未来の少女 キラシャの恋の物語

みなさんはどんな未来を創造しますか?

第6章 モビー・ディック ③④

2021-08-19 16:32:12 | 未来記

2006-06-11

3.パールの救出

 

キラシャは、空中ボートの中で起こされるように目を覚ました。

  

パトロール隊員が、何人かあわただしく情報のやり取りをしている。

 

一方のキラシャは、まだボーッとした頭のまま、

 

イルカにかじられて軽くケガをした腕の治療を受けていた。

 

年もそれほど違わない、お姉さんのような医療隊員が「大丈夫だった?」とか、

 

「今日の出来事を思い出せる?」と質問したが、

 

キラシャはうなずくか、首をかしげることしかできなかった。

  

しかし、「パールと言う女の子を知っている?」という質問を受けた時、

 

キラシャの記憶がうっすらとよみがえり、

 

海洋ツアーのひとコマひとコマを思い出すことができた。

 

   

海のドームへ向かうコメットからの風景とパールの驚いた顔。

 

イルカと泳ぐキラシャをうらやましそうに見ていたパール。

 

レストランでおじさんに泣きじゃくった、かわいそうなパール。

 

潜水ボートの中で、マギィに言いたい放題言われ、カチッときたキラシャを

 

心配そうに見ていたパール。

 

『そうだ。マギィに何か言われた後で、あたしが宙に浮いたようになって…

 

それを止めようと抱きついてきたのは、パールだった…』

 

みんなは、どこにいるの?

 

パールも一緒?

 

うまく言葉にできないキラシャは、相手の目をじっと見つめた。

 

そばで足を組んで地図を広げ、胸にたくさんのバッジをつけたパトロール隊のチーフが、医療隊員に退席を命じ、キラシャに声をかけてきた。

 

「どうやら、何か思い出したようだね。

 

実は、君とパールという女の子だけが、ボートから事故で外の海に瞬間移動してしまった。

 

私の言うことが、理解できるかね?」

 

キラシャは、チーフの方に向かって、うなずいた。

 

「そうか。それなら話は早い。

 

君が海に漂っていたように、パールという女の子も、この海の近くのどこかにいる。

 

パールのMフォンからの反応は、外海ではとても弱いので、もっと近くに行かなくては、場所が特定できない。

 

だから君も、その女の子を助けるために、協力して欲しい。

 

時間がないんだ。もう、起きても大丈夫か?」   

 

キラシャは、目を大きく開け、うなずいて言った。  

 

「あたしのイルカ・ロボットが、まだ海にいるんです。

 

あたしの居場所を知らせたけど、チャッピが来る前に、助けてもらったから…。

 

パールを探すよう、命令します。

 

パールからどれくらい離れているのかわからないけど、チャッピはパールにも反応してた。

 

きっと見つけることができます。

 

あたしも、パールを助けてあげたい」  

 

キラシャは、興奮して叫んだ。

  

 

チーフは、キラシャを制してゆっくりと話した。  

 

「いいかい。君も見たと思うが、この時期、あそこはサメの通り道なのだ。

 

えさと間違えられて、攻撃の対象にされていなければいいが…。

 

そのイルカ・ロボットは…」

  

キラシャはピーコに、チャッピの最初の応答があったポイントを表示させた。

 

「そうか…。実を言うと、こちらもアラートを感知していたのだが、

 

君を助ける少し前から、ロボットの応答が途絶えてしまっている。

 

とにかく急ごう」  

 

パトロール隊のチーフは、ボートに積んであった数台のイルカ・ロボットを海に放ち、Mフォンで操作を始めた。  

 

空中ボートも海中に沈み、近辺を探索し始めた。   

 

一方、パールは海の中を漂っていた。

 

キラシャの命令を受け取った時、パールから離れて流されていたチャッピは、パトロール隊に向かってアラートを発信し、残った機能でキラシャのいる位置に向かっていた。

 

しかし、チャッピは方向受信装置にゆがみが生じたせいか、キラシャを探して右往左往していたのだ。 

   

キラシャは、Mフォンを通じて、ゆっくり何度も話しかけた。 

 

「チャッピ、聞こえる?

 

パールを助けて欲しいの。

 

パール、わかる?

 

パールの近くで、アラートを発信して!

 

お願い! 」

 

Mフォンが、再びチャッピの位置を伝え始めた。  

 

《MF-Q14-RF26-00648。SSE方向180m先で、NNE方向に移動中》

 

パールは、ゆっくりゆっくりと海流に乗って、移動していた。  

 

チャッピはキラシャの思いを受けて、パールのマシンに向かって、フルスピードで泳いでいるようだ。

 

ボートはすぐに後を追った。  

 

近くの海面には何頭ものサメが、えさを探して泳ぎ回っている。キラシャは祈った。  

 

「どうかパールを助けて!

