久々に、昔の事を書いてみたいと思います。
写真↑にあるような資料というか雑誌(プチナースという看護学生用の雑誌)をよく見ていました。まだ見ていないものもあると・・・・・
見なきゃ。これも受かったら持って行きます。
うーん、つまり、昔の事を書くときりが無いのですがね
ただ言えるのは、看護師にNSあおいの様な人は
「殆どいません」
が真実です。実際にあんなに果敢に医師に立ち向かっていくのは素晴らしいし、尊敬できるのですが、あんな勇気をもった人間、知性的な人間は私の学校にはいませんでした。
ちなみに模試だけみれば全国平均値でしたよ、ウチのあほ学校は。
実習でのお話を一つしたいと思います。
とある実習で、女子4人に男の私一人、のグループでカンファレンス(話し合い)を行いました。必ず、私がテーマを出す係りにされるんですね。何故か。
性悪な女どもが、自分の事しか考えず、非協力的な体制で、リーダーの私に協力しない。はっきり言って・・・・・・・
「20歳越えてもこれなら、将来もかわんねえんだな」
とほとほと思い知らされました。今後就職したら、こういう事が起きるのは明白ですね。私がどう耐えるか、もしくは抵抗するかですね。もし、あまりに酷くキレたら・・・・・
女であろうと「平手打ち」ばっこし入れます。マジです。まあ、そんなのがいない事を祈ってますが、絶対にいますからね。どの部署にも。あほが。
それ位酷い人間が一杯います。
看護師は白衣の天使ではないんです。
前も言ったと思うけど、彼女らの看護は基本は演技なんですね。実際は。女優なんです。私も一応そうです。アクターなのです。
あのように対応すればいい、というマニュアルに基づいて、発言・行動をしている訳で・・・裏では何をしているか分かりません。
関係はないのですが、実際に、殺人を犯そうとしたものは今年5人いたそうです。故意にです。
出てきてもおかしくナイなあ・・・・あんな人格では。
無難なヤツ。自己中心的なヤツ。媚びばっか売ってるやつ。適当なやつ。そんなのばっかです。
普通の一般社会と変わらない構造が看護界にも依然として顕在しているのです。「旧態依然」として。
ナイチンゲールは「看護とは人格である」ときっぱり言ってます。本当にその通りだと思います。
どうか、もっと人格者でありたいですね、私も。
しかし社会は人を変えます。友人もそうです。どうなるのか一体。
しかし、絶対生き残ってみせる。鬱病でもさ。
鬱病でもここまで出来るんだ!という事を見せて、鬱病の人の励みになりたい。
10年も鬱病になって、苦しみぬいて、今も苦しんでいる私だけど、必ず一人前の看護師になってみせる。
鬱病の人たちの為にも。
鬱病患者だってここまで出来る事を証明してみせる。