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冬のソナタに恋をして

記憶を探して②


そのあと、二人は桟橋に移動した。すでに日は落ちかかっており、夕闇がすぐそこまで迫っていた。あの初雪の日も高校生の二人は、この場所に立っていた。あの日は真冬で、湖面は完全に凍っていた。都会育ちのチュンサンはそれを面白がって、水切りをする要領で、何度も石を投げていた。しかし、氷を割ることもできず、かといって水面ではねることもできない小石たちがいくつも、湖面をスイスイと滑っていったのをユジンは覚えていた。



ミニョンは楽しそうに「あの時もこんな風に水切りしたのかな」と石を投げている。小石は湖面をリズミカルにジャンプしていくつもの弧を描いていた。

「覚えてないのね。あの日は湖面が凍っていたからはねなかったわ。氷の上を小石が転がって、いい音がしていたわ。」ユジンは湖面を見つめてつぶやいた。

「でもね、もう一つしたことがあるのよ。これはね、あなたの記憶が戻っても絶対わからないことだから。あなただけが知らないこと。」

「何?」



「ここで、あなたのお葬式をしたの。チンスク、ヨングク、サンヒョク、そしてチェリン。私たち、お葬式に行けなかったでしょう。しかも生きてるなんて知らなかったし。だからここでやったのよ。」

「僕のためにたくさん泣いたの?」

「ううん。なぜかわからないけど、不思議と泣かなかった。きっとまた会えるとわかっていたのね。」

そういうとユジンは柔らかに微笑んだ。ユジンの脳裏にはあの日、真っ暗な空に向かってヨングクがノートの切れ端をそれぞれに持たせて、順番に火をつけていった風景が浮かんできた。チロチロと燃えるノートを雪で覆われた地面に落として、それぞれがチュンサンの冥福を祈った。ヨングクは「カンジュンサン、さよなら!」と叫んでいたし、チンスクは泣きじゃくっていた。サンヒョクは茫然としており、チェリンは大声で何かわめいていたのを覚えている。そしてわたしは、、、暗闇に浮かぶ炎をじっと見つめていた。その炎があまりに鮮やかで、何も考えられずに、ただただ見つめていた。チュンサンが死んだとは信じられなくて、心の中が空っぽになってしまい、一部が死んでいく音を聞いていた。ユジンはチュンサンが生きていることが分かってもなお、ここから見た風景や底知れぬ絶望を感じた記憶を一生背負っていくのだと思った。そんなユジンの姿とみて、ミニョンは切なそうにつぶやいた。


「僕はすべてを忘れて生きていたのに、君は馬鹿みたいに10年間も死んだ人を覚えてたの?こんな愚かな僕を想って、、、」

ユジンはまたあの清らかな微笑みでミニョンを見つめて、そして静かに湖面を見ていた。ミニョンは、ユジンがいくら大丈夫といっても、その日彼女はチュンサンを失ったことによって、心の一部に消えない傷を負ったのだと悟った。それは彼女を壊してしまい、その傷は自分にしか治せないのだと嫌になるほど感じていた。それなのに、自分はいまだに記憶を取り戻せない。ミニョンは悲しさとむなしさで立ち尽くすのだった。

「チュンサン、私のために記憶を取り戻したいんでしょ。だからここに来たんだよね?」

「違うよ。僕が早く記憶を取り戻したいんだ、そして、君にとって本物のカンジュンサンになりたいんだよ。」

「あなた、記憶がなくてミニョンさんだった時に、こういったじゃない?こんなに美しい風景なのに、悲しい思い出しかないの?って。あなたの言うとおりね。こんなに美しい場所なのに、わたしたち、過去の風景ばかり探し続けてる。なぜ、思い出ばかり探してるのかしら?これから二人で作る記憶の方がはるかに多いのに。」

「ユジナ、、、。」

「もう過去の記憶を思い出そうとするのをやめよう。わたし、あなたが覚えていなくても構わないわ。私が愛しているのは高校生のチュンサンじゃないの。目の前のあなたなのよ。」


ユジンは柔らかな微笑みでミニョンを見つめた。それは、すべてを吹っ切って洗い流したかのような無垢なまなざしだった。ミニョンはそんなユジンが愛しくてたまらなくなり、そっと抱きしめた。そんな二人を、夜のとばりがゆっくりと包み込んでいった。


次の日からミニョンは理事としてマルシアンに復帰した。会社はもちろん、特にキム次長はミニョンの復活を心から喜んでいた。キム次長は大筋では今までの経緯を聞かされていたので、心の準備は出来ていた。それでも、ミニョンを何と呼んだらよいのかわからなかったし、カンジュンサンの記憶がほとんどないことを心配しており、しきりに治療することをすすめてきた。そんなキム次長を振り切って、ミニョンは仕事を始めるために、車で外出した。ミニョンが信号待ちをしていると、すぐ横で少女と母親がピンクのミトンをはめて話をしていた。ミニョンがそれを見ていると、脳裏にある場面が浮かんできた。それはユジンのミトンをはめて笑っている自分だった。ユジンが言っていた「貸したミトン」とはこのことだったのか。ミニョンはすぐに母親のミヒに電話をして、チュンサンだったころの自分の持ち物が、春川の家にあることを確認した。ミトンはそこにあるはずだ、ミニョンはユジンを連れて行くために、急いでポラリスに向かった。

