51.東條の個人反証(続き2)
東條被告に対する検察の反対尋問は昭和22年12月31日から翌年の1月6日まで続いた。
以下東條被告の尋問内容のうち興味を唆られた内容を記述する。
51.2.検察の反対尋問
キーナン首席検察官による反対尋問が12月31日(水)から開始された。
51.2.1.反対尋問開始
「代理尋問は不許可」
キーナン首席検察官は尋問の開始前に、代理尋問が可能かどうか裁判長に確認した。
「これから行おうとしている自分の反対尋問が何分にも長い為、質問を完了出来なくなる場合、その場合フィリー検察官が代行することを、弁護側は意義がないと申しているが、どうか?」
だが、ウエッブ裁判長は「裁判官の大多数は、あなたの申請に反対であると」と言って、その申し入れを拒否した。
「口供書作成の意図」
キーナン首席検察官は冒頭から東條被告に侮辱的な言葉を投げかけ、尋問に入った。
だが直ぐブルーエット弁護人が、「これは適切な反対尋問ではない」と異議を申し立てた。
裁判長は、弁護人の異議を容認し、検察側の質問を却下した。
<極東裁判速記録より>
キーナン検察官 被告東條、私はあなたに対して大将とは申しません。
それはあなたも知っておる通り日本にはすでに降軍はないのであります。
証人に聴きます。あなたの宣誓口供書というか、あるいは証言というか、議論というか、いずれを指してもいいが、この議論と、あなたが過去三日あるいは四日はわたって、あなたがその証言台に立ち、あなたの弁護人を通じ、この宣誓口供書、これはむしろ証言とでもいった方がいいか、あるいは議論とでもいった方がいいかを述べましたが、これは一体、この宣誓口供書の目的というのは、あなたが自分の無罪を主張し、それをここに明白にせんとする意図のもとにやられたものでありますか、それとも日本の国民に向って、かつての日本の帝国主義、軍国主義というものの宣伝を、なお継続せんとする意図のもとにやられたものでありますか。
裁判長 ブルーエット護人
ブルーエット弁護人 弁護人、または証人の目的は、その意図するところは、細かい問題について異議を申し立てないということでありますが、ただいまの質問には異議を申し立てます。
これは妥当なる反対尋問ではありません。
キーナン検察官 検察側は、この質問はまったく誠心誠意をもってしているのであります。
この人の宣誓口供書の性質及びその内容は、まったくこの裁判所を侮辱するようなものであり、かつ本裁判の審理を侮辱するようなものであると考えているからであります。
裁判長 しかしながら法廷側は、この証人の宣誓口述書を、この審理の助けになると考えるかもしれないし、また助けにならないと考えるかもしれません。
しかしながら私はただいままで、この裁判官の誰からも、この宣誓口述書の目的は、法廷を侮辱するというような考えを私に言い伝えた者は、一人もありません。
異議を容認し、質問を却下します。
(以下略)
ドキュメンタリー映画「東京裁判」では、キーナン首席検察官の狙いと工作を次の様に言っている。
キーナン首席検察官の主目的は、東條被告を痛めつける事ではなかった。
その目的とは木戸被告から得られなかった、天皇免責のはっきりした証言を引き出す事であった。
キーナンの意図は、ある日本人弁護人をとおして東條に伝わっており、東條もこれを承知していた。
51.2.2.大東亜共栄圏と三国同盟
「大東亜共栄圏」
続く尋問は「大東亜共栄圏」に関することであった。
キーナン検察官は、日本が米国及び他の西欧諸国を攻撃したのは、これらの諸国が大東亜共栄圏に関する計画を邪魔していたことが理由か、そしてその計画は真珠湾攻撃以前にあったか、と問う。
東條は、大東亜建設という計画は真珠湾攻撃以前からあった、しかし欧米諸国との戦端が開始されたのは、それが遠因ではあったが直接の原因ではない、と答えた。
<昭和22年12月31日 極東裁判速記録より>
