

あゝりんどうの花咲けど (昭和40年学習研究社「美しい十代」10月号P90~97)
第二章:佐千夫の目は燃えた。玲子は本能で、佐千夫の感情のあらし
を直感した。玲子は目を閉じ、佐千夫の腕に力がこもる・・・・・・・。
今回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版【3】P26~P28(原本P94~P95)の紹介です。

秋が深まって庭の木の紅葉があざやかなある日、玲子は心臓の発作をおこした。勉強していて、立ったとたん、はげ
しいめまいをおぼえて、そのままくずおれたのだ。医者が駆けつけた。「いや、たいしたことはありません。でも、用心
のため、学校は二、三日休むんですな」
かかりつけのその老医は、玲子の持病をよく知っている。何本もの注射をしながら、「心臓の病気というものは、じっさい
以上に、自覚症状が強いんです。のんびりすることです。」 その夕べ、いつもの公園の入り口で、佐千夫と会う約束を
していた。ふとんのなかで、玲子はそのことばかりを考えた。あの人はいつまでも待つにちがいない。二時間も三時間も
待つにちがいない。思い悩んだ末、母に言った。「きょう、愛川さんと約束していたの。おかあさん、かわりに行ってくれな
い?」「まあ、あたしが玲子の身代わりデート?」ほおを染めて言う玲子の気持ちをほぐすためであろう、母はわざとおどけ
た。そして気軽に出かけて行った。すてきな母であった。
母にともなわれてあらわれた佐千夫は、緊張した顔で玲子をみつめた。「ごめんなさい」 「そんなことはどうでもいい。
だいじょうぶ?」 「たいしたことないの」 病状が軽いことを示すため、玲子はよく笑いよくしゃべった。その玲子の気持ち
は、佐千夫にはよくわかった。長くいてはいけない。早く帰って玲子をらくにさせなきゃ。そう思う。けれども、一方では
一秒でも長くいたいのだ。 「お食事をしてから、お帰りなさい」 玲子の母は、そう言った。あわてて首を振る佐千夫に、
玲子も、 「いやよ、いっしょにお食事してくれなきゃ、あたしも起きて食べるんだから」
結局、見舞にきたのかごちそうになりにきたのか、わからなくなった。一家の食事の席に加わる。ごちそうになる以上、
遠慮なしにたべよう。佐千夫は、そう腹に決めた。玲子はあまり食べず、おいしそうに食べる佐千夫の口の動きを、うれし
そうにながめた。 「母の料理、おいしいでしょう?」 「うん、おいしい」 母は笑った。 「おいしいでしょうって、強制する
人がいますか。だれだって、おいしくないとは答えられない」
食事の途中、来客があった。玄関にその声を聞いて、玲子の顔がくもった。はいってきたのは、二〇才ぐらいの、細い
ズボンをはき色模様のシャツにチョウネクタイをした若い男で、無遠慮に食卓を見まわした。 「やあ、案のじょう、ごちそう
の山だ。しめしめ、さっそくいただきましょう」 そして、ことわりもせず玲子の横にすわって、顔おのぞきこんだ。 「玲ちゃ
ん、しばらく。きょうはね、今度の日曜にドライブに行こうと思って、誘いにきたんだ。ほら、夏に開通したばかりのあの
スカイライン……すばらしいぜ」 玲子は身をずらせて青年から離れながらそっけなく答えた。 「ことわるわ。そんなひま
なんかないし、あたし今、病気で寝ているの」 「なあに、病気なんか、ドライブすりゃ吹っ飛んじゃうよ」 玲子は立った。
佐千夫がはしを置くのを見たからだ。
「さ、愛川さん、あたしのおへやへ行きましょう」 最初から、佐千夫はその青年のなれなれしさに反感をもっていた。
背広のえりに、香原大学のバッジがついている。この市にある大学だ。そこの学生だろうが、いかにもキザだ。それにして
もこのいやな学生をたいせつそうにしている玲子の父や母の態度がおかしい。
病室にもどって玲子は、 「ごめんなさい。横にならせて」 横になってから、 「いとこなの。大きらい。あいつの家から、
父が大金を借りているらしいの。会社の資金かなにかで。だから追いかえせないのよ」 「ドライブに誘われたね」 「元気
であっても行くもんですか」 「今までよくつきあっていたの?いとこならそうだろうな」 「まあ、ひどい。誤解しないで。一度
もつきあったことないわ。それなのに、いとこという特権を利用して、あんなにずうずうしいやつなの」 まもなく、佐千夫は
玲子に別れを告げた。いつまでいてもきりがないのだ。
玄関まで送ってきた玲子は、 「あしたも来て」 佐千夫はうなずいた。家の前に、玲子のいとこが乗ってきたのにちがい
ないピカピカの車があった。歩いていると、背後から走ってきた車が、佐千夫の横でとまった。窓から顔を出したのは、さっ
きの青年だった。 「乗らないか、途中まで送っていくぜ」 「けっこうです」 「ふんそうかい。なるほど、このごろ玲子をたら
しこもうとしているといううわさの高校生は、おまえさんだったのか」 「ことばに気をつけてください」 「おまえさんこそ、気を
つけろよ。おれ、浦部繁行ってんだ。玲子のたったひとりのいとこで、フィアンセなんだぜ」 「え?」 「フィアンセさ。いい
なずけのことよ。おれのかあい子ちゃんとあまりつきあってもらいたくねえな。おれにはダチ公が多いんだ。気をつけろよ」
にやりと笑って、そのまま車を走らせていった。
次回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版【4】P28~P29(原本P95~P96)を紹介します。
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