「希望はどこに」の続編を書かなければと思いつつすこし疲れ気味なので、閑話休題。11日に池袋商業高校の定年組OB教師たちの会に出たほかはずうっと川越です。ときどき、鳩山という町の里山を歩いて、都幾川の温泉に入ります。水くみをして帰ります。この数日は<きいちご移動教室>の準備で暮れて行きます。
6回目になる今回は20日に群馬県の後閑にある、如意寺と高山村の牧場を訪ねます。午前中はフィールドワーク、午後は自然の中での交流というのが定番です。「大東亜戦争」末期、利根川の岩本発電所建設工事に動員され犠牲となった中国人の慰霊碑を如意寺に訪ね、法政大学の高柳俊男さんの講義を聴いたり、住職さんの話を伺います。高山高原牧場で昼食のあとゆっくりと緑の中で過ごします。「中国残留孤児」とその家族を中心に49人が参加する予定です。日本語が充分でないため、家に閉じこもりがちな人々を誘って、素晴らしい日本の自然を満喫し交流を深めるのが目的です。
昨日は今回のテーマソング「夏は来ぬ」の歌詞のプリントを作りました。「卯の花の匂う垣根に…」と一字一字、書き写していくのですが、佐々木信綱の詩の世界を理解することの難しさを実感します。卯の花こそ我が家でも咲き誇っていますがホトトギスもホタルもクイナも縁がありません。田植えにしても様子がすっかり変わってしまって、早乙女を見つけることはできません。この唄が「教育唱歌」となったのが1896年ということですから、仕方がないのかもしれません。
僕は幼少の頃、麦わらでホタル籠を編んだり、蚊帳の中にホタルを放したりした思い出があります。小2の時、早世した弟がまだ赤ちゃんの時だったと思います。田植えをした記憶はありませんが、家族みんなで稲刈りをしたり、千歯という物を使って脱穀した楽しい労働の日を思い起こすことができます。
ホタルといえば今は中学生の母となったSさん姉妹が高校生の時、一緒に「残留婦人」のおばあちゃんの故郷を訪ねたときのことが忘れられません。鳥海山の中腹のキャンプ場で闇の中を乱舞するホタルの群に心を奪われたのです。ここに連れて行ってくれたのは同僚のIさんでした。Sさん母子はこのバスの旅の常連ですがIさんはこの数年姿をみせてくれません。心が疲れていたとき、自然の治癒力のすごさを僕に教えてくれたのは山の達人であるIさんです。また、いつか、そんな日のあることを願っています。
さて、65になる僕にしてこんな遠い、貧しい記憶しかありません。都会育ちの若い人や外国から来た人たちに佐々木信綱の世界を想像してもらうにはどうしたらいいのでしょう。そんなことをあれこれと考えていると旅の楽しみがじわじわとわいてきます。
今回初参加のF君はピアノの名手ですがカラオケのチャンピオンになったこともあると言います。朝鮮人学校の育ちですが「夏は来ぬ」は愛唱歌でもあるとか。Fくんのリードのもとで参加者の声が響く20日のバスの風景が意欲をかき立ててくれます。
この旅に次回から参加してみたい方がおられたら、遠慮なく連絡してください。主催はきいちご多文化共生基金。参加費は100円(旅行保険料)です。自然に親しみ、隣人と仲良くしていこうという方のすべてに参加資格があります。年間、1000円程度以上のカンパで会員になることもできます。
僕が懐かしい唱歌などを思い出すときお世話になるブログがあります。皆さんも訪ねてみてください。
なつかしい童謡・唱歌・わらべ歌・寮歌・民謡・歌謡
6回目になる今回は20日に群馬県の後閑にある、如意寺と高山村の牧場を訪ねます。午前中はフィールドワーク、午後は自然の中での交流というのが定番です。「大東亜戦争」末期、利根川の岩本発電所建設工事に動員され犠牲となった中国人の慰霊碑を如意寺に訪ね、法政大学の高柳俊男さんの講義を聴いたり、住職さんの話を伺います。高山高原牧場で昼食のあとゆっくりと緑の中で過ごします。「中国残留孤児」とその家族を中心に49人が参加する予定です。日本語が充分でないため、家に閉じこもりがちな人々を誘って、素晴らしい日本の自然を満喫し交流を深めるのが目的です。
昨日は今回のテーマソング「夏は来ぬ」の歌詞のプリントを作りました。「卯の花の匂う垣根に…」と一字一字、書き写していくのですが、佐々木信綱の詩の世界を理解することの難しさを実感します。卯の花こそ我が家でも咲き誇っていますがホトトギスもホタルもクイナも縁がありません。田植えにしても様子がすっかり変わってしまって、早乙女を見つけることはできません。この唄が「教育唱歌」となったのが1896年ということですから、仕方がないのかもしれません。
