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けぶろぐ

これをきっかけに普段自分が日常生活について何を考えているのか発見できればよいな~

和食をメニューに

2008-02-15 | トルコ
私がお手伝いしているとこの近所でイスタンブールでは珍しいベジタリアンのためのレストランがある。そこの経営者のお姉さんが日本料理をメニューに加えたいからひとつ教えて、と。うーん、何にしよう。って考えるのだが、思いつくものすべてにお肉やお魚が入っていて、どうしましょ。お野菜だけってすると、和の野菜が含まれてるし、かつ、調味料って、こっちにはないものが必ず使われているような。。。。

スーパーいって眺めたら、お醤油(キッコーマンがあった!)はあるのだが、お味噌とかお出汁(煮干し)とかみりんとか調理用お酒なんてないから、まじ困った。
むりやりお肉ない肉じゃがにした。というのは、以前作った肉じゃがが好評だったので。同じような味になるかな、と。

材料はじゃがいも、にんじん、たまねぎ。
調味料は本当はみりんとかお出汁を使うみたいだけど、お砂糖とお醤油のみ。
お野菜いためて、調味料で味付けして煮込んで終わり。グリーンピースを彩りにして。
ほえ、簡単。

お姉さんは一口食べて箸(っていうかフォークだけど)を置いてた。私たちはお料理にお砂糖は使わないんだとさ。
でも、お姉さんのお姉さんは完食してびっくり。

トルコ風に味付けはお砂糖少なめにしてどうぞっていってみたけど、本当にメニューに加えてくれるかしら。
っつうかメニュー名は何にするのだろうか?一応肉じゃがってお肉とジャガイモっていう意味って教えておいたが。
どうなることやら。ハイディ、バカルム。

かぎ忘れ

2008-02-14 | トルコ
出かける際、家のドアを閉めてから気づいた。あ、鍵、部屋に忘れた。

鍵かけれないじゃん。どろぼー入ったらどうしよー。ヌルに申し訳ないわ~。心配で門番さんに相談。
(門番)家の中に入りたいの?(門番さんはマンションの入り口も鍵は持っているけど、うちらのドアのマスターキーは持ってない。)
(私)いやいや、泥棒が心配で。
(門番)どうってことないよ。ビル シェイ オルマス。鍵を閉めないで出てもドアは開けられないから。

夜、先に帰ったヌルも気づいた模様。当たり前だが。でも、彼女も、妹も鍵持ってるから、鍵中に忘れて中に入りたい場合は連絡できるよ、って門番さんと同じく、私が中に入れないことを心配してくれた。

じゃ、なんでドアに二個も鍵つけてんの???

ほめる

2008-01-12 | トルコ
ヌルが会社の催しでみんなでパーカッションを披露するんだと。

服何にしようってアクセサリはこれにしようかしら、これはどう?どれがいい?って聞いてくる。
って服ぐらい自分で決めろよって思う私は冷たいと思う

そして、いい感じに完成。まじ、背が高くてスタイルすごくよくてうらやましい。
そんなわけで、

明日の会で一番おしゃれな人になるよ!

ほえーー!私がこんな言葉使ってる!
日本にいたら、絶対みんなのなかで一番かわいいなんてフレーズ使うこと使わなかったなかっただろうな~子供に使うならまだしも。

正直、私はあまり人を褒めるということがない性格と思っていて、そこは直したいと思っていたところだったので、ここの国のひとはよく褒めるのでこういうよい面の影響が私に来てよかった。

で、その後のヌルの答えは
そうよね、私一番素敵な人になるわ!

うーん、それは絶対に移らないだろうな~
私だったら、
えーそんなことないよー
だろう。。。

言葉

2008-01-08 | トルコ
ルームメイトのヌルが素敵なタイツをはいていた。
っつうか、タイツってなんていうんだろう?

