東本願寺前の公孫樹も黄色く色づいて、大半は散ってしまっていた。季節で言えば晩秋と言うことになろうか。公孫樹と言えば銀杏の実だが、今年も拾う人は見かけない。大地に足のついた人間から、アスファルトの上で過ごす人へと進化しているのかも知れない。お寺の前でそんなことを思った。
京都駅前を歩いていると、バス停前は観光客がごった返している。その先にあった道案内の道標に、ちょこんとC62の模型が鎮座していた。最初、子供が忘れていったのかと思ってしまった。なんともいたいけな発想だと思ってしまった。
東本願寺前の公孫樹も黄色く色づいて、大半は散ってしまっていた。季節で言えば晩秋と言うことになろうか。公孫樹と言えば銀杏の実だが、今年も拾う人は見かけない。大地に足のついた人間から、アスファルトの上で過ごす人へと進化しているのかも知れない。お寺の前でそんなことを思った。
京都駅前を歩いていると、バス停前は観光客がごった返している。その先にあった道案内の道標に、ちょこんとC62の模型が鎮座していた。最初、子供が忘れていったのかと思ってしまった。なんともいたいけな発想だと思ってしまった。