2011年6月15日
今回は11才の女の子です。
名前はハチちゃん。

先月13日の午後に陰部から何か出ているということでご来院されました。
出ていたものは見た目キノコのようなデキモノ。
膣の粘膜にできたものが大きくなって外陰唇の外まで飛び出してきたようです。
しかもハチちゃんは現在生理中(発情出血中)。
このように未避妊のメス犬で膣腫瘤ができることが多く、発情出血時の粘膜肥厚に伴って、外側へ突出し、判明することが少なくない。
飼い主に今考えうる病因と、出てきた腫瘤は切除し、更に再発や多発を防ぐために避妊手術を行うことなど、今後の治療の流れを説明しました。
このハチちゃん。冒頭で「女の子」と説明しましたが、御年11才ですので、ヒトでいうところの60歳。
もう「女の子」というには無理がある年。
すぐにでも手術といきたいところでしたが、まず手術をするにあたって身体検査や精密検査を行う必要がありました。
身体検査は聴診を行ったり、体を色々と触ってみたりします。
当たり前のことを言うようですが、これがかなり重要なんですよ。
近頃の獣医さんは飼い主の話をよく聞かなかったり、動物をよく観察もせずに検査だけで判断をしようとしたりして、大事なところを見落とすことが多い。
「よく見る。よく聞く。」という診察に、非常に重要な手掛かりがあることが多い。
身体検査の結果、右側の第5乳腺にもシコリがあることが判明。
精密検査の結果、甲状腺機能低下症も併発していることが分かりました。
乳腺腫瘍はともかく、甲状腺機能低下についてはこのまま放っておくわけには行かず、もちろん直ぐに手術というわけにも行きません。
結果を飼い主に報告し、とりあえず緊急避難的に腫瘤を外陰唇内に戻し、外陰唇を縫合して、外部に突出しないような処置をまず行うことを伝えました。
外陰部から腫瘤が突出していると、乾燥や摩擦等で出血や感染を起こすため、出来るだけ外陰部の中に留めておくことが賢明です。
これで少しは時間が稼げるので、この間に甲状腺の治療を行うことを勧めました。
甲状腺機能低下症は甲状腺で作られるホルモンが何らかの原因でうまく作れなくなって、血液中の甲状腺ホルモン濃度が低下してしまう病気。
甲状腺ホルモンは体の様々な活動をコントロールしているので、そのバランスが崩れると「なんとなく調子が悪い」という感じの症状になる。
元気がない・食欲がない・覇気がない・動きが鈍い・ふらつく・体が冷たい・よく吐く・・・
と挙げればキリがない。
中高齢のワンちゃんは「もう歳だから・・・」の一言で獣医や飼い主から見放されてしまうことが少なくない。
本当は甲状腺機能低下症であっても・・・。
以前は中高齢のワンちゃんに多いとされていましたが、最近は2-3歳のワンちゃんで見かけることも少なくありません。
甲状腺機能低下症は年齢に関係ありません。
甲状腺機能低下症の治療は非常に簡単。
毎日お薬を飲むだけ。
しかも副作用らしきものもほとんどなく、お薬も非常に安価。
甲状腺ホルモン濃度の測定は通常、外部検査機関に依頼することが多い。
しかし当院にはこの検査を行える測定機器があるのでとっても便利。
IDEXX社製「Vet Test 8008」と「Snap Reader Series Ⅱ」です。
この2つの検査機器で甲状腺ホルモン(T4)を病院内で測定することが可能になりました。

その他にも副腎皮質ホルモン(コルチゾール)もこの機器で測定が可能です。
病院内で検査が行えるので、検査時間を短縮でき、直ぐに診断・治療が行えるようになりました。
しかもリーズナブル。
宣伝はこのくらいにして本題に戻ります。
事前のインフォームドコンセント(病気の説明や診療方法などの事前説明)にて、費用やリスクについてお話をいたしました。
「だいぶ費用がかかるけど・・・」とお話しすると
「大事な子なので先生が必要だと思うことは全部やって下さい。」とお父さん。
さすがはお父さん!!! スゴイっ!!!
この「鶴の一声」で手術の段取りが始まりました。
ハチちゃんの手術ですが、甲状腺ホルモンの治療を1週間行ってから実施することになりました。
手術当日の朝、最終的なご説明と手術説明承諾書にご署名とご捺印頂き、入院手続きを済ませ、ハチちゃんは飼い主と暫しのお別れです。
かなり不安そう・・・。
術前血液検査や静脈ラインの確保等準備を済ませ、いよいよ手術です。
今回の手術は飼い主との事前打合せで以下の3つの手術を行うことにしました。
① 会陰切開アプローチによる膣粘膜腫瘤切除術
② 卵巣子宮全摘出術
③ 第5乳腺切除による同部位乳腺腫瘍切除術
手術チームスタッフは4名。
オペ看に松村動物看護士
外回りを河野主任動物看護士
執刀医は①を私が、②と③を桑原先生で行いました。
術前の外陰部所見です。