キュロットチョラップ

はい?
チョラップは靴下という意味だからわかるけど、
キュロット日本語だとズボンスカートのことだけど、トルコ語ではパンツのことだって。
(今日まで日本語でパンツのトルコ語がキュロットだって知らなかった。。。フランス語からきたらしい)
タイツという言葉もあるけど、タイツは足の部分がないやつのことなんだって。

は~。おもしろ。

どうでもいいけど、今日から二人でダイエットをしようと。
夜はヨーグルトねって。
ということで、先に帰った私はコーンフレークとヨーグルトで終了。
(私は牛乳が嫌いなのでコーンフレークを食べるときはジュースで食べる)

後で帰ってきたヌルのおわんに入っていたものはヨーグルトと缶詰のコーン!
ありえねー。さすが、ヨーグルトを食事で食べる国だわ!

って思ったら、私もコーンフレークだから、コーンで同じじゃん、って二人で笑った。そう、ヌルが食べているものはトルコ語のコーンの意味のムスルを思っていたから、違うものを想像していたけど、実は原料同じなのよね。

クリスマス?

2007-12-29 | トルコ
日本にいれば、クリスマスが一ヶ月以上前から感じることができる。いたるところで飾りつけがあるし、イブ誰と過ごす~?って重要。

ここでは、うーん、クリスマスツリーを見かけることはあるが断然少なかった。24日は語学学校にいったら、生徒が激減していて、先生が今日はクリスマスだからね~っていって、そこで、お、そうか、今日はイブだったって気づいたぐらい。(そう、クラスではキリスト教圏から来ている生徒が多い)

年の瀬も迫った今はよいお年を!っていう感じで友達と別れたりする。で、ショーウィンドーをみたら、2008の文字が。鐘(!)の絵と一緒に。

12/28
友達からカードが届いた。
よいお年を!
っていう文面とともにあった絵にはメリークリスマス!
って。え。まじで?

12/29
たまにラジオを聴いたりする。
したら、CMでジングルベルの音楽が流れてきた!

へんなの。

まあ、宗教色なく飾りつけする日本、恋人と過ごす日となっている日本とそう変わらないかな。
ちなみに、ロシア正教のロシアではクリスマスは12/7らしい。。。

皆様、よいお年を。

宇多田ヒカルの歌が。。。

2007-12-23 | トルコ
今日はアジア側のショッピングストリートのバーダットジャッデシ(バーダット通り)を歩く。ここは歩道も広くてぶらぶらするにはもってこいの通りなのだ。適当にデパートにも入って、今の旬のファッションをチェック。ってお店でたら、ありゃ、同僚のファトシュだ!
(ファトシュ)おー世界は小さいね~(お、トルコ語でも同じような表現があるのね、)あの日本人は私の日本人だわ!
ってすぐわかったらしい。(私の日本人って面白い表現。ってほかにアジア人なんてみなかったけど)

まあそんなわけで、最近できたGAPをみて、そういえば、私が日本でよく行ってたGAPはビートルズが流れてたけど、ここは私の知らない曲が流れていた。(トルコポップではなく、英語の曲。)次はZARAにでも入るか。で、ぶらぶらしてたら、うん?なんだか、聞いたことがあるような始まり方の曲が。。。っつうか、これ、宇多田ヒカルじゃん?こんなことあり?題名忘れたけど(ちょっと古めだと思う)、「I'll remember the way that you love me..」 そんな歌詞。たしか「こんにちはさようなら」とかも入ってたような。。。

トルコで宇多田ヒカルって!!なぜかすごくうれしかった。って、ただ単に、ZARAは世界各国で同じ曲を流してるだけだったり?

クルバンバイラム

2007-12-23 | トルコ
今日から四日間クルバンバイラム(犠牲祭)。

そんなわけで、初日にルームメイトのヌルの親の家に行く。

そこでは、お父さんとお兄さんの家族はいけにえの牛をもらいに(殺しに?)いっていて、帰ってくるのを待った。

戻ってきたら、よくある巨大ゴミ袋2袋にどさっとお肉が入っていて、まじ、こんなのみたことない、怖いぜって感じ。
女性たちはそこから、またさらに細かくお肉を切っていた。私はやらせてもらえなかったんだが。
さすがに写真撮るのがはばかれた。。。なんか別なものが写ってきそうで。。。

ということで、早速夜ご飯にただ単に細切れ肉を焼いたものを食べた(味付けはお塩だけ)。すごくおいしかった。そりゃ、そうさ、ちょー新鮮だもの。

クルバンバイラムでお菓子といえば、何日か前にバクラバ(お菓子)の素(無理矢理例えればパイ)を作っていて、今日はシロップを作ってそれを浸してバクラバを完成させたりした。シロップはお砂糖とお水1:1ってかなりすごい。まあ、この味がやみつきになるんだけど。

