折れたるは折れたるがままに 2020-10-06 20:14:08 | 日記 「小さきは 小さきままに折れたるは折れたるままにコスモスの咲く」秋が近づいてコスモスの花をみかけると思い出す詩です。(しいのみ学園長 昇地三郎 作)わかっているけど身にしみていない私はついつい周りをうらやんでブウブウ文句を言ってしまうのです。あるがままに暮らすというのはどうしてこんなに難しいのでしょう人をうらやんだりしないで自分のできることを一生懸命やって満足できたらどんなにいいでしょう。すこし話しはズレますが宮沢賢治の「雨にも負けず 風にも負けず…」この詩がわたしは好きなんです。なぜなら賢治は最後に「…そういう人にわたしはなりたい」って言ってるんです。なりたいということは、なって無い人つていうことですよ!な〜んだ、わたしと一緒じやーん。賢治は雨にも風にも負けてる!欲もあって、自分中心に物事を考えて、人の話しも聞かないのよ!<( ̄︶ ̄)↗まるでわたし。すこし勇気をもらえるのです。昇地三郎さんは息子さんが障害をもってらして、そのことから日本にはじめて知的障害児通園施設を創設されました。苦労を背負って生まれてきたこども達に光をあててあげたい。そんな気持ちから設立したしいのみ学園学園の鐘を鳴らすのは小使さんの役職をもらった息子さんでした。まいにち まいにち生徒の数だけ鐘をならすやさしい小使さん昇地三郎さんは柔らかな文章でユーモアたっぷりに設立当初のことや息子さんのことを書かれています。小さきは小さきまゝに昇地 三郎梓書院ご本人はなんと106歳まで現役で、講演などされていました。106歳を越えて、私がいま伝えたいこと昇地三郎こう書房 人気ブログランキング
あ うん 2020-10-04 21:20:39 | 日記 トラック市場にいってきました。普段スーパーで見かける物が軽トラックの荷台のうえで特別な野菜になっていました。トラック マジックおそるべし外で食べるものはどれもこれも美味しくてしあわせな気持ちになりました。ふと見ると商店街の中ほどで骨董市をしています。怪しい布地や大黒様、何かありそうな箱、懐かしいアイドルの写真集地面に敷かれたシートには色々なものが雑然と置かれています。気がつくとそこは神社の境内でした。夢中であるいていたので鳥居をくぐったことさえ気が付きませんでした。両わきには、お茶目な顔の狛犬さんがちゃんといらっしゃいました。阿吽(あうん)の狛犬さんたちです。阿吽とは、物事のはじめと終わりをあらわしているのだとか。もともとはサンスクリット語なのだそうです。あ~ん、あ~んと泣きながらこの世にうまれて、最後はしずかにウンと口をつぐむということでしょうか?ギターを二人以上で弾くときは息をあわせます。ブレスと言って、呼吸するところをお互いに決めて、演奏するのです。息を使う楽器や歌じゃないけどギターでも呼吸はとても大切なのです。もちろん、1人で弾くときにもブレスをかんがえます。あうんの呼吸で相手に合わすことができたときとても、とても嬉しくなります。くりくりヘアーの うん! 人気ブログランキング
だいすきな作家さん 2020-10-04 01:01:30 | 日記 姉の家族は転勤族で、今はすぐには、会えない距離にすんでいる。私は姉のことが大好きで、ちいさい頃は世界で1番尊敬していた。そんな姉が結婚し母親になったころまだ歩けないはじめてのこどもと、姉と母と私で山梨の東君平さんの童話館へいった。東君平さんは私の大好きな童話作家さんで「おはよう童話」や「くんぺい魔法話し」は知っている人も多いとおもう。 東君平のおはようどうわ(全5巻セット)東君平新日本出版社くんぺい魔法ばなし (1980年) (詩とメルヘン絵本)東 君平サンリオ東君平さんを知ったのは「詩とメルヘン」というアンパンマンでしられているやなせたかし さんが編集していた絵本雑誌だった。「詩とメルヘン」を定期購読していた私は、まだ小学校の2、3年生くらいだったと記憶している。「詩とメルヘン」にはなまえも知らない作家さんの作品のかずかずが、毎号惜しみもなく掲載されていて、美しい魅力的な絵とすこし大人びたことばのかずかずに夢中になって読んでいた。詩とメルヘン 1976年2月号サンリオ(SANRIO)サンリオ(SANRIO)ことばの魅力は想像できることじゃないかと思っている。想像することは、無限で自由だ。だから、ことばを作品にするのはとても、むずかしいことなんじゃないかなと思う。ことばの持つイメージは人によって違うから。「白と黒のうた」ということばにあなたならどんなイメージを持つのだろう?この題名は東君平さんの作品の1つ。二十一歳―白と黒のうた東 君平サンリオ東君平さんのやさしい世界が白と黒でひろがる1冊だ。私のお気に入りでもある。この本には君平さんの作品を作る思いや思い出がつづられている。なんのてらいもなく、赤裸々に当時の自分について書かれていて、私も自分の二十歳頃を思い出して恥ずかしくなったりニヤニヤしたりしてしまう。「二十一才、もう一度もどりたいような二度と戻りたくないような…」とかかれた君平さんの気持ちは私も同じ気持ち。「白と黒のうた」は素人(シロウト)苦労(くろう)のうた と、ご本人は書いている。ヨレヨレのノートを「ぼくの宝もの」と言って持ち歩いていた東君平さん(東 英子さんのあとがきより)。'86年12月3日肺炎のため急逝された。 人気ブログランキング
シーボルトとの意外な関係 2020-10-02 13:34:48 | 日記 ギターの初心者さんむけブログと動画を作成してるんですが今回はドイツの音楽家ヨーゼフ・キュフナーの【やさしい二重奏曲 ギター】を演奏しました。さてさて、キュフナーについてしらべたら!なんと!あのシーボルトと、関係がありました。ビックリですよ、知らなかった〜シーボルトはピアノを弾くらしくその先生がキュフナーらしいです。シーボルトは日本が大好きだったらしく日本の音楽にも興味をもち日本の民謡などを楽譜にしているそうです。その時にアドバイスしたのがキュフナーらしいですよ!と、ビックリしながら書きました。演奏もYou Tubeアップしているのでよかったら読んでみてください ⬇ギターを弾く Joseph.kuffnerキュフナー