外陰部からのアプローチでは、しめじのように有茎状になった腫瘤の根元まで確認できません。
従って、このラインで会陰切開を行い、膣深部にアプローチします。
では手術開始です。

会陰切開を行い、腫瘤の発生部を確認します。

腫瘤の根元を「SonoSurg」という超音波メスで凝固と切開を同時に行っていきます。

出血も少なく本当に便利な手術器具です。
非常にキレイに取れました。

切除完了し、膣粘膜、筋層、皮下組織、皮膚と縫合し、1つ目の無事手術終了。

摘出した腫瘤塊です。

続いて卵巣子宮全摘出術を行います。
その前に一度手術体位を変更する必要があります。
これまでの体位は通称「ジャックナイフ」といって、うつ伏せの状態でお尻を持ち上げるいわゆる痔の手術のようなスタイルで行っていましたが、卵巣子宮全摘出術と乳腺切除術は仰向けで行う必要があります。
ここで私は一度滅菌状態を解除(手術手袋を外し、非滅菌の状態になる)し、外回りの河野主任動物看護士と一緒に体位変更と次の手術の準備、術野の消毒を行いました。
再び滅菌手洗いを行い、新しい手術着に着替えるため、手術前準備室に戻ります。
この間、桑原先生は助手の松村動物看護士と一緒に卵巣子宮全摘出術を行います。

ここでも「SonoSurg」が役に立ちます。
凝固しながら切開できるため、止血用に不用意に体の中に糸を残さず、かつ非常にスピーディーに手術が行えるので、カラダにやさしく、手術時間の短縮にもなります。
摘出後、閉腹して2つ目の手術も無事終了。

摘出した子宮です。

この手術が終了する頃に私が戻ります。
最後は乳腺腫瘍切除です。
そのまま桑原先生が執刀を行います。
黒い線で囲まれた部分が切除予定範囲です。

腫瘍塊は人差し指の爪程の大きさですが、これだけ大きく切除します。
腫瘍外科の鉄則は「拡大根治手術」。
簡単にいうと「取れるだけ取る」。
しっかりと取らずに腫瘍塊を残すと再発率を高めてしまう。
切除後、術野洗浄を行い、縫合を行います。
まず切除創縫合部にテンションがかからないよう1-0ナイロン糸で減張縫合を行い、切除ラインを中央に寄せていきます。

切除ラインが十分に寄ったら、皮下組織を4-0PDSⅡで皮下組織を縫合し、スキンステイプラーと4-0ナイロン糸で閉創しました。
切除した乳腺です。

切除した組織の中央でもっこりとしているのが腫瘍です。
今回も難なく無事終了。
延べ2時55分の大手術でした。
ハチちゃんも・・・
スタッフも・・・
そして私も・・・?
みんな大変良くガンバリました。
術後3日目で無事ご退院されました。
後日、届いた病理検査の結果は、膣腫瘤は線維腫という良性腫瘍、乳腺腫瘤は低悪性度乳腺混合腫瘍ということで悪性でした。
乳腺腫瘍は切除範囲においてマージン(-)(つまり取り残しナシということ)であること、低悪性度であること、また飼主の希望もあって、術後の化学療法(抗がん剤等)は行わず、定期がん検診を行い、経過観察としました。
実は本日再診でご来院され、経過も順調で創部もとってもキレイになっていました。
これでもっと長生きが出来るとがんばった甲斐があったというもの。
甲状腺ホルモンの治療は続くけど、ハチちゃんも頑張って下さいね。
文責:佐羽
今回は11才の女の子です。
名前はハチちゃん。

