岩谷宏と一緒

岩谷宏の同居人岩谷啓子(けい子)が、犬猫まみれの官能の日々を綴る

岩谷宏のロック論 42 HERGEST RIDGE/マイク・オールドフィールド

2008-04-03 07:26:55 | 岩谷宏 ロック
HERGEST RIDGE/マイク・
オールドフィールド/岩谷宏



キング・クリムゾン最新譜のA面第一
曲目は、歌詞を見ると、グレート・デ
シーバー=大いなる詐欺師とは、ロッ
クのことであるらしい。ロックに対す
る大否定と大肯定の意を併せ持った曲
で、そのニガい思いは私なぞにはよく
分かる。くそっ、だましやがって!
とは思いつつも、しかし結局、自分の
夢も理想も思想も感性も、すべてロッ
クの中にしかなかったわけで、ほかに
楽しいことなんかなんにもなかった。
社会は人と人とのコミュニケーション
によって成り立っている、と教科書的
に教えられているが、ロックを聴き込
んでいくと、今の社会はまるっきりコ
ミュニケーションから成り立ってなぞ
いない、ということがあまりにも明き
らかにわかってくるので、ロックは、
私にいらだちと怒りと淋しさと絶望感
とをつのらせただけだった。「なのに
じゃあ、なぜ、まだ生きているのか?
その理由は、きみになら分かるよね!」
(ジョン・レノン=ヤー・ブルース)
「沢山の新しき生命が、もう生まれて
いるんだ!」(グレッグ・レイク=キ
エフの大門=展覧会の絵)


ロックにこそコミュニケーションがあ
る。ロックにしかコミュニケーション
はない。ロックは、スピーカーからこ
っちに向かって、突き刺さってくる音で
あり、メッセージでなくてはならない。
つまり、ミュージシャンの、聴き手と
かかわろうとする意志の感じられない
ものはロックではない。マイク・オー
ルドフィールドの音楽がロックでない
のは、ベートーベンの田園交響曲がロ
ックでないのと同じく、〝一聴瞭然〟で
あって、私はこのレコードを、レコー
ド評を書けと言われて一度聴いただけ
だ。


描写音楽は、オールドフィールドはす
ごくイイものを描写してるのであろう
けど、描写はリアリティではない。一
人でダブル役満あがるのを夢想してる
のよりは、おもしろいひっかけをして
橘川にリーチ一発ふりこませてる方が
ユカイだ。(麻雀を知らない人への注
:ダブル役満は六万四千点、リーチ一
発はただの二千六百点) それから小
林くんへ、映画というメディアは、や
はりその基本性格からして、ロック的
ではないと私は思う。


また、だれも神様ではないのだから、
その人が本当はどんな人か、潜在的に
はどんな可能性を持った人なのかは、
最後の最後までだれにも決められない。
心の中ででも、あるいは爆弾を使って
現実にでも、一方的に勝手に消し去っ
てはいけないのだと思う。相手に対し
て、あきらめずにトライを繰り返すこ
とが必要ではなかろうか。懸命にトラ
イした結果、クビになっても、放校に
なっても、勘当されても、それはそれ
であきらめがつくじゃないか。なんつ
っても、ロックは正義のタタカイなん
じゃから。


こういうレコードを聞くと、「ロック」
と「芸術」とはどう違うのか、または、
「ロック」と「音楽娯楽」とはどう違
うのか、という、おなじみの問にぶつ
かってしまう。答をここで性急に出そ
うとは思わないが、オールドフィール
ドの音楽はやはり基本的に「芸術」的
であり、「音楽娯楽」的に感じられて
しまう。「クスリやってるときは、ア
グネス・チャンまでヨくなっちゃうん
だ」という呆けた話を最近きいたけど
マイクという人も、善意に解釈すれば
麻薬中毒者の現在進行形の人なのだろ
うか。


まあ、何を聞こうと聞くまいと、最近
はある種のひどい不安が、ちっとも消
えやしないのだけど。


―「ROCKIN’ON」第13号 ディスクレビュー
55・57ページ