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 故郷は遠くにありて・・・忘れかけてた【遠い背景の記憶】原点回帰[211]【あゝりんどうの花咲けど】 

2023-12-15 | こころの旅


    あゝりんどうの花咲けど (昭和40年学習研究社「美しい十代」9月号P127~135)
第三章:はじめて玲子を見たとき、佐千夫は吸いかけた息をとめた。濃いまつげにかこまれた
      玲子のひとみに、窓外の景色が流れていた・・・・・。
 今回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版【1】P34~P37 (原本P76~P79)の紹介です。

  ふたりのあたらしい生活がはじまった。玲子は女子大の寮にはいった。食堂に集まっての自己紹介のとき、 「恋人は?
」 上級生がからかい気味にそうきいてくる。 「いいえ、いません。みつけてください」 たとえいてもそう言うのが普通であ
る。玲子もみなと同じように答えながら、みるみる顔があからむのをとめることができなかった。 佐千夫は、へやを借りた。
やはり同じ大学に入った大橋といっしょに暮らしはじめたのである。 「おれとではなく、彼女と住みたかったんじゃないか
?」 「バカを、言え」  佐千夫と大橋は、ナベやカマを買ってきて、自炊をはじめた。食事つきの下宿よりも、そのほう 
が安あがりだし、また栄養もとれる。もちろん、忙しいときやめんどうくさいときは、街や大学構内の食堂で簡単にすませる
。 玲子が遊びに来た。 「案外、きれいだわ。万年床でゴミだらけにして暮らしていると思ったのに」 そうであったら掃除 
してあげようと思ってエプロンを用意してきた玲子は、ひょうしぬけした声で言った。  佐千夫と大橋は、顔を見合わせて
笑った。玲子がくるというので、ふたりは朝早くから大掃除をして待っていたのである。 途中、大橋は気をきかして、「お
れ、一時に人と約束があるんだ」そういって出ていった。 「アルバイト、疲れるでしょう?」  佐千夫は昼の学部に入学し
ていた。けれどもうまく時間割りをつくって、アルバイトをはじめていたのだ。(大学では、じぶんで時間割りをつくる)高校
とちがって、講義にかならず出席しなければならないわけではない。 「なあに、たいしたことはない」  もちろん、母から
の送金はある。けれども、それだけでは足りない。大学の四年間、費用のすくなくとも半分は、アルバイトでかせぐつもり
であった。一定の仕事ではなかった。大学には学生生活課というのがあって、そこでアルバイトの世話をしてくれる。掲示
板にあらゆる種類の仕事の求人ビラが並んでいる。それを見て、気に入ったのを申し込むのである。いいアルバイトは、
応募者が多い。その場合は、くじ引きであった。 「今までどういうことをしたの?」「最初はハガキのあて名書きだった。
選挙用のやつだから、普通のより高かったよ。あきらかに事前運動だが、そんなのぼくの知ったことじゃない。そのつぎが、
引っ越しの手伝いだ。すごく金持ちの家でね、引っ越しも三日かかった」  朝早く、犬を散歩させるだけのアルバイトもあ
った。その犬は、佐千夫や大橋が買ってきて食べる肉よりも上等の肉をたべていた。ビルの夜警もあったし、土方仕事も
あった。家庭教師は、学生たちのもっともねらっているアルバイトだ。商店の配達係もあれば、風船をふくらませるアルバ
イトもあった。時間と体力の許すかぎり、佐千夫はなんでもやる。「勉強のほうだいじょうぶ?」「だいじょうぶさ。みんな、
高校時代の受験勉強の反動で、遊んでばかりいる。その間、こっちはちょっとばかりはたらいているだけなんだ。勉強す
る時間は、アルバイトをしていない連中とたいして変わりはない」
 それよりも、佐千夫には、玲子の健康が心配だった。なにしろ生活が急に変わったのだし、東京の空気は濁っている。
騒音もはげしいし、神経をつかうこともはなはだし。「あたしはだいじょうぶ。気が張っているせいか、前よりよくなったみた
いよ」 しかし、どことなく疲れているようだ。佐千夫はそう思う。 しばらく話をして、ふたりは街へ出た。こうして会っている
とき、映画などを見るのは時間がもったいない。その日、ふたりははじめて新宿御苑に行った。 御苑のなかを散歩しな
がら、「ぼくのおふくろ、いよいよ再婚するらしい」「まあ、すてきじゃない。あたし、なにかお祝いを贈らなきゃ」「ぼくも贈ら
なきゃいかんかな」「いっしょに贈りましょう」 考えれば、それは奇妙な会話であった。 玲子は佐千夫の腕をとった。腕を
とられた部分が、うずくような感覚に襲われる。「でも、ちょつと寂しいでしょう」「うむ」 「ヤキモチを感じない?」「そんなこ
とはない」 佐千夫は大声で否定した。その声があまり大きすぎたので、前を歩いているアベックがふりかえったほどであ
る。 「ごめんなさい。つまらないことを言って。で、式にはいなかへ帰るの?」「いや、ぼくは出ない。おふくろの結婚式に
出るなんて、へんじゃないか?」「それもそうね」 しばらくして、佐千夫は低く言った。 「再婚するぼくのおふくろを、きみ
はいやらしいと思うかい?」 「ちっとも、だってまだあんなにお若いんだもの」 ふたたび間を置いて、佐千夫は言った。
「若い未亡人は、再婚してもいい。じゃ、もしきみが若くて夫に先に死なれたら、やはり再婚する?」 「ま、あたし?」
 思いがけずじぶんがひき出されたので、玲子はまごついた。 「そうねえ」 佐千夫の目は、しんけんだった。 「わから
ないけれど・・・・・」 あたしはしない。一生に二度も夫をもつなんて、あたしはいや。玲子はそう思う。けれどもそれをその
まま言えば佐千夫の母への批判になってしまう。 迷っていると、佐千夫はかさねて質問してきた。 「そうね。その立場に
たってみなければ責任あることは言えないけれど、今の気持ちではぜつたいにしない」 「おふくろもそう言っていたけれ
ど、やはり、再婚する」 「あたしはちがうわ」 ふいにはげしく、玲子は首を振った。 「あたしは、そんなことはしない。あな
た以外に男の人って、考えられないわ」 口走ったあとで「あっ」と気づき、玲子はまっかになった。佐千夫も顔を赤くした。
うろたえて、たがいに目をそらせる。 佐千夫は大股に歩きだした。 たちすくんでそのうしろ姿を見送っていた玲子は、
すぐに走り寄った。 「ごめんなさい。あなたのおかあさんをけなしたわけじゃないのよ。人にはそれぞれ生きかたがあるわ
。 ただあたしは・・・・・」 弁解する玲子の肩に、力強い佐千夫の手がかかった。 「ちがうんだ。おふくろはあれでいい。
ほかのどの女の人だって、あれでいい。しかしきみだけは、さっきのように答えてほしかったんだ。ぼくは今、うれしいんだ」
 そして、耳に口を寄せ、 「さっき、”あなた〟っていったのは、ほんとうかい?」 玲子はうなずいた。あたしたち、婚約し
たのだわ。そう思った。佐千夫は、母の再婚をすこしも気にしないでいい立場にいるじぶんを意識した。 彼には、玲子が
いるのだ。今は母よりも貴重な人となっている。

 次回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版【2】P38~P41 (原本P79~P80)を紹介します。


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