先月13日の午後に陰部から何か出ているということでご来院されました。
出ていたものは見た目キノコのようなデキモノ。
膣の粘膜にできたものが大きくなって外陰唇の外まで飛び出してきたようです。
しかもハチちゃんは現在生理中(発情出血中)。
このように未避妊のメス犬で膣腫瘤ができることが多く、発情出血時の粘膜肥厚に伴って、外側へ突出し、判明することが少なくない。
飼い主に今考えうる病因と、出てきた腫瘤は切除し、更に再発や多発を防ぐために避妊手術を行うことなど、今後の治療の流れを説明しました。
このハチちゃん。冒頭で「女の子」と説明しましたが、御年11才ですので、ヒトでいうところの60歳。
もう「女の子」というには無理がある年。
すぐにでも手術といきたいところでしたが、まず手術をするにあたって身体検査や精密検査を行う必要がありました。
身体検査は聴診を行ったり、体を色々と触ってみたりします。
当たり前のことを言うようですが、これがかなり重要なんですよ。
近頃の獣医さんは飼い主の話をよく聞かなかったり、動物をよく観察もせずに検査だけで判断をしようとしたりして、大事なところを見落とすことが多い。
「よく見る。よく聞く。」という診察に、非常に重要な手掛かりがあることが多い。
身体検査の結果、右側の第5乳腺にもシコリがあることが判明。
精密検査の結果、甲状腺機能低下症も併発していることが分かりました。
乳腺腫瘍はともかく、甲状腺機能低下についてはこのまま放っておくわけには行かず、もちろん直ぐに手術というわけにも行きません。
結果を飼い主に報告し、とりあえず緊急避難的に腫瘤を外陰唇内に戻し、外陰唇を縫合して、外部に突出しないような処置をまず行うことを伝えました。
外陰部から腫瘤が突出していると、乾燥や摩擦等で出血や感染を起こすため、出来るだけ外陰部の中に留めておくことが賢明です。
これで少しは時間が稼げるので、この間に甲状腺の治療を行うことを勧めました。
甲状腺機能低下症は甲状腺で作られるホルモンが何らかの原因でうまく作れなくなって、血液中の甲状腺ホルモン濃度が低下してしまう病気。
甲状腺ホルモンは体の様々な活動をコントロールしているので、そのバランスが崩れると「なんとなく調子が悪い」という感じの症状になる。
元気がない・食欲がない・覇気がない・動きが鈍い・ふらつく・体が冷たい・よく吐く・・・
と挙げればキリがない。
中高齢のワンちゃんは「もう歳だから・・・」の一言で獣医や飼い主から見放されてしまうことが少なくない。
本当は甲状腺機能低下症であっても・・・。
以前は中高齢のワンちゃんに多いとされていましたが、最近は2-3歳のワンちゃんで見かけることも少なくありません。
甲状腺機能低下症は年齢に関係ありません。
甲状腺機能低下症の治療は非常に簡単。
毎日お薬を飲むだけ。
しかも副作用らしきものもほとんどなく、お薬も非常に安価。
甲状腺ホルモン濃度の測定は通常、外部検査機関に依頼することが多い。
しかし当院にはこの検査を行える測定機器があるのでとっても便利。
IDEXX社製「Vet Test 8008」と「Snap Reader Series Ⅱ」です。
この2つの検査機器で甲状腺ホルモン(T4)を病院内で測定することが可能になりました。

その他にも副腎皮質ホルモン(コルチゾール)もこの機器で測定が可能です。
病院内で検査が行えるので、検査時間を短縮でき、直ぐに診断・治療が行えるようになりました。
しかもリーズナブル。
宣伝はこのくらいにして本題に戻ります。
事前のインフォームドコンセント(病気の説明や診療方法などの事前説明)にて、費用やリスクについてお話をいたしました。
「だいぶ費用がかかるけど・・・」とお話しすると
「大事な子なので先生が必要だと思うことは全部やって下さい。」とお父さん。
さすがはお父さん!!! スゴイっ!!!
この「鶴の一声」で手術の段取りが始まりました。
ハチちゃんの手術ですが、甲状腺ホルモンの治療を1週間行ってから実施することになりました。
手術当日の朝、最終的なご説明と手術説明承諾書にご署名とご捺印頂き、入院手続きを済ませ、ハチちゃんは飼い主と暫しのお別れです。
かなり不安そう・・・。
術前血液検査や静脈ラインの確保等準備を済ませ、いよいよ手術です。
今回の手術は飼い主との事前打合せで以下の3つの手術を行うことにしました。
① 会陰切開アプローチによる膣粘膜腫瘤切除術
② 卵巣子宮全摘出術
③ 第5乳腺切除による同部位乳腺腫瘍切除術
手術チームスタッフは4名。
オペ看に松村動物看護士
外回りを河野主任動物看護士
執刀医は①を私が、②と③を桑原先生で行いました。
術前の外陰部所見です。


