には石田波郷・神田秀夫と現代俳句協会を設立。1948年には山口誓子とともに「天狼」を創刊。その後神戸を離れ、海村の加古郡別府町で10か月暮らし、隣町・高砂の永田耕衣と懇意になりますが、大阪女子医大附属香里病院への就職を世話され寝屋川に移住。1952年に主宰誌「断崖」を創刊。1956年に病院を辞職して東京に帰り、14年間の関西暮らしが終わります.

海外移住と文化の交流センター

 

弥太郎さん、播町さんはトアロードの坂をあがって、山本通3丁目の黄色い5階建ての「海外移住と文化の交流センター」に到着。1928年に開設された神戸移住センター(当時は国立移民収容所)です。

1971年に閉鎖されるまでの40年間に、海外移住の基地として、南米を中心に20万人の移住者を海外に送り出しました。1935年の第1回芥川賞受賞作・石川達三の小説『蒼氓』(そうぼう)の舞台です。

震災後、売却も検討されたようですが、ブラジルの在留邦人会から保存の陳情が寄せられ、神戸市は、わが国に唯一現存する移住関連施設・旧神戸移住センターを海外移住の歴史と意義を後世に継承し多文化共生の拠点施設として再整備し残しています。

日本はもともと、まことに小さな国でした。戦後、多くの日本人は農漁村から都会へ移り、故郷を捨てることで貧しさから抜け出しました。海外移住をする家族は、この建物で最後の数日間を過ごし、潮騒の満ち来る港を眺めて海彼の夢を誘い、国を捨てて渡航してゆきました。

成功した幸福な家族は多いでしょうが、1970年頃にテレビ放映された海外移住に失敗した悲惨な家族のドキュメンタリーの映像はいまも記憶に残っています。

今日は、建物の前でブラジルの国の花・イペが黄色いきれいな花を咲かせていました。

ひょうご共済会館

12時30分、昼食・句会場のひょうご共済会館のロビーに全員集合しました。

見水さん、預かっていた前回の海峡スケッチ句会のスケッチ作品を皆さんに返します。半年ぶりのわが力作とのご対面です。

さあ、お楽しみの昼の宴です。広くて明るいレストラン「あじさい」。

テーブルには各自の席の前に御品書きが置かれ、気合いの入った料理が次々と運ばれてきました。

来る途中で確かめましたが、ひょうご共済会館の北隣には、テレビでよく紹介される神戸の三ツ星レストラン、スペイン料理の「カセント」がありました。ここのシェフも少し気になるでしょうね、おしゃれな演出の中華料理です。(穴子は出てこなかったと思いますが)。 

ビールで酔いが回ります。句のことは忘れましょう。積もる話題をあれこれ。

あっという間に時間が過ぎ、句会の時間が近づきます。

「出句締め切りは2時15分の予定やったけど、1時45分にしよか」

「無理や、2時にして」

神戸山手句会――――――――――――――――

  

午後1時30分過ぎ、句会場の2階の会議室「あやめ」へ全員移動し、句会の始まりです。

午後2時までに、各自5枚の句を書いた短冊を提出し、短冊をばらして選句表に清書します。

清書した選句表を、受付の事務所で人数分コピーしてもらいます。

この間に、つきひさんから差し入れていただいたこし餡・粒餡の柏餅と飲物が配られました。

「相楽園でこしあん食べたんで、粒あんいただくワ」。一息入れます。

全員に選句表を配付し、午後2時30分から15分間で、今回は各自、自作以外の気に入った6句を選びます。特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者14名の総点数98点の争奪戦です。

午後2時45分、つきひさんの進行で、特選句から順番に選んだ理由も挙げながら発表。今回はメンバー14人の特選句が分散し重なりません。1点句もすべて発表し、70句全部に点数が付けられて高得点句から順に作者が明かされます。

すべての作者が明らかにされ、獲得点数により順位が決定。句会は午後4時過ぎに終了しました。

 選句の発表

今日はどんな名句ができたでしょうか。句の数字は句会での得点、は特選句です。

一風

山のごと丸み帯びたるつつじかな ①

べっぴんのロケ地をぬける春の風 ③

薫風や池の水面の輝けり 

つつじ咲く池のほとりに船屋形 ①

句づくりに励みつ急ぎ穴子食う 

さくら

楠若葉未来へ伸びる市民の木 ②

風光る粋を池畔に舩屋形 ②

白昼夢誘ふ薫風船屋形 ⑤

逝春や犬への供養和ろうそく ③

若葉風自撮り棒挙げエトランゼ ①

蛸地蔵

大樟の若葉揺らして香り来る ②

春が行くけだるき様の街人や ①

絵ローソク筆持つ手先に春風や 

若葉風輝く街のエトランゼ 

若葉風輝く街に汽笛あり 

だっくす

夏近し風吹きぬける異人館 ②

のどけしや黒白斑の鯉寄り来 

名園の池を巡れば亀の鳴く 

キャンドルの絵付け苦手や春暑し 

園に憩ひ工房に絵を描く四月 

つきひ

葉桜やフランス窓を明け放ち 

新緑に金放ちをり船屋形 ③

地球のやうならふそくに描くチューリップ ④

春惜しむアクリル絵具混ぜながら ②

佐保姫の切絵遊びや飛花落花 

稲村

雨あがりつつじの色香きわだちぬ ③

春の庭名木樟は何思う 

船屋形若葉に映えて輝けり ②

北野にてローソク絵付け春を描く 

ランダム会北野の坂は若葉道 

どんぐり

文化財なる異人館花水木 ①

鯉の子の群れて口開け風光る ①

庭園の随所に松の緑かな ①

運動会予行演習春落葉 

和蝋燭絵付体験若葉風 ③

播町

ハッサム氏たゆたう館つつじ燃ゆ ①

門扉閉づ煉瓦厩舎や花蘇鉄 ④

絵付けして春の光のこぼれ落つ ③

画家の居ぬ坂にキャンバス日永かな ③

春暑し蒼氓の地にイペ咲いて ②

ひろひろ

ビル谷間つつじ遊山や深呼吸 ①

相楽園静寂な音水の春 ①

相楽園柏餅美味皆笑顔 ①

夏隣り神戸関空海と空 

春惜しむ神戸海山恋し街 ③

へるめん

四阿を独り占めして春惜しむ ②

柏餅かつて野点をせし庭で ①

蝋燭の絵付に耽る四月尽 

ヒールこつこつ桜蘂降る北野坂 ②

昼の宴なりたきものは光る風 

見水

庭眩しつつじ赤白咲き始む ④

薫る風館の鎧戸開け放つ ④

薫風に大欠伸するべっぴんさん ③

ろうそくに春の楽しさ塗りこめる ③

燕飛ぶハイカラ神戸坂のまち ⑥

弥太郎

つつじ咲く池のほとりの船屋形 ②

かしわもち売り場にのぼり風に揺れ 

トアロードべっぴんさんに春の風 

新緑の錨山背に坂の道 

イペの花移民史語るミナトまち ⑤

蝋芯

老楠がいだく水面ににしき鯉 ②

くつ音に鯉寄る水ぎわ夏近し ②

相楽園若葉の先にはかしわもち 

ろうそくのしあわせにがさぬ袋がけ 

さつきみちあげたてコロッケもちはしる 

ろまん亭

一重より八重の花のあでやかさ 

舟屋形ぐると若葉もむせかえる 

温かいお茶が良いのか冷菓より 

工房もろうそくに書く競い合い 

和ろうそくともすよりお土産に 

 高得点句

本日、高得点を獲得した句は、

燕飛ぶハイカラ神戸坂のまち 見水⑥◎

海外からも神戸に大勢来てほしい。今年は神戸開港150年。

白昼夢誘ふ薫風船屋形 さくら⑤◎

見事な工芸品のような贅沢な船屋形に見とれました。

イペの花移民史語るミナトまち 弥太郎⑤◎

黄が美しいブラジルの国の花・イペ。情感しみじみ。

地球のやうならふそくに描くチューリップ つきひ④◎

まん丸いろうそくは地球そっくりでした。

門扉閉づ煉瓦厩舎や花蘇鉄 播町④

神戸の百年の歴史が感じられる遺産です。

庭眩しつつじ赤白咲き始む 見水④◎

つつじはまだ満開ではなかったけど満足。

薫る風館の鎧戸開け放つ 見水④

豪華で清々しい旧ハッサム住宅内を堪能。

表彰式

表彰式です。優勝は、見水さん(20点)。続く高得点者は、さくらさん(13点)、播町さん(13点)。以上3名とも提出した5句すべて得点しパーフェクト。

他のメンバーの得点は、次のとおりでした。

つきひさん(9点)、弥太郎さん(7点)、どんぐりさん(6点)、ひろひろさん(6点)、へるめんさん(5点)、一風さん(5点)、稲村さん(5点)、蝋芯さん(4点)、蛸地蔵さん(3点)、だっくすさん(2点)=ブービー賞、ろまん亭さん(0点)。

今回の賞品は、幹事さんが北野工房のまちで選んだ神戸ブランドです。

1位(優勝) 神戸苺トリュフアソートセット   

2位    紅茶 ティーバッグ 小箱3種類  

2位    紅茶 神戸ブレンドリーフ

4位     紅茶 神戸テイスティングボックス 4p×7種類   

5位     紅茶 神戸テイスティングボックス 4p×7種類   

6位     神戸苺トリュフ  

6位     神戸苺トリュフ  

8位    神戸苺トリュフ  

8位     紅茶 ティーバッグ 小箱2種類  

8位     紅茶 ティーバッグ 小箱2種類  

11位    紅茶 ティーバッグ 小箱2種類  

12位    紅茶 ティーバッグ 小箱2種類  

13位        紅茶 神戸テイスティングボックス 4p×7種類   

14位        紅茶 ティーバッグ 小箱2種類  

総点数98点の行方は、女性軍5名の得点が35点、男性軍9名の得点が63点。平均得点はどちらも7点で、今回は珍しく互角の勝負でした。

幹事さんが受付で会計し、メンバーに会費の返還もあり、午後4時30分、会場を出て散会しました。

巨き船出でゆき蜃気楼となる 山口誓子 

今回の事前準備と幹事をしていただいたさくらさん、だっくすさんに心から感謝。

秋の句会はどこにしましょうか。待ち遠しいですね。

 

2017.4 写真/romantei ,文/mimizu

 

    

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2016=海峡スケッチ句会

2016-10-24 | 吟行句会

 

 わくらばや沖には白き鱶あそび 橋 閒石

第24回神戸RANDOM句会は、「海峡スケッチ句会」。明石港から船で海峡をわたり、淡路島の岩屋で野外スケッチに挑戦しようという句会です。

句会当日の10月24日(月)は、雲一つない青空です。

集合場所のJR明石駅へ須磨、垂水、舞子と電車が進むにつれ、車窓の淡路島と明石海峡大橋は姿を変えてゆきます。

この橋の完成を見ずに1992年に89歳で亡くなった神戸高商(現・県立大)・親和女子大英文学教授で、神戸の俳人・橋 閒石の句が浮かびました。

明石~淡路・岩屋のスケッチ―――――

集 合

  

集合は午前8時50分、JR明石駅改札口。

本日の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、へるめんさんと女性4名。男性は蛸地蔵さん、稲村さん、英さん、播町さん、ひろひろさん、見水さん、蝋芯(ろうしん)さんの7名で総勢11名。常連の一風さん、どんぐりさん、弥太郎さん、ろまん亭さんらは所用あり今回欠席。

蝋芯さんは稲村さんに誘われて句会初参加。2004年発行ランダムマガジン第7号の「オータムコンサートin柏原」にフルートの奏者として登場して以来12年ぶりのランダム参加。俳号の「蝋芯」は「蝋のように仲間に溶け込むが、芯を持って生きたい」と命名。歳時記も用意し意気込み十分ですが、今回は温泉・宴会付句会に魅かれたよう。

 胴伸びるときの無想や秋の猫 閒石

JR明石駅を出て淡路島の岩屋への高速船「ジェノバ・ライン」が発着する明石港まで歩きます。中心街は再開発で生まれ変わってお洒落な街に変身。魚の棚まで来ると懐かしい明石です。明石は水産加工業が盛んで、さんまの開きは明石の特産品です。

明石港

 

 

「ジェノバ・ライン」乗り場へ。乗船料は1人500円ですが、幹事さんは11枚綴りの回数券を4,600円で買い(ラッキー!)、全員に配付。

明石港は、マンション群に囲まれながら古い灯台もあり、昔の面影を残しています。湾内には鰯の群れが回遊し、カモメやシラサギが飛び交っています。午前9時20分に出港です。

今朝の元祖・ランダムメンバーの釣師・波平さんのブログを見ると、今日は北北東の風で、潮の流れと風向が逆。明石海峡に近い海域では波が半端じゃないとのこと。船は揺れるのか、絵に描こうとしている海はどんな色なのか、気になります。

高速船

  

 心地よい潮風に吹かれ、エンジン音を聞きながら、大橋をくぐって13分間の船旅。

明石海峡大橋は全長3,911m、中央支間1,991mの世界最長の吊り橋で、主塔の高さは海面上298.3m。1986年に着工し、建設費は約5,000億円。1995年に阪神・淡路大震災が起きますが、1998年に完成し開業しました。

淡路島側の橋付近の岬と浜はかつて松帆の浦と呼ばれました。古くから潮待ち・風待ちの地で、歌枕になっており、藤原定家が小倉百人一首に自ら選んで入れた歌は有名です。

 来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ

岬の西方には1871年に設置された江埼灯台があります。

船のデッキでは、自転車ツーリングのカップルがしきりとカメラのシャッターを切っています。午前9時33分岩屋港着。

道の駅あわじ

岩屋港で本日の温泉入浴・昼宴会・句会会場となる旅館淡海荘の送迎バスが待ってくれていました。奇岩の絵島をちらっと見て、海沿いの道を松帆アンカレイジパーク「道の駅あわじ」へ。午前10時に到着。淡海荘とは隣接しています。

 

これから1時間半~2時間で、全員分100円ショップで調達した同じ画材(B5サイズのスケッチブックと18色のクレヨン)で野外スケッチを1枚描き、俳句を5句作るのが本日の課題。

11人分の画材を準備したのはさくらさんですが、1つの店では揃えられず他の店も回って探し、今日も重いのでキャリーケースに詰めて運んできました。

 水澄むや空に聳ゆるものばかり 閒石

蕪村や子規など絵心のある俳人はいますが、今日のメンバー、野外でクレヨンを使うのは小学校以来何十年ぶり。最初に、公僕らしく見水さんが画像を元に描いたクレヨン画を見せ、メモを配ってミニアドバイス。

 ★100円ショップのクレヨンで描く風景スケッチ画の基礎の基礎5か条★

  ①   安全で落ち着ける場所を確保します。

  ②    描きたい「構図」を決めます。

  ③   下描きをします。

  ④    クレヨンで悪戦苦闘します。

  ⑤   仕上げをします。

月曜日の午前10時なので、広い公園は人もまばら。それぞれ元気よく場所選び。海の近くは強い潮風が吹いています。

 海見ゆと青き林檎の下をゆく 閒石

松帆アンカレイジパーク「道の駅あわじ」は、明石海峡大橋の真下に広がる公園。アンカレイジは吊り橋の両側の重しで、本州側は舞子にあります。この公園から見上げる橋と行きかう船の眺めは素晴らしく、また工事で使われた機材をモニュメントとして展示。パーク内の「道の駅あわじ」には、食事コーナーや土産物コーナーがあります。

食事コーナーでは、生しらす丼、海鮮丼、淡路牛バーガー、淡路島玉ねぎの料理が好評。土産物コーナーでは、海産物や玉ねぎ、ビワなどの農作物と、それらを使った食品やお菓子を販売。

農作物の販売所をのぞくと、「特選玉ねぎは完売致しました」の表示が出され、収穫したばかりの新米やサツマイモが並んでいます。

 

 秋潮に靴濡し来て花を買ふ 閒石

幹事のさくらさんとだっくすさんは、早速、土産物コーナーで賞品選びをされていました。

30分ほど吟行を兼ねて歩き回り、気に入った場所に落ち着き、絵を描き始めます。

午前11時を過ぎた頃から、だんだん客が増えてきて、絵を覗き込む人もいます。

「お絵かきですか。いいですね」

「下手ですけど、今日はそんな集まりなので」

やはり悪戦苦闘。

蝋芯さんが立ち寄り「午前11時30分からの淡海荘の温泉入浴に行く」というので、こちらも片付けて淡海荘へ。

淡海荘

岩屋温泉の淡海荘は、眼前に明石海峡大橋が臨め、風呂や部屋から、刻々と移り変わる雄大な光景が楽しめる旅館。本日の昼はわがメンバーだけの貸切のようです。

部屋に荷物を置き、タオルを受け取って男湯へ。露天風呂もあります。最初は蝋芯さんだけでしたが、播町さん、ひろひろさんも入ってきました。

 

12時、全員が集まり、豪華昼食。部屋には「海客萬来」の額が掛けられ歓迎してくれています。

料理は淡路島の新鮮な刺身や天ぷら、玉葱と淡路牛のすき焼き風ひとり鍋も盛り込まれ、夕食並みのボリューム。ビールで乾杯。

 秋茄子に目のない男ゆめを見ず 閒石

青空の下、歩き回ってお絵描きをし、温泉にも入ったので、アルコールも口もよく回ります。

今年の夏の異常気象や先日の鳥取地震、亡くなった平幹二朗の話などで盛り上がり、句会初参加の蝋芯さんの近況報告に。

蝋芯さんは子供の頃から本格的に音楽を学び、趣味でフルートの演奏を続けています。最近、5年がかりでブラームスの大曲「ドイツ・レクイエム」を翻訳し、熊本や東北の被災者に思いを届けるコンサートに取り組んでいることはマスコミでも紹介されました。「句会で言葉を磨きたい」と今回の抱負を語ります。

 ひとつ食うてすべての柿を食い終わる 閒石

淡海荘句会――――――――――――

 午後1時に、宴会場の隣の句会場へ全員移動し、句会の始まりです。

午後1時15分までに、スケッチ画と各自5枚の句を書いた短冊を提出し、短冊をばらして選句表に清書します。

清書した選句表を、受付の事務所で人数分コピーしてもらいます。

全員に選句表を配付し、午後1時45分から15分間で、今回は各自、自作以外の気に入った5句を選びます。特選1句2点、その他4句は1点で、各人の持ち点は計6点。参加者11名の総点数66点の争奪戦です。

 

午後2時、つきひさんの進行で、特選句から順番に発表。作者も明かされます。

珍句・迷句にはテレビ番組の「プレバト」のような応酬で爆笑。句会は午後3時過ぎに終了しました。

熱いお茶と、つきひさんからの差し入れの和菓子で一息入れ、各自が描いたスケッチ画を並べて、しばし鑑賞会。どの絵ものびのびした味のあるいい出来です。これから皆さん野外スケッチがやみつきになるかも。

 

 蝶になる途中九億九光年 閒石

 

名画・選句の発表

今日はどんな名画と名句ができたでしょうか。句の数字は句会での得点、は特選句です。

ひろひろ

 

八十姉(やそねえ)やお祝句会深し秋 

びり競う友欠席や秋句会 

明石港鰯大群待つかもめ ②(数字は句会の得点)

架橋・船一衣帯水淡路秋 

明石蛸足をつないで架橋なり 

 

蛸地蔵

 

海峡の潮風浴びて秋日和 ①

秋日和海と大橋天晴れや ①

秋日和松帆の浦の今昔 ①

秋空を切り取る大橋レジェンド 

千鳥鳴く淡路の秋はいづこかな 

 

さくら

 

秋うららリュックに画材と句集入れ ③は特選句)

風を連れて淡路へ明石の門 ②

スケッチに心踊るや野菊晴 ③

薄紅葉淡路の山は高からず 

秋空にぶら下がりをり観覧車 ①

 

へるめん

 

古灯台確(しっか)と明石の浦の秋 ①

海の碧(あお)深めて秋の風わたる ⑧◎◎◎

瀬戸の海碧く玉ねぎ天甘し 

秋風や見えぬあたりが友が島 

クレパスの色を重ねて秋岬 ③

 

 

