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 故郷は遠くにありて・・・忘れかけてた【遠い背景の記憶】原点回帰[212]【あゝりんどうの花咲けど】 

2023-12-19 | こころの旅

    あゝりんどうの花咲けど (昭和40年学習研究社「美しい十代」9月号P127~135)
第三章:はじめて玲子を見たとき、佐千夫は吸いかけた息をとめた。濃いまつげにかこまれた
      玲子のひとみに、窓外の景色が流れていた・・・・・。
 今回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版【2】P38~P41 (原本P79~P80)の紹介です。
 
 やがて春が過ぎようとするころ、佐千夫の母は岡本謙三と結婚した。玲子に言ったように、佐千夫は帰省しなかった。
勉強とアルバイトが忙しかったのだ。 母たちは旅行の途中、東京に来て佐千夫の下宿に寄った。 「これからはもう、
アルバイトなどしなくていいよ。わしをほんとうの父親のように思って、遠慮しないでくれ」 「いいえ、送金は今までどおり
でいいんです。アルバイトって、はたで思うほど苦労じゃありません。それに、いい人生経験になります。」 じぶんがらくを
するために母の再婚をみとめたのだと思われたくない。佐千夫は、岡本謙三の好意を感謝しながらも、送金の増額をこと
わった。 母は幸福そうであった。そんな母の様子に接すると、ふっとある寂しさを感じる。東京駅で母たちを送った佐千
夫は、あたらしい父ができたというよりも、”母がいなくなった、よそへ行ってしまった〟という感じのほうが強かった。(いよ
いよ、これからひとりだぞ。しっかりしなきゃ) (いや、ひとりではない。あのひとがいる) 玲子がじぶんにとって唯一の心
のよりどころになってきたのを、佐千夫は感じた。 ふたりは、日曜日はほとんど会っていた。玲子には、佐千夫が口には
出さないけれども、母の再婚にやはり打撃を受けていることはよくわかる。会っているとき、玲子はやさしくふるまった。
 ある日曜、朝からからだがだるく、急に立つとめまいを感じたりしていた。へやで横になって静養すべきであった。しかし、
佐千夫のへやを訪れると、この前会ったときに約束してある。おそらく同居の大橋さんは気をきかしてどこかへ行っている
であろうし、佐千夫は時計とにらめっこして待っているにちがいない。 行かなければ、心配するだろう。悲しむにちがい
ない。また玲子自身、会いたい。 玲子は用心しながら、電車に乗った。案のじょう、佐千夫は、くだものやジュースをとり
そろえて玲子を待っていた。玲子はつとめて元気な様子をよそおったが、佐千夫はすぐに玲子の苦しそうな息づかいに
気づいた。 「気分が悪いの?」 「ううん、たいしたことはないの。きのう、夜おそくまで本を読みすぎたかしら」 郷里のあ
の山頂以来、ふたりはつつましい接吻をつづけてきた。それは、玲子が佐千夫のへやを訪れるたびに、くりかえされてき
た。しかし、佐千夫はそれ以上を求めなかつた。ふたりだけしかいないへやである。佐千夫の胸が、はげしいおののきに
おそわれることがないではない。そのたびに、玲子はあまりにもあどけなく清純に見えた。どこへも遊びに行かないとき、
ふたりは並んで横になり、天井の節穴を見ながら、たあいない話をしたり、低く歌を合唱したりするだけであった。ときどき
そっと佐千夫の手が玲子の胸に触れると、玲子はそれを両手で握って、じっとしていた。「きみの寮に行ってみたいな」 
  「たいへんよ、女の子たちって、すごくうるさいんだから」  寮の各へやには、外部からの男の客は入れてはならないこ
とになっている。訪問者は玄関の横の応接室までである。それでも寮生たちは大騒ぎする。それにこうして会えるのだか
ら、なにもわざわざ寮の応接室で会う必要はない。 へやで話をしているうちに、日が暮れる。へやのなかは、だんだん暗
くなる。ふたりは、電灯をつけることを考えなかった。手を握り合ったまま、たがいの存在をうれしく意識していた。ただこう
して会っているだけですばらしいことなのだ。 そんなときに、ひよっこりと大橋が帰ってきたりする。なにもあやしいことを
していたわけではないけれども、ふたりはドギマギして大橋を迎え、急に明るくつけた電燈がまぶしかった。帰ってきた大
橋も、日ごろの豪傑ぶっているじぶんを忘れて、ドギマギするのである。 玲子はからだに注意しながら、幸をはアルバイト
にはげみながら、ともあれ、平穏に学生生活はつづいていた。 玲子はもう同室の学友たちに、毎日曜日に佐千夫に会
いに行くことを知られてしまっていた。出がけにみなは、「よろしくね」ということばを浴びせかけるのである。幸をのあたらし
い友人たちもまた日曜日に佐千夫を誘うことはしなかった。 アルバイト先で、佐千夫が手の指にケガをしたことがある。
そのときいっしょにはたらいていた大橋がイタズラ気をおこして、寮にいる玲子に電話をかけた。 人さし指をちょつと切っ
ただけなのに、大手術を要するようなホラをふいたのだ。 青くなって、玲子は車でとんできた。簡単にホウタイを巻いただ
けで元気で仕事をしている佐千夫に抱きついて、声をはなつて泣きだした。大ケガがデマだと知って、大橋をおこるよりも
、うれしかったのだ。 「くだらぬイタズラはよせ」  ふいの玲子の出現におどろういていた佐千夫は、やがて真相を知って
、大橋にカンカンにおこった。 またあるとき、玲子の寮に、不良がかったいとこの浦部繁行がたずねてきた。応接室で五
分ほど、玲子は会った。日光に行こうと、繁行はしつこく誘う。むろん、玲子はことわった。呼びとめるのもきかずに、応接
室に繁行を残して、へやにはいってしまった。 「いとこなら、もっと親しくしてもいいんじゃない?」 そう言う友だちに、玲
子は答えた。「彼におこられるもの、あんな不良とつきあっちゃ」 玲子にとっては、佐千夫といっしょでなければ、どんな
ぜいたくな旅行でも遊びでも、興味はなかったのだ。行ってみたい名所旧跡はいっぱいある。けれども、いつかは佐千夫
と行けるにちがいないのだ。(でも、ほんとうにはたして、行けるであろうか?) 不安があった。それまで、じぶんは健康で
いることができるだろうか。

 次回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版【3】P41~P44 (原本P80~P82)を紹介します。
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