外陰部からのアプローチでは、しめじのように有茎状になった腫瘤の根元まで確認できません。
従って、このラインで会陰切開を行い、膣深部にアプローチします。
では手術開始です。

会陰切開を行い、腫瘤の発生部を確認します。

腫瘤の根元を「SonoSurg」という超音波メスで凝固と切開を同時に行っていきます。

出血も少なく本当に便利な手術器具です。
非常にキレイに取れました。

切除完了し、膣粘膜、筋層、皮下組織、皮膚と縫合し、1つ目の無事手術終了。

摘出した腫瘤塊です。

続いて卵巣子宮全摘出術を行います。
その前に一度手術体位を変更する必要があります。
これまでの体位は通称「ジャックナイフ」といって、うつ伏せの状態でお尻を持ち上げるいわゆる痔の手術のようなスタイルで行っていましたが、卵巣子宮全摘出術と乳腺切除術は仰向けで行う必要があります。
ここで私は一度滅菌状態を解除(手術手袋を外し、非滅菌の状態になる)し、外回りの河野主任動物看護士と一緒に体位変更と次の手術の準備、術野の消毒を行いました。
再び滅菌手洗いを行い、新しい手術着に着替えるため、手術前準備室に戻ります。
この間、桑原先生は助手の松村動物看護士と一緒に卵巣子宮全摘出術を行います。

ここでも「SonoSurg」が役に立ちます。
凝固しながら切開できるため、止血用に不用意に体の中に糸を残さず、かつ非常にスピーディーに手術が行えるので、カラダにやさしく、手術時間の短縮にもなります。
摘出後、閉腹して2つ目の手術も無事終了。

摘出した子宮です。

この手術が終了する頃に私が戻ります。
最後は乳腺腫瘍切除です。
そのまま桑原先生が執刀を行います。
黒い線で囲まれた部分が切除予定範囲です。

腫瘍塊は人差し指の爪程の大きさですが、これだけ大きく切除します。
腫瘍外科の鉄則は「拡大根治手術」。
簡単にいうと「取れるだけ取る」。
しっかりと取らずに腫瘍塊を残すと再発率を高めてしまう。
切除後、術野洗浄を行い、縫合を行います。
まず切除創縫合部にテンションがかからないよう1-0ナイロン糸で減張縫合を行い、切除ラインを中央に寄せていきます。

切除ラインが十分に寄ったら、皮下組織を4-0PDSⅡで皮下組織を縫合し、スキンステイプラーと4-0ナイロン糸で閉創しました。
切除した乳腺です。

切除した組織の中央でもっこりとしているのが腫瘍です。
今回も難なく無事終了。
延べ2時55分の大手術でした。
ハチちゃんも・・・
スタッフも・・・
そして私も・・・?
みんな大変良くガンバリました。
術後3日目で無事ご退院されました。
後日、届いた病理検査の結果は、膣腫瘤は線維腫という良性腫瘍、乳腺腫瘤は低悪性度乳腺混合腫瘍ということで悪性でした。
乳腺腫瘍は切除範囲においてマージン(-)(つまり取り残しナシということ)であること、低悪性度であること、また飼主の希望もあって、術後の化学療法(抗がん剤等)は行わず、定期がん検診を行い、経過観察としました。
実は本日再診でご来院され、経過も順調で創部もとってもキレイになっていました。
これでもっと長生きが出来るとがんばった甲斐があったというもの。
甲状腺ホルモンの治療は続くけど、ハチちゃんも頑張って下さいね。
文責:佐羽