僕は幼少の頃、麦わらでホタル籠を編んだり、蚊帳の中にホタルを放したりした思い出があります。小2の時、早世した弟がまだ赤ちゃんの時だったと思います。田植えをした記憶はありませんが、家族みんなで稲刈りをしたり、千歯という物を使って脱穀した楽しい労働の日を思い起こすことができます。
ホタルといえば今は中学生の母となったSさん姉妹が高校生の時、一緒に「残留婦人」のおばあちゃんの故郷を訪ねたときのことが忘れられません。鳥海山の中腹のキャンプ場で闇の中を乱舞するホタルの群に心を奪われたのです。ここに連れて行ってくれたのは同僚のIさんでした。Sさん母子はこのバスの旅の常連ですがIさんはこの数年姿をみせてくれません。心が疲れていたとき、自然の治癒力のすごさを僕に教えてくれたのは山の達人であるIさんです。また、いつか、そんな日のあることを願っています。
さて、65になる僕にしてこんな遠い、貧しい記憶しかありません。都会育ちの若い人や外国から来た人たちに佐々木信綱の世界を想像してもらうにはどうしたらいいのでしょう。そんなことをあれこれと考えていると旅の楽しみがじわじわとわいてきます。
今回初参加のF君はピアノの名手ですがカラオケのチャンピオンになったこともあると言います。朝鮮人学校の育ちですが「夏は来ぬ」は愛唱歌でもあるとか。Fくんのリードのもとで参加者の声が響く20日のバスの風景が意欲をかき立ててくれます。
この旅に次回から参加してみたい方がおられたら、遠慮なく連絡してください。主催はきいちご多文化共生基金。参加費は100円(旅行保険料)です。自然に親しみ、隣人と仲良くしていこうという方のすべてに参加資格があります。年間、1000円程度以上のカンパで会員になることもできます。
僕が懐かしい唱歌などを思い出すときお世話になるブログがあります。皆さんも訪ねてみてください。
なつかしい童謡・唱歌・わらべ歌・寮歌・民謡・歌謡
……そのくらいです。
これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いてゐる
心置きなく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする
あゝおまへはなにをしてきたのだと……
吹き来る風が私に云ふ
(中原中也「帰郷」)
そんな思いもあります。もちろん、幼馴染は温かく迎えてくれて「カッちゃん、カッちゃん」と懐かしい響きで呼んでくれて、遠い記憶がドッと蘇っては来るのですが、「ふるさとを捨てた、ふるさとに不義理をしている」感覚がずっとあります。
なにやらわからぬ、とりとめのないことを書いてしまいました。でも啓介さんのようなまっすぐな、熱い「ふるさと」賛歌を歌えない心情の一端を書いておきたいと思いました。「ふるさと」と幼時のように向かい合いたいと思いつつ。
ときがわ(都幾川村と玉川村が合併した新町)の温泉で、先日、ウグイスとホトトギスの声を、相次いで聞きました。おやじさんの話では、6月はちょっと奥の沢で蛍が飛び交うそうです。そういえば、温泉の奥に田んぼがあり、蛙が盛んに鳴いていました。「花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける」を地でいくような景色でした。
入間大橋と開平橋とが連続する道を、途中で左折した土手上の道から、荒川左岸を遠く見ながら走っているサイクリングロードは、ご存知ではないでしょうか。あそこの近くを通って、ときがわに行っています。教育3法が衆院を通過したというのにマイナーで暢気な話題でスミマセン。
ホトトギスは都幾川の四季彩館(温泉)でのことですか。あそこなら月に2回くらい行きます。出会えれば嬉しいですね。荒川や狭山のサイクリング道路は僕のためにあったようなものですが今はまだ遠出は避けています。荒川河口まで走るのを楽しみにしています。
寸暇を惜しまず父上の介護に尽くすmatumotoさんとゆっくりお話しできないのはとても残念です。私たち年金生活者組は時に清談会と称して川越周辺で交流しています。暇ができたら声をかけてください。
昨年7月、闘病中の友人を佐賀に見舞いました。ホタルの美しい里だと聞きましたので、ホタルの季節に再訪を約して来ました。きいちご移動教室が終わったらその約束をはたしてきます。ぼくの闘病に際し、matumotoさんなどが寄せてくれた心のこもった励ましは忘れることはありません。