安藤先生の月刊ブログ 「きらめき」

何気ない毎日に"きらめき"を感じていますか?

白い秋

2014年10月11日 | 月刊ブログ
 山裾や田んぼのあぜ道に曼珠沙華が赤く燃えています。
 抜けるような青空にしばらくは上向きの顔を直せずにいます。仕事が終わって学校から出ると、時間を間違えるくらいに外は薄暗くなってることに驚かされ、新しい季節が訪れたことを感じます。

 佐世保校では、今、公務員試験の真っ只中です。試験が始まる前に、私は学生たちに、「4月からこれまで一生懸命に頑張ったのだから、自信をもって行ってきなさい。」とエールを送りました。10月の中旬には1次試験の合格発表でたくさんの喜ぶ顔が見られることでしょう。 

 『奥の細道』の作者、松尾芭蕉が、「石山の石より白し秋の風」という句を詠んでいます。
石川県小松市の那谷寺での句で、秋風が石山の岩肌よりも白く感じられるという意味の俳句です。「秋の風」という季語が入っていますが、もう一つ「白」色が秋を表しています。透明感をも感じます。
 
 古代の中国で始まった五行思想という考え方には、すべてのものは木・火・土・金・水の五つからできているといいます。
五行思想によれば、季節も木・火・土・金・水にあてはめられます。春は木、夏は火、秋は金、冬は水です。そして、それぞれの季節の終わり十八日間を残った土を使って「土用」と呼ぶことにしました。
 さらに、木・火・土・金・水には色も割り振られています。木は青、火は赤、土は黄、金は白、水は黒です。赤は朱と書きますね。黒は玄米の玄です。人生の移り変わりを青春・朱夏・白秋・玄冬という言葉で表すそうです。
 
 五行思想の中では、青春は16歳から30歳前半をいい、未熟さを意味し、これから 熟して勢いを増していく時期だそうです。両親や周りの人達の援助を受けながら勉学に励み 社会に出て独り立ちをするための準備の年代です。希望と挫折を繰り返しながら自分の生きる道を模索する年代だそうです。孔子の論語では同じ時期を、「学を志す(志学)」という言葉で当てています。
 朱夏は、30代から50代をいい、人生の夏であり、人生の真っ盛りの年代。この年代の前半は、子育てにおわれ、与えられ仕事をこなし、一人立ちする年代で、後半は、今までの成果の刈り取りをし、次の白秋玄冬へつないで行く年代。孔子の言葉で言えば、立身、不惑、知天命の時期です。
 白秋は、50代後半から60代後半をいい、孔子はこの時期を従耳(人の言葉を素直に聞く)と諭しているようです。詩人の北原白秋はここから名前をつけたそうです。秋の夕暮れのイメージなのでしょうか。
玄冬は、 玄冬の玄は黒という意味で、暗い冬のイメージですが、幽玄、玄人、玄風は老子も説いている道です。孔子は、不超矩、矩を超えず(思うままにふるまっていて道を外れない)心の動くままに行動しても、 決して人の道から外れることなく生きる。と説いています。

 今、この学校に来ている学生たちは、まさにこの「青春」の時期。ひたすら勉学に励んだこの数か月の成果が出ようとしています。自分の進む道を見つけこれから独り立ちをしていくのです。そして、それぞれの人生が形作られていくことでしょう。目の前には大海が広がっています。
 しかし、社会にでてからも学ぶことは山ほどあります。勉強はこの学校で終わりではなく、一人前の社会人になるための試練を受けることになるのです。
 この春、または、1年前に卒業して公務員になった卒業生たちは、長期の休みを利用して学校に遊びに来てくれます。そして、口々に、その仕事の大変さ、人間関係の難しさを語って帰ります。私たちはその話を「そうか、そうか。」と聞きながら、彼らが一回り大きくなったことを実感しています。

 この学校で働く私たちは、どうでしょう。いつまでも「朱夏」の状態で、与えられた仕事にまい進し、社会の中での自分の使命を務めていきたいものです。一番怖い「マンネリ」に襲われないように。

 先日は皆既月食を見ることができました。美しいその神秘的な様子に、おもわずため息が出てきました。古代から、自然とともに生きてきた人々が、生きていくエールと戒めを込めて、後世の人たちに諭した考えは、今も錆びることなく、確かに今の私たちの心に届いています。
 
Photo by mizutani

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