ミハ缶ブログ

ヘタレ大学院生が綴る日常と非日常。
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鉄道忌避伝説

2010年11月12日 | 2010年以前の記事
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 中央西線編#02で、鉄道忌避に関する疑問がありましたので、その補足のために作った動画だったのですが、ちょっと内容が分かりにくいのと、やっぱり納得されていない様子だったので、更に補足してみるテスト。

 鉄道忌避については、上の動画で説明した通りです。イギリスなどでは起きていたらしいのですが、問題は、日本で起きていたかどうかという事です。
鉄道忌避が起きたとする伝説(=鉄道忌避伝説)は、日本中に存在しています。相手も、官営鉄道の例もあれば、明治期の私鉄(後の国有化を前提とした民鉄)、その他の民鉄など様々です。反対に関する説明としては、地元住民が鉄道について無知だったために反対した、というパターンが一般的です。

 で、青木(1982)によると、起きていたには、起きていたそうです。ただしそれは、一般的に言われるような鉄道忌避ではないんです。例えば、沿線住民からのものに限定すると、「洪水が起きた時に、鉄道の築堤が堤防みたいになって、潅水する期間が長くなる可能性が高いから、できるだけ築堤は止めて、橋にしてくれ」だとか、「農地が減るのは困る」だとか、そういう合理的で正当なものばかりらしいです。忌避というよりは、計画に対する要望ですね。そういった要望は、ちゃんと、要望書などの形で残っています。

 当時の農民が、文字が書けたかどうか。江戸時代の村落に遺された文献資料の類というのは、沢山あるので、村の総意での反対(鉄道忌避伝説でよくあるパターン)であれば、「文字が書けなかったから残らなかった」というのは、まず考えられないかと。……まあ、戦災や震災などで消えた可能性もゼロではありませんが。中央西線の例だと、当時の小牧とか瀬戸というのは、そこその規模の街だったので、識字率も比較的高かったのではないかと思います。だいたい、小牧は城下町で、瀬戸はセトモノの産地ですから、旧士族なり商人なり、文字を書ける人ぐらい居たはずですし。
 村の一部住民が反対していて、その反対していた住民グループが文字を書けなかった場合というのも、可能性としては考えられますが、過半数ぐらい人数が居れば、誰か書けそうな気もするんですがねぇ。
まあ、文献資料が無いのでは、結局、「わからない」という事です。ただし、もう一つの可能性としては、「文献資料が存在しているが、発見されていない」というのもありえます。実はこの可能性、意外と高いんですよね。歴史的に有名な家の史料は、色々調べられたりしているんですが、個人の家レベルになると、実は、屋根裏部屋や蔵に、貴重な文献資料が眠ったままになっていたりします。
 そんな訳で、興味があるのでしたら、そういう史料を探してみてはいかがでしょう?

 で、文献資料が残っていない際に、最近よく使われるようになったのが、「口伝」ですが、これ、かなり注意が必要だと考えています。というのも、人間の記憶って、必要以上に脚色されるんですよね。良かった事は更に良く、悪かった事は更に悪く……といった具合に。あと、ある不都合な事実が発生した後に、正当化するために「口伝」が生まれたり。
 小説を書く時の資料としてならともかく、ちゃんと事実関係を確認する時には、口伝のみを頼るのではなく、当時の一般的な方向性や、事実として明確に確認できるものを使って、補正をかける必要があると思います。

 あ、そうそう。当時の鉄道というのは、原則としては、政府が行う事になっていました。当時の民鉄というのは、民間資本ではありますが、形としては、本来政府がやる事を肩代わりしているだけにすぎないという事です。
 特に、鉄道敷設法で指定されている路線(国有化を前提としている路線)だと、民間の事業者であっても、「お上に逆らおうってのかぁい、オイ!」ってできます。……っつーか、それ以前に、土地収用法を適用すれば、二束三文で強制的に土地買収できちゃいますしね。



 ただし、私は、むしろ、鉄道に反対する意見は、必ずあったと考えています。
 よく考えてみてください。住民全員が反対したり、住民全員が賛成したりなんて、そんな気味の悪い事が、ある訳が無いじゃないですか。同じ村でも、自分の土地が鉄道用地に掛かっている人と、そうでない人とでは、対応が違うのも当然です。掛かっている人でも、あわよくば値段を釣り上げて儲けようとする人も居れば、自分の理念理想を信じて断固として譲らない人も居るでしょう。
 しかし、鉄道会社としては、そんな一人ひとりの思惑に付き合っている訳には、いきません。そんな事を気にしていたら、いつまで経っても線路を敷けませんから。ですから、ある時に、強硬手段に打って出る必要があります。例えば、土地収用法による土地収用の手続きをしたり、団体で押し掛けて「ここにハンコを押して貰うまで、今日は帰りません!」とかですね。
 さて、実際、どうだったんでしょう?
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 判らないものは、調べるしかない!

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