赤い目をしたままのミニョンは、そのままマルシアンに出勤して、駐車場でユジンを待っていた。今日は久しぶりにリノベーション工事をしたドラゴンバレースキー場を視察に行く日だった。ユジンとスキー場を訪れるのは、ユジンに別れを告げられた日以来だった。ユジンは春を思わせるエメラルドグリーンのセーターを着て、慌てた様子で走りこんできた。
「また遅刻だな」
ミニョンがあきれたていうと、ユジンは軽くミニョンをにらみつけた。
「キム次長たちは?」
「二人で先に行っちゃったよ。」
「あれ?目が真っ赤よ。よく眠れなかったの?」
「そんなことないよ。」
しかし、ユジンは信じられないという顔でミニョンを見つめている。
「本当だってば。君の夢を見ながらぐっすり眠ったよ。さあ行こう。」
ミニョンは急いでごまかして車を発車させるのだった。
そのころ、キム次長とチョンアは仲良く現場を視察していた。キム次長は、ミニョンとユジンの二人がサボっているのでは、と疑っていたが、チョンアはくそまじめな二人がそんなことするはずがないと笑い飛ばしていた。そんなチョンアにキム次長は言った。
「別に二人が来なくてもいいよ。爺やとばあやの仲を深められるから」
するとチョンアは口を尖らせた。
「ほんとにいつも何言ってるんですか。うんざりするわ。」
「おい、ちゃんと鏡見て行ってるのかな。」
キム次長はチョンアの紫色の髪の毛を見て、ぼそりとつぶやくのだった。
そんなことを言われているとも知らずに、久しぶりに懐かしい場所に帰ってきたミニョンとユジンは、仕事そっちのけでぶらぶらと散歩をしていた。そこは、かつてミニョンがユジンにサンヒョクのどこが好きかと質問したり、ユジンが仕事の写真と一緒にミニョンの顔をこっそりカメラで撮った林だった。今、二人の手はしっかりとつながれて、お互いの顔に満面の笑みが浮かんでいた。
「わたし、やっぱりここが好きだなぁ。」
嬉しそうに言うユジンにミニョンは言った。
「好き?ユジンは覚えてる?ここでよくケンカしたよね。またここにこんな気持ちで来られるなんて。」
「でも、ここがとても恋しかったわ。雪も冬もミニョンだったチュンサンも何もかも。それに、ここは冬のままなんだもの。」
「冬が終わるのが嫌なの?」
「うん。嫌だった。だって、昔チュンサンが死んだと思った時もすぐに春になってしまったし、また今度も冬が終われば何もかも消えてしまいそうで怖いの。」
「大丈夫。消えたりしないから。」
「ほんとに?約束できるわけ?」
「うん。約束するから。それにぼくらは二度と別れないから」
ユジンのことをしっかりと見つめて微笑むミニョンに、ユジンもほっとして微笑見返した。
山頂でロープウェーを降りると、森の中を散歩した。建物の近くに、石を積み上げてある場所があった。そこは石を積み上げて祈ると、なんでも願い事が叶うと言われている場所だった。二人もかじかむ手に息を吹きかけながら、そっと石を積んでいた。積み終わると、ユジンは目を閉じて一生懸命祈り始めた。
「何を祈ってるの?」
「あなたと何事もなく一緒にいられますようにって祈ってるの。」
ユジンは真剣な顔で言った。
「あなたは?」
「僕も」
二人は微笑みあうと、手をこすり合わせて温めあった。そしてまた森の中を歩き始めた。はじめは樹氷を触って遊んでいたが、そのうち、ユジンが雪玉をぶつけ始めた。すると、今度はミニョンが両手いっぱいに雪を抱えて、大騒ぎするユジンの頭の上にどさっと雪を落とした。ユジンもミニョンも、髪の毛からコート、まつ毛まで、雪で真っ白になってしまった。ミニョンは、眼鏡まで真っ白になっている。二人はお互いの顔を見て大笑いするのだった。
そして、ユジンがふわふわの雪を口いっぱいにほうばると、ミニョンがそれを見て、ユジンの口にパクっと食いついた。ちょうど、ミニョンの口がユジンの唇に触れてしまい、キスをするような格好になり、ふたりはまたまた大笑いをした。二人の脳裏には、南怡島で初雪デートをしたときの、お互いの姿が浮かんでいた。あの日のように、今だけは純粋な気持ちで、高校生のように、思い切り今を楽しみたかった。あの日の二人に戻りたかった。何も知らなかった幸せな二人に。
