旅する骨董屋 喜八

チベット圏を中心にアンティークや古民芸・装飾品を旅をしながら売買する喜八の、世界の様々な物や人その文化を巡る旅のブログ。

美しいチベット民藝

2023年09月26日 | チベットもの



僕は人知れず、
チベット民藝と云うジャンルをやっている。

まぁ、自称ですけど。

安易に民藝という言葉は使いたくはないが、
当てはまる適切な言葉がまだ世間的には無いので、
伝わり易くする為に使っている。

また、
僕の感覚での美しさは、
民藝の意味と「少し異なってくる」かも知れないが、
それを説明したら長くなるので、
ここではあえて民藝とさせて頂きますさかい。

---

一般的に海外では民藝と云う感覚は、
日本で言う所のソレとは少し違ってくるだろう。

古い物は一括りされ、
多くの場合、アンティークとなる。

folk artと言う言葉と価値観はあるが、
民藝と共に、その言葉はチベット仏教圏では通じない。

基本的には全て「アンティーク」となる。

民藝の価値観を、
古い物や工芸品に興味がない一般の外国人に、
英語で説明しようとしても困難を極める。

だが、
民藝という価値観での対象となる物は、
日本の物だけではなく、
海外の物にも当てはめられるだろう。

そして、
チベット仏教圏の物を
民藝とする動きはほぼ見ないのは、
僕の知識不足なだけだろうかしら。

もしチベット仏教圏の物が無いのであれば、
それは、
日本へ入って来る物が少ない、
または
日本への情報が乏しいからかも知れない。

僕はチベット仏教圏へ行く度に、
「あ、これ、美しいな」という物に出逢う。

これが難しいのだが、
その美しい物は、
一部を除き、
一般的に見つけるのは簡単でなかったりする。

なぜなら、
完品を求める傾向にあるチベット仏教圏の人々。

朽ちた物や経年劣化した物などより、
見た目が良い完品の方が金銭的価値になるからだろう。

または、
多くの物の中に、
雰囲気が良い物が紛れていたりするのである。




ラダックの知り合いの店の奥にあった民族衣装チュバ(チュパ)の襤褸。
ダメージが多過ぎて仕舞われていた。
誰も見ないのであろう。

その圧倒的な雰囲気と、
よく見ると、
美しい龍の刺繍や五色の波模様が残っていた。







中国のロンパオ(龍袍)と似ているが、異なる。



裏面には押印もありますだ。
こういう押印は、大衆の手に有った物の証でもあろう。
紅い裏地も良き。



もはや、ボロボロでござる。
でも美しい。
よく見るとドラゴンがドラゴン・ボールを持っている図柄。

この類を「チベット襤褸」と僕は勝手に呼んでいる。

言ったモン勝ち、ではないが、
誰もやってないので勝手に呼んでいる。

僕はこのチュバの美しさに惹かれ、即購入した。
割と高かったけどね。

そして、
宿に持ち帰り、ベランダで干していたのだが、
宿の主人であるラダック人のおばあちゃんに、
「ボロボロじゃない。あんた、それにお金出したの?」と驚かれた。

そう言われるのは、いつもの事なので慣れてしまった。

僕は、
「美しいんだよ、コレは」と微笑んで返すと、
「ほー、そーなのねー」と、
あなた、変わってる趣味なのね、といった顔をした。

美しいと思う趣向も人それぞれである。

因みに、
中国のロンパオ(龍袍)が高額なのは知られたトコだろうが、
古い刺繍のチュバでもダメージがなかったり(ダメージがあっても)すると、
一部の市場価値は100万円は軽く越えてきます。
現地の一部の店では、その価値を見出し、高額で売ってはいる。
ただ、日本ではあまり知られてないかも知れないけど。

もう半分冷やかしで、
「僕の個性を表す為に骨董市で売ったろ、売れなくても構わないもんねー」と思って、
骨董市で出してみたら、速攻で売れてしまった。

安くはない金額だったのだが、ほぼ何も言わず、
すぐ購入された方がいらした。

僕は「これはチベット仏教圏の物です」と一言と、
値段を言っただけだった。

骨董市は謎である。






僕はチベット仏教のバター茶碗を、美しい民藝だと思っている。

チベット仏教圏にあって、
おそらく、数珠と共に一番身近な物であろう。

上の写真の物は同じに見えるが異なる。
一対でもなく、別の場所から仕入れたお椀。

良い雰囲気である。

形も無駄がない。
用途に徹しているのも惹かれる。



美しく彫りが施されている、銀碗。

僕は一個人がデザインした柄やデザインには興味が持てないが、
チベット仏教の伝統に則した柄というのは説得力があるのです。

このタイプはチベット本土や東チベット、ネパールでほぼ目にしない。
何故かラダックで多く目にする。

美しいお碗である。








木製に銀装飾されたお碗。
このタイプは僧侶が使うので僧侶来歴であろう。

ラダックの売り手も「以前、僧侶が何個か持ち込んだんだ」と言っていたが本当だろう。
普通は一般人は使わないタイプだ。
少なくとも僕は、一般人がこのタイプを使っているのを見た事がない。

