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🤳《不易流行》🤳あしたの詩を唄おうよ…🎵

 故郷は遠くにありて・・・忘れかけてた【遠い背景の記憶】原点回帰[214]【あゝりんどうの花咲けど】 

2023-12-26 | ã“ころの旅

    あゝりんどうの花咲けど (昭和40年学習研究社「美しい十代」9月号P127~135)
第三章:はじめて玲子を見たとき、佐千夫は吸いかけた息をとめた。濃いまつげにかこまれた
      玲子のひとみに、窓外の景色が流れていた・・・・・。
 最終回、【あゝりんどうの花咲けど】編集版【4】P44~P46 (原本P82~P83)の紹介です。
 四十日近い入院生活ののち、玲子は退院した。 手術はしなかった。する必要がないのではない。必要はあるのだ。
危険でできない状態だつたのだ。 退院した玲子は、学生生活にもどるのではない。主治医の友人が所長をしている療
養所に移されることとなつた。 医者のそのすすめを聞き、玲子は涙を流して拒んだ。「どうせ、人はいつかは死ぬんだわ
。このまま東京にいたい」 (東京には佐千夫はいる) みなは総がかりで、玲子を説得した。佐千夫も熱心にすすめた。
それでも、玲子はなかなか承知しない。 「そんなこと言って、あたしを遠くへやってしまいたいんでしょう」 そんなダダを
こねたりした。 しかし結局は承知して、療養所にゆくことになつた。行く玲子よりも、行かせねばならぬ佐千夫のほうがつ
らい。 退院の日、佐千夫は学校を休んで迎えに行った。療養所へ行く荷物をまとめるのを手伝った。「ほんとうに、なにか
らなにまで、すみません」「あたりまえのことです」 礼を言う玲子の母に、心の中で佐千夫は、もしできることなら玲子にか
わつて病気になりたいくらいだと答えていた。むしろ佐千夫は、そばについて看病してやれなじぶんの立場が、まどろっ
こしいくらいであった。 療養所まで、佐千夫は玲子についていった。「あなたとの最初で最後の旅行になるかもしれない
わね」「ばかな。今度は元気になって療養所から出るとき、迎えにいくよ。この線路を、逆に東京へ走るわけだ」「そうなり
たいわ」 療養所は、白や赤の草花が咲き乱れ、空気は澄み山や川の眺めも雄大ですばらしかった。「なんだか、急に
元気が出てきたみたい」「そうとも。半年もここにいれば、きっと元気になる」「お手紙、ちょうだいね」「読むのがめんどうくさ
くなるほど出すよ」 別れるとき、玲子はほほえみながら泣いていた。 東京へひとりでもどった佐千夫の、胸のなかはう
つろだった。玲子のいなくなったこの東京という雑然としたきたない町。おもしろくなかった。本を読む気もおこらない。アル
バイトをするのも、張り合いがない。(なんのために?)(俺は今、ここにいるべきじゃないんではないか)
(学校の卒業なんか、一年や二年おくれたっていいじゃないか。彼女だって、休学したんだ。 佐千夫は人生の根本にま
でさかのぼって、これからのじぶんの方向について考えはじめた。しんけんに考えた。悩んだ。そして結論したのだ。(療
養所にの近くにいって住もう。そこではたらきながら、彼女をはげまそう) 人はそれを、おろかな行為だとあざけるかもしれ
ない。恋に狂ったバカだとののしるかもしれない。しかし、人のおもわくなど、どうでもいい。 決心がつくと、すぐに佐千夫
は汽車に乗った。 思いがけない見舞いを全身でよろこぶ玲子に、佐千夫は決意をうち明けた。感動で涙をうかべながら
も、玲子は反対した。しかし、佐千夫の決意は変わらなかった。療養所からの帰途、近くの町を歩いて求人のはり紙を出し
ている材木屋をみつけた。はいっていって、その場で、住み込みではたらくことに決めた。 東京へ帰り、おどろく大橋に
説明しながら、荷物をまとめた。「学校のほうはこのまま長期欠席するよ、ひょっとしたら、彼女、二、三ケ月で帰ってこられ
るかもしれないからな。そのときは、おれも帰ってくる」
 そのまま、療養所近くの町に移った。材木屋で熱心にはたらきながら、ひまがあれば玲子を見舞う生活が
はじまった。 季節は、秋になった。山にうすむらさきのりんどうの花がかわいく咲いた。ときどき玲子は自
由時間に療養所を出て、佐千夫の借りている部屋に来て遊んだ。ふたりはもう、こころのうえでは他人ではな
くなっていた。たがいに、相手のいない人生は考えられない。




