ミニョンはミヒの泊まっているホテルのロビーで、ミヒを待ち続けた。フロントには、チェックインする客と、外に出かける客とで混雑している。日本語に中国語、英語にフランス語、アラビア語まで、いろんな言語で話す客たちが、楽しそうに談笑しながらロビーを通り過ぎる。ミニョンはぼんやりと彼らを見ながら思った。僕とユジンも二人きりで世界の果てまで逃げることができればよいのだろうか。でも体に流れる血は世界のどこにいても変わることはない、どうすることはできないのだとまた落ち込んでしまうのだった。
ミヒは、ロビーで待っているミニョンを目にした時、うなじが逆立つような気がした。ひたと見据えられたミニョンの目を見た時、その感覚はさらに強くなり、鼓動が早まるのを感じた、こう思った。ああ、このまなざしはミニョンではない、チュンサンだと。ミニョンの目は悲しみにおおわれ、怒りに燃え、絶望に沈んでいた。こんな目を見たのはチュンサンに父親のことで問い詰められた時以来だった。
ミニョンはミヒを見るとゆっくりと立ち上がり、二人はホテル内のカフェに移動した。コーヒーが運ばれてくると、ミニョンは待ちきれずに言った。
「母さん、僕の父親はだれ?僕の父親はチャ・ヒョンスさん?母さん!僕の父親はユジンのお父さん?」
ミヒは覚悟を決めたように言った。
「ごめんなさいね。チュンサン。」
それだけを聞くと、ミニョンはミヒを置いてカフェを飛び出した。一番聞きたくない答えを母親から聞けば、もうそれ以上聞かなくても十分だった。ミニョンは車の中で何時間も考え事をした後、ドラゴンバレーに向けて出発した。ユジンに会ってどんな風に話をすればいいのか、いくら考えても答えは出ないままであった。
ユジンはミニョンから連絡があるかと、ずっと携帯をのぞいていた。しかし待っても待ってもミニョンから電話の1本すら来なかった。なにか悪い予感がする、ユジンは実家から持ってきたミヒ・ジヌ・ヒョンスが写っている写真を見つめていた。ここにすべての答えがある、そんな気がしてならなかった。
夜になってもユジンは懸命に仕事に集中しようと頑張っていたが、元気のないユジンを見てチョンアが話しかけてきた。
「理事から連絡がないんだって?」
「えっ?う、うん」
「子供じゃないんだからそのうち帰ってくるわよ。じゃあ部屋に戻ろうか」
作業場を出ると、外はもう真っ暗でナイター営業が始まっていた。スキー場の片隅ではスノーマシンが雪を作っては吹き上げており、風に乗った人工雪が一面に舞っていて、まるで吹雪のような感覚に襲われた。それを見てチョンアが言った。
「もう、スノーマシンを使わなきゃいけないのね。この仕事が終われば雪も見納めだね。」
「ほんとね。これがこの冬見る最後の雪になるかも。」
「雪なんて来年の冬もいくらでも見れるじゃない」
「でも、今年の冬はこれで雪も終わりだわ。今年と来年は違うもの。」
「あたしは雪なんてうんざりだけど。」
「もうすぐ、この雪も溶けちゃうね、、、。」
「そりゃそうよ」
「最後ってなんでこんなに悲しいんだろう?」
ユジンがあまりに悲しそうな顔でつぶやくので、チョンアはびっくりしてユジンの顔を覗き込んだ。ユジンは今にも泣きそうな顔で遠くを見つめているのだった。
二人がやっと暖かいホテルに帰ってきた後も、ユジンはロビーでミニョンを待つというので、チョンアはため息を一つついて自室に戻っていった。ユジンはしばらくロビーにいたが、ぶらぶらと外に出てスキー場を散歩するのだった。いつかユジンがサンヒョクとミニョンの間で揺れていた時に、ミニョンが『スキー場では誰も聞いていないから思い切り泣くといい』と言って送り出してくれたことがあった。ユジンはそれを思い出してスキー場にやってきたのだった。すると、そこにミニョンが一人きりで立っているのが見えた。
「チュンサン、チュンサンてばっ!」
ミニョンを呼ぶとこちらを振り向いたが、その顔はまるで泣きはらしたように悲しそうで、頼りなげな表情をしていた。ユジンはミニョンを軽くにらみつけた。
「いつ帰ってきたの?」
「、、、ついさっきだよ」
「あなたも泣きたくてここに来たの?」
「ううん、泣くことなんてないだろ」
「じゃあどうしたのよ?本当に変よ。何があったの?」
「何にもないよ」
「じゃあなんでそんな顔するの?」
するとミニョンは困ったなというように息を吐き出して言った。
「ここは寒すぎるんだよ。」
「バカね。心配したんだから。」
赤い唇を尖らせてあどけない顔で言うユジンを、ミニョンはそっと抱きしめた。しかし、そんなミニョンの瞳が涙で濡れているのを、ユジンも気が付いていた。ユジンは抱きしめられながらも、不安で仕方がないのだった。ミニョンはユジンの肩越しで、音を立てずに泣いていた。ミニョンの泣き声はスノーマシンと風の音にかき消されて消えて行った。二人はしばらくの間、寒いのも忘れてじっと抱き合っているのだった。