ちなみにクルバンバイラムは4日間。毎年12日ずつずれていくらしい。で、今年は土日が重なってなんか祝日は二日だけって感じで少ない気分。日本みたいに振替休日はないそうだ。

バザー

2007-12-16 | トルコ
ミリタリーミュージーアムで日本人のためにお店を出展することになったということで、私がかり出された。
(私が手伝っている基金(トルコの会社)の経済母体となるお店。手作り雑貨を扱っている)

ミリタリーミュージーアム?観光客の団体が来るのかしら?日本人が好きそうなっていうか、私の好みで出展する雑貨を用意。

が、行ってみたら、日本トルコ婦人協会のバザーだった。というわけで、そこに来るのはトルコに住んでいる日本人とトルコ人。
会場は日本とトルコで場所が分割され、(私がいる)トルコ側に来る人は少ない。
同僚のファトシュはこれいけてないよ、と。

そりゃそうよね、トルコに住んでいる日本人にとっては、日本が恋しいわけだから、トルコのものなんて売れるわけない。もちろんトルコ人は日本側にいくし。
私だって、別に日本に飢えているわけじゃないんだけど、トルコ側はほとんど見ずに、日本食を買い求めたさ。あと、日本料理の本も。(あれ?飢えてる?)
こっちはひまひまだったけど、日本側は日本のものもたくさんあるのだが、古着とかもあって大混雑してた。

微妙に日本人とトルコ語で話したのが楽しかったな~。日本語発音のトルコ語で。
ネカダール?  :いくら?
ビルブチュック :1.5
オルールム?  :(これで)いい?
オルール    :いいよ

また、ファトシュに日本語で商品名を日本語で書いて、といわれた時に、石鹸のケンの漢字がわからず、日本人にたずねても、みんなわかんないので、ひらがなで。まあ、日本にいても石鹸と漢字で書くことはなかっただろうが。
あと、ラベンダーが詰まった袋のことをなんていうのかわからなくて、一人の方に聞いたら、香り袋って。香り袋もなんかしっくりこないけど、まあいいか、と書いたら、後でお客さん(日本人)からポプリいくら?といわれて、香り袋はちょっと古いぜ。それだよ!と納得。たった一つの単語なんだけど使わないと忘れていくのね。。

そこで出会った日本人の方、お世話になりました。特に両替で。

フェリー運休

2007-11-15 | トルコ
いつもはバスで通勤しているのだが、たまにはフェリーで行こうと。

電車に揺られて終点のハイダルパシャ駅からフェリー乗り場のあるカドゥキョイへ向かう。
って、あれ?向こうにフェリーがきれいに並んでいるのが見えるんだけど。そういえば、今日、風強くない?
もしかしてもしかしたら、フェリー止まってたり?
やはり、動いていないみたいで、バスでいくのかー、混んでるだろうなー、と思いながら、フェリー乗り場の前の混雑しているバスターミナルに向かっていたら、会社の人に会った。
バス停には長蛇の列。ということでバスより早いドルムシュ(相乗りタクシー)で行くことに。ってそっちも長蛇の列。そりゃそうだよな。普通にバスで通勤している人もいるのに加えて頻繁に出ているフェリー通勤の乗客が押し寄せているんだもの。

ということで、二時間待っても一向にドルムシュ乗れそうになく、したら、デニスオトビュス(私営のフェリー)が動き始めたので、そっちにのって無事向こう岸に渡ることができた。

会社の別の人は、別ルートのウスキュダルからだとフェリーが動いていたみたいで、乗れたけどちょー揺れてすごい水がかかってびっしょりになったらしい。

フェリーが運休するってってめったにないらしい。

ハマム@ウスキュダル

2007-11-14 | トルコ
身体がお風呂を欲してるぜ~

ということで、久々にハマム。インターネットで検索して、ウスキュダルにあるハマム。

今までハマムに行ったことがないというトルコ人ルームメイトのヌルと一緒。二階に個室が並んでいて、そこで着替えるのだ。って普通に透明なドアなんで、丸見えだけど。水着のパンツだけ。逆に恥ずかしい。