 

パールが無事でありますように! 」   

 

そのころ、群れから離れたサメが、漂っているパールに気づいた。

 

サメにとっては、子供の大きさがちょうど良いえさに見えるのだろうか。  

 

サメは、パールに興味を示し、その周囲を旋回し始めた。   

 

パールのMフォンが、警告を始めた。  

 

《警告。危険な生物が近づいています。落ち着いて行動してください》  

 

パールのまぶたが少し動いた。  

 

《警告。危険な生物が近づいています。速やかに移動してください》  

 

パールの目がパッチリ開いた。  

 

《警告。危険な生物が近づいています。相手を威嚇しながら、通りすぎて行くのを待ちなさい》   

 

サメは1m手前で、パールに襲いかかろうと口を開けた。

 

パールは何もできずに、目の前のサメを見つめるだけだった。

 

そのサメの口の前に、スーッとイルカ・ロボットが現れた。

  

サメは、口にイルカ・ロボットを挟んだまま、大きな目をカッと開けて、パールのそばを離れて行った。

 

イルカ・ロボットはアラートを発信しながら赤く光り、サメとともにどこかへ去って行った。

 

アラートを感知して移動を始めたパトロール隊は、その近くでパールのMフォンの生命コード反応を感知し、急いで救出作業を始めた。

 

2人のパトロール隊員が海中に飛び出し、1人は武器を持ってサメの襲来を警戒しながら、もう1人がパールを抱きかかえ、急いでボートへ戻った。   

 

ボートに収容される前に、ふわふわと泳いで自分に近づいて来る小さな物体を見つけ、パールが思わず声をかけた。  

 

「チャッピ?

 

ダイジョーブ?…」   

 

ボートでお互いを見つけたキラシャとパールは、無事を喜び合い、涙を流して抱きしめ合った。

 

2006-08-13

4.チーフの話

 

皮膚の炎症で、全身から熱を出していたパールは、すぐに治療のために別の部屋に移された。

 

ドームまでの帰り道、キラシャはチーフのいる部屋で過ごすことにした。   

 

チーフは隊員に指示して、キラシャにおいしそうなドリンクを与えた。

 

一息ついた後で、チーフは日頃のパトロール隊の仕事ぶりについて、自慢げにキラシャに話を始めた。

   

「パトロール隊というのは、自分の存在よりも、救助する相手の方が大事なのだ。うちのチームは、特に優秀なメンバーがそろっている。

 

救助を求めるものがいれば、どんなに高い所からでも、平気で海に飛び込んでゆく。

   

イルカ・ロボットだってそうだ。救助するものを生かすためには、自分から危険なものに飛び込んで犠牲となる。

 

ロボットの犠牲は高いコストがつくが、君達が大人になって、ちゃんと税金を払うようになれば、その一部がパトロール隊の資金源となる。   

 

だから、まぁ、事故が原因とはいえ、自分を救助するのにいくらかかったとか、そんな心配はまったく必要ないのだ。

 

我がチームの使命は、君達のような遭難者を助けるためにあるのだから。  

 

しかし、君のイルカ・ロボットは修理した後で、もう少し訓練が必要だな。

 

良かったら、我がチームに預けたまえ。一人前の救助ロボットに育ててあげようじゃないか」   

 

それを聞いて、キラシャはていねいに断った。  

 

「あたし、いろんな危険に立ち向かうチーフを尊敬しています。

 

それに、命がけで助けてくださったパトロール隊員にも、感謝しています。

 

パールを助けて犠牲になってくれた、イルカ・ロボットにも。 

 

でも、できの悪いイルカ・ロボットですけど、チャッピは、尊敬するおじいさんからの大切な贈り物なンです。

 

チャッピが、故障してもあたしの言うことちゃんと聞いて、パールをいっしょうけんめい探してくれただけで、うれしかったンです。  

 

修理するお金なんてないから、故障は治せないし、チャッピは誰にもあげることはできないです。

 

だから、助けてもらった思い出に大切にしまっておこうと思います」   

 

チーフは、少し残念そうに言った。  

 

「フム。それも、良いかもしれない。

 

こういった事故は、めったに起こるものではないからな。それに、所有者は君だ。

 

パトロール隊の訓練を受けたところで、人の役に立つことに使われるということは、ロボットが犠牲になるということだ。

 

このロボットを失いたくないのなら、自分の宝物として保存する方が君のためだろう。

   

…しかし、あれだけ機能を失いながら、君の命令を聞いて、遭難者のいる方向に我々を導いてくれた。

 

このことに対しては、誉めてやりたい。私としては、こういった優秀なロボットが、人命救助のために活躍することを願っているだけなのだ」 

 

チーフは、おいしそうにドリンクを飲み干した後、キラシャに妙なことを言い出した。

 

