未来の少女 キラシャの恋の物語

みなさんはどんな未来を創造しますか?

第7章 与えられた命 ①②

2021-08-18 16:42:10 | 未来記

2006-10-08

1.ホスピタル

 

キラシャの見る夢では、タケルはいつもそばにいた。

 

夢の中で、ずっとこのままでいられたらいいのにと思った。

 

タケルとケンの出場するパスボー・ゲームの大会。

 

キラシャのそばで、マイクが大声で声援している。

 

「タケル! ナイス シュート!! ヒュー アイシテルヨ!!」

 

「ちょっと、マイク。それって、あたしのセリフだよ!」困った顔のキラシャ。

 

「コエ ダス キモチ スッキリ! キラシャ コエ ダス!」

 

「エーッ もう 愛してるなんて言えないよー。タケルはもう火星に行っちゃったンダモン」

 

『あれ…、タケルって、火星に行ったんだっけ…』

 

キラシャは、ようやく目を覚ました。

 

Mフォンが時を知らせてくれたが、キラシャの頭はボーっとしていた。

 

事故から2日経っていたようだ。

 

キラシャが寝返りをうつと、そばに傷ついたチャッピがいた。

 

しばらく、チャッピが受けた深い傷跡をながめていた。

 

外海での出来事が、ぼんやり浮かんで来た。

 

 

母親のシャーリが、キラシャの入ったカプセルに近づいて来た。

 

キラシャが目を覚ましたことに気づくと、心配そうにふたを開けて、顔に手を当てた。 

 

キラシャはシャーリにしっかり抱きつくと、肩に頭をもたれて、早口でしゃべり始めた。

 

「ママ、あたしって無事だったンだね。もう少しで、サメのえさになるとこだった。

 

そのときね、本物のイルカがそばに来て、あたしを助けようとしてくれたの。

 

それから…、パトロール隊員が、あたしを助けてくれた。

 

とっても高い所にいたボートから、ジャンプして降りて来たンだよ。

 

あたし、最初は空中ボートみたいな重いものが落ちて来たのかと思って、おぼれそうなくらいびっくりしちゃった。

 

キャップ爺のプレゼントのチャッピも、あたしとパールを助けてくれたンだ。

 

あたしの言うことを聞いてくれてね。とっても、いい子だったンだよ! 」

 

   

シャーリは、勢いよく話すキラシャの頭にほおずりをした。   

 

「ママ、そう言えば、パールはどうしているのかな。

 

パールは熱が出て、治療が必要だって、ボートに乗ってから、話もできなかったんだ。

 

…ママ、パールは?」

  

 

シャーリは、キラシャをギュッと抱きしめ、微笑んで答えた。  

 

「キラシャ、ちょっと待って。

 

あなたが事故に遭ったこと、管理局から通知を受けてから、

 

パパも私もどれほど心配していたかわかる?

 

キラシャが無事なら、パパはホスピタルに行く必要はないなんて、強がっていたけどね…。

 

でも、あなたの元気な声を聞いて安心した。

 

さっき担当の先生から、

 

「パールが目を覚ましたから、キラシャはどうかな?」と言われて、

 

あわててこちらへ来たとこなのよ。

 

パールは高い熱が出て、たいへんだった時もあったようだけど、今はだいじょうぶ。

 

本当に、あなたはパパに似て、人の心配ばかりしているのね」   

 

キラシャは、照れ笑いしてシャーリを見つめた。

 

 

シャーリは、わが子のおでこに優しくキスをして言った。

 

「おじいさんには、何も知らせてないの。

 

キラシャが事故に遭った日に、具合が急に悪くなってね。

 

パパは動物園の仕事で手が離せないし…。

 

ママは、あなたとおじいさんのことで、パニック状態だったのよ。

 

本当に、心配をかける家族を持って、ママはたいへんよ! 」   

 

キラシャは、キャップ爺にチャッピのお礼を言いたかったし、白クジラのモビーに会ったことも話したかった。

 

また会えるのか、少し不安な気持ちになった。   

 

「今、パパは“おしゃべりするゾウ”の具合が悪くなって、そばを離れられないの。

 

あのゾウも、私達が子供の時から人気者だったから、ずいぶん年を取ったわね。

 

ずっとキラシャと会ってなかったから、さびしいゾーって言っていたんだけど。

 

…そうだ。パパもあなたの様子を聞きたくて、きっとイライラしているわ」   

 

シャーリは、自分のMフォンを使って、仕事中のラコスを呼び出した。

 

ラコスは、動物専門の医療技師である。

 

Mフォンで映し出されるラコスを相手に、家族で会話が始まった。

 