中央にひとつマッサージとかやる台座がある大きい部屋というかホールがあり、四つ角にカラン(ひとつの壁にひとつのカラン。トルコのハマムはカランの下にある大理石のおけ(?)にお湯をためてそのお湯を使う。よって、自分の横にある桶からお湯を使うので部屋の中央に向かって座るのだ。)のある小部屋が並んでいる。おお、いい感じ。

サウナあるし、50度ぐらい。日本より低めだけど、まあ、いいか。私もそんなに熱いのOKでないほうだけど(一回温泉から出たら、くらくらきてしばらく横になってたことがあるぐらい。)、ヌルは五分ぐらいで出て行った。

しばらくシャワーの生活(家に浴槽なし)でゆっくり座って身体を洗えなかったせいか、ちょー、垢が出たぜ。でも、気持ちよかった~

浴槽はないけど、いいところだった。

あがったあとはヌルが私たちもみんなが飲んでいるあれ飲もうよって。ソーダ。トルコ語でガゾス。ラムネだ~!

※写真はハマムへ入り口(1階)と着替えの小部屋が並んでいる二階。



アジアとヨーロッパのちょうど真ん中にて

2007-11-08 | トルコ
というわけで、トルコに来た理由のひとつである、ユーラシアマラソンに参加した。(あともうひとつの理由はF1のトルコグランプリを観戦だったのだが、その時期海にいて無理だった~)

でも、こっちにきてから、走ってないので、マラソンは無理だな~15キロか8キロどちらにしようかしら、と思ったのだが、15キロも無理そう。ということで、8キロの市民マラソンに登録。っていうか、これは本当に楽しんで走るものみたい。

スタート地点についたら、トルコ国旗いっぱい。え、もってないと走っちゃだめ?っていうぐらい。。。。明日(10/29)は建国記念日だから、その影響もあるらしい。って真っ赤でちょっと引くんですけど。(町中にも国旗がはためいていて、ほんと、怖いぐらい。)

市民ランといっても、みんな歩いているので、まるで、デモに参加しているよう。。。。現実になんか叫んでる集団もところどころにいた。

私はとりあえず、三分の1ぐらいは走った。ボスポラス海峡にかかるボスポラス大橋の真ん中には線が引いてあって、アジアとヨーロッパの中間ということが示してあったので、もちろん、その間に立って写真撮影(写真:右がアジア側)。

お日柄もよく、いい感じで汗をかいてゴールのタクシムに着いた。

恵太郎を探す旅

2007-11-07 | トルコ
アメリカに住んでいる高校時代の友達のMay(仮名)が、ボーイフレンドのイアンと共に私を探しにいくかも~とメールをよこしてきた。前日までどうなるのかしら?という状況だったのだが、まじ、現実になるとは!というわけで、彼女たちがカッパドキアへ立つ日に、イスタンブールの彼女たちが泊まっているホテルで前々日に新しいホストとなったヌルとともに一緒に朝ごはんを食べることに。

朝起きたら、何で、雨??何ヶ月も雨にあってなかったのに、今日だけ、なして??休日の朝のためか、バスもなかなかこないし、フェリーとの乗り継ぎも悪く、約束の30分遅れて合流した。前年の8月にシアトル旅行で二人に会った以来。変わってない~!(って高校時代からお互い変わってないな~)ちょっと二人ともやせたかしら?というぐらい。たった一時間ほどだったが、ヌルも楽しんでくれたみたいでよかった。

そして、カッパドキアから戻ってきて次の日アメリカに戻るという日にも仕事が終わった私と夜ご飯を一緒に食べることができた。うううん、すごいことだ。日本でレストランで話しているよう。いつもどおり、彼女がしゃべりまくり、私は聞きに徹して。。。うちらの世界は日本だった。