 玲子の病気や佐千夫がはたらかねばならぬという障害はあったけれども、ふたりはいつも会えるということ
で、しあわせであった。充実した日々だった。
 秋も深まったある朝、はたらいている佐千夫のもとへ、スクーターが呼びにきた。玲子の容態が急に変わっ
たのだ。
 いつもは病気のことを佐千夫に知らせたがらない玲子が、身もだえながら、「知らせて」と頼み込んだという、
佐千夫がかけつけたとき、かすかながら玲子の脈はまだあった。
 佐千夫の腕のなかで、あえぎながら玲子はかすかに目をひらいた。その目は、涙でふくらんでいた。くちび
るが、わずかに動いた。
 声にはならなかった、そのまま目が閉じられ、ややあって呼吸が絶えた。     (おわり)
 
※原作者 富島健夫   2020年9月吉日  編集者 KENZO YAMADA

※同年発表された、舟木一夫 歌唱の♪あゝりんどうの花咲けど♪は、今も私の心の奥に青春の憧憬と共に
良い想い出の音感として残っています。
 作詞 西沢 爽
 作曲 遠藤 実
 歌唱 舟木一夫

    ♪ さみしく花に くちづけて
      君は眠りぬ永遠に
      あゝりんどうの
      うす紫の花咲けど
      高原わたる 雲あわく
      白き墓標は 丘の上

    ♫ やつれし君の 枕辺に
      花を飾りし日はいずこ
      あゝりんどうの
      うす紫の花咲けど
      かえらぬ君を 泣くごとく
      露を宿して 揺れる花

    ♬ 白樺道に ひとり聞く
      歌はかなしき風の歌
      あゝりんどうの
      うす紫の花咲けど
      初恋あわれ いまはただ
      誰に捧げん この花ぞ
 

 この作品【あゝりんどうの花咲けど】は、1965年(昭和40年)学習研究社の少女雑誌「美しい十代」9月号(P127~135)・10月号 (P90~97)・11月号(P76~83)に連載された故富島健夫氏の短編青春純愛小説です。
刊行される事なく、舟木一夫主演でTV映画化が決定していたものの何らかの理由で未発表となった作品です。
 しかし、同名のタイトルで同年6月に発表された舟木一夫歌唱の♫あゝ、りんどうの花咲けど♬は、今も私の心の奥深く、
青春の憧憬と共に良い想い出の音感で残っています。嘗て、マイブームのスタートから三年余り...どうしても読んで
みたくなって雑誌「美しい十代」を探しました。その結果、熊本県菊池郡菊陽町の菊陽町図書館に一冊現存する事を
確認しました。そこで担当職員の村崎氏とコンタクトが取れ、村崎氏のコレクションであることを知りました。3月末に
再度同図書館へ連絡を入れたところ、村崎氏は退職されていましたが雑誌のコピーを頂けるということで
早速、コピー依頼をしました。4月中旬に同図書館より9月号(8P)・10月号(7P)・11月号(7P)の原本コピー
版が届きました。私の意向を受け止めていてくれた村崎氏に感謝するとともに、「ジュニア」と「官能」の巨匠 
富島健夫伝の著者 荒川佳洋氏のアドバイスにお礼申し上げます。
 そして、菊陽町図書館の皆様、有難うございました。




コメント (2)
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