二人は思う存分雪遊びをして、全身びしょ濡れの状態で山頂のレストランに戻ってきた。お互いの雪を払った後、日が暮れる前にまた、山頂からのロープウェイに乗った。イヤホンを半分こして、ほほを寄せ合って音楽を聴いた。ユジンはミニョンの肩にもたれて幸せそうだった。お互いの指先で、おんなじリズムを刻みながら微笑みあうふたりに、悲劇の前兆はつゆほども感じられない。幸せはもう手の中にある、二人とも安心感につつまれていた。
二人が、幸せなデートをしているとき、ユジンの母親のギョンヒは、今まで見たことがないくらい深刻な表情で、サンヒョクの父であるジヌに喫茶店で会っていた。ギョンヒはどうしても相談したいことがあって、春川からソウルまでバスに乗ってやってきたのだった。
「ジヌさん、今回の婚約破棄で、合わせる顔もないのに、会っていただいてありがとうございました。」
「何をおっしゃいます。二人の破談は運命だったのでしょう。ユジンは私にとっても娘のような存在です。これからも見守っていきたいと思います。ところで、今日はどうしたんですか?」
ギョンヒは憂い顔で話し始めた。ジヌにサンヒョクから全く話が言っていないことが分かったからだった。ミヒがユジンの家を29年ぶりに訪れたこと、ユジンとミヒの息子のチュンサンが付き合っていることを。本当は、ギョンヒは二人の結婚をミヒに許してもらいたくて、ジヌに相談に来たのだった。ジヌならミヒを昔から知っているので、説得力してくれるかもしれない、と淡い期待をいだいていた。しかし、ジヌはは二人が付き合っていることにとても驚いて、とても渋い顔をしていた。
「それで、ミヒは、ミヒはなんて言ったんですか?」
ジヌは恐る恐る聞いた。そして答えはやはり恐れていた通りだった。
「ミヒさんは、ユジンとチュンサンが付き合うのを何が何でもやめさせろと、、、二人は絶対に結婚できないと。」
その言葉を聞いて、二人とも黙ってしまった。もっともその理由は違ったのだが。ギョンヒはこう思っていた。『チュンサンは、あんなに夫ヒョンスと自分を恨んで許さないと息巻いていた女だ。かつてこんなに人に恨まれたことはなかった。あんな女の息子を義理の息子になど、到底考えられない。この前のミヒの形相では、ユジンは嫁としてとても許されるとは思えない。』しかし、この時点でギョンヒは、チュンサンがヒョンスの息子だとまでは考えていなかった。それは生前ヒョンスが、『ミヒとは婚約していたが、関係を持ったことはない。信じてくれ。』と言っていたからだった。しかし、少し考えれば狂おしいまでにヒョンスを愛していた女が、他の男の子どもを身籠るだろうかという疑問が芽生えるはずだった。もし、妊娠したら、ヒョンスとギョンヒにとって、最大の復讐になることは間違いない。しかし、ギョンヒはそこまで考えが及ばなかった。ただ、相手の親に結婚を反対されるユジンが不憫すぎて、ジヌに相談したかったのだ。
そして、ヒョンスは、チュンサンが自分の子ではないのだと確信してとても複雑な気分だった。ユジンとチュンサンにとって、二人は異母兄妹になるということで、とても悲しいことではあった。一方で、チュンサンが自分の子であってほしい気もしていたし、ヒョンスの子ならば、なぜミヒはヒョンスに打ち明けなかったのだろうとも思った。とにかく頭の中が混乱していて、考えが一つにまとまらなかった。ジヌは声を振り絞っていった。
「私もそう思います。ミヒに賛成です。チュンサンとユジンの結婚は絶対に絶対にいけません。」そして二人は無言のまま喫茶店を後にするのだった。
ジヌはその足で研究室に戻り、秘密裏に電話をかけた。それはミヒの事務所だった。しかし、ミヒはまたもや不在で、アポイントを取りなおさなければならなかった。ジヌは、戸棚からミヒとヒョンスと3人で写した写真を取り出して、そっと眺めていた。3人が巻き起こした三角関係が、三人の子供にそのまま因縁のように影を落とすとは、、、空にいるヒョンスはどう思っているだろうか?ジヌの心は張り裂けそうだった。
一方でギョンヒは帰りのバスで考えた。なぜジヌはミヒと同じで頑なに結婚を反対するのだろうかと。いくらサンヒョクと結婚しないからと言って、ユジンの結婚を邪魔するような人ではないのに。ジヌが賛成してくれるのでは、という淡い期待はもろくも崩れ去ってしまった。ギョンヒの胸にもまた、疑惑の雲がむくむくと頭をもたげるのであった。