行商の明石のさいら在りし日に 

今わずか播淡の海秋の鯖 

秋澄めり明石海峡橋わたす 

淡路島海の向こうも秋模様 

山の秋須磨と舞子を別けにけり ②

 

見水

 

仰ぎ見る塔すっくりと天高し ④

大橋を花道にして秋祭 ③

玉葱は完売しました道の駅 ②

生しらす丼食ふ秋の海青し ③

対岸の街ハロウィーン一色に 

 

蝋芯

 

ともがきと海峡わたり新酒もり 

主夫の座に就いて走るや収穫祭 

今年からスマホでさがすきのこ狩り 

弦月の糸弾く姫見あかくなり 

菊の香をあてにのみたい明石城 

 

だっくす

 

天高し淡路島まで船の旅 

秋風や潮の香つよく肺にまで ①

秋風や潮の香あびてスケッチす 

秋茄子の色よく煮られ湯気の中 ③

吸物に松茸少し香りたる ①

 

つきひ

公僕の互いに老いて旅紅葉 

秋惜しむ十二分間乗る船に ②

秋潮や赤きタンカーゆっくりと ④

クレヨンで描き切れない秋の潮 ⑧◎◎

秋潮を眼下にしたる句会場 

 

稲村

 

淡路島久し振りだな秋句会 

秋の風船旅句会またよろし ①

天高し大橋くぐって岩屋港 ①

道の駅まず新米に眼が光る 

猛暑がうそのようだね秋の浜 ①

 

播町

エンジンの音騒がしき島渡船 ①

海の碧(あお)秋天の蒼(あお)橋渡る ②

秋日濃しむかし夢見し灯台守 

橋描いて空と海とに秋の色 

秋空へ釣糸投げる代休日 ①

 

高得点句

本日、高得点を獲得した句は、

海の碧(あお)深めて秋の風わたる へるめん⑧◎◎◎

 秋の澄んだ爽やかな風が海の色をますます青くするすがすがしい一句。

クレヨンで描き切れない秋の潮 つきひ⑧◎◎

 晴れわたる秋空の下、美しく変化する海はクレヨンでは描き切れません。

秋潮や赤きタンカーゆっくりと つきひ④

 青い海に赤いタンカー。童心に戻って楽しんでいます。

仰ぎ見る塔すっくりと天高し 見水④

 道の駅あわじから見上げるスマートな橋の主塔の絶景。

 

3点の句も、いい句が並びました。

秋茄子の色よく煮られ湯気の中 だっくす③

秋うららリュックに画材と句集入れ さくら③◎

スケッチに心踊るや野菊晴 さくら③◎

クレパスの色を重ねて秋岬 へるめん③

生しらす丼食ふ秋の海青し 見水③

大橋を花道にして秋祭 見水③◎

 

表彰式

 

表彰式です。優勝は、つきひ(14点)さん。続く高得点者は、へるめんさん(12点)、見水さん(12点)。

他のメンバーの得点は、次のとおりでした。

さくらさん(9点)、だっくすさん(5点)、播町さん(4点)、蛸地蔵さん(3点)、稲村さん(3点)、英さん(2点)、ひろひろさん(2点)=ブービー賞、蝋芯さん(0点)。

今回の賞品は、道の駅あわじで選んだ淡路島特産品です。

  1位(優勝)  :牛肉めしの素

  2位     :鯛めしの素

        :玉葱ラーメン

  4~6位  :オニオンスープ

  7~9位  :淡路のジャム

  ブービー賞 :鯛めしの素

  11位           :淡路のジャム

総点数66点の行方は、女性軍4名の得点が40点、男性軍7名の得点が26点。大差をつけて女性軍圧勝です。

午後3時30分、幹事さんは受付で会計、各メンバーは賞品を提げて淡海荘の玄関へ。送迎バスの運転手さんに全員集合写真を撮ってもらい、岩屋港へ。

 

岩屋港で見かけた釣人の竿は鰯が入れ食いでした。

午後4時に岩屋港を出港し明石港へ。午後4時30分に明石で解散。有志で魚の棚の明石焼き店へ。

 階段が無くて海鼠の日暮れかな 閒石

初参加の蝋芯さんは「あっという間の一日。楽しかった」と感想を一言。

今回の事前準備とハードスケジュールの幹事をしていただいたさくらさん、だっくすさんに心から感謝。ハロウィーンも終わり、冬に向かって寒くなりますが、来春の句会はどこで何を…待ち遠しいです。

 ふるさとへ続くこの道秋の風 閒石

 冬の橋着飾ってこそ渡るべし 閒石

2016.10 写真/bancho, mimizu 文/mimizu

 

 

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2016=夏の神戸ワイナリー句会

2016-06-25 | 吟行句会

 朝刊を大きくひらき葡萄食ふ 波郷

第23回神戸RANDOM句会は、「夏の神戸ワイナリー句会」。神戸市西区の神戸ワイナリー(農業公園)で陶器の絵付けとバーベキューの吟行です。

神戸市立農業公園の開園は1984年。それから32年、阪神淡路大震災や平成不況を経て、神戸ワイン城はどう変わったでしょうか。

今回は日曜日。朝刊をチラッと眺め、家を出ます。本日の天気予報は曇りのち雨。向かう電車から空を見ると、すこし青空ものぞいています。

 水をはると水田はうつくしほととぎす 井泉水

 

ワイナリーぶらある記―――――――

 

                                                              ―神戸ワイナリーHPより転載―

集合は6月12日(日)午前9時40分、神戸市営地下鉄西神中央駅の改札口。

本日の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、へるめんさんと女性4名。男性は一風さん、蛸地蔵さん、英さん、播町さん、見水さん、ろまん亭さんの6名で総勢10名。

神戸ワイナリーに直行の3名を除く7名が、地下鉄西神中央駅改札口に集合し、西神中央駅10番乗り場から午前9時50分発の神姫バスに乗車。青蔦のゲートをくぐり、午前10時に神戸ワイナリー到着。31haの園内には紫陽花もすがすがしく咲き誇っています。

バス乗り場で、英さん、一風さん、つきひさんがお待ちでした。

 梅雨晴やところどころに蟻の道 子規

駐車場を抜け、ワイン専用のぶどう畑の丘の道を陶芸館に向かいます。曇り空ですが頭上で雲雀が気持ちよさそうに鳴いています。

「ほととぎすも鳴いていたわよ」「テッペンカケタカですね」

会話がはずみます。

「ぶどうは秋の季語?」「いまの季節なら青葡萄ね」

 青葡萄天地ぐらぐらぐらぐらす  鷹女

 

つきひさんは、本日はワイナリーで借りた車椅子に乗って吟行。

優しく車椅子を押すのは一風さん。ぶどうに細菌がつかないように植えておくというバラの花にも寄り道をして香りを楽しみます。垣根仕立てのぶどうのつるには粒の小さい緑色の実がびっしり。

絵付けに挑戦

ぶどう畑の中に建物が出現。陶芸館です。スタッフの姿が見えます。

中に入って席に着くと、目の前のテーブルにろくろと土と絵の具と筆。隣のテーブルでは別のグループが楽しそうに土をこねて何か作っています。

 

「ここの教室は安いわ」料金表示を見た蛸地蔵さん、大いに関心ありそう。

手続きが終わって、予定どおり絵付けに挑戦。ろくろと土は片付けられ、別の場所においている気に入った皿やマグカップを一つ選びます。

スタッフの人が、絵の具や筆の使い方をていねいに説明してくれます。

 葡萄食ふ一語一語の如くにて 草田男

 

「何を描こか」。13年前の第2回篠山句会での陶芸や3年前の第17回絵手紙句会の記憶を呼び起こして、しばし思案。紫陽花やひまわり、サクランボ、ぶどうなどの絵や俳句を冷や汗いっぱいで描きました。

作品は、完成祝ランチ会にて披露。忘れかけた頃にまた汗をかきましょう。

 

 何見るとなく見て遠き夏景色 龍太

午前11時、陶芸館を出て、ぶどう畑の道を抜けワイン城の隣にあるバーベキュー場へ。坂を上っていくと、空気が澄んでいるので、のどかな西区のシンボル・雄崗山、雌崗山(神出富士)が望めます。このあたりは英さんの故郷でもあります。

バーベキューの宴

バーベキュー場の端の予約席に着くと、係の人が愛想よくバーベキューの肉と野菜のパックとおにぎりにワインやビール、ウーロン茶、ジュースを運んでくれました。紙のエプロンをして透明プラカップに芳醇な神戸ワインを注いでもらい、1人分にはやや多い国産牛と野菜をジンギスカン鍋でジュージュー焼き始めると、だんだん楽しくなってきて、世間話・噂話が尽きません。

 

 昼の酒濁世の蛙聞きながら 飴山實

広いバーベキュー場の空席も埋まってゆき、家族連れ、シニア組、若者グループで大賑わい。

ほろ酔いになった頃、すぐそばのヤマモモの木に実が生っているのを発見。真っ赤に熟し甘酸っぱい実は、この時季限定の果実。

 

神戸でもかつては須磨区の白川村ではヤマモモが献上品だった、などのウンチクで盛り上がります。

楽しいバーベキューの宴のあとは、句会。会場はワイン城の2階です。

ワイン城をバックに全員集合写真を、と、近くにいた若者グループにシャッターをお願いすると快くOK。すっかりシニア組のわがメンバー、思わずVサインをしてしまいました。

ワイン城入場

 

                                                               ―神戸ワイナリーHPより転載―

久々のワイン城入場。ここにはバーベキュー場の賑わいはなく、1組のグループが腰かけてくつろいでいるだけでした。オルゴールの音が流れ、32年前にこの南欧風の施設をつくった当時の神戸の熱気がまだ微かに感じられます。

神戸ワイナリー(農業公園)は、2005年に入園料・駐車料を無料にしてホテルやレストランを休止し、ワイン醸造施設に特化。園内で栽培・収穫するぶどうだけでなく、西区平野町、北区大沢(おおぞう)町の契約農家分を合わせた300haの畑で収穫したぶどうで年間400トン(通常の瓶30~40万本)の神戸ワインを生産・出荷しています。

神戸ワインの特色は、発酵・熟成・瓶詰をすべて低温管理で時間をかけて行っていること。この製造方法により新鮮でフルーティーなワインになります。

 甕たのし葡萄の美酒がわき澄める 久女

幹事さんは今日の句会の賞品は神戸ワインと決めていたようで、試飲もできるワインショップで賞品選び。賞品を期待していないメンバーは自費でワインやお菓子などのお土産を選んでいます。

 

8月下旬~10月上旬のワインの仕込みの時期にはここでいろいろな作業が見られるようですが、いま見られるのは、地階のワイン熟成中の約300個の樽。

 亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄 茅舎

播町さんから「見ておこか」と声をかけられ、涼しく温度調整された地階を巡回しました。

樽はフランス産のオーク樽で、中には発酵を終えてろ過されたワインが入っています。熟成期間は、白ワインが約6ヵ月、赤ワインが約6~12ヵ月。熟成で色や香り、味わいに複雑さ、まろやかさが生まれます。

ワイン城句会―――――――――――

 

午後1時前に、ワイン城の2階会議室の句会場へ全員移動完了。

午後1時から句会の始まり。午後1時15分までに各自5枚の句を書いた短冊を提出し、短冊をばらして選句表に清書します。

 葡萄の種吐き出して事を決しけり 虚子

清書した選句表を、受付事務所で人数分コピーしてもらいます。

全員に選句表を配付し、15分間で、各自、自作以外の気に入った6句を選びます。特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者10名の総点数70点の争奪戦です。

 

つきひさんからお菓子の差し入れ。明石・分大の「うすぐも」。しっとりした薄皮饅頭をいただきます。

午後2時、つきひさんの進行で特選句から順に発表。作者も明かされます。

選句発表

今日はどんな名句ができたでしょうか。数字は句会での得点、は特選句。

ろまん亭

入梅に今日より薬一つ減り ②

蛙の音枕辺に聞くか古里で 

ランドセル柿若葉映え一年生 

バーベキュー煙の中か山桃が 

山桃もワインありますこの季節 

さくら

ぶどう若葉ゆれゆれワイナリー広し ①

神戸ワイン掲ぐグラスの涼しかり 

スパークリングワインのやうな一夏よ ①

デザートは捥ぎし山桃バーベキュー ①

風光る異国めきたるワイン城 さくら②

一風

賑いはいつの頃かと草茂る ③

絵付する人の背中に青ブドウ ①

香り乗せ煙流るるバーベキュー 

デザートというや李の枝を折り 

梅雨空に若者頼みVサイン 

緑なすブドウを守る紅のバラ ①

みどり満ちせまりくるのは雄崗山 ②

故郷で薫風受けつ飲むワイン ①

緑陰にワインビール肉もうまし 

なつかしや友の家でのやまもも喰い 

蛸地蔵

紫陽花やワイン城では片すみに 

目に青葉足どり緩く梅雨晴れや ①

梅雨晴れ間ブドウもワインを夢にみて ①

マグカップ絵付けの柄のあじさい花 ①

水無月はほろ酔い句会なごやかに 

 

播町

だらだらと起伏の丘や青ぶどう ④

梅雨晴間笑うひまわり絵付けして 

バーベキュー噂話はひろげっぱなし ②

三百の樽の眠りて蔦茂る ②

ワイン眠る虹美しき地に生まれ 

へるめん

六月の雨くる前の句会かな 

未だ堅しやがて醸さる青葡萄 ①

掌(たなごころ)梅雨の陶土と馴染みたり 

桜桃忌ロゼのため息すきとほる ⑥◎◎

やまももや赤ワイン苦手と言ひつつも 

見水

沿線の水田に写る空と雲 

葡萄づる勢いを増す夏の空 ⑥◎◎

梅雨空に雲雀が揚がる神出富士 ②

梅雨曇肉焼く香りワイン城 ③

中庭のオルゴールの音夏休み 

つきひ

水無月の森ワイナリー沈めけり 

ひしめきて無限の未来青ぶだう ⑤◎◎

薔薇の香に寄り道をして車椅子 ⑤

有り無しの記憶過ぎるや梅雨の蝶 ③

上納の歴史あるとや楊梅に ②

だっくす

青蔦のアーチくぐればワイン城 ③

車椅子やさしく押して梅雨晴間 ③

自作の句皿に描けば汗ばみぬ ③

バーベキュー山桃採りてデザートに ①

青ぶだうオルゴール聴き育ちをり ①

高得点句

本日、高得点を獲得した句は、

桜桃忌ロゼのため息すきとほる へるめん⑥◎◎

6月13日は太宰治の忌日。サクランボ、ロゼワイン、ため息が透き通るお洒落な句は男には作れません。

葡萄づる勢いを増す夏の空 見水⑥◎◎

元気に育つぶどう畑の力強い句。青い夏空の願望をこめて。

ひしめきて無限の未来青ぶだう つきひ⑤◎◎

ぶどう畑の実際の青葡萄をよく観察して詠んだ若々しい句。

薔薇の香に寄り道をして車椅子 つきひ⑤◎

バラの香りを感じるところまで車椅子を寄せる優しさに感謝。

だらだらと起伏の丘や青ぶどう 播町④

水はけのいいぶどう畑の丘の感じがよくわかるうまい表現。

表彰式

午後3時半。表彰式です。

 

優勝は、つきひ(15点)さん。続く高得点者は、だっくすさん(11点)、見水さん (11点)。

他のメンバーの得点は、次のとおりでした。

播町さん(8点)、へるめんさん(7点)、さくらさん(5点)、英さん(4点)、一風さん(4点)、蛸地蔵さん(3点)=ブービー賞、ろまん亭さん(2点)。

今回の賞品は、ワインショップで選んだ神戸ワイン尽くしです。

1位(金賞):神戸印路シナノリースリン

2位(銀賞):MERLOT

2位(銅賞):神戸セレクト(白甘)

4・5位 :神戸カシスワイン or 神戸うめワイン

6~8位 :ミニグラスワイン+お菓子

ブービー賞:神戸セレクト(白辛)

10位           :ミニグラスワイン+お菓子

総点数70点の行方は、女性軍4名の得点が38点、男性軍6名の得点が32点。だっくすさんは出句した句すべて得点しパーフェクトです。

午後4時、各自、賞品を提げてバス停留所へ。つきひさんは一風さんの車で自宅へ。バスは午後4時20分に神戸ワイナリーを出発し、午後4時30分に西神中央駅に到着。帰路は雨になりました。

 さみだれのあまだればかり浮御堂  青畝

鬱陶しい季節ですが、芳醇な神戸ワインを飲んで爽やかに乗り切りましょう。

そして今年もぶどうが元気に育ち、いい神戸ワインができますように。

半年後の次の句会が待ち遠しいです。

 

2016.6 写真/romantei 文/mimizu  

 <追記・絵付け完成祝いランチ会> 

 陶芸館での絵付けが完成。一風さんが全員の作品を受け取り、完成祝いランチ会で披露することになりました。 

7月7日(木)12:00、三宮ミント神戸8階の「うおまん」に、織姫・彦星が全員集合。

 

  

 

◆できあがった絵付け作品に1句そえて……。

 

  

←あじさいも絵柄となりて変化する  蛸地蔵④ 

→告白の返事ときめく星祭  さくら①

 

  

←先頭は山桃の丘軽々と  播町③ 

→焼物のでき見て笑う人の汗  一風

 

  

←出来映えはさて置きビール酌み交はす  だっくす 

→酒を酌む今日の名目暑気拂ひ  つきひ①

 

  

←梅雨あけぬ汗がポタリとパソコンに  英① 

→梅雨明や出来映え上上マグカップ  へるめん⑤

 

 

←ビール飲もっカップの絵付語りつつ  見水① 

→入梅や今日より薬一つ減り  ろまん亭③ 

* 

食事をしながら、作品を回し、一つひとつ手に取って、出来映えを確認。 

「さすがや、ええ色でてる」 

「思っていたよりいい出来」 

「期待していた色がもう一つね」 

感想はさまざま。自作のウンチクや思い入れも一言二言。 

せっかく集まったので句作を1句ずつ。ひとり2回挙手の人気投票も(数字は得点)。得点は俳句に対するもので、絵付け作品の評価ではありません。 

* 

「うおまん」を出て、駅の山側の「にしむら珈琲」に場所を移します。 

梅雨明け宣言はまだですが、外はもうカンカン照りの快晴。 

神戸の街のお洒落な夏の午後、久しぶりにのんびり過ごしました。  

2016.7 写真/romantei 文/mimizu 

 

 

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2015=魚崎郷ほろよい句会

2015-11-14 | 吟行句会

  秋風や酒肆に詩うたふ漁者樵者 蕪村

秋風とともにビールよりも日本酒が恋しくなります。

第22回神戸RANDOM句会は、「魚崎郷ほろよい句会」です。

六甲山南麓の海沿いに広がる「灘五郷」(今津郷、西宮郷、魚崎郷、御影郷、西郷)は、米、水、職人、港に恵まれ、江戸後期に日本酒の大生産地になりました。

1995年の阪神淡路大震災では、この地域の深江で阪神高速道路の高架が約600メートル倒壊し、伝統的な酒蔵群も甚大な被害を受けました。震災を経た今も全国の清酒の4分の1はここで生産されており、「世界遺産」になっても不思議ではない魅力ある地域です。

今回の吟行は、新酒の仕込みの始まった御影郷の菊正宗酒造記念館と魚崎郷の櫻正宗記念館・櫻宴を見学・試飲し、美味しい食事と一緒に銘酒を飲もう(名句を詠もう)という酒肴(趣向)です。

  風に名のついて吹くより新酒かな 園女

ワインなら、今、ボジョレー・ヌーヴォーの季節。フランスの呑兵衛たちが、まだできあがっていないワインを勝手に飲まないよう、11月の第3木曜日を新酒の解禁日にしています。

日本でも昔は新米で造ったどぶろくを秋に飲んだところから、「新酒」は秋の季語でしたが、現在の清酒は2月頃から出回るものが新酒です。

 

酒蔵まちある記―――――――――

  

平成27年11月6日(金)、午前10時、阪神電車・魚崎駅のコンコースが集合場所。

メンバーのほとんどは阪神電車・神戸三宮から乗車。

東神戸の市街地を、阪急、JR、阪神の3本の鉄道が並行して走っています。海沿いの町を縫うように走っているのが阪神電車。大石・新在家・石屋川・御影・住吉・魚崎と駅名を聞くだけで酒の香りがしてきます。