「パパ、やっぱり心配した?」

 

「パパは信じていたよ。キラシャは無事だってね。

 

“おしゃべりするゾウ”に、元気な声を聞かせてやってくれ」

 

 

「“おしゃべりするゾウ”、ガンバってる?」

 

「パパのそばにいるよ。一晩中うなってたな。パパは睡眠不足だ。

 

2日も寝てたキラシャがうらやましいよ…」

 

「アハハ…。パパもたいへんだね。でも、あたしだって、サメに食べられるとこだったよ」

 

「キラシャ、サメ? 食べる? わしゃ、見たことナイゾウ」

 

“おしゃべりするゾウ”も会話に入ってきた。

 

「もう、サメを食べるんじゃなくて、サメに食べられるとこだったの!

 

“おしゃべりするゾウ”、もうじき会えるから、それまでに元気になってね」と声をかけた。

 

“おしゃべりするゾウ”も、「早く会いに来るんだ…ゾウ…」と、苦しそうに答えた。

 

「事故の後は、どんな症状が出るかわからない。

 

しばらくゆっくりして、体調が戻ってからスクールへ戻りなさい。

 

気晴らしに動物園に来るのは、パパも歓迎するよ!」

 

ラコスは、キラシャにアドバイスした。   

 

シャーリはキラシャの夕食まで一緒にいた。

 

大好物のパンプキンプリンまで、きれいに平らげたわが子を見て安心したのか、看護士に後を任せるとキラシャのそばを離れた。

 

キラシャは次の日から、担当の医療技師の指示に従って、さまざまな検査を受けたが、事故の精神的なダメージもほとんどなく、疲労度を除いたあらゆる検査に合格した。  

 

しかし、何の問題もなかったことが、かえって新しい検査の対象となり、担当の医療技師から数日間の検査の延長と引き換えに、結果がわかるまでの外出許可が許された。

 

一方、意識は回復したものの、パールは微熱が続き、集中治療ルームのカプセルから一歩も出られそうにない。

 

キラシャは、ホスピタルから許可された時間だけ、パールの眠るカプセルのそばで過ごし、彼女のおばさんと一緒に回復を祈った。

 

そんなキラシャとパールの見舞いに、ケンとマイク、サリーとエミリ、ダンとヒロとジョンが、交代に訪れた。

 

キラシャは、自分のバースディ・パーティには参加できなかったが、同じ部屋の子供達が、お見舞いをかねて、チャッピに似たイルカのぬいぐるみをプレゼントしてくれた。

 

マキも骨折のリハビリ・トレーニングが終わったら、帰りに寄って話しかけてくれる。

 

マギィとジョディは、お見舞いのメールを送ったからと言って、自分たちのやりたいことを優先していたが…

 

事故に遭ったボートのキャプテンや、乗組員のお詫びのメッセージも儀礼的だった。

 

もらっても、うれしくないメールには返信もせず、キラシャはメールボックスからすぐ削除した。

 

もう、いやなことは、なるべく思い出さないようにした。キラシャはホスピタルで過ごす時間が長く感じるほど、楽しかったことを思い出すように心がけた。

 

2006-12-17

2.オパールおばさん(1)

 

MFiエリアでは、年老いて寝たきりになると、延命治療は施されない。

 

エリアの存続に必要な人材となる可能性がある者に対してのみ、最大限の医療行為が施される。 

 

パールのおばさんの名前は、オパール。いつも車椅子を使っている。

 

目と口のあたりがパールに似て、やはり女優のようにきれいだ。

 

 

オパールおばさんは、キラシャが来ると、いろんなお菓子やドリンクを勧めてくれた。

  

仲の良い友達とも、進級テストが近づいているせいか、メールする余裕もない。

 

そんなキラシャにとって、パールの回復を待つのが一番の楽しみでもあった。   

 

とはいえ、キラシャはじっとしている子ではない。

 

ホスピタルで治療を続ける子供達に声をかけ、おしゃべりや、リハビリの手伝いをするのが日課になっていた。

 

パールは相変わらず発熱に苦しみ、目が覚めてもカプセルから出られそうにない。

  

オパールおばさんは、何か胸につまったものを打ち明けるように、キラシャに話し始めた。

 

「あなたにこんな話をしていいのか、よくわからないけど…。

 

パールのこと、少しでも理解してもらいたくて、私のこと正直に話すわね。

 

 

パールのお母さんの名前はルビーで、私の名前はオパール。

 

面白いでしょ。私達の母は、宝石のような輝いているものが大好きだった。

 

