2012-02-28
4.行方不明の兄達
パールには、2人の兄と1人の姉、そして1人の弟がいた。
意識の戻らないパールのお父さんと、そばで甘えるパールをみんなでじっと見守っていると、少し騒がしい男の子の声と足音が聞こえてきた。
やがてこの部屋の前で その足音が止まった。
「ママ、パールはどこ?
ボク、待ち切れなかったから、マリおねぇちゃんを外へ置いてきたよ。だって、マリおねぇちゃん、中へ入ろうとしないンだもン!」
パールは、不安そうにその少年の顔を見つめた。
その少年も、ギョッとした顔をしてパールを見つめた。
「パール…?」
パールはうなずいて、民族の言葉で少年に話しかけた。
「セブ?
私、見事に変身したでしょ?
もう、新しい身体に生まれ変わったの。
前みたいに、あなたの鼻水を私の身体になすりつけないでね! 」
パールの弟は、鼻をたらしたいたずら顔でニヤリとしながら、OKのサインを示した。
キラシャ達は、パールのママに言葉の意味を説明してもらい、笑いながらセブを取り囲んだ。
セブは民族の言葉しか話さないが、パールの通訳で、こんなことを言っていたようだ。
「うちの兄弟は、ここじゃ、そんなに多い方じゃないンだ。
だって、多いとこだと、10人以上はザラにいるもン。
まぁ、死んでく子も多いけど…。
でも、うちはどんなに食べるモンがなくっても、分け合って食べて来たンだ。
パールは、いつも最後の一口をボクにくれたよ。
だけど、ボクの口に入れるとき、いつもこう言うンだ。
『あなたの鼻水を 私の身体になすりつけないでね!』って…」
パールは、通訳しながら自分のセリフを、さも真剣そうに言ったので、キラシャ達も吹き出して笑った。
1人っ子のキラシャは、兄弟が多いパールをうらやましく思った。
パールの姉マリは、エア・ポートから同行した青年が、外まで迎えに行ったらしく、一緒に部屋に入って来た。
とても仲が良さそうな雰囲気で、お互いを見つめては、照れた顔をしている。
マリも、パールを見ると驚いた様子だったが、やがて母親似のやさしい笑顔になると、
「パール、会いたかった…! 」と言って、ギュッと抱きしめた。
パールは、青年のことをマリに紹介してもらい、ちょっとうらやましそうにほほ笑んだ。
パールのママも、ニコニコしながら、青年とマリの出会いや、交際が順調に進んでいることを話した。
「この2人の将来が楽しみで、私達家族は、今をつないでいます。
どんなつらいことがあっても、この子達が次の時代を、自分達で乗り越えて、平和に暮らすことができるように、希望を託したいと思うからです。
けれど…」
パールのママは、生死をさまよっている夫の姿を見つめながら、苦痛の表情を浮かべた。
「パールの2人の兄は、行方不明なのです。
亡くなったという知らせはないものの、一番凄まじい戦いの時に出て行ったのですから、生きているという望みはほとんどありません。
例え生きていたとしても、捕虜として冷酷な民族につかまっていたら、死んでいるよりもっとつらい日々を送っているのではと思うと、胸が張り裂けそうになります…」
オパールおばさんは、姉に与えられた試練の重さを想って、車いすから手をのばし、姉の手を握って自分の頬にあてた。
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