木の種類はザップ系の木だろう。
ザップではないだろうが、
木の瘤の部分を用いてるのでしょうな。

この手の古い銀装飾のお椀は、
もう実用されているのをあまり目にしない。

祭事時や高僧が使うのだろうか。
今度、友人に聞いてみようかな。

先日のラダック・ザンスカールの渡航でも寺院でお茶を頂いたが、
多くの僧侶は素朴な木椀でツァンパを食べていた。
今や現代的な産業用のコップも使っていた。

ネパールのチベット寺院でも、
古い木椀より安価な木椀を使うのが一般的です。
チベット人地区の仏具屋で、よく僧侶が買い求めているのを目にできます。


・・・で、何個もお椀は見たが、
この一品のみ選んだ。

八種類の吉祥紋様が美しく、技も良い。

もし、民が日常使う大衆の工芸品を民藝とするならば、
これは美しい民藝だろう。

最も、
一概に、チベットのバター茶碗といえど、
古さや柄や技が多種多様なのです。

一見同じに見えても、
彫刻の技量などがショボイのも多い。

このお椀で、
古さは、
50〜80年前の物だろう。

もしかすると、もう少し古いかも知れないが、
数百年単位の物ではない。

日本(または海外)では、
19世紀だとか18世紀とか色々言うが、
僕が知る限り、
その年代のチベットのバター茶碗は、ほぼ無い。

多くの物は、
実際には100年以下であろう。

僕は以前、
軽く100年以上経過したであろうバター茶碗を扱った事があるが、
木が朽ちていた。

美しい見た目で仕入れたのだが、
経年劣化で木が、ひび割れ乾燥し、
実用には適さなかった。

実用でき、見た目も良い状態を保っている場合、
ごくごくごく一部を除き、
バター茶碗で18世紀物とかは普通は、あり得ないと僕は思っている。

現地の風土では、
いくらバター茶の油分が染み込んでいると言えど、
長い年月を経ると、
木という特性上、木部分が経年劣化や変化してしまうと思う。

使われていなかったのならば尚更であるし、
現地の保存状態も良いとは言えないだろう。

ネパールの業者、特に某地区のチベット系の業者、は
なんでもかんでも、年代を古く言うのが定石だが、
僕は同意できない事は多い。

ただし、家具など木の物でも本当に古い物は実在する。
表面の絵などに劣化も見られるし、
真っ黒に汚れているのもあるが、実際に有るのは事実だ。
ここではバター茶碗に関しての話です。

ラダックの老舗店でも、めっちゃ古そうな大きな木碗もあったが、
オーナーは「最大でも90年前位だろうね」とは言ってはいた。

バター茶碗はターコイズなどと違い、
基本的には、伝世はしない。

普通は使用者が使い終わった(亡くなったり)したら、それで終わりなのである。
ごく一部を除き、
市場に流れるか、人知れず何処かで静かに眠っているか、なのです。

また、チベットの数珠であっても、
珊瑚など資産的な価値がある一部の場合を除き、
基本的には、伝世はしない。

カパーラなどは伝えられる場合もあるけど、
僕が知る限り、
本当に古いカパーラは数は少ない。

まぁ、誰を信じるかは人それぞれですが。




昔の鍵ですな。

チベット語の名前を忘れてしまった。
何処かに書き留めていたのだが。
Demingだったけな。

今は使われなくなった、失われていく文化なのは間違いない。

これもチベット民藝だと、僕は言い張っている。

何年も前はラダックにも、
雰囲気の良い古い鍵がたくさん残っていたが、
今は良い物はほぼ無くなってしまっていた。

残るのは、まあまあの古さと質の物であった。

古き良い物は無くなっていくのですなー

因みに、一部の感覚の良いチベット人デザイナーの手によって、
古い鍵をモチーフにした栓抜きとかが新たに作られている。

写真の鍵は私物。

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チベット民藝。

僕は人知れず、
この美しさをやっているのでした。


ボロボロの物や、
よく見ないと、その美しさが分からない物を、
骨董市とかで出していると、
中国人の転売業者はスルーするが、
彼らは流行(売れ筋の)の物を金銭目的での売買しかしないのは知っているので、
僕もスルーする。
もし値段を聞かれても言わない事すらある。


分かってくれる人だけ
分かってくれれば良いのさ。


美しいチベット民藝でした。


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