句会の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、どんぐりさん、へるめんさんと女性5名。男性は一風さん、蛸地蔵さん、稲村さん、英さん、播町さん、ひろひろさん、見水さん、ろまん亭さんの8名で総勢13名。地元・御影在住で底知れない薀蓄をお持ちの弥太郎教授は、残念ながら本日は先約があり欠席。

駅前に案内板。この道でいいのかなと、菊正宗酒造記念館をめざし、出発。 

国道43号線の地下道を抜け、住吉川の右岸(西側)を下ります。かつて埋め立てのダンプを走らせた川の中の道路は、今は散歩やジョギングの道に。清流は美しく、行き交う人たちの服装はお洒落。大阪や神戸の都心に電車で20分ほど、環境が良く便利となると、富裕層でなくても住んでみたくなる町です。

  秋の暮れ水のようなる酒二合 鬼城

  生きてあることのうれしき新酒かな 

 

菊正宗酒造記念館

堂々とした門構えの菊正宗酒造記念館に到着。

ここは御影郷の東端。西隣に菊正宗の酒造工場があります。

菊正宗酒造は、1659年に嘉納家が創業。同じ御影郷の日本酒最大手の白鶴酒造も嘉納一門からの分家です。

明治以降、豊かな醸造家は「阪神間モダニズム文化」を牽引。名門の灘中・灘高は、菊正宗の嘉納治郎右衛門、白鶴の嘉納治兵衛、次に訪れる櫻正宗の山邑太左衛門によって設立されました。

 

淡麗辛口の寒造りの新酒ができあがるのは2月。門に吊り下げられた酒林(杉玉)はすっかり茶色くなっています。

平日なのにひっきりなしにマイクロバス発着、団体見学者を降ろしています。

館内には、酒造りに使った道具が展示され、説明板があります。高い技をもつ大勢の丹波杜氏が手間暇をかけ、丁寧に酒を造っていたことに感心します。

  寒造り渚の如く米沈む 誓子

団体見学者には案内人が付いて、わかりやすく説明しています。

利酒コーナーへ。試飲はほんの一口ですが、口いっぱいに日本酒の香りが広がり、もっと飲みたくなりますが、我慢我慢。

幹事のだっくすさんとさくらさんは、直売所で賞品選び。ここと次の櫻宴で参加者全員の賞品を調達します。

外には、酒米を脱穀する「灘目の水車」を復元。水車は灘の酒造りが盛んになった要因の一つで、大正時代には住吉川流域に88基の大型水車がありました。「本山路」と書かれた木製の珍しい消火ポンプも置かれ、興味をひきます。南側の広い軒下のテラスで、麗らかな秋の晴天を堪能。

  盃や山路の菊と是を干す 芭蕉

菊正宗酒造記念館を出て、東の橋を渡れば魚崎郷。

河口近くなのにどこまでも澄んだ住吉川の清流を、鴨が群れ泳いでいます。橋の上で足を止め、覗きこむと水をかく黄色い足までくっきり。

「まあ、こんな可愛い鴨はみたことないわ」笑みがこぼれます。

  

一路、櫻正宗記念館・櫻宴へ。松並木がきれいです。

「この道は昔の西国街道と違うか」

「昔はここは海沿いや。この道の向うはもう浜やったんやで」

今は埋め立てられて海ははるか沖ですが、そうだったのかも。弥太郎教授がいればすぐに明解が得られたでしょう。

  風をあるいてきて新酒いっぱい 山頭火

 

櫻正宗記念館 櫻宴

迷わずに到着。櫻正宗記念館・櫻宴の門をくぐります。

1995年の阪神大震災で櫻正宗も門を残して倒壊。震災後の1998年に櫻宴が建てられました。

 

櫻正宗がすごいのは、1625年に伊丹で醸造を始め、江戸末期に灘に移って、六代目当主・山邑太左衛門が「宮水」を発見したこと。日本酒の銘柄でよく用いられる「正宗」(仏教の言葉「正宗」から、清酒=せいしゅう=正宗=まさむねという説が有力)の元祖で、櫻正宗の酵母が「協会一号酵母」として全国に頒布されています。

  

1階の直売所で試飲し、だっくすさんとさくらさんは、残りの賞品選び。櫻正宗はスーパーで見かけることも少なく、どの酒も魅力的で迷います。

予約しておいた2階のレストランでの昼食は12時から。

  憂あり新酒の酔に託すべく 漱石

少し待ち時間があります。他の団体や中国人らしき旅行客らが案内されていくのを横目に、展示コーナーに流れる昔の酒造りの映像と酒造り唄を聞きながら、句づくり。 

12時を少しまわり、和室に案内され着席。豪華な料理が並んでいます。

 

いま全国的に広がっていますが、神戸市でも、2014年に「神戸灘の酒による乾杯を推進する条例」が施行されています。櫻正宗のにごり酒で乾杯。そして今日はビールグラスでなく猪口を片手に昼の宴会の始まり。

  八兵衛が破顔微笑やことし酒 一茶

  肘張りて新酒をかばふかに飲むよ 草田男

「これで句会がなかったらなあ」

ほぼ全員完全リタイヤし、話題は仕事を離れた日々の暮らしのことです。

愛犬の話し、車の運転、昔の仕事の悪夢、年金、マイナンバー…。

  明き灯に新酒の酔の発しけり 草城

「こんな旨い食事は久しぶり」

皆さん完食し、上機嫌で、午後2時からの句会場の東灘区民センターに出発。

出発前に櫻宴の人に門の前で全員集合写真のシャッターをお願いしました。 

 

住吉川清流を歩く

  

最寄りの六甲ライナー「南魚崎駅」から乗車して「住吉駅」に移動の予定でしたが、30分以上時間があり、天気も最高なので大半のメンバーは歩くことにしました。

住吉川の清流沿いに歩いていくと、旧谷崎潤一郎邸の「倚松庵」が目の前に。最愛の松子夫人に寄り添い「細雪」を書いた家です。谷崎潤一郎が住んだ1936年~1943年当時は南の六甲ライナー魚崎駅付近にありましたが、1990年に現在地に移築されています。本日は休館。植木屋さんが数名、庭木の手入れ中でした。

 

国道2号線の手前の東灘図書館を覗いてみました。2年前の2013年秋に区内の岡本から移転整備したばかりの真新しい図書館です。外観がユニークで一見図書館には見えませんが、中は大勢の利用者で賑わっていました。

国道2号線を渡り、「うはらホール」をめざし西へ。午後2時に到着。8階のRANDOM句会場の会議室へ。

タクシーで移動したつきひさんは少し東にあるコープこうべの「生活文化センター」で降りてしまったそうです。

 

句会は午後2時15分にスタート。

各自5枚の句を書いた短冊を提出し、短冊をばらして選句表に清書します。

清書した選句表を、受付事務所で人数分コピーしてもらいます。

全員に選句表を配付し、15分間で、各自、自作以外の気に入った6句を選びます。特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者13名の総点数91点の争奪戦です。

選句の発表の前に、つきひさんから嬉しい報告。

「約4万句から200句が厳選される全国版の句会に、前回、第21回神戸RANDOM句会(森林植物園吟行弓削牧場句会)でさくらさんが詠んだ最高得点句『告白は明日では遅し七変化』を投句したところ、見事入選した」とのこと。(拍手)

つきひさんからは、岡本に本店のある「モンロワール」のリーフ型の高級チョコレートの差し入れが全員に配られています。

午後3時過ぎ、つきひさんの進行で、順番に特選句から発表。作者も明かされます。数字は句会での得点、は特選句です。

 

選句発表

はたして、名句は生まれたでしょうか。

   

ひろひろ

皆の顔しかと確かめ秋句会 

灘五郷木造り門をくぐる秋 ◎◎

行く秋や新酒仕込みの灘五郷 

江戸明治水車精米灘の冬 

冬の今日生の利き酒舌が舞う 

ほろよい句会にひろひろさんはスタートから上機嫌。ご機嫌なのは、好きなお酒の句会のせいだけでなく、心配だった愛犬が元気になったこと。

このことを事前に知っていたつきひさんの句です。

つきひ

犬癒えて新酒句会に侍りけり 

銀杏落葉拾ひひかりを拾ひけり 

菊正の辛口宣言もず高音 

灘五郷手入れ済みたる松続く 

佳肴あり古き仲間と酌む新酒 

つきひさんの句はわかりやすく、吟行の現地で見つけたものをうまく対比させています。

だっくす

秋空のやうにすっきり生原酒 

大都市の川に落鮎群をなす 

住吉川尾を上げ鴨の食事どき 

秋うらら酒の香ただよふ魚崎郷 

下戸なれど新酒を前にときめきぬ 

だっくすさんは、秋麗の日和と住吉川の清流に魅了された佳句を詠みました。

見水

米さます六甲おろし北の窓 

新酒の香蝶が舞いこむ記念館 

この沖に新酒番船集結す ④

酒造り唄利酒でまわる酔い 

櫻宴菊の季節に華やいで ①

見水さんは酒蔵での発見を詠みたかったようですが、点数は入りません。

一風

シナ海に想いを馳せて秋深し 

酒蔵の説明聞く輪の冬衣 

冬ぬくし酒の香の中笑顔ゆく 

ほろ酔いの酒蔵めぐり冬に入る 

魚崎の郷をめぐりつ冬に入る 

句会さえなければ、と酒蔵めぐりを精一杯楽しんだ一風さんの句です。

蛸地蔵

松並木モズ一声に足止める 

秋空にどうだと聳えるブリッジも 

声張りて酒作り歌今昔 

今年酒盃揚げる有難さ 

人も去り酒蔵空し杉玉や 

蛸地蔵さんは酒処・伊丹句会の名案内役。宿敵・灘の酒では艶めかなかったようでした

せまりくる武庫の山なみ秋うらら 

芦の穂と住吉の川鴨泳ぐ 

秋の川鴨と鮎とのきそいあい 

いと楽し新しい酒皆と飲む 

酒飲むと身にしみる句会かな 

英さんは秋日和の東灘の吟行を心から楽しんで句を詠みました。

播町

生一本祭りの酒も亡き父も 

当り障りなき話しして秋うらら 

ほろ酔いや桜も菊も古酒なれば 

よき色に酔うたつもりが末(うら)枯れて 

燗熱う六甲颪来る夜は 

播町さんの酒好きは父親ゆずり。しみじみとした情感の句です。

稲村

きき酒にほろよい気分ひよの声 

むこの山住吉川を鴨がゆく 

ゆっくりと酒蔵の道秋惜しむ 

白がへり色かえぬ松灘五郷 

稲村さんの出句は4句。国破れて山河あり。自然への愛情にあふれた句です。

  

弥太郎

午後4時、入口のドアが開き、

「やっと、今、来ました」と、弥太郎さんの姿。先約を早く切り上げて到着。これで今回の予定メンバーは全員集合。

「何かコメントを」と求められ、稲村さんの「白がへ(減)り」にコメント。

「櫻正宗は素晴らしい酒造会社。震災前は白壁づくりで、白壁には江戸時代に酒を運んだ大きな廻船の絵が描かれ見事なものでした」と解説。さすが弥太郎さん。

どんぐり

秋日濃し軒に吊らるる酒林 

灘郷の住吉川に鴨の陣 

来てみれば新酒まつりは明日なり 

酒蔵の名におふ桜もみぢかな 

手水鉢桜紅葉のゆれてをり 

どんぐりさんの語彙の豊富さに脱帽。新酒祭りなら櫻正宗の酒蔵も見学できたのに。

ろまん亭

秋涼し今日より薬一つ減り 

暑くなし寒さもまだで神無月 

かさごそと舗装の道を落葉踏む 

菊句会寄り道はまず試飲かな 

変わりようかももなげくか晴天に 

句会をカメラで記録したろまん亭さん。鴨と一緒に日中の暑さを嘆きました。

さくら

秋うららタイムカードなき身の軽さ 

酒林でんと構へて新酒成る 

落鮎の住吉川に生を継ぐ 

下戸返上し酔ひたや今日のにごり酒 

松手入音響きたる倚松庵 

さくらさんも完全リタイヤ。下戸のさくらさんは醒めた眼で佳句。

へるめん

撥釣瓶高々冬日愛すべし 

大樽に立つ年輪やあらばしり 

をとこ良し酒造り唄朗朗たり 

秋惜しむ酒は酔ってこそなんぼ 

一盞の美酒いただきて小春風 

お酒が好きで書家のへるめんさんは自由闊達に句を詠み、本日は絶好調。

瑞巌寺

今回は見水さんから追加で3句提出。友人の「瑞巌寺」さんにほろよい句会の話しをしたところ、秋の季語・利酒で3句作ってみたとのこと。今回は句のみで参加です。

利酒を右の手でするサウスポー 

神君ギョ見ざる言はざる利酒す 

訓練の後のキキ酒乾パンで 

神君・家康を祀る日光東照宮の「聞かざる」と「利酒」、「危機」と「利き」を懸けた駄洒落でした。

 

 

高得点句

本日、高得点を獲得した句は、

大樽に立つ年輪やあらばしり へるめん⑥

  灘の老舗酒蔵を訪れた新鮮な感動が伝わってきます。

銀杏落葉拾ひひかりを拾ひけり つきひ④

 秋晴れの道の黄色いイチョウの落葉がまぶしい。

 リーフ型のチョコも美味しかったです。

菊正の辛口宣言もず高音 つきひ④

 記念館の「辛口宣言」とキーンと鳴く鳥の声を対比。

佳肴あり古き仲間と酌む新酒 つきひ④

 櫻宴の「美酒佳肴」と古・新の対比が見事です。

灘五郷木造り門をくぐる秋 ひろひろ④◎◎

 どっしりとして懐かしい絵になる挨拶句です。

江戸明治水車精米灘の冬 ひろひろ④

 漢字が並び、水車が回るようにリズムがいい。

下戸なれど新酒を前にときめきぬ だっくす④

 共感。新酒には誰もがときめきます。

この沖に新酒番船集結す 見水④

 江戸に向けて競った船に思いを馳せて。

 

表彰式

秋の日は釣瓶落し、時計を見ると定刻の午後4時半。表彰式です。

 

優勝は、へるめんさん(15点)と、つきひ(15点)さん。

続く高得点者は、ひろひろさん(10点)、さくらさん(10点)。

他のメンバーの得点は、次のとおりでした。

だっくすさん(8点)、どんぐりさん(7点)、播町さん(6点)、ろまん亭さん(5点)、見水さん(5点)、稲村さん(4点)、英さん(2点)、一風さん(2点)、蛸地蔵さん(0点)、瑞巌寺さん(2点)。

今回の賞品は、菊正宗酒造記念館と櫻宴の直売所で厳選して購入した酒やお菓子などの逸品揃い。テーブルに並べ、上位から順に自分が気に入ったものを選んでいきます。

総点数91点の行方は、女性軍5名の得点が55点、男性軍9名の得点が36点。と女性軍の圧勝ですが、男性軍はひろひろさんが大健闘。へるめんさん、つきひさん、さくらさんは出句した句すべて得点しパーフェクト。

午後4時45分、会議室の片付けを終え、各自、重い賞品を提げてJR住吉駅に迎い、帰路につきました。

三ノ宮駅で降りた二次会組は、勤務を終えたばかりの瑞巌寺さんも誘って、しばし、旧交を温めました。

11月8日は立冬。山も街も紅葉に彩られています。

 白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり 牧水

あわただしくなる年末を前に、「灘の生一本」をゆっくり味わいましょう。

来春の句会が待ち遠しいです。

 

2015.11 写真/romantei 文/mimizu

 

   

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2015=森林植物園・弓削牧場句会

2015-07-11 | 吟行句会

 明易や鳥の声より早く起き だっくす「裏六甲」 

今回は第21回神戸RANDOM句会です。

森林植物園吟行弓削牧場句会という案内はがきを送りましたが、6月29日は梅雨の真っただ中、初の「野外句会」がなるか心配でした。

あじさい 群嶺群雲紫陽花の季なりけり 龍太-

 

神戸RANDOM句会のブログのトップページの絵はあじさいです。

メンバーの句を探すと、ありました。

紫陽花やキャンパス狭め献血車  つきひ・句集「俳句の時間」

あぢさゐや昨日は過去と割り切って  つきひ・句集「時の濃縮」

紫陽花や神戸の海より深き青  さくら・夏の絵手紙句会

紫陽花の咲くを待ちかね車椅子  だっくす・夏の絵手紙句会

紫陽花のひっそりとたつ庭の隅  一風 ・夏の絵手紙句会

あじさいの剪られて藍のさらに濃く  播町・夏の絵手紙句会

七色の嘘の終りの紅あじさい  播町・夏の絵手紙句会

あじさいは、神戸っ子にはおなじみの「神戸市民の花」です。

神戸市のホームページには「神戸市制80周年と万国博開催を記念して、1970年(昭和45年)5月に制定。市民アンケートでも、最も人気のあった花。六甲山系に幅広く自生しており、美しく繊細な淡紫色、迫力ある花のボリュームで目を楽しませてくれる。」と紹介していますが、神戸が一番元気だった時期に定着したように思います。

六甲山の標高は931m。港から一気に坂道の街を上がり緑の山々が連なる大都市の景観は神戸の誇り。そして六甲山系をこの季節さわやかに彩るあじさい。

北鈴蘭台駅 有馬まで各駅停車春惜しむ つきひ「俳句の時間」

 

平成27年6月29日(月)、 朝は曇っていましたが、やがて青空が広がり、天気予報どおり快晴に。

誰何時と神鉄の夏思い出し  一風②…数字は句会獲得点

久しぶりに神鉄電車に乗った一風さん、若い頃の思い出がよみがえります。

神鉄電車は、昭和3年に神戸の中心と有馬、三田を結ぶ鉄道・神有電車として開通。海抜278mの小部駅は、公募で別荘のイメージにぴったりの健康の花言葉「スズラン」から「鈴蘭台駅」に名称変更され、周辺は「関西の軽井沢」として宅地分譲。40~50年前まで沿線はのどかな郊外の保養地の雰囲気が残っていました。

夕食に旬の竹の子二、三切れ  ろまん亭

新緑に連なる赤のランドセル  ろまん亭①

ろまん亭さんは、昨日の夕飯や朝の通学風景から、すでに句会への助走。

午前9時50分、神戸電鉄北鈴蘭台駅北東の「森林植物園ゆきバス乗場」が集合場所。

北鈴蘭台駅に降り立つと、通常1時間に1本の無料送迎バスを、今日は特別に1時間2本に増発させているのですが、長蛇の列。いまを盛りのあじさいがお目当てです。

梅雨晴の植物園行きバスを待つ  どんぐり

復帰せし会のマドンナ夏衣  つきひ③

句会の参加者は、さくらさん、だっくすさん、つきひさん、どんぐりさん、へるめんさんと女性5名。男性は一風さん、英さん、播町さん、ひろひろさん、見水さん、弥太郎さん、ろまん亭さんの7名で総勢12名。

われらがマドンナ・句会の名幹事だっくすさんの元気な姿に、全員安堵。

10時05分発のバスには半数しか乗れず、あとのメンバーは10時35分発のバスで森林植物園へ。

森林植物園 しら雲を吹尽したる新樹かな 才麿-

 

                           ―神戸市立森林植物園HPより転載―

 バスを降り、森林植物園の園内へ。

吟行はソフトクリーム食べてより  だっくす①

森林植物園には、「弓削牧場」直営の森のカフェ「ル・ピック(=啄木鳥)」があり、新鮮な牛乳で作ったソフトクリームや特製カレーライスを販売しています。

七変化移ろふ色はどれも旬  だっくす①

あじさい園見落としさうな七段花  だっくす①

木洩日やあぢさゐの持つモネの彩  つきひ②

暦日の重さ儚さ七変化  つきひ①

 

さくらさん、だっくすさん、つきひさんは、あじさいに囲まれて句づくり。七段花はシーボルトが「日本植物誌」に紹介した130年後に六甲山で再発見された「幻のあじさい」。つきひさん、今日は印象派の巨匠「モネ」になってあぢさゐを描いています。

