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🤳《不易流行》🤳あしたの詩を唄おうよ…🎵

 故郷は遠くにありて・・・忘れかけてた【遠い背景の記憶】原点回帰[203]【あゝりんどうの花咲けど】 

2023-11-17 | こころの旅

 今回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版 第1章(P11~P13)【3】P30~P33の紹介です。
 それから一週間置いた土曜日の夕方、玲子はふたたび病床の叔母を見舞った。ひそかに、あの朝の少年に
会えるかもしれぬという期待が若津町行きのバスに乗る玲子の胸にはあった。もちろん、そのような偶然はめったに
訪れはしない。高校生はぜい乗っていたけれども、佐千夫はいない。夕方、海に出た。叔母の病気は、叔母自身が
大げさに考えているほどひどくはない。玲子が時々叔母を見舞うのは、むしろ玲子の好きな海と語りたいためだと
もいえる。砂浜を波が洗う。白く砕けてなめらかに引いてゆく海水の上に、あたらしい波がよせてきて、ふたたび白い
波頭が立つ。小さなカニが、右へ左へ走っている。海は空を映して、さまざまな変化にみちた色を見せる。
 玲子ははだしになって、波に足を洗われながら、なぎさを伝わっていた。小さな河口があった。その河口に、人影
がたたずんでいた。ゆっくりと歩きながら何気なく見やっていると、その人影がすばやく動いた。からだがねじられ、
その人の手もとを離れた網が、空中にひろがった。それはまるい円となって、海面に落ちた。(魚をとっているんだわ)
 玲子は近づいた。網はたぐりよせられはじめた。その人の背後で、玲子はたたずんだ。どんな獲物がかかったか
見たかったのだ。網は海中から、たばねられて上げられた。なにもかからなかったようである。網をまわしてそれを
たしかめ、ぱらりとひろげて、その人は網を洗いはじめた。玲子も、がっかりした。そのままもどろうとしたとき、その人は
ふりかえった。顏が合った。そのときのおどろきを、佐千夫は生涯忘れないだろう。人気のない砂浜の河口で網を
打っていると、どこから来たのか忽然と少女があらわれていたのである。しかも、その顔を彼は忘れていなかった。
 ふたりは、言い合わせたように、たちすくんだ。ふたつの口から、同時におどろきの声がもれた。網を打っているのが
年若い異性だと予想していたら、玲子には近づく勇気はなかっただろう。「あなたはいつかの・・・」問いかけの途中で
、玲子はそうであることをはっきりと知った。急いで礼を述べはじめた。「いや、あれぐらいあたりまえです」佐千夫は、
水音をたてて浜に上がってきた。「あれからだいじょうぶでしたか?」「ええ、おかげさまで。ほんとうに助かりました」
 それからふたりが比較的あっさりと会話をはじめたのは、ふたりとも制服ではなかったという条件にもよるだろう。玲子
はわざわざ手にサンダルをもってハダシになっており、佐千夫はタオルではち巻きをし、肩から濡れていた。けれども、
ふたりの会話はぎこちなかった。女子ばかりの高校に行っている玲子は異性と話をするのに慣れていなかったし、
その玲子にはクラスの女生徒とちがうあるムードがただよっていて、佐千夫も上気させていた。「父が網打ちが趣味だっ
たんです。うまいものでした。これも、父が残した網です。ぼくはつくろうのがにがてだから、めったに使わない」(この人
にはおとうさんがいないんだわ)「あなたもおじょうずですわ」「いや、ほんとうはもっと遠くに飛ぶはずなんです」佐千夫
は波打ちぎわで海水につけているピクをひきあげ、玲子の前にさし出した。いつも獲物ゼロでないことを示したかった
のである。「ほら、はしのほうにクルマエビが二匹はいっている。クルマエビなんて、めったに網にかかるもんじゃないん
です」「あら、ほんとうだわ。すてき」玲子は磯の香を嗅ぎ、佐千夫の鼻には玲子の髪が匂った。佐千夫は少女が声を
上げて感嘆したことに満足した。
 次第に潮がみちてくる。ふたりの立っている砂浜は、すこしずつ適確に、海にひたされていきつつあった。玲子が
頼み、佐千夫は何回か網を打った。ピクを持って、玲子はそのあとについてゆく。何匹かの、ひらべったい小魚がとれた。
魚の名を、佐千夫も知らなかった。やがてふたりは、海へ背を向け、防波堤のほうへ並んで歩いた。空はもう紫がかり
、星が光を発しはじめていた。「お友だちになれてうれしいわ」佐千夫が先に名のり、応えて玲子がじぶんの住所氏名
を告げたあと、玲子はつぶやくようにそう言った。そのことばは、夜になってからの佐千夫の胸に、生き生きとよみがえっ
てきた。


 次回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版 第1章(P13~P16)【4】P133~P134を紹介します。




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