そのころポラリスでは、1か月ぶりに復帰したユジンを、チョンアが喜んで迎えていた。ところが、ついて早々、いきないミニョンが飛び込んできたのだ。チョンアもまた、ミニョンがユジンの高校時代の恋人だったカンジュンサンだとは聞かされていたが、早速の登場に驚いていた。



しかも、ミニョンはこんにちはでも、お久しぶりです、でもご迷惑をおかけしました、でもなくユジンを連れ出していってしまったのだ。「ユジンに返したいものがあるんです。チョンアさん、ユジンを借りますね、いいでしょう?」と言って。二人は手をつないで、あっという間に走り出した。チョンアはミニョンがユジンしか見えていない様子にびっくりした。先日までのミニョンはこんなに子供っぽい人ではなかった気がするのだが。昔の人格が顔を出して入り混じってるのだろうか。あーあ、いったい仕事はどうするの?チョンアは大きなため息をついて、デスクに戻るのであった。

コメント一覧

kirakira0611
@81sasayuri1018 さま、ユジンは優しいのか鈍感なのか、思いやってるのか追い詰めてるのか分からないことがありますね。わたしも書いていて、そう思いました。最終的に今のと言うセリフが出てきてほっとしました。本当にほっとしました。それまで思い出せ攻撃をしていたように感じたので(笑)思い出せないからと涙ぐまれるのが、一番罪悪感にかられるかと思います💦ここはカウンセリングの肯定かもしれません。わたしも相談の仕事なので、どんなに不可解な相談でも、とりあえずは顔と態度には出さずに、大変ですねー、頑張ってますねー、ご心配ですねー、を呪文のように唱えてます。余談ですが。受け入れることから人間関係は始まるんですね。プライベートでは難しいですが(笑)
本当にチュンサンの立場なら、気が狂うと思うんです。確かに。確かに。自分回帰、良い言葉ですね。ミニョンさん、恋の前に自分回帰しないと。ただ、過去と現在も変わらぬ愛をただひとりくれたのがユジンなので、ミニョンさんはこの状況でユジンがいることは、ラッキーですね。
爺や老婆やは30代!確かに二人とも老け役だけども失礼ですね(爆笑)
すみません。今日は寝ますね。
おやすみなさい🌙
kirakira0611
@breezemaster さま、お3人様に共通する、ユジンの優しい言葉がミニョンの心に響きますね。チュンサンもユジンに沢山救われてると思うのです。
ミニョンが陽ならチュンサンは陰な気がします。
笑顔を見るとほっとします。
すみません。最近仕事で高齢者の方々がどうしちゃったの?と言うほど相談に見えて、眠くてたまりません。精神疾患の方って春先秋口に不穏になるんですが、本当に今日は何時間も訳がわからない話を聞いて、疲れました。今日はもう寝ます。
おやすみなさい。
いつもコメントありがとうございます😊
kirakira0611
@hananoana1005 さま、28歳のチュンサンて、どんなでしょう?ガリレオの福山雅治さんみたいな感じかしら?皮肉屋で頭がいい天才数学学者みたいな感じかしら、、、。
チョンアさん、キム次長にしてみたら、はっ?何?チュンサンて誰?状態で、本当ならもっと驚くでしょう(笑)お二人とも寛容です。今度久しぶりに二人から見た新しいミニョンを書いてみたいです。
ところで秋桜の詩集の詩が素敵です。心がホッコリしました。それを選んだhananoanaさんのセンスに脱帽です。ありがとうございました😊
81sasayuri1018
おはようございます。

お出かけ前に(仕事)ちょっと♪
自分を取り戻したいミニョンの焦り。「覚えてないのね」というユジン。
私はココすごく苦しいんです。努力ではどうしようもない記憶喪失ですものね。
でも、ユジンが今現在のミニョンさんが好きという言葉に救われるのです。
カウンセリングでも、そうですね。まずは、目の前の相手を受容していく・・・・

それでも、手袋のことを想いだすミニョンの嬉しさ。
ユジンに喜んでもらうだけではない、自分回帰(私の造語)の安心感もあるでしょうね。
現実にこんなことがあれば・・・生きていけないのかも。
でもドラマではユジンがいることで!それを支えてもらってるのかな。
ところで、爺だの婆だの言ってるキム次長やチョンアさんは30代ですよね!?あまり年齢が違わないのではと・・・
breezemaster
おはようございます^^
ユジンとの会話で、記憶が無いことで、悲しさとむなしさを
ミニョン、
「私が愛しているのは高校生のチュンサンじゃないの。目の前のあなたなのよ。」
言葉の中に、チュンサンとミニョンと心の中で思うのは、二人でも、思いは一つなのが伝わってきます。

そして、女の子を見て思い出すミトンの手袋、
少しずつ思い出す記憶、
明るいミニョンの顔、明るい顔は、ミニョンなのを感じる私です^^;
hananoana1005
こんばんは🌜
いつも有難うございます🌸

「早く君の愛したチュンサンに戻りたいから記憶を取り戻したい」というミニョン!
ユジンも私たちも28歳のチュンサンがどんな人なのか?想像するしかないですよね~
高校生のチュンサンしか知らないのですものね。

チョンアさんやキム次長はチュンサンとミニョンが入り混じったチュンミニョンに戸惑っているようにもみえますね。

お疲れ様でした!
続きを楽しみにしていますね^^

ユジンが言うように過去のチュンサンじゃなく、今、目の前にいるチュンサン(ミニョン)さんが好きだと。
だから、もう過去の記憶探しは辛いだけ
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