よくきたね笑顔紫陽花出迎える  一風①

あじさいのごとくに雲の流れゆく  一風①

一風さん、播町さん、見水さんはあじさいの坂を下ります。一風さん、「昔、ここでよく昼寝したわ」と芝生広場を横目に長谷池へ。カモシカ広場まで足をのばします。

あじさいの繚乱どれを選ぼうか  播町①

あじさいやパレットの青混濁す  播町①

愛でる客多し紫陽花嬉しそう  見水①

後発組のどんぐりさん、へるめんさん、英さん、ひろひろさん、弥太郎さん、ろまん亭さんも森林植物園に到着。

みずみずしあじさいの花溢れけり  英①

森の中あじさい輝くさす光  英

シチダンカ今は園内満ちにけり  英

森林植物園のあじさいは、街なかや住宅地で見るあじさいとはスケールが違い、圧倒されます。

雨上がりヒメアジサイの色冴える 弥太郎①

木洩日の紫陽花のみち人の波  弥太郎②

   

あじさいを接写今年も元気です  へるめん①

森の中ファンタジックなあじさいよ  ろまん亭

木陰にてアジサイ並ぶ赤・青と  ろまん亭

へるめんさんの句は、カメラを抱えたろまん亭さんのこととと思いましたが、本日来園している大勢のシニアカメラマンたち。ろまん亭さんは吟行のメンバーをスナップしながら、芸術写真のイメージも膨らませています。

山清し左右紫陽花魅力あり  ひろひろ

木もれ日に紫陽花の園七変化  ひろひろ②は特選句)

山の上紫陽花カメラ爺々婆々よ  ひろひろ

ログハウス天上天下みどり晴れ  ひろひろ②

赤シャツの山登り姿がお似合いのひろひろさん、あじさい園を登って、ログハウスで深呼吸。

  

長谷池の水面をおおう蓮の花  弥太郎

こもれ日と睡蓮揺れる長谷池に  英

青空に睡蓮の花咲き揃う  見水

広い長谷池は、見渡す限りの睡蓮。白とピンクの花が咲いています。

「こんなに花が咲いてるのは見たことない」

「モネの絵とは違う」

トンボやアメンボも見つけ、童心に帰ります。

風渡り睡蓮の水きらめける  どんぐり③

風に葉に舞ふ糸とんぼ睦みあひ  どんぐり

とびはねて群れて離れてアメンボウ  へるめん③

集合時刻の11時45分になりました。正門前に全員集合。

車班のさくらさん、だっくすさん、つきひさんは、タクシーで有馬街道経由、他のメンバー9人の徒歩班は、山田道をハイキングで、昼食・句会場の弓削牧場へ向かいます。

山田道 涼風の一塊として男来る 龍太-

 

                    ―YAHOOマップから転載―

弓削牧場は、西六甲ドライブウェイを挟んで森林植物園とは反対側の山の斜面にある酪農家の牧場。神戸の市街地にも近く、小倉台、筑紫が丘、桜森町の住宅団地に囲まれています。直線では森林植物園から1kmほどの距離ですが、徒歩では山田道経由でレストランまで約30分です。

山田道は、神戸市北区役所発行の「北区の歴史」によると、明治の初めに今の天王谷川に沿った有馬街道が整備されるまでは、南北主要道路で、北からは薪炭・穀物・農産物が、南からは肥料・日用品が運ばれたそうです。

  

 

 歩む足自然に溶けし靴が鳴る  ひろひろ

ザック背に夏山を行く俳句会  弥太郎

削らるる山の麓の夏の蝶  へるめん

牧場へと続く山道風涼し  見水②

ひろひろさんを先頭に、「俳句はハイク」の弥太郎さんも心地よい風に吹かれて道を下ります。道は神戸電鉄・北神急行の「谷上駅」まで続き、登ってくる人たちと挨拶を交わします。

 

正面には新緑の丹生山系。この山塊の周辺には茅葺の残る豊かな山里が広がります。

芋の露連山影を正しうす」の句がふと浮かび、甲斐に暮らした飯田蛇笏・龍太父子の句の世界に誘われます。

三叉路に道標があり、弓削牧場に隣接する小倉台へ。住宅街を少し歩くと弓削牧場の入口がありました。

弓削牧場 乳牛に無花果熟るゝ日南(ひなた)かな 蛇笏-

 

庭先が牧場入口草茂る  一風

牧草の輝く丘の涼しさよ  へるめん②

弓削牧場入口からは、刈り取られたばかりの麦畑や林の上り坂が500m続き、駐車場や牛舎が見えてきます。12時20分、レストラン前の広場ですでに牛たちと対面済みの車班の3人と合流。

  

眼の涼し子牛にじっと見つめらる  さくら②

カウベルが梅雨の晴間に音静か  英

ヤルゴイは草原の花夏の牛  見水①

ランチは13時からの予定でしたが、少し早めてレストランの「チーズハウス・ヤルゴイ」の席に着きます。

  

坂あがりビール一口ぐっと飲む  一風

白南風や舌にころがすカマンベール  へるめん②

奴ふう生チーズ旨っ梅雨晴間  播町①

冷奴風に供され生チーズ  だっくす①

弓削牧場は観光施設ではないということですが、牧場のレストランや乳製品は、テレビの情報番組などでよく紹介され、「気になっているけど、行ったことはなかった」伝説の牧場。平日のこんないい天気の日に来られたのはラッキーです。

予約したのは「おすすめランチセット」。メニューは、ハーブたっぷりサラダ、ホエーシチュー、もち麦ライス、コールドビーフと生チーズの一皿。各自、地ビールやワインでいただき、冷奴風生チーズも追加注文。食材が新鮮でチーズ臭さもなく、全員完食。

草に寝て 露草も露のちからの花ひらく 龍太-

  

 

 食事が終わり、いよいよ句会。投句の締切は予定どおり午後2時30分。句会場は、弓削牧場さんに、見晴らしのいいレストランの横の藤棚の下を提供していただきました。

 提出する5句をまとめます。梅雨の晴間というにはあまりにいい天気。夏の避暑地にいるようで、男性軍は何をやる気も失せ、木陰でごろりと昼寝。

牛の尾のひねもすのたり山の夏  播町①

緑陰を賜わり後期高齢者  播町

休息を緑の中で命のび  ろまん亭①

女性軍は仲良くおしゃべりに夢中。

その後の話尽きざる緑蔭に  つきひ③

「さくらさんは三味線の名取になったのよ」

「その名前に俳号を変えたらどう」

「寅さんの妹でいいわよ」…

ここで差がついたかな。

野外句会 どの子にも涼しく風の吹く日かな 龍太-

 

午後2時30分、藤棚の下のテーブル席で、初の野外句会がスタート。

提出した各自5枚の短冊を、今日は少し書きにくいガーデンテーブルの上で手分けして選句表に清書し、弓削牧場の方に人数分コピーしていただきました。

頬に風牧場テラス夏句会  弥太郎③

牧薄暑野外に開く句会かな  さくら①

緑蔭の句会に蝶も参加する  見水①

全員に選句表を配付し、各自、気に入った句を選句する互選。自作以外の6句を選び、特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者12名の総点数84点の争奪戦です。

 

 

午後3時、おやつの時間です。各自飲物付き特製デザートを注文。フロマージュ・シフォンケーキやババロアがコーヒーと一緒にレストランから運ばれ、所狭しとテーブルに並びます。蝶や蟻が迷い込み、ときどき山羊の鳴き声も。テーブルに向かい合っての選句なので少し落ち着きません。

つきひさんの進行で、順番に特選句から発表し、作者も明かされます。

本日、高得点を獲得した句は、

告白は明日では遅し七変化  さくら⑨◎◎◎◎

微妙な女心に圧倒的な共感を得て最高得点。

「男はつらいよ」にもマドンナ・いしだあゆみが寅さんをたじたじさせる「寅次郎あじさいの恋」(第29作)がありました。

緑蔭に乳の匂ひの風過ぐる  どんぐり⑧◎◎

今日の弓削牧場にぴったりの美しい句です。昼の料理も素晴らしかった。

さておいて弓削牧場の冷菓食ぶ  つきひ④

挨拶句。俳句は「はい食う」から始めましょう。

いたづきを見せぬかの人梅雨晴間   どんぐり④

入院疲れを見せないだっくすさんの笑顔にほっとしました。

梅雨晴間快癒の句友いればこそ  さくら④

この句会が続いているのはだっくすさんのお蔭です。

 

 太陽がやや西に傾き、いつのまにか背中にも陽射しが。時計を見るともう午後4時。

弓削牧場に予約しておいた賞品を受け取りに行き、表彰式です。

 

メンバーの得点と各賞・賞品は以下のとおり(敬称略)。

1位 優  勝        さくら (17点)自家製蜂蜜+フロマージュ・フレ生チーズ

2位 準優勝        どんぐり(15点)フロマージュ・フレ生チーズ

3位 殊勲賞        つきひ (13点)フロマージュ・フレ生チーズ

4位 敢闘賞        へるめん(8点)フロマージュ・フレ生チーズ

5位 技能賞        弥太郎 (6点)フロマージュ・フレ生チーズ

6位 紫陽花賞   だっくす(5点)フロマージュ・フレ生チーズ 

6位 ヤルゴイ賞  見 水 (5点)フロマージュ・フレ生チーズ

8位 石楠花賞   一 風 (4点)フロマージュ・フレ生チーズ

8位 逆引き技能賞 播 町 (4点)フロマージュ・フレ生チーズ

8位 逆引き敢闘賞 ひろひろ(4点)フロマージュ・フレ生チーズ

11位 ブービー賞 ろまん亭 (2点)自家製蜂蜜+フロマージュ・フレ生チーズ

12位 逆引き殊勲賞  英  (1点)フロマージュ・フレ生チーズ

 

総点数84点の行方は、女性軍5名の得点が58点、男性軍7名の得点が26点。と女性軍完勝。さくらさん、つきひさん、だっくすさんは出句した句すべて得点し、パーフェクト。さくらさんの優勝は2012年秋のしあわせの村句会以来で、通算3度目。つきひさんの三連覇を阻止しました。

午後4時30分、片付け中の店内を覗くと、ニコニコ顔の弓削場長さんがいらっしゃったので、厚かましくもシャッターをお願いし、全員集合写真を撮っていただきました。

 

呼んでいた3台のタクシーが到着。

大いなる緑の宇宙六甲山  さくら①

万緑やフィトンチッドを満喫す  だっくす①

快晴にめぐまれた一日でした。心地よい満足感に浸りながら、弓削牧場を後に、解散場所の北鈴蘭台駅に迎います。

今回、全員がお土産に持ち帰った弓削牧場のフロマージュ・フレ生チーズは、野菜にもパンにもよく合い、楽しかった句会の余韻をしばらく味わいました。

次回の秋の吟行もいい天気になってほしいですね。 

2015.6 写真/romantei 文/mimizu

 

 

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2015=姫路好古園吟行 

2015-03-02 | 吟行句会

 

 

 「もう梅がほころびる頃ね」と句友と3人で姫路好古園に出掛けました。

願ってもない梅日和、吟行にも持ってこいです。

 

 

 

 

 JR宝殿駅で下車、高砂市の『和膳松たに』で「鯛のあら炊き定食」のランチ。新鮮な魚に舌鼓を打ってから姫路に向かいました。

  修復完成間近の目映い白鷺城を仰ぎつつ好古園の門を潜ると、子猫が行儀よく出迎えてくれました。

 好古園に入ると、紅梅、白梅と一輪二輪と咲き始めたばかり、開花を待つまん丸の蕾の何て愛らしいこと。

 鉢植えの梅は満開で濃紅梅、薄紅梅、白梅がその姿香りを競い合っています。

 芳香に振り返ると小さな木に臘梅が4つ、5つ存在感があります。嬉しそうに天を向く木の芽、温む曲水、軽やかに跳ねる池の鯉、私たちを歓迎してくれた春時雨、春の息吹が五感に響く楽しい一日でした。

 つきひさん、色々ご教示いただき有難うございました。

 芙蓉さん、ステキな企画、そして運転お世話になりました。(さくら)

 

 

 《梅日和 10句  さくら》 

 

 あら炊きの鯛の頭の桜色

 

 行儀よく出迎へくれし子猫かな

 

 一輪の梅に浮き立つ旅心

 

 芽柳のてんでに遊ぶ池畔かな

 

 抜きん出てぼうたんの芽の逞しき

 

 造園業忙し近づく梅まつり

 

 曲水に紅を映して花馬酔木

 

 水温む軽やかに鯉跳ねてをり

 

 吟行のペンは止めずに春時雨

 

 白鷺城仰ぎ見る間の春時雨

 

 

 

 《好古園散策 10句 芙蓉》

 

 

梅まつり準備の最後芝をひき

 

いつしかに集まる鯉や春陽射す

 

集中し岩突く鯉春めける

 

紅梅の空つかむ枝や西の丸

 

それぞれに名札のありて牡丹の芽

 

花馬酔木なにげに咲きて足留る

 

まんさくの天真爛漫庭すみに

 

盆梅の緋色に杖の歩の向きて

 

春の雪落つるともなく漂へる

 

名園の帰途見上げては春時雨

 

 穏やかな一日を授かり、好古園を散策しながら季語や俳句の話で盛り上がりました。充実した本当に楽しい一日でした。(芙蓉)

 

 

  集まりの発端は、句会のお世話をしている私への「ご苦労さんランチ会」。美味しいものと俳句づくり、私の一番好きなコースです。

  好古園にまで足を伸ばすのならミニ句会位出来るかもと、淡い期待と下心?を持ってルンルン気分で参加しました。

 2月の好古園は『どうぞ俳句をお作りください』と言わんばかりに、梅、まんさく、馬酔木,山茱萸、牡丹の芽など季題が溢れていました。梅祭りも間近で造園業者の車が並び、ロビーに大きな盆梅を置いたりしていました。

 趣向をこらした見事な池泉回遊式庭園を散策しながら、借景の姫路城も間近に見ることが出来ました。最近、好古園は映画やドラマのロケ地としても有名で若い人にも人気があるようです。散策中に時雨が来たり、外国からの観光客に出合ったり、ゆっくりと贅沢な俳句の時間が流れました。

 同行のさくらさん、芙蓉さん共にベテラン俳人。時間の都合もあり好古園でのミニ句会は実現しませんでしたが、後日10句提出というノルマが、私からお2人へのお礼の印(?)でありました。(つきひ)

 

《早春の好古園10句   つきひ》

 

 キャラメルにふくらみし頬梅日和

 

 固まりて日を返す白花馬酔木

 

 流水の巾春光の巾なりし

 

 世界遺産の城背景に牡丹の芽

 

 紋様にはや火焔あり牡丹の芽

 

 紅梅に倦みて見上げる天守閣

 

 侘助や解けぬ喪心抱きつつ

 

 空の瑠璃降り来てここに寒あやめ

 

 まんさくを見落してをり引き返す

 

 竹林の四阿あたり春時雨   

 

(2015・姫路好古園)  写真:sakura

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2014=国宝太山寺句会

2014-11-28 | 吟行句会

 今回は第20回神戸RANDOM句会です。

 「11月の後半に太山寺安養院の石庭が公開されますので、太山寺を吟行し、なでしこの湯で食事と句会をする予定です」だっくすさんのメールの後、10月末に播町さんから案内はがきも届きました。 

 ここ数十年のニュータウン開発や有料道路の建設で、太山寺周辺はすっかり都会化されましたが、55.9haの自然景観が「太山寺風致地区」として保護され、境内の内外に原生林が残されています。 

 6月につきひさんの『時の濃縮』、7月にだっくすさんの『裏六甲』、8月にさくらさんの『花季(はなごよみ)』と、ネット句集が発行されました。今回のまとめは、句集の中の句をサブタイトルにいただきました。 

太山寺へなでしこの神戸に咲きて逞しく『花季』

 平成26年11月28日(金)、 ぽかぽか陽気で雲一つない青空です。午前10時、神戸市営地下鉄学園都市駅西口の「なでしこの湯シャトルバス乗場」が集合場所。

 世話役の一風さんが改札でお待ちで、バス乗場に行くと、もう数人が待っています。

  爺々婆々の小春の句会太山寺  ひろひろ②◎

                  …数字は句会獲得点、◎は特選句

 学園都市を抜け、バスは晩秋の田園風景を走ります。

  赤とんぼ故郷の空連れてくる  ろまん亭①

  たんぼ毎巻き寿しひろげ村祭り  ろまん亭 

 ろまん亭さんの心は懐かしい故郷(神戸市北区)へ。「なでしこの湯」の案内板と、原生林の山を背景にした天台宗寺院、三身山太山寺の堂塔が見え、まもなく到着。

  太山寺威風堂々里の秋  一風②

 受付ロビーで本日のスケジュールを全員で確認します。

 参加者(敬称略)は、さくら、つきひ、へるめんと女性3名。男性は一風、蛸地蔵、播町、ひろひろ、見水、弥太郎、ろまん亭の7名で総勢10名。

 ひさびさに参加の“うんちく王”弥太郎さんと、学園都市・太山寺間を毎月歩いているという一風さん、二人の太山寺をめぐる“うんちく合戦”が今回の呼び物です。

 

 川沿いの道から参道に。畑では大根や白菜や葱が育っています。

  のんびりと伊川の野路に秋惜しむ  さくら①

  三重の塔が見下ろす葱畑  見水② 

安養院-我が庭へ天界からの朴落葉『時の濃縮』-

 

 安養院はかつて41ヵ坊あった太山寺の支院の一つ。桃山時代の枯山水名園が国の名勝に指定されています。今回の一般公開は貴重なチャンスです。

  閑かさや紅葉且散る石の庭  へるめん

  石の庭紅葉重なり色彩えて  ひろひろ①

  石の庭枯枝越しに見える塔  弥太郎①

 

 わが句会のメンバー10人のほか数人の見学者が座敷に坐って枯山水の風情に浸りかけていると、御住職さんがお出ましになり、庭園の由来などを詳しく説明。

  紅葉散る石庭(にわ)に和尚の声響く  一風②

  冬晴れへ苔むす石の屹立す  播町①

  石庭の鶴と亀にももみじ散る  蛸地蔵①

  冬紅葉蓬莱の岩鎮まれり  弥太郎②

 広い庭ではありませんが、石の巧みな組み合わせと紅葉の老木、堂塔や原生林の借景で、壮大な宇宙を感じました。

 

  枯山水紅葉散るまま欲しいまま  つきひ①

 元の建物(庫裏)が朽ちたため、淡河の古い農家を移築し、屋根は東北・北上川のヨシを葺いているとのこと。燻されて黒光りする建物内も見学し、安養院を出ました。

  紅葉散る葭葺屋根の重たさに  へるめん 

境内へ-木守柿峡に一軒だけの家『裏六甲』-

 

 石ただみの参道を進み、石段を上がり境内へ。

  石段を登れば紅葉塔を染め  一風②

  国宝を包む全山紅葉かな  つきひ②

 正面に、鎌倉時代の1300年頃に建立され、700年の栄枯盛衰を見てきた本堂。昭和39年に大修理されてからも、50年経っています。内部は延暦寺の根本中堂と同様、外陣と内陣を格子戸で分け、内陣に薬師如来像を安置。 

  落剝の本堂の朱と紅葉の朱  見水

  紅葉晴れ昏さの中の薬師さま  へるめん②

  鐘鳴れば紅葉散るなり太山寺  播町

  小春日や古き寺にも色映える  蛸地蔵

 本堂の東に三重塔、西に阿弥陀堂。建物はいずれも300年余り前の江戸初期に建立。安置されている阿弥陀像は、高さ274㎝で宇治平等院の阿弥陀像とほぼ同じ大きさ。鎌倉時代初期のもので重要文化財です。

  暗き中今年も終える阿弥陀仏  蛸地蔵

  坐す阿弥陀もみじと塔は朱を競う  播町

 

 今年の紅葉の時期は長く、太山寺の冬紅葉は実に見事です。

  チリチリと火傷して散る紅葉かな  さくら②

  落葉ふみ心静かに古刹かな  ろまん亭

  古刹の塔落葉散らして佇みぬ  蛸地蔵

 

