ミハ缶ブログ

ヘタレ大学院生が綴る日常と非日常。
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稲荷社

2009年04月02日 | 2010年以前の記事
 以前、野々村さんのブログでチラっとコメントした件について。
 稲荷=狐というのは、多くの方の頭の中にイメージとして存在しているかと思います。しかし、元々は稲荷=白鳥だったんですよー、という話です。
 ……ライトノベルからのネタにマジレスするのは、野暮かなとは思いますが、良い機会ですので、どうか、お付き合い下さい。



稲荷=白鳥のソース:山城国風土記
 風土記というのは、元明天皇の勅令によって編纂された、官撰の地誌です。今で言う所の、ガイドブックみたいなものでしょうか。一応、全国で作られたっぽいのですが、完全な形で現存しているものはありません。出雲国風土記(島根県東部辺りのガイドブック)がほぼ完本に近い形で残っている他は、ちまちま残っているぐらいです。

 さて、山城国風土記は、京都府南部のガイドブックです。京都南部の稲荷社といえば、伏見稲荷がまず思い浮かばれるかと思います。えっと、ほら、ずーっと赤い鳥居が続いているあそこです。CMとかで見た事あるでしょ? あそこあそこ。
 伏見稲荷大社は、全国に多数存在する稲荷社の親分、総本宮です。稲荷社自体は、江戸時代に通信販売のごとく全国展開した、全国規模の有名な神社ですが、その全ての稲荷社は、元を辿ればこの伏見稲荷に行き着くんです。つまり、稲荷社の本家本元で元祖という訳。
 その稲荷社の縁起(神社ができた由来)として、山城国風土記には、このような記述があるそうです。

稲荷,白鳥,餅|イナリ,シラトリ,モチ|怪異・妖怪伝承データベース(国際日本文化研究センター)

伊呂具秦公(いろぐのはだのきみ)という者が稲を積んで豊かになり奢って、餅を的にして遊んだところその餅が白鳥と化して山の上に飛んでいって留まった。その留まった所に稲が成り生えたため、社を建ててこの鳥を祀った。その子孫も先祖の過ちを悔い、その社の木を家に移し植えて祈った。この木生付く者は幸を得て、木枯れるものは必ず禍があるという。

 ある年、はた君の田んぼの稲が大豊作でした。
はた君「こんなに食いきれないなぁ。そうだ、餅にしちゃおう」
 餅といえば、ハレの日(おめでたい日・正月とか)の食べ物として、今も食べられていますが、炊いたご飯を搗く訳ですから、当然嵩は減ります。当時はお米=お金ですから、ピン札の札束みたいなものです。特に当時は、農耕技術も江戸時代ほど発達していませんので、貴重なお米を固めたお餅というのは、高級食材だったのではないでしょうか。
 さて、説明している内に、餅が搗き終わったようです。
はた君「うーん、餅にしても大分余るな。……そうだ、いい事思いついた!」
 はた君は、お餅を紐で括り、木にぶら下げました。何をする気でしょう?
はた君「これを的にして、弓遊びをしよう」
 余った餅を、弓矢の的にしてしまったのです。弓矢の的というと、流鏑馬や弓道を思い浮かべるかも知れませんが、この場合は、ダーツを思い浮かべてください。食べ物を遊びに使っちゃったんです。
 そしたら、なんと言う事でしょう。餅は真っ白な鳥に変身して、山の方へ飛んで行ってしまいました。
 そして、次の年。
はた君「お米が全く実らない……」
 はた君の田んぼからお米が一切採れなくなってしまいました。これは困った。
 原因は何だろうと考えるはた君。
はた君「そうか、あの時……」
 食べ物を粗末にしたのを思い出しました。つまり、食べ物の祟りです。
 慌てて白鳥を探した所、その白鳥が留まっていた所に稲が生えていました。こうなったら、確定です。
 自分の無礼で怒っている人に対して、あなたならどうしますか? 普通なら、誠心誠意謝るでしょう。祟りというのは、つまり、神様(この場合は、餅とか白鳥とかに象徴されてる何か)が怒っているので、謝ったり肩を揉んだりしないといけません。簡単に言うと、これが、祭るって事。
 はた君は、食べ物を粗末にした事を反省して、神社を作って祭る事にしました。これが、稲荷社の始まりです。

 ……とまあ、簡単に書くと、こんな感じ。語弊があれこれありますが、そこはご容赦下さい。
 神道や民俗学は専門外ですし、趣味で民俗学を齧っている程度なので、間違いがあるかも知れません。もし、神道か民俗学がご専門の方がいらっしゃいましたら、捕捉戴けたらと思います。
 それにしても、なんていい話。この話は、道徳の教科書に採用されるべきですな。

 さて、上の話。狐は一切出てきません。
 実は、稲荷社の神様(宇迦之御魂神)は、御饌津神という別の名前を持っていて、これ、読み方は「みけつのかみ」と言うそうなんですが、昔、狐の事を「けつ」と読んでいたそうなんです。つまり、「三狐神」という事。それ以前も、狐は神様に近い存在として見られており(日本書紀によれば、白狐が日本武尊を助けたとの事)、そういった考え方と「みけつのかみ」が合体して、現在のように、稲荷=狐といったイメージに結びついているようです。
 ちなみに、一部例外がありますが、殆どの稲荷社で祭られている狐は、白狐です。つまり、八雲藍が、紫の式が剥がれて本気になったら、毛が真っ白になるんですね。わかります(何
 あと、宇迦之御魂神(うかのみたま)の「うか」とは、穀物の事です。つまり、「穀物の魂」、元々は穀物神です。今ではすっかり、農耕・工業・商業の神様ですけどね。時代によって、神様のご利益が変化したり追加されたりするのも、日本における宗教の興味深い所の一つだと、私は思います。



おまけ:
 宇迦之御魂神は、古事記・日本書紀の中では、結構影が薄い神様の一人だったりします。伏見稲荷では女神とされていますが、古事記・日本書紀には、そういった記述すらありません。しかも、古事記と日本書紀とで、記述が結構違います。古事記では、スサノオ(アマテラスの弟)の子供として書かれていますが、日本書紀によれば、イザナギとイザナミが飢えて気力が無い時に産まれたそうで。
 この辺り、詳しく調べていくと、ダヴィンチコードならぬ、古事記コードの世界に突入できそうですね。

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