まだ、優柔油断さが残る、今日この頃のkeimei-14です。
いま、両親と話し合っていましたところでした。
ただ、他愛もない話ですが・・・・・何が言いたいと言うとですね。
「話が合わない!!!!!!!!!!」んです。
昔は子供であり、絶対服従でしたが、今はもう24です。鬱病のせいで、多少のハンディキャップはありますけれど(社会に出るのが遅いという事)。
もう、子供扱いしないで欲しいから、今までは義務としてお話を聞いていましたが、嫌なときには居間からすぐ出る事にしました。
ウチの両親は「ヒステリック」なんです、両親はそうではないというが、私にはそう聞こえるのです。穏やかな日が少ない・・・・・・
普通の穏やかさが欲しい。
まあ、両親の言う事に正しい面は多々あるのは確かですがね。
そんなこんなで、
今日は風邪こじらせて過ごしていましたが、
今、ただ言いたい事が一つあります。
鬱病の人は「他人」や「正義」や「道徳」に縛られがちなんだ、と思いました。
否定が出来ません。なんでも。否定的行為が。
でも、もう辞めたい。
自分が思うことは、他人が否定してもやっていきたい。
それは、バランスをしっかりと見極めてからですがね。
さ、人生のやり直しだ。
ゴミみたいな人生24年過ごしたが、
実際に、甘えた気持ちはない。結果は甘えた結果になっているけどね。
これは鬱病の患者しか理解できない考え方だと思う。
健常者は病人を上手く理解できないものだ。痛みをしらないんだもの当然か・・・
まえ、ブログで「死にたい」みたいな事言ったら、アドレスない方から叱責を食らった。「お前親に甘えんなよ」って。
それを分かった上で、甘えざるを得ない状況を、甘んじて受け入れている人間の苦しみを、アンタに理解できる?と言いたくなった。だって・・・・
鬱病患者はこういう「矛盾」を持っている。甘んじたくない状況に、そうせざるを得ない状況にいさせられている。
みんなそうだ。
「だらしない」「情けない」「精神的に弱い」ETC・・・・と他者は言う。
頑張ってんだよ!鬱病患者は!限界まで、常人の考えられない限界まで!
だから、みんな優しい。私がブログ上で感じた事だけど。
みんな、苦しみを知っている。
我々は辛いんだよ。
身体的・精神的に辛い事、そして最も辛いのが「差別される事」、「侮蔑」される事である。
だから、そんな差別する人間たちは否定して、生きたい。
私は、我々は、心が本当に純粋だから。これだけは言える。
純粋なんです、世界に対して。
だから鬱病になったっていうのもあるけどさ。
だから、負けないんだもう。
絶対、ギリギリまでいってやる!