 境内の入口あたりで、木守柿を発見。

  柿落葉熟れた実ひとつ残りけり  ひろひろ①

  いつまでも迷ってばかり柿一つ  ろまん亭②

 阿弥陀堂の前に「息游軒遺趾」の碑があります。寺のパンフレットに記述がなく、案内板もないので「これなんやろ」と通り過ぎる人もいました。

  この碑は、江戸時代初期の陽明学者、熊沢蕃山の閉居跡があったことを示す碑です。

  幽閉の身にも紅葉の華やいで  見水① 

奥の院-蓑笠を被り地蔵も冬支度『花季』-

 熊沢蕃山が51歳から10年間幽閉されていた奥の院に向います。奥の院は太山寺川の橋を渡った対岸で、地蔵堂や稲荷社があります。訪ねる人も少なそうな原生林のジャングル。

 熊沢蕃山は、岡山藩で零細農民の救済、治山・治水、日本初の庶民の学校「閑谷学校」の前身の起草などの改革を行いましたが、その大胆さのため藩を追われ、京都に移って私塾を開きますが京都からも追放され、幕命により明石藩主・松平日向守信之の預かりとなります。松平日向守は、領民に慕われたあの名君です。

  ―ウィキペディア・熊沢蕃山より―

 蕃山には幽閉という不幸な晩年の始まりですが、ここ太山寺で著述に専念し、『集義和書』、『集義外書』を著しています。松平日向守父子は、国替えで大和郡山藩・下総国古河藩へと移り、蕃山も同行し、反骨の学者が71歳で病没すると、手厚く葬ったそうです。

 蕃山の思想は、幕末に藤田東湖や吉田松陰に影響を与え、倒幕の原動力となり、没後200年経て、明治政府は、学問を興隆させた功績で名誉を回復しています。

  

 川の上流に鎌倉時代の不動明王の磨崖仏があるというので、近くまで行ってみようとしましたが、川沿いには道はなく、川の流れも激しく、断念。磨崖仏は300m上流の滝の近くにあり、太山寺の裏の道から見れるようですが、今年の夏の水害でその道も通行止めになっているとのことでした。原生林の谷間では、風が吹くたびに色とりどりの紅葉が降り注いでいました。

  寒禽や瀬音のさそふ奥の院  へるめん②

  太山寺伊川の瀬音小春日に  ひろひろ②

  枯葉舞う越路ふぶきのシャンソンに  ひろひろ 

仁王門-木偏の字思ひ出しつつ掃く落葉『時の濃縮』-

 

 境内の散策を終え、石だたみの参道を山門まで歩きます。かつてここに41ヵ坊も支院があったというのが納得できる距離です。

  石だたみ少し先行く鰯雲  ろまん亭②

  参道をのぼりくだりて鄙の秋  見水②

 重要文化財の仁王門にたどり着きましたが、千社札が貼られ格別の趣き。営業はしていないようですが「おみやげ」の看板も。今はバス停もあるが、明石から歩いてお参りしていた頃には、宿屋もあったらしい。寅さん映画に出てきそうな風景です。境内でも写真を撮っていた外人男性が、落葉を踏みしめながら写真を撮っています。

  落葉踏み見上げる仁王暗き門  弥太郎

  仁王門に仁王立ちして懐手  播町

  年越の寅に遭いそな仁王門  見水

 仁王門から、なでしこの湯まではあとわずか。途中で野菜の直売所を覗くと、冬野菜が並んでいました。

  なでしこの湯大根並ぶ直売所  弥太郎 

なでしこの湯-風花や色の褪せたる湯屋のれん『花季』

   温泉の入口には足湯があり、ぽかぽか陽気の中、気持ちよさそうに足を温めています。 

  寛ぎし足湯に一礼小春の日  さくら

  冬の日に足湯する人背をまるめ  一風①

  いつからが晩年足湯に湯冷めして  播町①

 昼食まで30分あり、温泉入浴券とタオルセットも配られているので、それまでに一風呂、と急ぎます。境内や仁王門で熱心に写真を撮っていた外人男性が湯に浸かっていたので、ちょっとびっくり。露天風呂も快適でした。

昼の宴-新米の水ひかえめに炊きにけり『裏六甲』-

 12:30 昼食場所の1階「さくらの間」に集合。  

今回の句会は第20回目。全員10歳以上齢を重ね、予備軍から本当の高齢者に。

弥太郎さんの発声でビールの乾杯。

  二十回の句会称へて紅葉酒  さくら

 

 綺麗に盛られた料理をいただきます。御飯は30分羽釜で炊いてくださいとのこと。新米の白御飯です。

 話題は最近亡くなった知人や有名人のこと。11月10日に亡くなった俳優・高倉健さんで盛り上がりました。

 

 13:30になったので食事を終え、吟行で作った各自5句を短冊に書いて提出。

 短冊をバラし、手分けして清書し選句表を完成させます。 

句 会 -家中の時計合はすも年用意 『裏六甲』-

 午後2時、2階に会場を移し句会スタート。

 

 今回の趣向として、播町さんから句会20回の総まとめの資料配付と、実践的俳句上達法―「中七」こそ名句の決め手―の10分間講義。名講義に全員納得。ついでに最近テレビのバラエティ番組に出ている松山の俳人・夏井いつきさんの毒舌俳句添削の話題にも及びました。

 全員に選句表を配付し、各自、気に入った句を選句。自作以外の6句を選び、特選1句2点、その他5句は1点で、各人の持ち点は計7点。参加者10名の総点数70点の争奪戦です。

 つきひさんの進行で、順番に特選句から発表し、作者も明かされます。

 本日、高得点を獲得した句は、

 

 歳月を石に留めてもみじ散る   蛸地蔵⑥

   安養院石庭が見てきた歳月と毎年散る紅葉の対比が見事です。

 もの言わぬ石の声聞く冬ぬくし  弥太郎⑤

   石庭の石たちの歴史に想いを馳せ心温かくなりました。

 一山を吟行地とす冬日和     へるめん④

   スケールのでかい今日の吟行地・太山寺への挨拶句。

 人を寄せ人を拒みて冬の庭    つきひ④

   枯山水は不器用な「故・高倉健」のような庭でした。 

 恋の詩(うた)紅葉挿みし昔事   さくら③

   色と形の綺麗な紅葉を見つけたら栞に。

 年毎に偲ぶ人増ゆ冬紅葉     つきひ③

   親しかった人が今年も。年賀欠礼の葉書の多いこと。

 仁王さん歩き出しそな冬日和   一風③

   気持ちのいい小春日和なら、きっと。

 小春日や足湯しながら書を読める つきひ③

   内容もよく頭に入ることでしょう。

 

 メンバーの得点と各賞・賞品は以下のとおり(敬称略)。

1位 優 勝         つきひ  (13点) 牡蠣汁+四湯物語

2位 準優勝         一風   (10点) なでしこの湯クッキー

3位 殊勲賞         へるめん (8点) 牡蠣汁

3位 敢闘賞         弥太郎  (8点) しじみ汁

5位 技能賞         蛸地蔵  (7点) しじみ汁

6位 太山寺賞       さくら  (6点) 黒豆茶 

6位 安養院賞      ひろひろ(6点) 黒豆茶

8位 伊川谷賞    ろまん亭(5点) 黒豆コーヒー

8位 なでしこの湯賞 見水  (5点) 黒豆コーヒー

10位 逆引き技能賞 播町  (2点) 四湯物語 

 総点数70点の行方は、女性軍3名の得点が27点、男性軍7名の得点が43点。と今回は男性軍もなかなかの健闘。つきひさんと一風さんは出句した句すべて得点し、パーフェクトでした。

 毎回下位に低迷していた男性軍の某氏、某々氏、某々々氏に多くの票が集まりました。これはパワースポット太山寺薬師如来の御利益か、それとも天然ラジウム温泉なでしこの湯の効能でしようか。 

帰 路 -二次会に付き合ふ元気忘年会 『時の濃縮』-

 学園都市駅行のシャトルバスは補助席まで満員。夕日がまぶしい。いい天気にめぐまれ、楽しい吟行でした。

 16:10学園都市駅で解散。反省会(忘年会)組は夕暮れの街へ。 

 もうすぐ歳末。あっという間に新年がやって来そうです。今年の3句集から年越に元気の出る句を引用します。

 新しき夢を紡いで年忘      『花季』

 初詣干支の土鈴を買ふならひ 『裏六甲』

 老といふ豊かなる未知初暦  『時の濃縮』

 

 今回やむをえず欠席の“毎回名幹事”だっくすさんに代わって、至れり尽くせりの一風+さくら幹事によって、いっそう楽しい句会となりました。お世話いただいた、一風さん、さくらさんに心から感謝。

 次回の春の吟行は何処へ。もう待ち遠しいです。よいお年を! 

2014.12 写真/romantei 文/mimizu

 

   「太山寺句会(2014.11.28)」 会計報告 

収 入  会費(7,000円×10人)      70,000円

        繰越金                   7,870

    合 計                   77,870円 

支 出  「なでしこの湯」

    (料理、飲物、コピー代等) 53,400円

         賞 品                     8,050円

         案内状等郵送料              600円

         太山寺・安養院入山料       6,000

        合 計                   68,050円

次回への繰越                       9,820円

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2014=淡路福良人形句会

2014-04-15 | 吟行句会

 

 3月半ばにだっくすさんからご案内が届きました。

 「第19回神戸RANDOM句会は、海を渡り、淡路人形座を鑑賞、福良港散策、老舗やぶ萬旅館での昼食、句会というプランです…」 

 繭の坂-さきみちてさくらくらくらめくるめく『繭の坂』

 そこへ、播町さんから第2句集『繭の坂』をブログアップしたお知らせ。

 

  「第1句集『水の家』以後の60代の約1400句のうち160句を選んでネット上で編み、第2句集とした。タイトルを『繭の坂』としたのは、繭のまま坂をゆるやかに転げ落ちるのをイメージした」と、あとがき。

 いつまでも若く、チャレンジ精神旺盛な播町さんですが、

  さうかさうかこれが余命といふ春か

のような、どきっとする句もあります。 

集 合 振り払ふ春愁がばと顔洗ふ 『繭の坂』

 平成26年4月15日(火) 8:40 JR舞子駅改札口集合。

  風光るランダム句会風いずこ   ひろひろ

 改札を出ると、いつもの顔の中に、初参加のころなさんのお顔も。

  花咲いたランダム句会ママ参加  ひろひろ

 

 参加者(敬称略)は、ころな、さくら、だっくす、つきひ、(りっこ改め)へるめんと女性5名。男性は一風、稲村、英、播町、ひろひろ、見水、ろまん亭の7名で総勢12名。 

往 路 正装はセーターでよし風光る 『繭の坂』

  遠足に行くよに並ぶバス乗り場  一風

 8:55 福良行き高速バスに、全員乗り込みました。

  淡路島全山丸く山笑ふ       さくら③(数字は句会での獲得点数)

  それなりに頑張りますと山笑う   ろまん亭

  遅咲きの花もなぜだかいとおしい ろまん亭

 

 春は笑う、夏は滴る、秋は粧う、冬は眠る―淡路の山々は笑っています。

  くにうみの島縦断す春疾風     播町

  陽炎を追ひかけてゐるバスの旅  つきひ②

 南あわじの玉葱畑を抜けます。5~6月に収穫されて特産の淡路新玉葱になり、畑は田んぼに戻ります。

  淡路道玉ねぎばたけ春景色    稲村①

  両側は玉ねぎ畑バス旅行     さくら②

  玉葱が甘くて淡路で栄養士    播町

 9:58 福良着。出迎えてくれたのは、淡路人形座の人でした。

  バス降りる老人迎え春の風    一風

  淡路来て人形浄瑠璃春句会   稲村

 

 人形座は、2012年8月オープン。地震・津波時には1000人収容可能の避難所を兼ねています。  

人形座 みみたぶもまぶたもタブー春の闇 『繭の坂』

 

 2階の客席に着くと、人形遣いの人が、人形の動かし方を解説。かしらの下にある「チョイ」の糸の握り方で、かしらが上下し、小さなつまみを指で動かすと目や眉毛が動き、顔に豊かな表情が生まれます。人形遣いは、主遣い(頭と右手)、足遣い、左手遣いの3人で1体の人形を操ります。

  春愁の顔をつくるもチョイの糸  一風②

  人形の白き指先春愁ひ      だっくす③は特選の句

 

 500年の歴史を誇る淡路人形浄瑠璃は、江戸中期から全国を巡業。大阪では文楽、徳島では阿波人形浄瑠璃になり、歌舞伎にも影響を与えました。芝居は太夫の語りと三味線の伴奏に合わせて演じられます。

  声しぼる女太夫や風光る     へるめん③

 本日の太夫と三味線はいずれも女性。三味線の力強い澄んだ響きに聞きほれていると、客席が暗くなり幕が開きました。上手に家の室内があり、下手は外の景色。入口に引き戸。基本は吉本新喜劇と同じようです。

 

  かかさんの名はゆみ春の人形座   見水②

  人形座阿波と大坂へだつ春    英

  春灯やお弓の姿艶めかし     ころな①

 演目は、おなじみ「傾城阿波の鳴門 順礼歌の段」。大阪に身を隠す父母の家を順礼のお鶴が訪れ、母のお弓は身の上話を聞いて我が子とわかったものの、親と名乗れず娘を泣く泣く追い帰し、思い直して娘の後を追う。

  渦潮や人形よよと哭き給ふ    播町

  春淡路人と人形カップルよ    ひろひろ

  春の技人心伝播浄瑠璃に    ひろひろ

 

 熱演に心から拍手を贈り、客席が明るくなって、外へ。 

福良港 風騒ぐなり新緑の濃く匂ふ 『繭の坂』

 

 11:00 お弓お鶴の余韻に浸りつつ、福良港で吟行。

 福良港には、観潮船乗り場があり、展望台・レストラン・土産物売場の「なないろ館」、南海地震が学べ500人避難できる「津波防災ステーション」、足湯「うずのゆ」、海産物土産物店が並び、昨年3月から「道の駅」。

 心地よい海風に、新緑の街路樹やノボリがはためいています。

 

-南あわじ市Hより-

  花菜道お弓お鶴を偲びつつ    さくら②

  春風や幟は海の匂ひして      だっくす④

  麗らかや海の香届き来る足湯   だっくす④

 世話人のさくらさんとだっくすさんは、賞品の買い出しと準備で大忙し。

  眼に若葉浄瑠璃足湯淡路会     稲村①

  春風や足湯ゆったり海ながめ      稲村①

  足湯ぬくし阿波のおゆみのかい嘆く へるめん

  足湯渦巻く淡路山桜            へるめん

 「うずのゆ」は、天然温泉を引いて渦潮や蛸壺形の湯舟を配置し、誰でも利用できる足湯。稲村さん、へるめんさん、播町さん大満足。

 

 英さんと見水さんは、「なないろ館」の展望台へ。

  福良湾はるかにかすむ海苔いかだ 英②

  この沖はトラフなれども春の海    見水②

 南海トラフが動けば、兵庫県で真っ先に津波が到達する福良港。1605年慶長、1707年宝永、1854年安政。1946年南海と、90~150年の間隔で地震と津波がやってきており、今年は南海地震から68年目。

 眼下では、観潮船に客が乗り込み、出航。

  観潮船阿波と淡路をうろうろと   英

  綱たぐる若者凛々し観潮船    見水

  観潮船ときめき乗せて出航す   見水①

 

  花の昼観潮船の出る時刻     つきひ①

  春の海観潮船がゆっくりと     ろまん亭

  観潮船大渦小渦へ向かひたる  さくら①

  うず潮や遠き恋日にめまいして  ころな①

町歩き 春昼のだれも遅るゝカフェテラス 『繭の坂』 

  福良港わかめくぎ煮に新玉も   稲村①

  うまそうないかなごくぎ煮声高し  英

 さくらさんとだっくすさんは、壺焼で1句(さくらさんの句は後で登場)。

  壺焼を店先で食べ道の駅     だっくす

-淡路島うずしおの郷Hより-

 福良は鳴門海峡に面する古い港町。一風さんは福良八幡神社に登って句作。

  高台に登り春風海の青      一風②

  福良港クレーン高く山笑う    一風

 ろまん亭さんはネコヤナギで一句。

  久しぶり久しぶりよとネコヤナギ ろまん亭 

やぶ萬 桜ふぶくわがロスタイム酔いの中 『繭の坂』

 12:00 創業150年の料理旅館・やぶ萬に集合。若女将に出迎えられ、2階大広間へ。

    

 ビールで乾杯し、活きのいい刺身や酢の物、焼き物、天ぷら、釜飯をいただき、極め付けが名物「鯛めん」。極細の淡路そうめんに鳴門海峡で育った桜鯛の天ぷらが載った温かい料理です。

  やぶ萬の少酌で良し鯛麺に    播町

  鯛麺と美人女将の老舗かな    見水

  参加したいつもの顔に鯛そうめん ろまん亭

淡路島うずしおの郷Hより-

  鯛入りたるソーメン島日和     へるめん①

  うまいもの福良ええとこ桜鯛    英②

  カラオケの佳境に入りて四月尽  へるめん

    淡路島自然満腹バスの旅     ひろひろ

 隣室の団体は、カラオケで盛り上がっています。

 句 会酔うものに優勝まさかの恋『繭の坂』

 若女将の曽祖父が俳人だったご縁で、句会場は別室でサービス。各自5句(ころなさんは今回3句)を短冊に書いて提出。短冊をバラし、手分けして清書し選句表を完成。全員黙々と筆を走らせる様子に、ころなさん、「なんだか試験みたい」。 

 選句表のコピーを待つ間、つきひさんご持参の明石・分大のお饅頭をいただき雑談。

 播町さんから、「神戸RANDOM句会」のブログで、各自ネット上の句集発行のお誘い。希望者は100句程度選び、句集タイトルとあとがきを添え、播町さんか見水さんにメール送付を。

 話題は、辞世の句へ。播町さんは『繭の坂』で「この世への礼状あまた春の風」を候補にあげ、つきひさんは句碑を思案中。

 

 午後2時、句会スタート。全員に選句表を配付し、各自、自作以外の6句を選び、特選1句2点、他の5句1点の持ち点7点。参加者12名の総点数84点の争奪戦です。

 つきひさんの進行で、順に特選句から発表し、作者も明かされます。

 高得点を獲得した句は、

初吟行福良の春にどっぷりと   ころな ⑧

 ふっくら・どっぷりというおおらかさに共感。最高得点。ころなさんは、「ニューコロナ」のママ。阪神淡路大震災で店が潰滅するまで25年間、三宮東門筋で ぶいぶいいわせていた知る人ぞ知る 名物ママ。1985年のタイガース優勝の夜は、店の前まで客であふれ盛りあがったものだった。店を閉じて10年、大腸がんを患ったものの、ボランティアで多忙な日々を送っているとのこと。ひさびさの再会でした。

人形が泣けば人泣く春蔭に    つきひ ⑦◎◎

 魂の入った人形の動きに惹き込まれました。

春うららふらっと入る壺焼屋      さくら ⑦

 笑みがこぼれます。壺焼は春の季語です。

旅人もバスも溶けゆく島おぼろ   つきひ ⑤

 島を縦断する春の旅に心が開放されました。

文楽の世から現(うつつ)へ新樹晴 つきひ ⑤

 芝居の余韻に浸っておれない若葉の季節です。

人形座出れば港や風光る     だっくす

 まさに福良ならではの春です。 

 メンバーの得点と各賞・賞品は以下のとおり(敬称略)。

  1位 優 勝          つきひ (20点)鯛茶漬け

  2位 準優勝          だっくす(16点)真ダコ釜めし

  3位 殊勲賞          さくら  (15点)わかめそうめん

  4位 敢闘賞          ころな (10点)玉ねぎドレッシング

  5位 技能賞          見水   (7点)玉ねぎふりかけ

  6位 浄瑠璃賞       へるめん(4点)浄瑠璃の一筆箋 

  6位   〃           稲村   (4点)  〃

  6位   〃        英    (4点)  〃

  6位 逆引き技能賞   一風  (4点)焼き穴子

  10位  〃 敢闘賞   ひろひろ(0点)玉ねぎドレッシング

  10位  〃 殊勲賞   ろまん亭(0点)オニオンスープ

  10位 特別賞       播町  (0点)玉ねぎわさび

 