「…ところで、最初に君に気がついたのは、何か発信源のようなものを感知したからなのだが、

 

君の近くにそういったものはなかったのかね」

 

キラシャには、思い当たることがあった。

 

おじいさんが何度も繰り返して話してくれた、マッコウクジラのモビー・ディックの話である。

 

あの白いベッドは、モビーだったのだ。

 

モビーには、発信装置がついているはずだから、それに反応したのかも。

 

「あの、…チーフにこの話を信じてもらえるかどうか、わからないのですが…

 

あたしのおじいさんが、モビー・ディックっていう白いクジラを生け捕りにしようとしたンです。

 

そのクジラには、発信装置がついていたって…。   

 

…おじいさんはその時ケガをして、ホスピタルに運ばれて、仲間の人に言われました。

 

そのクジラは、運ぶ途中で死んでしまったって。

 

でも、まだあのクジラは生きてたンです。

 

あたし、そのクジラの背中に乗ってたンです。

 

チーフは今まで、あの白い大きなクジラを見たことはありませんか?」

  

 

チーフは、少し考えながら答えた。  

 

「フム。我がチームも、何度かあの発信を感知したことはあった。

 

探そうとするとすぐに消えてしまうので、ゴースト発信とも呼ばれている。

 

しかし、君の言うとおり、白いクジラの豪快な話は、私も若いころ何度か聞いたことがあるが…

 

もう死んだというのがパトロール隊でも定説だ。  

 

それに…、例え生きているとしても、年をとって泳ぐのも遅いはずだ。

 

見つかったら特殊部隊によって、すぐに始末されることだろう」  

 

それを聞いたキラシャは、ゴクリと、つばを飲み込んだ。  

 

『しまった、モビーのこと、だまっていればよかった』とキラシャは後悔した。

 

 

チーフは、そんなキラシャに気がついたのか、ゆっくりと話を続けた。   

 

「…まだ、子供の君に、こんな話をしてもわからないかもしれないが…

 

海洋牧場が増えてから、外海のクジラは、我が天下のようにその数を増やしているのだ。

 

外海を良く知らないエリアの管理者達が、クジラを獲る必要がないと判断したからだ。

 

しかし、その数が増えれば増えるほど、自分達のエサを食い荒らし、エサに事欠くと、海洋牧場にまで目を向けるようになった。

 

もう、すでに多くの被害が報告されている。

 

人間は、自分達の生活圏だけを守っていれば良いのかもしれない。

 

しかし、外の海にも秩序というものは必要だ。私は、それを制御するのが人間の役目だと思っている。

 

…これを話すと、君はがっかりするだろうが、我々はただその数を減らすためだけに、何千・何万頭ものクジラを殺した。

 

他でもない、…海を守るために」

 

キラシャは、チーフの目をじっと見つめた。

 

「人間だって、そうなのだ。お互いが増えようとすると、自分と異なるものを排除しようとする。

 

しかし、一部を除けば、人間は最終的には制御できる動物だ。

 

私は、それを信じている。

 

だが、クジラはそうはいかない。

 

地球上の秩序を保つためにも、クジラを減らすことは、海洋パトロール隊の使命でもあるのだ!」

 

チーフは、自信ありげにそう言い切った。

 

 

キラシャはその迫力に、何の反論もできなかった。

 

今までの疲れと眠気が襲い、キラシャは気を失うように眠りに落ちた。

 

   

しばらくして、空中ボートがドームの飛行場に降り立った。

 

パトロール隊員は、急いでパールの入った移動用カプセルを、ホスピタルへとつながるレールにセットした。

 

カプセルは、ゆっくりと移動して行った。 

 

ボートを取り囲むように、キラシャの仲間達が集まった。

 

パトロール隊から無事救出の連絡があったので、すぐに移動して来たのだ。

 

 

その飛行場には、メディア関係の人達も取材をしようと、カメラを手に待ち構えていた。

 

無事に発見されたので、夕方のニュースなどに取り上げられるのだろう。  

 

パールはすでにホスピタルへと運ばれたので、キラシャは眠ったまま、パトロール隊の人に抱えられて、ボートから出てきた。

 

キラシャは仲間の歓声が聞こえると、目をうっすらと開け、自分に向けられるライトを手でよけながら、笑顔で答えようとした。

 

サリーとエミリが、「わぁ~、本物のキラシャだ!」

 

「無事で良かった!」と言って、キラシャに駆け寄ってきた。

 

 

キラシャは、2人の手を握ろうと手を伸ばして言った。

 

「パールも無事だよ。チャッピが助けてくれたンだ。あたしもたいへんだったンだよ…」

 

2人が、その言葉にうなずきながら、手をしっかりとにぎると、キラシャは安心したように目を閉じて、眠りの世界へと戻って行った。


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