キーナン検察官 米国及び他の西側諸国に対して攻撃をする言い訳の一つとして、これらの諸国があなたの大東亜共栄圏に関する計画をじゃましておったのを正常化する一つの理由であつたと言いますか。
東條証人 それは直接の理由じゃありません。
キーナン検察官 それでは、その理由の一つでありましたか。
東條証人 理由の遠因にはなりました。しかしながら直接の原因ではありません。
キーナン検察官 これらの戦端が開始されるころ及びその以前に、あなたの意図は、大東亜に新秩序を樹立するのであったということを認めますか。
東條証人 戦争以前ですか
キーナン検察官 真珠湾攻撃以前。
東條証人 もちろん、一つの国家の理想として、大東亜建設ということを考えておりました。しかもできるだけ平和的方法をもってやりたい、こう思っておりました。
キーナン検察官 証人、あなたは、私の質問に答えておりません。質問に答えてください。
私の質問は、真珠湾攻撃以前に、大東亜共栄圏の計画があったか、そしてその計画を実行に移す意思があったかということを聞いているのであります。
東條証人 計画と申しますか、いわゆるそういう方針は、私の口述書に述べている通り、第二次近衛内閣ができましたときに、明確にその意図はありました。
キーナン検察官 証人、私の質問に答えるときには、私の宣誓口供書には云々という言葉は、絶対に言わないでください。宣誓口供書の中に何が書いてあるかは、よく知っていることであり、裁判所も十分その内容は御存じなのでありますから、私が宣誓口供書に述べました通りというような言葉を、使わないでください。
「日独伊三国同盟」
キーナンは、東條に三国同盟に賛成だったかと尋ねると東條は賛成だった、と答えた。
さらに、キーナンは、それが新秩序の建設を、条件として入れていたということを知っていたかと尋ねると、東條はよく知っていたと、答えた。
ヒトラーが計画していた「新秩序」とは、
ナチス結党以来、第二次大戦に至るまでは「ドイツ人の生活圏としての大ドイツ国家の建設」であり、そのためのヨーロッパの再編成であつた。
しかし、大戦勃発し、多数の異民族を征服するや、ドイツの指導下に「諸民族の協同としてのヨーロッパ広域圏の建設」を以て新秩序の実態となすに至つた。
そしてキーナンは、この条約の各締結国間には、この新秩序という言葉に関する共通の解釈了解があったと推定するが、その通りか?と尋問した。
東條は、各々その国の事情によって解釈しており、大体の輪郭、すなわち表面の輪郭は、もちろん陸軍大臣として知っていたが、真の目的がどこにあったかということを、深く探索はしなかった。
日本は日本独特の、日本の情勢においたところの解釈をしておれば、それでいいのです、と付け加えた。
キーナンは、この条約の目的は、ヒトラーが彼の新秩序を維持し得るように、日本がヒトラーを援助するのが目的であったということを否定せんとするのか。
またヒトラーの新秩序というものが、どういうものであつたかということに関する情報を十分に得ていなかったと、ここで主張するのか、と尋問する。
東條は、そういう意味ではない、互いに援助するということは、条約の文面に明確に書いてあり、それは世界が知っておることである、と答えた。
すると、キーナンは次の様な皮肉を言った。
<極東裁判速記録より>
キーナン検察官 あなたはこの同盟について、今になって恥かしくなったたから、その問題についてのあなたの記憶というものは薄らいでしまったのですか。
東條証人 私はそんな卑性な考えはもちません。
「昭和天皇独白録」
「日独伊三国同盟」については、平成2年(1990年)に発掘、発表されて大反響を呼んだ「昭和天皇独白録」に記載があるので、次回これに触れる。
昭和天皇独白録は、昭和天皇が戦前、戦中の出来事に関して昭和21年(1946年)に側近に対して語った談話をまとめた記録。
<続く>