 総点数84点の行方は、女性軍5名で65点、男性軍7名で19点で女性軍完勝。つきひさん、さくらさん、ころなさんは出句すべて得点しパーフェクト。バスの時刻が迫っているので早々にやぶ萬を後にしました。

帰 路 馬場さんの一蹴り千本桜散る 『繭の坂』

 15:50 福良発の高速バスで舞子に帰ります。バス乗り場で運転手さんに、全員集合写真を撮ってもらいました。

 

  旅人の古希を過ぎればみな遍路  播町

 16:53 舞子到着、解散。ころなさんほか7名は、ティオ舞子7階の海彩園で反省会。ここのオーシャンビューはすばらしく、そこで眺めた夕日は、夕日・朝日の違いはあるものの、クロード・モネの「印象・日の出」を思わせる海の色と太陽だったそうです。

 

 淡路島はこれから初夏を迎え、鱧のシーズン。新玉葱も出回ります。

ほととぎす消え行く方や嶋一つ  芭蕉

 お世話いただいた、だっくすさん、さくらさんに心から感謝。次回はいよいよ第20回記念句会。待ち遠しいです。

2014.4 写真/romantei 文/mimizu

(Hの写真・イラストはホームページから転載しました) 

  「淡路福良人形句会(2014.4.15)」 会計報告 

  収 入 会  費(9,000円×12人)           108,000円

            繰越金                      19,053

       合 計                         127,053円

  支 出  淡路人形座(1,500円×12人)       18,000円

           「やぶ萬」飲食                47,773円

           高速バス(往)                   23,400円

           高速バス(復)                   21,060円

           賞 品                             7,940円

           案内状等郵送料                      250円

           コピー代                             760円

               (原紙10円×4枚、選句用30円×24枚)     

        合 計                           119,183円

  次回への繰越                               7,870円

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2013=天王山もみじ句会

2013-11-19 | 吟行句会

 

 

 名にし負ふ天王山の紅葉句座  つきひ

 行く秋の天王山の句合戦    だっくす③

 第18回RANDOM句会は、神戸を離れ、山城・摂津の国境天王山へ――だっくすさんから句会のご案内。

 大山崎山荘美術館と宝積寺で吟行、離宮八幡宮経由、てんぷらの老舗三笑亭で昼食、大山崎ふるさとセンターで句会、というスケジュール。

宵ごとに都へ出づる油売り 更けてのみ見る山崎の月

―職人歌合せー

 山崎の八幡宮の油で思い浮かぶのは、司馬遼太郎「国盗り物語」。京の油売りから美濃の主となった斎藤道三と、織田信長、明智光秀の物語です。昭和48年のNHK大河ドラマでは、道三は平幹二朗、信長は高橋英樹、光秀は近藤正臣。みんな若かった。

 紅葉の季節、天王山ではどんな紅葉狩りが待っているでしょうか。

 

大山崎へ -今でしょ!-

 11月19日、夜中に激しい雨音がしましたが、朝は青空。

 天王山天下分け目の冬日和    一風①(数字は句会での得点)

 見渡して冬麗と云へば今でせう  播町

 「冬麗」は麒麟の発泡酒かと思ったら、冬の日光にてらされてうららかなことをいう冬の季語でした。

 午前9時10分、JR三ノ宮駅で快速野洲行きの最後尾の車両に乗り合わせ、参加メンバーが揃います。参加者(敬称略)は、さくら、だっくす、つきひ、どんぐり、りっこと女性は5名。男性は一風、英、播町、ひろひろ、見水の5名で総勢10名。旧摂津国の住人と旧播磨国の住人が5名ずつです。

 今日の句会は、吟行で各自5句作り、選句では自作以外の6句を選んで特選1句2点その他5句は1点で各人の持ち点は計7点。参加者10名の総点数70点の争奪戦です。勝敗は個人戦と、今回は摂津国×播磨国の団体戦で戦うこととしました。

 JR快速は、秀吉の「中国大返し」のルートをひた走ります。

 

 天正10年5月、安土城の信長のもとに秀吉から応援の求めが届き、信長は光秀に援護を命じ、自らも出陣の支度を始めます。

 光秀は丹波亀山城で出陣準備を整え、愛宕山の連歌の会で決意を詠みます。

 ときは今あめが下しる五月哉  光秀

 6月1日、光秀は京に向って出陣し、翌2日、信長と長男の信忠を襲撃。

 

 翌3日に本能寺の変を知った秀吉は、4日に毛利軍と和睦し、5日から撤兵。7日に姫路城、11日に尼崎へと急行し、13日午後、山崎で合戦。激しい攻防の末、明智軍は総崩れし、光秀は居城坂本城をめざすが、落ち武者狩りに遭い絶命。秀吉は27日の清州会議を経て、翌春、柴田勝家を滅ぼし、天下人への道を突き進みます。

 山崎っ子よく眠る香や美味し秋  ひろひろ

 サントリー山崎の建物が見えました。樽の中で眠る芳醇なシングルモルト「山崎」を想い、はや戦意喪失。

 午前10時5分、山崎駅到着。小さな駅でした。 

 山崎の駅の小さき秋日和  見水③

 駅前で送迎バスに乗車。JRの踏切を越え、急坂をあがり、大山崎山荘入口で下車。

 「千と千尋の神隠し」のようなトンネルを抜けると、驚きの別世界でした。

 

大山崎山荘 -じぇじぇじぇ-

 

 歩を伸ばす山荘広き紅葉道    さくら②

 手をかけぬことももてなし薄紅葉 さくら②

 紅葉に出迎えられます。

 石蕗ぶきのランダム句会花盛り  ひろひろ

 石蕗明り紅葉明りに染まりつつ  つきひ① 

 山荘はもみぢ明りのま只中    どんぐり◎◎は特選句)

 登っていくと、レストハウス(旧車庫)があり、門をくぐれば豪壮な3階建ての英国風本館。

 山荘へ冬バラの白アプローチ   どんぐり

 荘の門くぐればほのとかりんの香 さくら②

 入るなりかりんころころ一風頭  ひろひろ①

 「きんかん頭」ならぬ一風さんの「かりん頭」の句はご本人もお気に入り。登ってきたグループに集合写真をお願いしました。

 

 山崎周辺はサントリー城下町。ど真ん中に、なぜアサヒビールの美術館があるのでしょうか。

 サントリー(寿屋)のウイスキー蒸留所が山崎に開設されたのは1923年。創業者の鳥井信治郎は、英国で製造を学んだ竹鶴政孝を招きます。竹鶴は、良質の水が使え、スコットランドの風土に近く、霧が多い山崎の地を選び、1929年に日本初のウイスキーを製造・出荷します。

 宝寺の隣に住んで桜哉  漱石

 夏目漱石は、1915年に京都を旅行し、27歳の実業家・加賀正太郎が1912年から建設中の大山崎山荘を訪れ、句を詠んでいます。山荘は、サントリー山崎蒸留所よりも早くから建っていました。

 竹鶴は、その後、寿屋を退社し北海道余市でニッカウヰスキーを創業。竹鶴を加賀が支援します。

 別荘は増築され1932年に完成。併設する温室で加賀は趣味の洋蘭研究に打ち込み、1954年に66歳で亡くなります。

 加賀の没後、山荘は荒廃し、取り壊してマンション建設計画が。アサヒビールが美術館として再生するため保存・修復に乗り出します。アサヒビールはニッカウヰスキーの親会社。アサヒビール初代社長の山本為三郎と加賀は生前に親交があり、加賀の山荘がアサヒビールによって蘇ります。

 安藤忠雄設計の展示室「地中の宝石箱」も加わり、美術館は1996年に開館。2012年には安藤忠雄設計で山手館「夢の箱」も増築。

 いよいよ館内へ。

 冬晴れに山荘賑わい女子多し   一風①

 冬日さす赤むらさきにガレの壺  りっこ③

 清朝も李朝もならぶ冬の壺    りっこ

 「ガレのガラスの壺、テレビの『なんでも鑑定団』で見たけど、光線が当たるときれいよね」

 清朝、李朝をはじめ東洋・西洋の古陶磁は形がよく色彩豊か。美術品を収集した山本為三郎は、民芸運動の支援者で、濱田庄司や河井寛次郎、バーナード・リーチ、棟方志功らの作品も展示されています。

 秋冷や志功の刀の迷いなし   見水①

 民芸の言葉かみしめ秋をゆく  見水

 

 2階のテラスから木津川・宇治川・桂川が合流する風景が見えます。加賀がテムズ川を見下ろすロンドン郊外のウィンザー城と重ねあわせたのを納得。漱石が眺め、秀吉が眺めた絶景。

 秋風に三つの河のあわさりて  英

 秋冷や大河の向こうは男山   英

 桂宇治木津の三川四温かな   播町

 桂川宇治川木津川秋の風    見水①

 南は生駒山、北は京都盆地を一望。対岸の男山には、京の裏鬼門(南西方向)を守り、徒然草にも登場する石清水八幡宮。

 

 鯉跳ねて水面の紅葉砕きけり  つきひ①

 水音やもみぢ且散る庭広し   どんぐり①

 一目見て安藤建築照紅葉    さくら

 35歳の「住吉の長屋」で日本建築学会賞を受賞し、斬新なアイデアで建物を作り続ける安藤忠雄氏。現在72歳。

 陶芸も絵画も紅葉あかり中   つきひ③

 モネの絵や外は紅葉の美術館  だっくす②

 楽し秋モネとルオーと美術館  英

 サムライの涙冴ゆるや天王山  りっこ②

 庭の紅葉と池を眺めながら階段を下りると「地中の宝石箱」。モネの「睡蓮」や、ヴラマンク、クレー、ルオーなど西洋絵画の巨匠の名品。

 黒御影石の「サムライの涙」は現代彫刻。光秀軍の武将の無念の涙か。

 受付で宝積寺への道を聞き、美術館を出ます。

 山道で幼稚園児とすれちがい、元気をもらいました。

 子供らが色とりどりに登る秋     英

 冬の日に児らのあいさつ声高し    一風①

 坂下る園児手に手に朴落葉      りっこ③

 「猪デマス」まっしぐらかもしれず  播町①

 

宝寺・待庵・八幡宮 -ヒデノミクス-

 

 猿の来る天王山の紅葉寺    どんぐり①

 銀杏を踏まぬやう行く宝積寺  だっくす②

 山崎の合戦のあと、秀吉は姫路城に戻らず、宝積寺も取り込んだ「山崎城」を築いて拠点とし、大阪に巨城の建設を始めます。

  

 秋天に三重の塔宝寺       さくら

 鵙鳴くや一夜造りの塔の上    だっくす③

 秋惜しむかつて合戦ありし地に  だっくす②

 宝積寺に秀吉の「一夜造り」の三重の塔が残っています。墨俣城といい石垣山一夜城といい、人を驚かす秀吉さんの得意なやり方です。

 紅葉見つバスを待つ人歩く人  一風

 冬の日に剪定の札下がる幹   一風

 再集合場所のJR山崎駅前へ。山を守るためか、伐採予定の木々に札がかかっています。

 途中、この地で活躍した連歌師で、俳諧の先駆者の一人、山崎宗鑑の石碑がありましたが判読できず。

 風寒し破れ障子の神無月    宗鑑

 渋色に染むるは柿のもみじかな 宗鑑

 

 JR山崎駅前の広場に面して妙喜庵。ここに「待庵」があります。待庵は、千利休が作った唯一現存する日本最古の茶室で国宝。山崎の合戦のとき、秀吉の陣中に建てた茶室を解体・移築したものといわれ、茶席は二畳、次の間と勝手の間を合わせて四畳半の空間。利休は以後秀吉に仕えます。

 メンバーが揃い出発。角を曲がると離宮八幡宮。

 

 世話役のだっくすさんとさくらさんが、社務所で句会の賞品を買っている間、各自、落葉の舞う境内を散策。

 短日の男ばかりがなお苦吟  播町①

 離宮八幡宮は、貞観元年(859年)に建立。当時、山崎は淀川水運の拠点港で、名水が豊富に湧いていました。今も数百メートル南にある水無瀬神宮の境内に、名水百選の「離宮の水」があります。

 雪ながら山もと霞む夕かな  宗祇(水無瀬三吟)

 石清水八幡宮が男山に移った後、ここが嵯峨天皇の離宮であったことから「離宮八幡宮」となりました。

 貞観年間(859年~877年)、神官が搾油器を発明し、日本初のえごま油の製造が始まります。えごま油は神社の灯火に必要で、室町時代には宮廷や全国の社寺、一般の人々も山崎のえごま油を求め、「大山崎油座」はえごま油の販売権を独占し栄えました。

 このことから離宮八幡宮は油売買の神様として崇敬され、境内には、製油業界による「本邦製油発祥地碑」や「油祖像」が立っています。

  

 広大な敷地と「西の日光」と呼ばれる壮麗な社を誇った離宮八幡宮は、幕末、禁門の変の時、長州藩の屯所が山崎にあったため、攻撃を受けて焼失。明治4年に境内北側を鉄道事業に提供し、現在の規模に。

 

 昼食場所に移動。

 創業140年の老舗料理旅館「三笑亭」まで来ると、店の前に「従是東山城国」の道標。摂津国と山城国の境です。かつての山崎は宿場町で自治都市でした。

 

離宮てんぷら -お・も・て・な・し-

 お腹ぺこぺこ。おまちかねの「三笑亭」での昼食。

 秋出水三川集い宴かな  ひろひろ

 2階の座敷へ。黒光りする柱や絵画、掛け軸に歴史を感じます。「播磨国」と「摂津国」が対峙して、ビールで乾杯。

 

  

ビールは地元サントリーのザ・プレミアム・モルツ。出来たてなのか旨い。これで敵を酔わそう。

料理は小鉢、刺身、炊き合わせ。ボリュームがあり、温かく懐かしい「お・も・て・な・し」。

 

 

 三笑亭一足先に正月来        見水

 桐一葉「人生いろいろ」など云ひつ  りっこ④

 「三笑亭夢楽という落語家もいたけど、ここの『三笑亭』のいわれは何」

 「店のパンフレットに書いてあるけど……」

 パンフレットで説明しようとするが、お互いに酔いが回ってわからない。交代しても同じ。続出する珍答に全員爆笑。「三笑亭」が「十笑亭」に。

 話題は、今日の吟行の感想や11月8日に75歳で亡くなった歌手の島倉千代子のこと、最近の歌の歌詞のことなど。

  

 天ぷらは期待どおり。茹でた小豆の上澄みと餡を別々に固めた水羊羹のデザートも大満足。

 天ぷらも俳句の味もうまし秋  英

 秋寂ぶや宿三笑にすこし酔ふ  播町

 店の前で全員集合写真も撮ってもらい、大山崎ふるさとセンターへ。

 

句合戦 -倍返し-

 席に着き、短冊に自作の5句を書いて提出。2階の歴史資料館の「待庵」の原寸大復元模型も見学。

  

 提出された短冊をバラし、手分けして清書し選句表を完成させ、全員分コピー。

 その間、つきひさんご持参のクリスマス菓子・シュト―レンをいただきます。

 おーい秋まだ日があるぞ急ぐなよ  ひろひろ①

 句会スタート。全員に選句表を配付し、各自、気に入った句を選句。

 午後3時、つきひさんの進行で、順番に特選句から発表。作者も明かされます 

 本日の高得点句は、

 百年の時を刻む大山崎山荘を「冬館」と詠んだ

 古時計迷路めきたる冬館   つきひ◎◎◎

 と、「三笑亭」での楽しい会食を詠んだ

 三笑の謂れひもとく冬座敷  どんぐり⑧◎◎

 後で調べると、「三笑亭」の「三笑」のいわれは、中国の「虎渓三笑」の故事から。「虎渓三笑」というのは、中国の僧・慧遠が、来客を送る際に、虎渓という谷川で足をとめ、そこを渡らない戒律を守っていたのに、詩人の陶淵明と道士の陸修静が訪れ、三者で夢中で話し込んでいるうち、興が乗じて思わず虎渓を越えてしまい、虎のほえる声を聞いて気づき三人とも大笑いをした、というお話。

 「虎渓三笑」の故事は江戸時代にはよく知れ渡っており、「三笑亭」の命名は、「顧客接待の誠はかくあるべし」の信条によるものでした。 

 個人戦の得点と各賞・賞品は以下のとおり。

   1位 天王山賞   どんぐり(15点)しそ油(えごま油)

  2位 準優勝    つきひ (13点)えごま油ドレッシング

  3位 殊勲賞    りっこ (12点)えごま油ドレッシング

  3位 敢闘賞    だっくす(12点)マグカップ

  5位 技能賞    さくら (6点)マグカップ

  6位 天下分け目賞 見水  (5点)ビスケット

  7位   〃    一風  (3点)ビスケット

  8位 逆引き技能賞 播町  (2点)ペーパーナプキン

  8位  〃 敢闘賞 ひろひろ(2点)ビスケット

  10位  〃 殊勲賞 英   (0点)一筆箋

 

 総点数70点の行方は、播磨国38点、摂津国32点で、団体戦は播磨国に軍配。

 女性軍5名の得点は58点、男性軍5名の得点が12点、大差をつけ女性軍の圧勝。男性軍の勝利は、「夢のまた夢」でしょうか。

 だっくすさんは出句の5句すべて得点しパーフェクト。

 

 午後4時半に句会終了。天気にめぐまれ、楽しい吟行でした。お世話いただいた、だっくすさん、さくらさんに心から感謝。

 今年も、もう師走。そして新しい年がやってきます。

 一年のとしてかくして暮にけり  宗鑑

 とび梅やかろがろしくも神の春  守武

 秋以降、「清須会議」や「利休にたずねよ」の映画など、自由で絢爛たる安土桃山時代への関心が高まっています。来年のNHK大河ドラマは「軍師官兵衛」。楽しみです。

 春の句会にまたお会いしましょう。そのときは、男性軍!“10倍返し”だ。

 

2013.12 写真/bancho,mimizu文/mimizu

 

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2010=有馬湯けむり句会 Arima Again

2013-10-20 | 吟行句会

  少年や六十年後の春の如し 耕衣

有馬温泉にはそれぞれに思い出があります。

炭酸泉を飲んで、鼓ヶ滝で記念写真を撮ってもらった子供の日の思い出。親になってわが子とヘルスセンターの金泉・銀泉で遊び、にじますを釣って唐揚で食べた思い出…。

つきひさんと一風さんは若い日に何度も六甲越えハイキングをして温泉で汗を流した記憶が鮮明に蘇るようです。

今日は旧知の連衆との吟行。有馬の吟行は8年を経て2回目です。

8年前は、初めて句会で顔を合わせた緊張感もあって、 

 花の坂人形筆は行儀よし      さくら

 重さうに八重桜活け有馬籠     つきひ

 金泉に春愁の身を沈めをり     だっくす 

など、心に残る名句がたくさん生まれました。

今回はそれら8年前の懐かしい句をサブタイトルに添えました。

若桜 春なれば心さわぐや出合いあり 蛸地蔵

集合は4月4日(日)午前11時、神戸電鉄・有馬温泉駅。

 酔うものに花、湯、優勝、まさかの恋  播町③(数字は句会獲得点数)

有馬まで2時間以上かかる播町さんは、朝からそわそわ。「酔うもの」は清少納言の枕草子の発想で、しかも「まさか」という俳句に似合わない言葉が浮かんだと自慢の句でしたが、支持少数でした。

 真っ先に朝日届きし桜かな   つきひ①

 満開の桜の駅を始点とす    つきひ② 

つきひさんは明石から出発。「桜の駅」は眼前に明石公園が広がる明石駅でした。

 老ひしかな少し厚手の花衣   だっくす②

参加者は、男性が弥太郎・一風・播町・蛸地蔵・見水・英・ろまん亭の7名、女性がつきひ・りっこ・さくら・だっくすの4名の11名。気温が低いので、全員少し着込んできました。

 

吟行して目に触れたものを詠む「嘱目句会」の各自5句の出句は、午後2時が締め切り。句会場は今も人気の高い「かんぽの宿有馬」です。

幹事のだっくすさんは、前もって賞品を購入するのにひとりでは無理と、さくらさんにお手伝いを依頼。さくらさんは快く引き受けた上、ご主人に車で送迎までしていただいたとのこと。