姉のルビーは、そんな母と同じように、大事な娘にも、宝石の中から名前を選んだのね。 

 

もっとも、オパールはごろごろした石のかたまりの中で見つかるのに、パールは貝の中で守られながら育つ真珠。

 

私と違って、パールの名前には、姉の強い愛情を感じるわ。

  

 

私にも娘がいるけど、さすがに宝石の名前はつけられなかった。   

 

実はね。パールがこのドームに運び込まれた時、姉がそれまでに撮っていたパールや、家族の動画も一緒に送ってきたの。

 

キラシャには、ぜひこれを見て欲しかった」  

 

キラシャは、ヤケドしていない時のパールを見て、ショックを受けないだろうかと、ドギマギしながら、おばさんがMフォンで動画を再生するのを待った。

 

薄暗いドームで、やせた人達が楽しそうに踊っている。お祭りの風景なのだろうか。

 

大人も子供も、華やかな民族衣装だ。   

 

キラシャと同じくらいの女の子達も踊っている。

 

皆同じ衣装を着ているのだが、目立ってきれいな子が…。

 

ひょっとして、この子がパール?  

 

おばさんは画像を静止して、言った。   

 

「キラシャにもわかったようね。この女の子がパール。目がきれいでしょう?

 

でも、ホスピタルの緊急治療室でパールを見た時、正直な話、もうダメかもしれないと思った」

 

「あの、パールが燃えたって言ってたけど、…本当なンですか?」

 

「そうね。顔も見てはいけないって思ったほど…。

 

でもね、私はこのパールの動画を見て、決心したわ。

 

パールの持つ細胞だけを培養して、身体を回復させるには、ダメージが大きすぎたの。

 

足りない部分は、私の細胞を使ってもらい、パールをできるだけ元の姿に戻してあげようって。

 

…私には、それだけの義務があったから…」

 

おばさんの話は続いた。   

 

「私と姉は、姉妹ではあったけど、私の方が姉のクローンだったの。キラシャはクローンを知ってるわね」  

 

「えっ、はいっ、生物の授業で習いました。元になった細胞から生まれてくることでしょ?

 

あ、でも、おばさんがクローンだってことは、誰にも…内緒?…」 

 

「キラシャ、こんな話はいやかしら?…」   

 

おばさんは、これ以上難しい話を子供に聞かせて良いのか迷っていた。

 

でも、キラシャは、パールのことがもっと聞きたいと思って、首を振った。  

 

おばさんは、キラシャの目を見ながら話を続けた。   

 

「姉は、母にとって本当の宝物だったの。

 

若い時から女優として、気ままな人生を送ってきた母だけど、

 

一度だけ真剣に愛し合った人がいて、その人との子供ができたの。

 

それがルビー。

 

その人とは、ルビーが生まれて別れてしまったのだけど、宝物に何かあってはいけないと思って、管理局にお金で掛け合い、クローンの許可を得たの。

 

そして生まれたのがこの私。

 

でもね、姉はいつも言っていたのよ。何をしても母に誉められて、そのたびにたくさんのプレゼントをもらって、そんな過保護な母の愛し方が、とっても重荷だって。

 

いつか、このエリアを出て、母よりも愛せる人を見つけたいって。  

 

そして、独立心が強かった姉は、メディア・カレッジから、中央管理局の外交部の採用試験を優秀な成績でパスした。

 

それから、さまざまなエリアに研修に行き、アフカで音信不通になってしまった…。

 

母は姉が急にいなくなって、事件に巻き込まれたのだと思い、警察に訴えた。

 

でも、それは違っていたの。姉は上司に退職を願い出て、管理が行き届かないアフカに、新しい住みかを求めた。   

 

それを知った母は、気も狂わんばかりに私を責め立てて言った。  

 

『あなたもグルなのね。あなたがルビーを私から引き離したんでしょ。私がどんなにルビーを大切に思ってたか。

 

ルビーが帰って来なかったら、管理局に言って、あなたの生命コードを取り消してもらうわよ。あなたはルビーの細胞で作った、クローンなのだから!』   

 

そのとき、初めて自分が何のために生まれてきたのか、思い知らされた。  

 

当時のルールではね、クローンとして生まれ、その義務を拒否したら、莫大な罰金を支払わなくてはならなかったの。

 

でも、メディカル・カレッジの学生だった私は、管理局の教育局からのローンで生活していたし、自分の部屋も借りているし、何の財産もない。   

 

母は『私は、こんな人間を育てるつもりはなかった。義務の不履行で訴えるわよ』と言ったの。

 

私は母に何の反論もできず、裁判を受けることになった…。 


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