彼女はアメリカから日本のお土産(?)を持ってきてくれたりして、感謝。私の大好きなソ○トサラダ~~~!早速食べたって。

まさか、トルコで友達と会えるとは!本当に感謝感激。

スカーフ着用

2007-11-01 | トルコ
古着屋さんを手伝っている。そこでは色々な人が古着を持ち込んでくる。今日は面白いことがあった。

私はあんまりトルコ語がわからないので、お店の人とお客さんの会話は適当に聞いているのだが、30歳ぐらいの女性の方が閉めたから、とか言って、靴やら服やらたくさん持ってきた。その単語から、お店をやってたんだけど、閉店してその商品をもってきたのかな、と思った。

そんなわけで、彼女が帰ったあと、ちゃんと聞いてみると、閉めたっていうのは頭を閉めたと言っていたらしく、スカーフを着用するという意味で、スカーフを着用するようになったから、以前着てた服や靴で派手なもの、露出が激しいものはもう着ないから、もってきたとのこと。

いや、びっくり。そういうのあるんだね。はっきりいって、イスラム教の国とはいえ、思ったよりみんな露出しまくりで、はじめはびっくりしたものだが、途中からより厳格なイスラム教徒になる人もいるんだ、と知った。といいつつ、彼女のスカーフは派手派手だったけど。ちなみにシリアは黒の人が多かった。。。

イスタンブールで痴漢

2007-10-31 | トルコ
先週から交通費が上がった。

公共交通料金自体は上がってないのだが、スイカみたいに前にデポジットしておいて乗るときはわざわざ切符を買わなくて済むシステムがあり、それだと、ある一定時間にもうひとつ別の交通機関を使用すると、その料金が無料だったのだが、半分取られるようになったのだ。
稼いでいない私としては、かなり痛い出費。

ということで、今までは、電車→フェリーで会社に行っていたのだが、バス一本で行くことにした。交通渋滞はひどいのだが、背に腹は変えられない。まじ、大体早ければ40分ぐらいでいけるが、大体1時間半かかってて、今日なんて朝二時間15分バスに乗ってて、もう、ほんとに勘弁して状態だった。。。

そして、日本と同じく通勤時間は満員。まあ、私としては、いや、まだ、乗れるでしょう、という感じだが。で、今日はなんだか、お尻が変な感じ、と思ったら、むずっとつかんできた!おおおお!痴漢だ~!日本だけじゃないんだ~ここトルコでもあるんだ~。いや、たとえばですよ、イスラム教徒だとそういうのはないとか、まあ、勝手に思ってたわけですよ。というわけで、にらんだら、案外若い子でびっくり。じゃなくて、やめてた。。。ルームメイトに聞いたところ、痴漢で警察に逮捕されるということはないそう。。。

こういうのって世界共通なのね。苦笑。

シュケルバイラム

2007-10-30 | トルコ
つらかったラマダンも終わり、今日(10/12)は祝日(バイラム)。シュケルバイラム。シュケルはお砂糖(甘いもの?)という意味。

ということで、何をするかと思えば、ルームメイトのヌルがお墓参りに行くという。ほう、日本のお盆のような感じなのかしら。
墓地に入るときに、スカーフ。そうか、ジャーミに入るときだけでなく、墓地でもスカーフ必要なのね。日本と同じように菊をお供えして、お祈りした。

ちなみに、墓地の入り口では、チョコレートがおいてあったし、地下鉄の改札口やスーパーのレジでも飴を配っていた。あ、あと、電車やバスが半額になっていた。

そんなわけで、お墓参りも終わり、お母さんの家に行くという。(どうでもいいけど、前のホストファミリーもお母さん家に行くといってて、お父さんは亡くなっているのかしら?と思えばそうでなく、日本ではどうなんだろ。(うちは両方ともおじいちゃんがなくなってたから、おばあちゃんちに行く、というのが普通だったんだけど、両親の家に行くというのかしら。。。))

一個前のホストファミリーはシュケルバイラムの時にはお菓子を持っていくといっていたが、(ラマザンも終盤になると、店先に贈答用お菓子が出回る。)別にどうってことなく、ヌルはいつもと同じような感じで、家にいって、普通に朝ごはんを食べた。それが特別なのかは聞かなかったが、バクラバ(お菓子)が出たが。

でも、ひとつ特別だったのは、日本のお正月のように、お年玉を甥っ子たちにあげていた。でも、ポチ袋に入れるでもなく、お金手渡しだったけど)で、なぜか私もヌルのお母さんから、お金を頂いた。。。