有馬は絶好の日和、どこもかしこも若桜が咲き誇っています。 

 若桜花に艶あり宵を待つ        蛸地蔵① 

有馬川 ねね像に挨拶もして桜狩り さくら

有馬温泉駅から、有馬川沿いの「さくらの小径」を歩きます。川に桜の枝が張り出し、桜のトンネルをくぐっているよう。

 春昼の湯らりめぐりの御一行      だっくす②

 有馬川しだれ桜と水の音        英

 春日浴び有馬川底音高し        弥太郎

川の水は滝のように勢いよく、マイナスイオンもたっぷりで気分も爽快です。橋をわたると区役所有馬連絡所と有馬交番が並んでいます。有馬交番の看板は、なんと「湯けむり交番」。ドラマのロケ地のセットのようで、さすが有馬。

 ふるさとはすぐそこだよと山桜     ろまん亭

 桜咲き母は達者か有馬より       ろまん亭③ 

有馬から目と鼻の先の長尾に実家のあるろまん亭さん、ここまで来てるんやけどな、と少し後悔。

ろまん亭さん、今日も吟行の専属カメラマン。太閤橋で集合写真を狙います。いい具合にお花見に来た知り合いの仲良しご夫婦が通りかかり、シャッターをお願い。ねね橋では舞鶴から来たかわいいカップルとシャッターの押し合いっこをしました。 

 カップルが桜の下でVサイン      一風②

 

糸桜 源泉の香りてきたる木の芽風 どんぐり 

善福寺の石段を登り、糸桜(しだれ桜)の古木にご挨拶。

 老い桜若桜(わかさ)を見おろす石段や  蛸地蔵① 

 糸ざくらのどかにわたる有馬山     英

 黒々と苔むす幹や大桜         さくら②

善福寺の境内からは有馬の温泉街が一望でき、絶好の俳句スポット。皆さん浮かんだ句をメモします。 

 苔むすもかわいく咲いて糸桜       播町②

 幹古りて花の清しき(すがしき)大樹かな  りっこ②

 見えねども行基利久や花の影       りっこ③ 

糸桜の下には、温泉寺を建立した行基や太閤の有馬茶会を仕切った利久(利休)の供養塔がひっそりと佇んでいます。

 花見客睨みつけてる鬼瓦        見水① 

にぎやかな「太閤通」を進むと、大勢の人だかり。有馬の花見客相手に猿の芸を見せようと、近くのフルーツフラワーパークから若い猿回し芸人が出張。

お猿さん、長い前口上の間、妙にえらそうにふんぞりかえっている。太閤さんの生まれ変わりだったかも。 

 猿回し見ている人に春の風       一風②

ここには1回100円のレトロな有馬ループバスのバス停があります。

 湯宿へのバス待つ木椅子花の塵     播町①

いよいよ、有馬玩具博物館や食事処、土産店、有馬筆・有馬籠の工房などが軒を並べる「湯本坂」の界隈に足を向けます。 

湯本坂 湯の坂の春の匂ひのせんべ食ふ 播町 

湯本坂の登り口の正面に、金泉の外湯「金の湯」があります。

飲泉があるので、備え付けのコップで一口。なまぬるく少し苦くてしょっぱいような味。

 金の湯を一口含み春の坂        見水④

時計を見ればもう昼、歩き回っているので腹ペコ。金の湯を飲んだだけでは元気がでるはずもなく食堂を探すと、鳥専門店のようだが「有喜屋」の看板。ゾロゾロッと入り、分かれて座って定食とビールを注文。ビールで酔う前に句を作っておこうと、各自無言でまとめます。静か。店の人は変な集団だと思ったでしょう。

 外は春だけど静かな昼ごはん      一風② 

播町さんはこの句に二重丸。作者の一風さんの真意はわかりませんが、「静かな昼ごはん」がいろいろな想像をかきたて、「これはきっと一風さんの代表作になる」と断言。

ビールでほろ酔いになって定食を食べ終え、ふと手元を見れば、ペーパータオルの入ったビニール袋にも桜の絵が。

 食堂のおしぼり袋も桜かな        見水① 

店を出ると、「金の湯」の足湯に大勢の人たちが足を投げ出しています。

 足湯してねねになりきる花の鬱(うつ)   播町②

湯本坂を上り、天神泉源へ。 

天神泉源 つばくろの泉源の湯にかすめ飛び うしを

 春風に湯煙の先薄く消え        弥太郎①

 春の空泉源白く白く立つ        さくら①

 温泉寺濃淡のしだれ桜の揺れ交はす   つきひ

凛とした風情の温泉寺、極楽寺で桜見物。

ここのしだれ桜はまだ。ソメイヨシノはほとんど散っておらず、健気に咲いて清々しい。 

 半眼で今年の花はと薬師像       蛸地蔵③

 中には、鳥についばまれたのか、散ってゆく花びらも。 

 ひとひらは脱力系として落花        播町③

 アラカンを過ぎて愛(め)でるは散るさくら  ろまん亭 

「アラカンって嵐寛寿郎のことですか」

「まさか」

「アラウンド還暦、約60歳のことですよ」

(句会では、こんな佳句に全員が1点も入れないなんて、とその不明を詫びて、のちにこの句にスペシャル賞が与えられました)

「銀の湯」を横目に「ねがい坂」を上がり、「タンサン坂」を上がって、懐かしい炭酸泉源公園へ。このあたりまで登って来ると観光客も少なく、ハイキングで森林浴をしている気分。

 

炭酸泉源 手づからで飲む炭酸の遠き春 ろまん亭 

炭酸の泡を見たくて泉源に立ち寄りましたが、泡は湧いておらず、見られませんでした。隣に炭酸泉の飲み口を設置しているので、交替で味見。金泉よりは飲みやすい感じです。

前回、季重なりの指摘も受けましたが、少年になって炭酸水の夏(播町)の句も生まれました。 

虫地獄 振り返り一句誘わん初音かな 楽水

炭酸泉源公園の坂を登りきると車の行き交う「こぶし道」。句会場のかんぽの宿まではすぐ。時間に余裕があるのがうれしい。のんびり歩きます。

 有馬みち武庫の山なみ木の芽まだ    英 

一風さんが「この先に炭酸煎餅を作っている店があるので買いに行く」というので同行。六甲ハイキングコース(魚屋道・ととやみち)の登り口に、つきひさんの姿。ここはかつて炭酸ガスが噴き出していた鳥地獄・虫地獄の場所です。

 落椿今は名のみの虫地獄        つきひ②

 囀り(さえずり)や鳥虫地獄谷深し    りっこ 

「炭酸煎餅、私の分も買ってきて」と一風さん、つきひさんに頼まれます。

ありました。湯乃花堂本舗。こんなとこにあったんですね。車で通ると見落としそう。ポリ袋の簡易包装なので安い。黒ごまや青のりの炭酸煎餅もあるのでつい買ってしまいます。一風さんは「これもうまいんやで」と一袋100円の割れ煎餅も。 

 春愁を鼓ヶ滝に置いてきし       だっくす①

だっくすさんはマイナスイオン最高値の鼓ヶ滝まで足を延ばしたつもりで作ったようです。今回も行けなかったなと思いながら、かんぽの宿の句会場に入ります。

句会 風も樹もミミズもボッティチェリの春 見水

午後2時、出句締め切り。11名5句ずつ提出された全55句を、順不同・作者不明で分担して清書し、選句表を作ってコピーします。

その間、つきひさんが、神戸花物語2010イベントの俳句募集に投句し、受賞した句を紹介。

つきひさんの物言はぬ花木と語り寒肥すが入選。

どんぐりさんの注射器で水遣る盆栽梅ふふむが佳作。

おふたりの歩んだ職業が句にもしっかり共鳴しているようです。おめでとうございます。

 

つきひさん、次に「この句誰の句かわかる?」と俳句を2つ紹介して謎かけ。

意図が不明なので、誰か有名人の句かなと思っていたら、本日欠席のひろひろさんの句。ひろひろさん、本格的に俳句に目覚め、つきひ師匠のもとに日々作った句を送り、めきめき腕を上げているとのこと。次回の句会が恐ろしい。

午後2時30分、句会が始まりました。

今回の新趣向は、参加者全員が「春」を入れた俳句を1句作って幹事のだっくすさんに送り、書家のりっこさんにそれをあらかじめ短冊に仕上げていただく「短冊句会」。そのりっこさん書の短冊がお土産になるというもの。都合がつかず不参加の稲村さんとひろひろさんの短冊も加わって13句。作者を伏せた句を、各自2句選んで投票し、得点を競います。しかし、これは票が割れました。

 

 雨ごとにつぼみふくらみ春は来ぬ  稲村①

 ― 美しい句です。

 裏六甲すこし遅れて春の色     だっくす②

 ― 裏六甲の住人の作でした。

 幼子のはしゃぐ姿や城の春     一風

 ― 実はかみさんの作です。

 かなしみを燃やし尽していまは春  見水③

 ― 森進一「襟裳岬」の何もない春から連想。(作者)

 距離おきてまた寄り添ひて春の宵  さくら③

 ― 色っぽい句で、色々想像させてくれるので得票。

 来る春に想いそれぞれ街歩き    蛸地蔵①

 ― 街を歩いている人を見て浮かんだ句です。(作者)

 春昼のノンステップバス客ふたり  りっこ②

 ― 実は私と敬老パスの客の二人でした。(作者)

 沈丁花隣近所に春配る       ひろひろ①

 ― 沈丁花の漂う香り、確かにそんな感じがします。

 春時雨ちひさな寅さん地蔵にも   つきひ③

 ― 震災直後来てくれたフーテンの寅さんの像が新長田駅にあります。

   雨はかからないけど、かかったら面白いなと想像して。(作者)

 春なのに春恋しい雪の朝      英②

 ― 暑くなったり寒くなったり今年の春の感じがよく出ています。

  中七の「春恋しい」が字たらずなのが惜しい。

 春彼岸墓地から望む瀬戸の海    弥太郎②

 ― 海を眺めながらお墓参りする春の明るさがよく出ています。

   彼岸と墓地はイメージが重なるのでご一考を。

 みみたぶもまぶたもタブー春の闇  播町②

 ―たぶ・ぶた・タブと似た言葉をダブらせたのがミソ。過去の句に

 「尼寺やうしろのしゃうめん春の闇」の句あり。(作者)

 山こぶし春は有馬や里さくら    ろまん亭

 ―いかにも有馬。こぶし・春・さくら、季語が3つ重なっているとの指摘

 

3点句がさくらさん、見水さん、つきひさんの3句あったため、ジャンケンでつきひさんが優勝。ところが嘱目句会でもつきひさんに票が集まったため、賞品を辞退、高級焼酎は短冊を書いてくださったりっこさんに感謝をこめて。

 

新趣向の短冊句会の次は、恒例の嘱目句会です

コピーした選句表を全員に配付。各人10分間で他のメンバーの句を、今回は6句選び、うち1句を特選句として2点に換算するルール。総点数77点の争奪戦です。

 

各人選句を終え、つきひさん進行で選句の発表。

獲得点数の結果は次のとおりでした。

 優勝=つきひさん・15

 2位=見水さん・12

 3位=播町さん・11

 4位=だっくすさん・10

 5位=さくらさん・8

 ………

総点数77点の行方は、女性軍4名で38点、男性軍7名で39点。いつものごとく女性軍が健闘。出句した5句すべてが得点するパーフェクトは、播町さんお一人でした。

高得点句を紹介します。

 見下ろして見上げて花の有馬かな    つきひ⑩

 参加者8名が選んだ断トツ10点獲得の句。坂を登りながら桜を楽しんだ気持ちが素直に表現され、 圧倒的な共感を得ました。

 春うらら湯けむり交番今日は閑(ひま) 見水⑥

 有馬交番の「湯けむり交番」の看板にはびっくりしましたが、有馬散策の人たちのマナーはよく、今日はお巡りさんの出番はなさそう。

 春風や前置き長き猿の芸          だっくす⑤

 太閤通での猿回し、前口上が長く、なかなか猿の芸は始まらない。それでものんびり見守っている観客にさわやかな春の風。

 ゆるやかに金の湯に解く花疲れ      さくら⑤

 句会が終わればかんぽの宿自慢の金泉が待っています。桜狩りを堪能した心身を温泉で解き放つ。なんという贅沢。

 

花の湯 金泉を掬い春光砕きけり つきひ 

午後4時30分、予定どおり句会が終了。1時間の温泉タイム。男女それぞれにかんぽの宿のタオルを持って大浴場へ。自慢の金泉に浸かりました。温泉大好きの一風さん、1時間では物足りなかったそうです。

 湯あがりの頬艶やかに春の風      弥太郎①

歌謡曲の歌詞からいただいたとか。近江俊郎の湯の町エレジーではなく、フランク永井の歌。博覧強記の弥太郎さん、手品師のように引き出しから何でも出てきます。

花の宴 馬場さんの一蹴り千本桜散る 播町

好天にめぐまれたお花見、句会、温泉の一日が終わり、後は宴会の始まりを待つばかり。

その前に表彰式です。

今日の句会の各賞と受賞者・賞品は、次のとおりです。

 

嘱目の部

 優勝・金の湯賞       つきひさん  黒豆昆布&金泉焼

 準優勝・銀の湯賞      見水さん   神戸ワイン(有馬)

 有馬記念・殊勲賞      播町さん   日本酒(有馬桜)

 有馬記念・敢闘賞      だっくすさん 炭酸煎餅(ミックス)

 有馬記念・技能賞      さくらさん  金泉焼

 I LOVE A 有馬ねねの湯賞  一風さん    黒豆炭酸煎餅

 I LOVE A 有馬ねねの湯賞  蛸地蔵さん   黒豆炭酸煎餅

 I LOVE A 有馬ねねの湯賞  りっこさん   黒豆炭酸煎餅

 逆引き有馬記念・技能賞   ろまん亭さん  炭酸煎餅(黒ゴマ・青のり)

 逆引き有馬記念・敢闘賞  弥太郎さん  餅菓子(春・彩かさね)

 逆引き有馬記念・殊勲賞  英さん    煎餅(春の色・桜の音)

 

全員に賞と賞品が当たってニコニコ。乾杯して、大宴会です。

次回こそ、この夏にしたい。写真を見て即興で俳句を作る「写俳」にチャレンジしよう。写真はろまん亭さんにあらかじめ撮ってもらって、幹事は英さん…。あっという間に、次回の計画が決まりました。

 花に暮(くれ)て我家(わがいえ)遠き野道かな 蕪村

有馬だけでは飲み足りず、神鉄電車終点の新開地で数名が寄って二次会を楽しんだ、と後日お聞きしました。

お世話いただいただっくすさん、さくらさん、書のりっこさん、写真と現地ガイドのろまん亭さんに心から感謝。

そして、次回の句会に期待。

2010.4 写真/ろまん亭,文/見水


 

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2002=春らんまん有馬湯けむり句会

2013-09-13 | 吟行句会

 

春らんまん

有馬吟行

湯けむり句会

 「俳句は初めて、吟行は初めて、という人たちが集まって、句会という遊びをやってみましょう。たくさん集まれば、快句・怪句も生まれるでしょう。お待ちしています」という手紙が届き、4月13日土曜の午後、有馬温泉駅に集合したのは12名。

温泉駅集合

 例年になく早い桜前線。この日、有馬川にそった小道にすでに桜はない。午後1時前、駅前にあつまってきた人たち。みんな電車からおりてくるものとホームに目を向けていたが、後方からも多く声がかかる。早く到着し、先に偵察というか一人吟行を終えたらしい。

 「いっしょの電車だったのに出てきませんね」

 「ホームのベンチで宿題をやっていますよ」

 この句会、あらかじめ宿題がでていて、それは「春」または「馬」または「湯」という字を折りこんだ句(もちろん季語も入れて)を3句、当日提出のこと、となっている。「題詠」とか「兼題」というそうだが、ここでは「宿題句」とよぶ。

 ところで案内状には、初めての人のために、「俳句を作ろう」というペーパーが1枚入っている。辻桃子という俳人の文章だ。

 俳句はとかく難しく考えがちだ。とくに社会で立派に活躍している男性諸氏や教養の高い奥様方は、「みっともないものは作れない」 と思うのだろう、尻込みする。だが、いきなり名句を作ろうなどと肩肘張らずに、とにかく始めてみること、それが俳句入門の第一歩なのだ。

 俳句の約束事は、五七五という「定型」にはめること、季節を表す言葉「季語」を入れること。とりあえずこれだけだ。これさえ覚えておけば、誰だってできる。俳句はただこれだけでいい。この簡単さこそ俳句だ。

 予備知識はこれだけ。

 「あのねえ、五七五と季語、それくらい知っていますよ」

 ホームで宿題のできたひとが「そんな難しいもんかいなと思っていたけど、ほんとに難しいね」と出札口へ。

 午後1時6分、最後の連衆、蛸地蔵さん到着。「みんななんでそんなに早よ来とんやという顔をしてやってきましたね」

 全員の宿題は回収され、観光協会発行のイラストマップを受けとる。駅から移動。太閤橋に集合。とりあえず全員が名前を名乗る。初対面の人もいれば、久しぶりに見る顔もある。そして記念撮影。

 俳句初体験4名

 俳句は小学校以来という俳句歴0年組は、一風さん、蛸地蔵さん、ろまん亭さん、かつらさん。

 職場の句会で5年のうしをさん。他の職場句会で5年の楽水さん。元あじさい俳句会5年のだっくすさん。独りで勝手に5年の見水さん。

 10年を越えるのは、あじさい俳句会のメンバー、どんぐりさん、さくらさん、つきひさん。パソコンネットで10年の播町さん。

 以上、12名。50代10人、60代2人という顔ぶれである。

  今日の世話役は、区内に勤務のろまん亭さんとだっくすさん。さすがに有馬にくわしい。「まず善福寺へ行きます。そのあと、御所泉源、温泉寺、極楽寺、太閤の湯殿、銀の湯、炭酸せんべいの店、人形筆の店、炭酸泉源など見て、杖捨橋経由で2時間後に有馬荘に集合というコース」

  なにしろ日本書紀にも記されている日本最古の温泉である。とはいっても有馬は身近かすぎ、夜に訪れ早朝に帰還するといったつきあいである。ゆっくり散策したことがない。あらためて町を歩いてみると、古い家並みや店舗のある通りは、たしかに俳句になりそう。

  ところで「吟行」とは、詩歌・俳句をつくるために、景色のよい所や名所旧跡などに出かけて行くことである。「当季雑詠」とは、その季節の季題季語を見つけ、素材も自由に詠むことであり、「嘱目」とは、その場で目に触れたものを即時的に詠むことであるそうな。

   わが連衆たちは、句をつくる気があるのか、ぶらぶら歩いている。「連衆」とは、連歌・俳諧の会の席につらなる人々、連句をつくる仲間、と辞書にあるが、要は句会の仲間のことだろう。ときどき、メモ帳になにか記したり、鋭く路上観察をしているようにも見える。心配するまでもなく、各人3句の嘱目句は締め切り時間内に提出された。

 

  

 

吟行句一挙公開

 さて、のちに句会で披講された嘱目句を、ここでは同時進行で紹介しながら、吟行に同行してみよう。なお、○印の数字は句会での得点である。

 最初はねね。新谷英子の若きねね像が川のそばに建っている。

 ねね像に挨拶もして桜狩り ④ さくら

  いかにもスタートにふさわしい1句。

 ねね橋をゆっくり渡る春日傘 ③ だっくす

 日傘は夏の季語。春のときは春日傘といいます(つきひ)。えっ春日の局のカスガガサだと思った(ろまん亭)、とまあ、こういうスタートである。じっさいに見たわけではないのですが、日傘をさした着物姿の女性を置いてみたくなりました(だっくす)。橋と日傘が合いますね(つきひ)。

 花に添ふ一筆ねねに参らせそろ ○ 播町

 古風な言葉づかいです。ぜんぜん票が入っていませんが、作者に句意をきいてみましょう(つきひ)。ねねに花を贈りたい、手紙をそえて(播町)。だったら、花に添へ…、でしょうね(つきひ)。

 街中には温泉が湧出する泉源が七か所あるそうだ。公園として整備されているものもある。べつに絵になる景色でもない。しかし肌寒い日などには泉源から湯けむりがたなびけば情緒があるかもしれない。

 しゅるしゅると泉源の煙紅枝垂 ② かつら

 しゅるしゅるがおもしろい。湯けむりのそばに紅しだれ、いいですねえ(つきひ)。

 源泉の香りてきたる木の芽風 ② どんぐり

 木の芽風の中にかすかに泉源の香りを感じる。するどい感性です(さくら)。

 泉源に花の舞い散る有馬の湯 ○ 蛸地蔵

 そのまま今日の感じが素直に出ています(つきひ)。

 

 極楽寺に着く。聖徳太子によって創建された古刹。元々は今の杖捨橋付近にあったが、洪水による荒廃後、有馬温泉の中興の祖と伝えられる仁西上人によって現在の位置に移されという。ここの八重桜だけは満開。これで桜の句ができると、一同ほっとする。本日唯一の桜。

 濃淡のしだれ桜の揺れ交はす ⑤ つきひ

 動きも色彩もあるしと、楽水さんが特選。のちに「波長があうのでしょうか、楽水さんにはたくさん採っていただきました」とつきひさん。

 花びらを気にして歩く極楽寺 ① 見水

 風やんでしだれ桜に人溜まる ○ 見水

 これも極楽寺の八重桜。「人溜まる」は記念写真を撮っているさまですね。

  極楽寺には古くから「太閤さんの湯殿がある」との言い伝えがあった。震災後の発掘調査によって湯殿跡のほか、安土桃山時代の庭園の遺構も発見された。秀吉が有馬に湯治に来てこの場所に造られた御殿で茶会を催したものと推測されている。茶器などが400年の時を経て発見された。岩風呂遺構、蒸し風呂遺構などを展示した太閤の湯殿館。入館料200円。ボランティアの人から説明をきく。

 地震あとのしだれ桜や太閤の湯 ② うしを

 地震は「ない」と読みます。

 紅枝垂太閤殿下の夢の跡 ○ かつら

 太閤の湯殿ながめて念仏桜 ○ 一風

 太閤の湯殿で花見天下人 ○ 楽水

 どうも太閤さんの句は苦戦である。点が入らない。

 つばくろの泉源の湯にかすめ飛び ⑤ うしを

 湯という熱をかすめて飛ぶという動きがいい。季節感が良く出ている(どんぐり)。

 露地ぬける人もツバメも春の風 ④ 見水

 露地という狭く低い所を人も燕も抜けるのが抜群。ただ燕と春は季重なり(うしを)。

 「季重なり」とは、1句に季語が二つ入っていることで、イメージが拡散するため嫌われる。

 有馬人形筆が3句。佳句がそろった。素材がいいのか。

 子持ち筆といい、その管の末から小さな人形が現れ、筆を倒すとかくれる仕掛けになっている。古い伝統をもち、色あざやかな独特の愛らしさが親しまれ、竹細工の素朴な味が喜ばれている。

 花の坂人形筆は行儀よし ⑧ さくら

 8点を獲得。輝ける最多得点句である。早くも有馬らしい句が生まれた。

 人形であれば行儀よし云々は言わない。人形筆だから行儀よしが生きた(どんぐり)。

 君思い春のことなど有馬筆 ③ 蛸地蔵

 意味深長な句ですねえ(つきひ)。筆で春のことを書く、しかし「書く」を入れれば書きすぎ、で「ことなど」としました、と作者の弁。初めてとは思われない新人の作。

 有馬筆一首選んで啄木忌 ① 楽水

 明治45年の今日は琢木の命日だとか。楽水さんのタイムリーな句。「一首詠んで」にしたらの声に、作者は「啄木さんに失礼かと思って」。

 重さうに八重桜活け有馬籠 ⑤ つきひ

 春風や編む手休めず有馬籠 ② さくら

 開け放たれた店先の情景。籠の中を春風が通り抜けるような(どんぐり)。

 有馬籠・竹細工。千利休の好みにより作られた竹細工の伝統は一本一本の竹がしなやか。

 湯の坂の春の匂ひのせんべ食ふ ④ 播町

 ほのぬくき炭酸せんべい八重桜 ○ どんぐり

 有馬といえば炭酸せんべい。温泉から湧出する天然炭酸水を利用して独特な製法でつくられるお菓子。淡白な中に歯ざわりのよい素朴な風味。店先で昔ながらに手づくりで焼くのを見て、一風さん、さっそく購入。みなさんにおすそわけ。なつかしい味やなあ。

 名物といえば、松茸昆布。裏六甲、丹波でとれた松茸と北海道の昆布を薪でじっくりと炊き上げた佃煮は風味豊か。

 松茸の香り引き寄せ赤ポスト ○ 一風

 昆布はこの1句のみ。老舗の昆布屋とクラシックなポストを詠んだ。

 振り返り1句誘わん初音かな ⑤ 楽水

 うぐいすを聞きあきてをり地蔵尊 ①   蛸地蔵

 せせらぎにうぐひす止まぬ瑞宝寺 ① うしを

 泉源にうぐいすの鳴く杉木立 ① かつら

 尾を引いて鳴くか有馬のうぐいすも ① ろまん亭

 すこし薄曇の空にうぐいすの鳴き声が飛ぶ。いかにも1句できそうな。それを楽水さんはみごとにまとめた。高得点である。

  炭酸泉源公園へ。かつてはこの谷の断層の割れ目からたくさんの炭酸ガスが噴き出し、虫や小鳥が死んだことから、この付近を虫地獄、鳥地獄と呼んでいた。湧き出ている炭酸水は、昔はその成分が分からず、地元の人々から「毒水」として恐れられていた。明治になって、炭酸水が良質の飲料水であることが分かり、上屋を作ったりして飲用の便が図られた。この炭酸泉源も公園として整備されている。

 神戸の子は、遠足のとき必ずここに集合しました、とかつらさん。それがヒントになったのか、つぎの句。

 少年になって炭酸水の夏 ④ 播町

  しゅぱっと口の中で弾ける感じ、躍動感があっていい(さくら)。一足早く夏を詠ったのがいい(つきひ)。しかし炭酸水というのは、夏の季語で季重さなりでは?

 手づからで飲む炭酸の遠き春 ③ ろまん亭

 句意はいっしょ。特選句に選びました。負けました(播町)。

 杖捨橋ゆっくり渡り春惜しむ ④つきひ

 吟行も最後のコース、杖捨橋へ。2時間近く歩いて疲れたから、ゆっくり渡るのかと思えば、さすが俳句は、春を惜しむ、ためだという。

  ここまできて視界が180度広がり、春の風景が一望できた。ゆっくり渡り、が実感できます(さくら)。

 杖捨橋土手にたんぽぽひっそりと ○   一風

 桜ばかりに目が行っているのに、たんぽぽに注目したのはユニーク、さすが一風さん(つきひ)。

 最後に、全景を詠った句。 

 花の風有馬は坂の多き街 ④ だっくす

 せせらぎの流れに乗らぬ花筏 ④ だっくす

 桜みる谷間にのぼる湯煙ひとつ ③ ろまん亭

 春愁のその日の来ればそれなりに ②   どんぐり

 嘱目句、一人3句、全36句を紹介した。最後のこの句、どうも全員の心境を代弁したよう。うっとおしい気持ちで参加したが、いざとなればそれなりに句はできました、というところでしょうか。いやあ、みなさん、さすがですね。

 

  午後3時、句会会場の有馬莊に到着。1階のロビーで疲れたといって休憩。が、どうも話しかける雰囲気ではない。締め切りをひかえ、頭の中で句を反芻しているのではないか。1人途中で行方不明だったうしをさんも到着(瑞宝寺まで足をのばしていたよし)。 この時点では、先に記した句はまだ未提出、公表されおらず、各人のメモの中に眠っている状態。

 ここですでに処女作をつくってほっとしている4人にきいてみた。

 ろまん亭さん。

「小学校以来です。柿食えば鐘が鳴るなり、とか」

 「あ、それ、ろまん亭さんの句ですか」

「ま、つくれと言えばつくれます。けど良さ悪さが分からない。詩より楽です」

 

蛸地蔵さん。

 「できますけどね。言葉遊びはできますが、良否がわからない。宿題は朝早く起きてつくりました」

 かつらさん。

「1句くらいならと前から思っていた。さっき電車の中で、その気になったら一七文字が並びました。ただしその道の作法を知らないので」

一風さん。

 「……」

 

 

句会開始

 

清記という作業は結構時間がかかるもの。そして宿題句の一覧を配布、集まった36句から選句をする。ルールは、特選句1句に二重丸(2点とする)、ほか5句を選んでもらう。ま、選ばれるのは1/6の確率である。

 選句の時間は真剣勝負。選句こそ実力が問われるのである。座は沈黙が支配する。

  いよいよ句会開始である。だっくすさんよりルールの説明。

「つきひ先生に主宰をやっていただきます」

「年齢、句歴から私がやらせていただきます。楽しくやりましょう。先生と呼ばれるのは好きではないですが」

 「じゃあ教授と呼びましょう」

 一同どっときて、しかしやや緊張気味にスタート。じつは教授という呼び方がいかにふさわしかったか。見事な運営振りに、終わってから連衆の賞賛の声しきりだった。句会の成功は、つきひ教授によるところが大きい。

 宿題句の一覧と、各句の選句者、作者が一挙に公開された。

 「おっ」という声があちこちであがる。悲喜こもごもといいたいところだが、自分の句の得点を見る余裕がない。

 「高得点句から披講します」とつきひ教授。○印内の数字は得点。

 金泉に春愁の身を沈めをり    ⑪ だっくす

 だんぜんトップ、ぶっちぎりの11点。

 金泉は有馬の湯ですね。温泉は鉄分を含み空気に触れると酸化して赤くなる含鉄強塩泉と、空気に触れても変色しない食塩泉や炭酸泉、ラジウム泉が湧出する。含鉄強塩泉は「赤湯」または「金泉」、変色しない湯は「銀泉」とよばれる。

 楽水「沈めをり、という落着いた感じ。身も心も浸っている」

 うしを「落ち込んでいる自分にぴったりで、文句なしに◎」

 さくら「春は華やかさの一面、愁いの季節。リラクゼーションしたくなるような雰囲気がいい」

 どんぐり「春愁も忘れてしまったような身の沈めっぷりがいい」

 ろまん亭「写真専攻の私としては、光の情景が見えるので選びました」

 見水「イメージがいい」

 一風「素直に情景が浮かぶ」

 つきひ「悩んでいるけど贅沢に湯をつかっている感じですね。選んでない人は?」

 播町「春愁の句がたくさんありましたね。自作に及ぶものはないと選びませんでした」

 宿題は「春愁」という季語に偶然にも集中した。他の春愁の句。

 剃りすぎし眉を描くも春愁ひ ④ だっくす

 春愁を放つ露天湯溢れけり ② つきひ

 春愁や有馬に会す日の近く ② どんぐり

 湯に癒すやうな言葉も春愁ひ ① 播町

 金の湯という華やかさに愁いの身を沈める、というだっくすさんの句に票が集中した。

 だっくすさんは俳句歴5年。あじさい俳句会につきひさんから「命令されて」入ったそうだ(現在は退会)。「今日も宿題はこちらへ来てから」つくったそうです。本日の準備、案内状から宴会まで、投句用紙から清記まで、いっさいを担当。ごくろうさまがむくわれた最高得点句である。

 春陰の老舗に選りぬ有馬筆 ⑧ つきひ

 だっくす、楽水、どんぐりが◎特選。

だっくす「あの老舗はいかにも春陰という感じ。特選に」

楽水「私も◎。あの情景はこうつくるべきであったと感じた」

うしを「筆と春陰の組み合わせがいい」

さくら「有馬筆も少なくなり、店を見つけて嬉しかった。老舗と春陰がぴったり」

どんぐり「それと華やかな有馬筆との対比がいい」

 一風「採らなかった。いかにも有馬という句ははずした」

 かつら「いい句。でも有馬の型にはまりすぎ」

 次もつきひさん。絶好調である。

 金泉を掬ひ春光砕きけり ⑥ つきひ

 播町「金が砕ける」のイメージがいい。二重丸です」

 どんぐり「やわらかな春の光、金泉をすくうあたたかさ」

 うしを「こまかくきらめきをとらえた」

 楽水「形が見えるが、すぐ消える、その瞬間、場面の変化をうまくとらえた」

 だっくす「動作が絵のように動くところがいいです」

 つきひ「みなさんに良いと言っていただいたら良い句なのかなあと。本人が気づかないところを句会で教えられる。つまり句会が句をつくるのです」

 つきひさんは、昭和50年ころから句作を開始。近々句集出版の噂も…。「いやいや、噂が先行して。そんなことはありません」とご本人。

 湯上がりの下駄の音かろき春の宵 ⑥ 楽水

 さくら「平凡といえば平凡。湯上がり、下駄、春の宵。けれどこれが日本の良さ」

 かつら「宿題は湯という文字を折り込むのに困った。こんなんでええんやと気づかされました」

 一風「軽さと春が素直に出ている。二重丸です」

 下駄履いてかわら湯に入る春の宵 ① うしを

 という偶然にも、下駄、湯、春の宵の句があった。点数の差はなぜ? 

 楽水さんは、職場の句会に入って5年。「師匠は坪内稔典先生で。お顔も見たことがないのですが。年1回、選句をしていただく。しろうと同士の互選とは違う。互選で受けていた人が先生からは1句も選ばれず落ち込んでしまう。17人のメンバーに番付があって、私は十両からはいって今小結です。4か月に1回なので。いやな題でも、出てくるとつくります」

 風も樹もミミズもボッティチェリの春 ⑤見水

 つきひ「ヴィーナスの画家ですね」

 うしを「風、樹、ミミズと並べることで盛り上げていく手法がうまい」

 かつら「17文字を並べるのにこういう方法があると思って、びっくり二重丸」

 つきひ「ミミズには驚きました」

 播町「カエルもミミズもみなごめん、ですね」

 見水「花、草を入れたらとも考えたが、新芽が出てくるまだ冷たい春の感じを出したかった。今朝草引きをしていてミミズが見つかったので」

 見水さんの句歴。「中学3年国語の時間に作ったのが初めて。子どもが幼稚園のときパパとしてつくった「ただいまと麦藁をぬぐ真っ赤な子」がデビュー作。幼稚園の文集に載りました」

 春風やポニーの背の子しゃくり泣き ④ うしを

 どんぐり「怖いけど喜んでいる子、あたたかい場所の雰囲気がいい」

 蛸地蔵「風景をきりとった。やわらかい風とポニーと子どもと」

 播町「孫を俳句にすると馬鹿にされるそうですが、孫俳句には興味があります」

 うしを「私、孫はいません。三木にホースランドがあってよく行きます」

 うしをさん。「平成9年から。どんぐりさんから誘われて、千原叡子先生指導の職場の句会に参加。最初あまり興味もなかったが、だんだん奥深さを感じるように。しかし断続的に句会から逃げようとしたが、そのたびどんぐりさんに引きとめられて。いまでは俳句の本ばっかり読んでいる。今朝は3時から起きて宿題をしました」

 春なれば心さわぐや出合いあり ④ 蛸地蔵

 ろまん亭「この場にぴったり。二重丸」

 見水自分にはつくれません」

 蛸地蔵「今日の意識はない。宿題という強迫観念。出合いか別れか、まあ出合いでしょうと」

 播町「人事異動のことではないんですかな」

 句会は高得点順に進んでゆく。以下、都合により話題句などとりあげる。

 いかり秘め湯の谷に咲くコブシ花 ① ろまん亭

 つきひ「怒りがわからなかった。言葉に出さず怒りの表現を」

 まん亭「これは川柳です。怒りと拳で」

 播町「辛夷の花は、赤ちゃんのこぶしに似ているので、そう命名されたのでは」

 つきひ「有馬の花は辛夷です。旅館の女将さんの集まりもこぶし会というのではなかったかしら」

  馬の背か六甲の山脈かすむ春 ① ろまん亭

 ろまん亭さんのこの句、意味の異なる「馬の背」を詠んだ蛸地蔵さんが入れた1点のみ。

 馬の背を越えて散りおり花吹雪 ③ 蛸地蔵

 こちらは動物の馬だそうです。

 馬場さんの一蹴り千本桜散る ① 播町

 ろまん亭「句に固有名詞がはいっていますね。馬場さんって誰ですか」

 つきひ「ジャイアント馬場さんのことでしょう。馬場さんの一六文キックで千本桜がいっせいに散ったようだ、と句意。

 播町「この句で優勝をねらっていたのですが、あえなく散りました」

 春雨や富士の頭は真白にぞ ① かつら 

 富士裾野牧場新緑馬親子 〇 かつら

 「先日富士へ行ってきた」というかつらさん。漢字ばかりの意欲作で挑戦したものの、票集まらず。このことで気付いたのは、句会の場所に選句は影響されるということ。宿題は有馬を想定した句を期待したものでないが、作者も選者も場を意識してしまう。かつらさん、作戦を誤ったようだ。

 摩耶詣馬の背中に昆布ゆれ ○ 一風

 光る風野生馬群れる都井岬 ① 楽水

 住吉の桜ここにも有馬道 ③ 見水

 この3句も同様、地名は要注意ということか。

 おぼろ月近くて遠き有馬の湯 ② どんぐり

 春愁や有馬に会す日の近く    ② どんぐり

 後の句、見水さんが二重丸。

 見水「仕事の手帳に今日有馬句会と書いていたのですが、近づいてくるにしたがって違和感が生じてきた。連日仕事仕事のなかで句会という遊びへ気持ちをもっていけない。で、この句に二重丸」

 どんぐりさん。「この句会は男性が多く、雰囲気が違ってよかった。職場の句会はほとんどが女性なので」。とはいえ、男性の選句基準がちがうのか、いつものように票が入らず、春愁の気分がぬけないようだ。

 わたぼうし君はいずこか春の風 ① 一風

 春待ちて開く湯の家に地域沸く ① 一風

 一風さん。吟行の句も、みんなが桜ならたんぽぽで、みんながせんべいなら松茸でとユニークな視線で挑戦したが、どうも裏目にでてしまったようだ。

 金銀の湯に迎へられ坊の春 ② さくら

 肩に乗せ春の光と湯の香り ③ さくら

 「なんとも色っぽい」と蛸地蔵さんが2票。

 さくらさん。「20代の看護学生のころクラブで五十嵐哲也先生の指導で句作をはじめた。その後、子育てで長い間中断。復活して10年近くです。こんな気楽な句会は初めて。俳句がより身近に感じられてほんとうによかった」

 こうして4人の初体験組をまじえての句会はにぎやかに終わった。午後6時。さあ宴会にしましょう。それにしても全員得点できたのが何よりもよかったです。ほっ。

 

 感想一言

 

蛸地蔵さん。

「なかなか刺激的な1日でした。1字でがらっと変わりますね。日本語の難しさをいまさらながら感じた。気が向いたらまたやりたい。最近、たけのこが好きになってきました。山科の田舎風のたけのこ料理ですとか。そういう句をつくってみたい。普段使わない言葉より、使っている言葉でつくりたい」

一風さん。

「吟行という言葉は知っていたが、こんなに難しいとは。摩耶詣という季語があるが、最近この行事が復活した。馬が天上寺へ参る。背中に菜の花、昆布を巻いて。摩耶山俳句大会もある。職場の灘区はそういう環境。もう一度勉強をし挑戦したい」

 かつらさん。

 「異文化に接するというか、そういう体験でした。駅で帰りたくなったが、1句ぐらいつくれると思って参加。難しいものですね。品評会?というか句会は楽しかったです」

 ろまん亭さん。

 「小学校時代から、何十年ぶりにつくった。写真をやっているが、俳句によって、これから違った写真ができるかも」

 宴会では、蛸地蔵さんの「辞書を忘れたので、字がわかれへん」の発言から、つきひさん、どんぐりさん、さくらさんの持っている電子辞書が話題に。蛸地蔵さん「これは武器ですね」。つきひさん「うぐいすを引くとほーほけきょと鳴くのもあります」

 話は俳句から昔話へ、仕事の話から俳句へ、俳句の話から次は何にトライしようなど、宴会は2時間続き、午後8時解散。

 (2002.4.13)

 

 

 

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